表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

137/177

村の人口が勝手に増えていく

 セメントを実用的に使えるようにする為に必要な石膏を見つけることが出来ず、今までが運が良かっただけなのだと、少し悲観的に考えたりもしたのだけど、実はそんなことはない。

 馬に乗って探索をするということは、前に歩いて回ったのとは段違いに広範囲を探すことが出来るということだ。 範囲が広がれば、それだけ見つかるものも出てくる。

 僕が石膏を探しながら、密かに「どこかに無いかな」と内心では思っていたのは、温泉だ。 何故だろう、風呂には毎日のように入っているけど、入ったことはもちろん見たこともない温泉に、僕は浸かりたいと思ってしまうのだ。

 現実的なことを言えば、火山がこの男爵領内にないのは分かっていたから、温泉がある可能性は低いと思っていたけど、硫黄を含む鉱石は産出するのだから、小さな温泉くらいあっても良いじゃないかと思ったのだ。 それに温泉があるなら、きっと硫黄が採れるということもある。


 結果的には温泉を発見することは出来なかったが、鉱泉を発見した。 温泉と鉱泉の違いなんて噴出する水の温度の違いだけだ。


 「岩の間から出てくる水を発見したからといって、何をそんなに喜んでいるの?

  そんな風に岩や土の間から出てくる水なんて、そんなに珍しいモノでもないじゃない」


 僕が鉱泉の発見を喜んでいるのを見て、ルーミエが不思議そうに言った。


 「うん、水が湧いているのは、まあ色々な所で見るけど、ここのは少し違うんだ。

  普通の湧いている水は、降った雨が地面に染み込んで、水を通し難い層の所で横に流れて出てくるモノなのだけど、ここの水はそうではなくて、もっと地面の深いところから、何らかの理由で押し出されて登ってきて、溢れ出ているモノなんだ」


 「でも同じ水でしょ。 何も変わらないじゃん」


 「チッチッチ、それが違うんだな」

 僕は勿体ぶって指を振ってそう言うと次を続けた。

 「その水を掬って、舐めてみてごらん」


 ルーミエは僕の態度にちょっとイラッとしたみたいだけど、今までの経験上こう言う時は何かあると考えたらしく、素直に言われたように行動した。


 「あれっ、何だかこの水、少ししょっぱいかも」


 「そうなんだよ。 この水、塩を含んでいるんだ」


 僕は持っていた木の椀にその水を満たし、椀の中の水を魔法で沸騰させる。 金属の塊を融解させるのに比べたら、水を沸騰させるなんて簡単だ。 でも椀を燃やしてしまわないように慎重に。

 椀の中の水を蒸発させると、真っ白とは言わないけど、僅かに粉のような物が椀の底にこびりついて残った。


 「これ、舐めてみ」


 ルーミエは僕が差し出した椀を受け取ると、右手の人差し指の先をちょっと口に含んで湿らせると、その指を椀の底に擦り付けてから、もう一度その人差し指を口に含んだ。


 「ほんとだ。 これ塩だよ」


 ルーミエは少し感動した声で言った。


 僕が見つけた鉱泉は、塩泉だったのだ。

 この地方は海がないから、今までは塩は全て他の領地から買っていたのだ。

 領地全体のこととなるから、塩を買う金額は合わせるとかなり大きな金額となり、領内の経済を圧迫する。 つまりかなりのお金が他領へと流れていくことを、どうすることも出来ない。

 それだけでなく塩は必需品だから、交易でそれを止められてしまうと、この男爵領ではどうすることもできないという最大の弱点でもあったのだ。

 自領内で塩を得られるとなると、その弱点が克服出来る可能性がある。


 この発見を領主様に報告すると、当然だけど領主様は即座に食い付いてきた。


 「何だと!! ナリート、塩を発見したと言うのか?」


 「塩を発見したんじゃなくて、塩泉を発見したんです。

  その水から塩を作ることが出来ます」


 「塩分を含んだ湧水なんてものが有るのか。

  塩は海水から採れるだけじゃないのか」


 「はい、こんな風に湧水からも採れることがありますし、塩が岩になっていて産出される場所もあると言います」


 「お前は本当に変なところで物知りだな。 ま、前からだが。

  それで、お前が発見した泉はどの位の量の塩が採れるんだ?」


 「さあ、まだそこまでは分かりません。

  塩泉があったということを、まずは取りあえず報告に来ただけですから」


 「ナリート、そこでの塩作りを最優先の仕事にしろ。

  儂の方でも最大限のバックアップはする」


 バックアップすると言われても、塩泉のある場所までの道作りも、実際の塩作りの作業も、やっぱり村の仲間たちを使うのが最も効率が良いのだよね。

 道を作るときも、魔法を使っての土木工事に慣れている村の仲間の方がずっと仕事が早いし、第一護衛がいらない。 村の仲間は、スライムや一角兎程度なら、遊びの感覚で投石器で退治してしまうが、他の作業員では護衛の冒険者も必要としてしまって、単純に人数が増えて、それでいて魔法を使っての工事にはならないので効率も悪い。

 塩作りの作業も、水を蒸発させるのに火を燃やしてという訳にはいかないので、魔法が使えないと話にならない。


 塩水から塩を得るのに、水分を蒸発させる方法としては、塩水の日の光を当てて蒸発させる塩田方式が一般的だと思うのだが、この地方は割と雨が多くて、雨を遮ることが難しい現状では、その方法は取れない。

 雨が降りそうになったら、その場に全面的に屋根を掛けるとか無理だし、透明な日の光を遮らない屋根も作れないからだ。 そうなると水を張った枠を移動するしかなくなるが、それも現実的ではないからだ。

 かといって、盛大に火を使うこともできない。 燃料になる薪の調達が林や森が少なくて、日常の煮炊きでも節約を心がけているこの地方では無理だ。

 となると、魔法一択なのだが、僕らの村の者たちのように魔法が使える者は少ない。 何故だろうと昔から思っていたが、それが現実なのだ。


 喜ぶべきことなのだが、チョロチョロと流れ出る泉の水だが、いざその水を全て無駄なく集めて、その水を蒸発させて塩を得ようとすると、実際はかなりの量になり、とてもではないが難しいということが判った。

 つまりかなりの量の塩を産出することが判って、領主様は喜んだのだが、魔法で全ての作業を行うのは、必要とする人員の数から考えても無理だった。

 どうにかならないかと考えて、流下式の方法を思い出した。 竹箒みたいな竹の枝を束ねた物に、上から塩水を流して、下に流れ落ちるうちに、光と風によって水分を蒸発させるという方法だ。 これなら雨を避ける場所はずっと限られる。

 そうして濃くなった塩水を、最終的には魔法を使って、塩にする。 この作業の途中で、ニガリを分離するということも思い出した。

 豆腐を作れるぞ。


 流下式を思い出したおかげで、村から以外の作業員が働く場が出来て、僕らも助かったのだが、塩水を運ぶのが主な作業員にも火魔法を覚えてもらって、どんどん使えるようになってもらいたい。 使っていれば魔法レベルも上がって、使えるようになるのだから。


 結果的には、僕とルーミエが発見した塩泉によって、かなりの量の塩を採れることが判った。

 領内の全ての使用量を賄うほどではないが、それでもかなりの量である。

 領主館の文官の人たちは他領から買う塩の量を徐々に減らすことを計画している。 塩が採れるようになっても、その分を一気に減らすのではなく、徐々に減らすことで他領の影響をあまり与えないようにだ。

 まあそれは建前で、この領内でも塩が採れるようになったことを可能な限り秘匿することと、塩の備蓄を増やすのが目的らしい。



 塩作りの副産物としてニガリが手に入ったのだけど、最初僕はその副産物のことは忘れていた。 なんとなくニガリと言うのは海水を濃縮して塩を作る時に得られる物のように思っていて、塩泉からも得られると思っていなかったからだ。 他のところではどうなのか判らないが、これも幸運だったのかも知れないけど、発見した塩泉ではニガリも得られるようだった。

 それが判った時に、僕がすぐに豆腐を思いついたのには理由がある。 城下村では今、大々的に大豆の栽培を始めようとしていたからだ。


 何故大豆の大々的な栽培が計画されているかというと、これも馬の飼育に関連する。 馬、特に軍馬の飼育には飼料として豆が欠かせないのだ。 豆類はタンパク質が多く、カロリーも高いので、力強い馬を生産するには欠かせない。 豆は重要な軍事資源でもあるのだ。


 「何処かから仕入れて、それを僕らの村まで運び込んでくれるという事ですか。 よろしくお願いします。

  その辺のことも、馬を飼う為に移住して来た人たちが担当するんですよね」


 「何処かから仕入れるなんてことが出来る訳ないだろ。 俺のこの領地で余っている豆なんてある訳がない。

  もちろんこれから大急ぎで栽培することになる。 フランソワを頑張らせるしかないな」


 領主様は馬を僕らの村で増やす計画を立てている時に、こちらの都合など何も考えずにそんなことを言った。


 「フランソワちゃんに陣頭指揮させるのは、まあ仕方ないと思いますけど、どこにその畑を作るんですか?」


 「お前の村に決まっているだろ。

  新たに畑を作るとなれば、お前のところが最も手っ取り早いからな。 他の所となると何時になるか判らん。

  米を作るのと違うから、水路を引く必要もないから、お前の所の奴等なら豆の畑ならすぐに作れるだろ。 確か豆は適度な雨さえ降れば、大体どこでも育つんだったよな」


 「確かに土壁を作ったり、土地を耕したりだとかは、僕らは魔法を使って行うので、他の人よりは素早くできる自信がありますけど、もう今現在僕たちで世話することの出来る目一杯の田畑があります。 その上で豆の栽培を大々的にしろと言われても無理です」


 「それは考えている。 まずは馬の世話をしている者の家族もお前らの村に移住させる。

  家族には馬の世話の手伝いと、豆の栽培を行ってもらう。

  それだけでは足りないだろうから、新たな移住者も募集している」


 「簡単に言いますけど、僕らの村ではもうこれ以上煮炊き用の薪の用意も出来ませんよ。 糸クモさんの為の木だけじゃなくて、竹や薬樹や、果物や実のなる木、それから建材になる木なんかも増やそうとしてますけど、それでもそんなに採れる柴が増えている訳ではありません。 もう今現在の必要量を確保するのがやっとです。

  つまり、城下村ではもう人の受け入れは無理なんです」


 「それこそ周りから運べば良いことだろ。 お前らの元の村だって、薪や柴は売り物として俺の町に持ち込んでいただろ。 そんな風にまだ、そこは余裕がある。

  とは言え、それもこれからどんどん問題になるところではあるだろう。

  他の村でもお前らの所みたいに、木を増やすというか植樹していく努力をこれからはさせないとならないだろう。 これもフランソワ頼みだな」


 どうやら全てもう決定していることの様で、僕らは日常の作業に加えて、新たな農地と居住地作りを大急ぎで進めなければならない忙しい日々をしばらく送ることになった。

 おかしい、僕はもうゆっくりと日々を過ごして、少しづつ城作りをしているはずだったのに。


 僕が元々想定していた自分たちの城は、ちょっと切り離されて丘になっている部分の上だけだった。

 それが最初は考えていなかったが、予定以上に孤児院出身者を受け入れることになり、丘の下も開拓することになった。

 ある程度の人数がここで暮らして行けることがはっきりしたら、悪い奴に目を付けられて、その防御と戦闘のために下の部分に少し広めに堀と土塁を築いたけど、僕らの開発範囲はそこまでのはずだった。 城下村の範囲は、まあその後、商人さんの為の区画をその外に設定したりしたけど、それで終わりだと思っていた。


 ところが何故か広がって行く。

 確かに今までも糸クモさんの為の木を増やしたり、綿を植えたり、竹を増やしたり、僕らが管理する土地はどんどん増えていた。

 けどここに来て、何だか急に人の数が、元の城の範囲外というか、堀の外の区画に増えている。 その流れが止まらない。

 田を作ることが出来るように作っておいた区画は、すぐに移住者が来て売れてしまい、田は作れない区画も売れていく。 日常の畑の作物も、近くで買う人がいるとなると、移住の敷居は急に低くなるらしい。

 そして人が集まりだすと、それを目当てに商店の数も増えた。


 それからアリーが頭になってやっていた糸クモさんの飼育が軌道に乗ってきて、糸クモさんの糸がある程度の量しっかりと確保出来る様になっただけじゃなく、布に出来ない太い糸も丈夫なロープになることが判って、売れる様になった。

 その糸クモさんの糸を織るのを主目的で作った織り機で、綿や麻や他の糸も織る様になって、やっとだけど本格的に布を売る様になった。

 王都から支店を出してくれた店は、当初想定していた糸クモさんの糸を使った高級な布の仕入れだけでなく、綿や麻の布も扱う様になり、交易量も増えて喜んでいる。 荷車をこちらに寄越すときに何を積んでくるかに悩んでいるようだ。


 エレナの同期の女性たちは今では主に糸の染色に当たっている。

 糸の違い、染料となる物、媒染の違いによる染められた糸の色の違いなどを日々研究しているみたいだ。

 今までというか、孤児院に居た時には衣服は着れれば良い、寒さが凌げれば良いというだけの感覚だったのだが、糸、布を自分たちで作り、色を染められることを覚えると熱中する様になってしまったのだ。 色が綺麗に染まると高く売れることを知ったことも、それに拍車をかけた。

 最近は少し服を作ることにも興味が広がっているらしい。 これはきっとルーミエとフランソワちゃんが王都に行ってきて、それから王都から見習いシスターたちが来たからだろう。 見習いシスターたちは、もちろん服装などは前のシスターのように決められていたのだけど、今は中途半端な立場になっていて、その決まった格好を常にしている訳ではない。 そうなると若い女性の本来の性質で、服というかオシャレが気になる。 それも影響したのだろう。


 織り機はジャンとロベルトが中心になって作っているのだけど、その2人もそれ以外のこともしているのもあって、そんなに沢山作れている訳じゃない。

 それでも女性陣に急かされて、結構な台数を作ったのだけど、全く足りてない。

 というのは、糸クモさんの糸は流石にここでしか採れないけど、木綿や麻の糸は他の所からも持ち込まれる様になったからだ。

 フランソワちゃんが農業指導で回っている時に、それらの栽培も自分たちで使うだけでなく現金収入の道になると奨励したからだ。

 それで僕らの村にそれらの糸が集まって来る。 もちろん買い取っている訳だが。

 それで城下村では、村で産出される糸以上の布を生産することになった。 その人手と織り機の資材が足りない。


 王都の店が、こちらに荷車を戻す時に今一番持ってきているのは、機織り機を作るための木材と鉄の延棒だ。 割と安い値段で売ってくれているのは、織り機を増やして仕入れる布の量を増やしたいのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ