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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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エレナ奮闘?

 やって来る女性たちと、それと一緒してくる人たちの担当は、どうしようかなと考えていたのだけど、あっさりと決まった。 立候補があったからだ。 話を聞いたエレナが自分から、その担当をしたいと言ってきたのだ。


 「私だけ、自分が中心となってする仕事がなかったから、みんな忙しくしているのだから、私が担当するよ」


 エレナは自分が担当するのは、他に出来る人がいないから仕方なく、という感じで言おうとしていたみたいだけど、言葉とは違って態度は、何としても自分が担当になるという意気込みだった。

 ここで言う「みんな」というのは、城作りを始めた時に最初から関わっていたメンバーのことだ。 エレナはそれこそ村ではなく、最初にここに僕たちの居場所を作ろうと計画を始めた時からのメンバーで、当初の必要な資金には、エレナが貰った領主館での給料や大蟻なんかを退治しての報酬も含まれている、最古参メンバーだ。

 エレナは比べれば、マイアやロベルト、それに今は染色とかの中心になっているエレナの同期の女性たちよりも古株なのだ。 それらに加えてそれより後にここに来た、フランソワちゃんに、アリー、そしてシスターなんかが、それぞれに担当して中心となってしている仕事を持っているのに、自分が担当として中心になってしている仕事を持っていないことに、どうやらエレナは後ろめたさを覚えていたらしい。


 実際にはエレナが自分で思っているほど、エレナだけが担当している仕事がなかった訳ではなく、他の最初からのメンバー、つまり僕とルーミエ、ジャン、それにウォルフとウィリーは、それぞれに仕事を抱えてしまって忙しくて、それまでしていたことが出来なくなった穴埋めを、エレナが1人で埋めていてくれたのだ。 それは何かというと、狩りだ。

 村作りで一般的に一番問題となっていたのは、スライムと一角兎だけど、それらは今では僕らの仲間たちは誰でも対処出来る。 大蟻は対処が難しくて、最近は大分収束したけど領内に大蟻が発生すると、領主様のところから僕たちに討伐依頼が来て、討伐に行くほどだ。 これもまあ僕たちにとっては対処法が確立しているので、報酬と経験値のおいしい仕事だ。

 しかし、スライムや一角兎ほど多く生息する訳じゃないし、大蟻ほど対処が難しい訳でもないけど、そこそこの数が出てくる危険なモンスターもいる。 それが大猪と平原狼だ。 今の僕らにとっては、不意打ちをされなければ危険と言えないモンスターだし、索敵能力レベルが上がっている僕たちでは、不意打ちをされることもない。 しかし多くの人たちにとっては、命の危険が大きいモンスターだ。


 そもそも僕らが最初にスライムを減らしたから一角兎が増えて、一角兎が増えたことによって、それらを餌にしているモンスターも増えるという結果をもたらしてしまった。 その最たるものが大蟻だが、同様に平原狼と大猪も増えてしまった。

 壁の外での作業を進めるには、少なくとも近くにはそれらのモンスターが居ないように、駆除をしておかなければならない。 その作業を[職業]狩人であるということもあるけど、僕らが出来ない分エレナが中心となって、歳下の冒険者登録をしている子たちを連れて、その作業をしてくれていたのだ。


 だからエレナが1人だけ担当する仕事を持っていなくて、暇にしていた訳ではないのだけど、エレナにしてみれば、狩りという仕事はそれまでしていたことの延長で、新たに何か始めたことの担当をしている訳ではなかったので、自分だけ置いて行かれているような気持ちだったのだろう。


 「それにさ、私もだけど、私と一緒に狩りをしている奴ら、土壁を作ったり、家を建てたりということは、あまり機会がなくて、周りのみんなと比べたら全然だろ。 特に最近の建物の作り方とか、私も全然だから、今回のことを担当して、みんなに追い付きたいというのもあるんだ」


 ああ、なるほど、確かにそういうこともあるかもと思った。

 日干しレンガを効率よく固めて、なんてのには最初の頃だったからエレナも参加していたけど、セメント擬きを作ってから、竹を補強に組み込んで壁や柱を作ったり、壁を白く塗ったりという建物作りは、エレナは関わっていないかもしれない。 土壁作りはエレナもしていたし、畑作りの応用だから出来るだろうけど、確かにその作業の参加は少ないかもしれない。 壁作る時は、その周りで先に狩りが忙しかったから。



 「エレナ姉さん、僕たちがやればそんな作業はすぐに出来ますよ」


 「あんたたちは、何であたしだけ『姉さん』て呼ぶのよ。 他の年上の人を呼ぶのと同じように、単に『さん』を付けただけでいいじゃない」


 「いや、エレナ姉さんは僕たちが冒険者としての仕事をする時のリーダーだから、やっぱり他の人とは違ってますから」


 「私が狩りの時のリーダーって、それだって他の人が手が空かないから、私がしているだけでしょ。 私が一番という訳じゃないわ」


 「いや、姉さんは[職業]狩人だから」


 歳下の冒険者登録をしている者たちは、エレナが狩りを担当して、彼らを指揮していたからか、良く言えばエレナに一番懐いたと言えるのだが、悪く言うとエレナの子分みたいになっている。

 彼らはスライムや一角兎よりもレベルが上の平原狼や大猪を日常的に狩っていたので、僕たちほどではないが、他の者たちよりもレベルが上がっているので、魔力量が多い気でいた。 それが「僕たちがやればすぐ出来る」という発言になっていたのだろう。


 僕がみんなのことを見ることが出来ることは、あまり公にはなっていなくて、広くは知られていないが、ルーミエがレベルや健康に関することが見えることは、広く知られている。 ルーミエはみんなの健康を注意するために、定期的に全員を見て回っているのだが、その時にレベルが上がっていたりすると、ついそれを口にしてしまったりしたからだ。

 知られてしまうと、歳下の子たちはまだレベルが上がると出来ることに差が出て来ることが気になるので、なんとなく自分のレベルが上がった気がすると、ルーミエに見てもらうようになった。

 ちなみに僕たち最初からのメンバーは、最近はあまりレベルに興味がなくなった。 レベルがかなり上がっているので、上がることがほぼ無くなったし、上がったからといって、ことさら大きく違いを感じることもほとんどないからだ。 大蟻退治の時にだけ、丘の上で生活するメンバーの誰かに、最後の多量の経験値を得させようかを考える程度だ。

 まあそんな訳で、自分たちが周りよりもレベルが上だと知っていたエレナの子分たちは、自分たちがエレナの新しく担当する仕事を手伝えば、簡単にどんどん仕事が進んでいくと楽観していたのだ。


 ところがそう簡単にはいかなかった。 エレナの子分たちが考えていたよりは当然に思えるが、エレナ自身の予想していた以上に、その仕事はなかなか困難だったのだ。

 予定した区画のモンスターの排除は当然だけど簡単に済んだ。 これはエレナにも当然だったが、子分たちはまだ鼻が高かった。 しかし、その直後の土壁作りで、子分たちはもう躓いた。 土壁作りなんて、ソフテンで土を柔らかくして掘って、掘った土を積み上げて壁にして、今度はハーデンで壁の表面を固めて、雨風で崩れにくくするだけ。 器作りや、畑作りの最初で使う土魔法の応用で、どうということもない作業だ。

 しかし彼らは、その魔法の行使も手伝いにきた他の者たちほど使えず、それだけじゃなくて、ただ単にソフテンで柔らかくした土を掘って積み上げる力仕事でも、手伝いにきた他の者よりも先に弱音を上げたのだった。

 彼らは[全体レベル]が上でも、[土魔法]のレベルが上であるとは限らないということが解っていなかったのだ。 手伝いにきた者たちが、土魔法を使った作業をしている時、彼らは狩りに出ていて、その経験を積まなかったのだから、[土魔法]のレベルが低いのは当然のことだったのだ。 それに当たり前だけど、狩りに使う筋肉と土木作業に使う筋肉は別物であって、それも大まかな[体力]の値で判断出来ることではない。


 ということで、エレナの子分たちは、最初見せていた態度は影を潜め、大いに凹む事となったのだった。 エレナにとっても、自分の子分のような者たちが、今回の仕事ではほとんど役に立たないのは想定外だったみたいだ。 自分で、「周りと比べると全然」だとか「追いつきたい」と言葉にしていたのだけど、やっぱり[全体レベル]の高さから、楽観視していた部分は大きいみたいだ。


 土壁作りで、もうそんな具合だったから、家作りとなると、もうエレナも完全に教わって働く立場で、名ばかりリーダーという感じに最初はなってしまっていた。

 それでもエレナ自身は、城を作り始めた時の、みんなと同じようにやってきた経験もあるから、子分たちとは違ってすぐに作業を周りの手伝いにきた者たちと同じようにこなすことが出来るようになったが、子分たちはなかなか追いつけなかった。


 こんな風に進んでいった、布の織り手としてやって来る女性とその家族たちの住まい作りだったが、彼女たちがやって来るまでに、一応計画した住まいを作り終えることが出来た。 エレナにとっては担当した仕事を焦りながらも、なんとかやり遂げた形だと思ったみたいだが、そうは問屋が下ろさなかった。


 「エレナさん、布を織る作業場の方はいつ頃出来上がりますか?

  最初はここで使っている機織り機の使い方を教えたりですけど、それが終わって自分たちで布を織る時になったら、そっちでやってもらいますから、その時までにそこに機織り機を何台も設置しなければなりません。 ですからそれに合わせて、ジャンとロベルトさんに機織り機の製作と設置を頼まないといけないですから」


 布作り関係の責任者になっているアリーがそう口を開くと、ジャンが付け足して言った。


 「一応僕とロベルトさんで、機織り機の部品は10台分くらいはもう用意してある。 建物が出来たら、すぐにでもその分は設置できるよ」


 エレナが焦った顔をして、ウォルフに助けを求めるというよりは、「えっ、あなたは聞いている?」という感じの非難の目を向けた。

 ウォルフは、「えっ、俺が何か言わなくちゃいけないの」という感じで、嫌々だけど仕方ないという感じで口を出した。


 「どうやらまだ織り手とその家族の住まいが、やっと出来たというところで、まだ作業場までは手が回っていないみたいだな。

  作業場もこれからエレナが大急ぎで作業に取り掛かってくれるだろうから、ジャンとロベルトは予備の部品を作っていてくれ。

  それに金属部分の部品を作るのに、ここのところずっと急かされていて、俺だけじゃなくて、キイロさんも休みが欲しいと言っていた。 なあ、ウィリー」


 「そうだな、ここんところ俺たちも働き過ぎだ。 急いで作業しなければならないエレナには悪いが、ちょっと鍛治は休みたいな」


 空気を読んで、ウィリーがウォルフの言葉に賛成した。

 その場にいた他の者も、エレナが作業場のことをすっかり忘れていたことに気がついたが、そこは場の空気を同じように読んで、それ以上は誰も何も言わなかった。



 こうして大急ぎで作業場の建物を今度は建てることになったエレナだが、エレナの想定外のことはまだまだ起こる。

 それは布織の女性たちの第一弾が来てすぐに発覚した。


 「あの、妻たちは布を織ることをまず教わることになっているのは知っていますが、私たちが耕す畑はどこになるのでしょうか?」


 家を作ったのだから、布織の女性たちをその住まいへと案内したりするのは、アリーと共にエレナとなった。 アリーが布織りの仕事に関して女性たちに説明したりとなるので、その女性と共に来た家族の話を聞くのはエレナとなっていた。

 この質問を聞いたエレナは全く答えることが出来なかった。 当然だ。 全く初耳の話だったのだから。


 「私はその話を知らないので、確かめてから答える」と、その場では取り繕ったが、エレナは自分が聞いたことを覚えていないのかと一瞬考えてしまったのだが、そんなことはないだろうとも思った。 作業場のことがあったので、自分に自信が持てなかったのだ。

 エレナも一番最初からのメンバーだから、城下村の重要な話には当然参加しているのだが、ただ聞いていることがほとんどで、自分から発言することはまず無かった。 自分から主となってする仕事を作ろうとする訳では無かったし、自分は狩りをしていれば良いと安易に考えていたこともある。

 エレナは歳も、ウォルフ、ウィリー、マイアの3人と、ナリート、ルーミエ、ジャンの3人に挟まれて1人だったことも、受け身になりやすい立場にした部分もある。 パートナーのウォルフの言う事に従っていれば良いと依存していた部分もあった。

 そんなこんなで、話し合いに参加していても内容を聞き流してしまってきたという自覚も、最近になってはしっかりあるのだ。


 「いや、エレナ、そんな話は僕も知らない。

  布織りのために移住して来た女の人と一緒に来た人のために、畑を作っておくなんて話は僕も知らない」


 エレナは自分が聞き逃してしまっていた可能性も考えて、幾らか気分的にはそんな場合でも楽な歳下のナリートに、その話を尋ねたのだが、やはり聞き逃していた訳では無かった。 結局のところ、この話を進めていた領主様のところの官僚の人と僕らの間での認識の食い違いから始まった話らしい。

 それが判ったからといって放置しておける話ではない。

 結局そのままエレナが担当する形で、布織りのために移住して来た人のための農地の造成もすることになった。 当然ながら、家と作業場を作った土地よりも広大な土地を作らなければならない。

 そして今度の農地作りでは、土壁作りは彼女たちの家族も手伝うことになった。 することがない人を遊ばせておく訳にもいかないからだ。

 本来の村の住人である孤児院の後輩を使うのとは訳が違う。 エレナは戸惑いながらも、その家族たちの作業の指揮も執らねばならなくなった。

 家族に任せることが出来る作業なんて、ソフテンかけて柔らかくなった地面を掘って積み上げて土塀を作る作業と、畑にする場所を耕すくらいしかない。 彼らはソフテンやハーデンといった魔法が使える訳では無かったからだ。 もちろん教えはしたが、すぐに使える訳もない。

 問題はそれだけじゃない。 まず第一に家族が土壁作りに参加している時には、今まで以上にモンスターに気をつけねばならない。 城下村の者ならば何の問題にもならないスライムや一角兎でも、彼らにとっては大きな脅威となるからだ。

 それに彼らは持っている道具、鍬やスコップなんてのもバラバラで、持っていたりいなかったり、小さい子どもを妻が布作りの講習に行ってしまっているので連れて来ている人もいたりもする。 とにかく細かい面倒が、みんなエレナのところに集まってくることになってしまったのだ。


 それだけ頑張っても、新たに作られた土地に植えられたのは綿の種だけだった。

 元々農地にすることを計画していた土地では無かったので、水が引けておらず、田にするのはもちろんだが、普通の作物を植えるにしても、水やりに困るので完全な天候任せとなってしまい、この土地では効率が悪過ぎるのだ。 綿は自然の野原にも自生しているので、きっと風土的にこの土地に合うのだろう。 で、とりあえず綿を植えることにしたのだ。


 「今後、水の問題を解決して、塀の中の土地はもっとしっかりした農地にしていきたいと考えています。 今はまだとりあえずです」


 エレナはそう言って家族を鼓舞した。

 頑張って土塀を作ったのに、植えることが出来たのが綿だけだったので、家族の人たちは意気消沈してしまっていたからだ。

 その気持ちがエレナも分からなくはなかったのだ。


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