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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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ルーミエの憂鬱

 僕にしてみたら甚だ不本意な結果ではあるのだけど、王都からやって来るシスターたちの宿舎は、今までと同じように基本的には土を固めたレンガで作られてしまった。

 ロベルトが工夫してだか、楽しんでだか、他とは違うことを試してだか知らないけど、外壁も内壁も漆喰が塗られたその家には、塗られた漆喰が乾いたか乾き切らないかという素早さで王都からシスターたちがやって来た。


 「ここの家は白い家が多いのですが、私たちが住まわせてもらうこの家は、中も外も白いのですね」


 王都から来たシスターたちに、ロベルトが作ったその家は大好評で、ロベルトはとても満足そうだ。


 僕としては、自分たちが住むその家に関してよりも、土塀や水堀から始まるこの城全体をもっとしっかりと見て欲しかったのだけど、どうも王都から来たシスターたちは自分たちに直接関わることにばかり目が向きがちだ。

 家に驚いた次は、薬草畑に驚き、薬作りの作業場の規模に驚くという具合だ。

 僕らの城やその周りでやっているのはそれだけじゃないよ。 糸クモさんとか、水田とかも驚こうよ。



 増えたシスターたち、ここではシスターとしてではなく村人として受け入れる訳だが、その内訳は4人の下級シスター、そのうちの二人はもうすぐ中級シスターになることが見込まれている。 そして18人の見習いシスターだ。

 見習いシスターも皆同じという訳ではなくて、8人はもう見習いシスターとしての経験がある者、10人がマーガレットと同じ見習いになったばかりだ。

 だから年齢もばらけていて、もうすぐ中級になろうかという二人はシスターとミランダさんよりも年長だった。


 今回の王都からのシスター受け入れで、実は一番張り切っているのがミランダさんだ。 ミランダさんは自分とマーガレットが中心になって、この新たな移住者の指導をするつもりのようだ。 自分たちの上にシスターとルーミエとフランソワちゃんを置いて、自分たち、ミランダさんとマーガレット、それに先に来ていたマーガレットの同期たちが実際の手足として動く構想だ。


 「とりあえずは製薬と、薬草畠での仕事をしっかり覚えてもらい、それが出来たら何組かに分けて、一部は領内を回ることにしましょう。

  この城下村では、ヒールを使える人が多いので、そういうシスターとしての魔法を修行する機会があまり持てないから、それをする意味でもそういったことが必要だと私は思うのです」


 ミランダさんは指導方針というのかな、これからどうしようかということをシスターに相談して決めていくようだ。

 年齢が上の下級シスターもいるみたいだけど大丈夫なのかな、やりにくくないのかなと思ったけど、ミランダさんは中級シスターなので、そこはどうやら問題にならないらしい。 ましてやシスターは上級で聖女と呼ばれているので、全く立場が上らしい。


 王都から来たシスターたちは、当初は生活全般全てに戸惑っていた。 そりゃそうだよね、王都でしていた生活と、ここでの生活は全く違っている。 僕らは、もうこれが普通になってしまっているけど、この領内の他の場所から来ても戸惑いは大きいのだ。

 それでも彼女たちは、城の外に家を構えた移住者たちよりも短い期間で、この城下村の暮らしに慣れていった。 マーガレットたち元シスターの先輩が、仕事を教えるということもあって付きっきりで世話をしていたからかもしれない。

 城下村での暮らしに慣れると、薬の生産量はどんどん伸びていった。 最初は簡単な薬から始まったのだが、作る薬の量がそれまでとは違うからだろうか、どんどん上達して次々と作るのに手間がかかる薬まで作れるようになっていく。

 薬を作るのにも、作業だけではなく、この世界では魔力も使うらしいのだが、それまでの生活とは違い、毎日魔力が枯渇するまで使うことが求められる。

 魔力が枯渇すると疲労感が凄くて、僕たちもそうはなりたくなくて逃げ回る事柄なのだけど、まあ主にキイロさんから逃げるのだけど、元シスターたちは逃げずにみんな全力で取り組んでいた。 僕らはみんな、その姿勢を見習わねばいけないなんて思ったりした。

 その努力の甲斐もあってか、彼女たちはどんどん魔力量も上がり、当然だけど[全体レベル][製薬]なんかはその数値が上がっているだろう。 僕は勝手には見ないから推測だけど、確かだと思う。 ルーミエは見ようとしなくても[全体レベル]は見えてしまうので、ルーミエも「上がっている」と言うから、確実だ。


 薬草畠は、フランソワちゃんの指導の下、彼女たち自身の手で3倍に広げられた。

 彼女たちにとっては、薬作りに魔法を使うよりも、畑作りに使う魔法の方が難しいみたいだ。

 村の元孤児の仲間たちは、ソフテンの魔法は誰もが使うのに慣れきっているので、最初使ったというか覚えた時の難しさなんて、とっくの昔に忘れてしまっていたので、それに四苦八苦する元シスターたちを見て、つい笑ってしまって悪いことをした。


 薬は自分たちが直接に卸す、領内で使う分よりもずっと多く生産されたので、門の前の商店、カレット商会のマイノさんが喜んで買ってくれた。

 城下村で作られた薬は、カレット商会では聖女印の薬として、王都その他のカレット商会の流通網で売られている。 効用の高さで評判になり、入荷すればすぐ売り切れるのだという。

 今まではその印に違わず、シスターとルーミエという本当の聖女二人が作っていた薬だから、効用が高い、つまり薬として良く効くというのは納得出来る気がするのだけど、今では二人以外の人が作った薬の方がずっと多い。 作り方も原料も同じだけど、二人が作った薬と同じ効果があるのだろうかと、僕はちょっと思ってしまった。


 薬を卸したお金は基本的には城下村の物となるので、それが増えるのは嬉しい。 あ、税も収めないといけないんだ。 僕にはその責任があるのだった。



 王都のシスターたちがやって来て、この村に慣れて、薬作りもしっかり出来るようになってきて、余裕が生まれてきて、ミランダさんがそろそろ領内を回る組を作ろうかとし始めると、彼女たちの顔は最初の緊張感はなく、明るいものだった。

 反対に暗い顔にだんだんなってきた人もいる、ルーミエだ。


 「私、何だかやる事がなくなっちゃった。

  製薬は私とシスターだけしか出来なくて、後からマーガレットたちが来たけど、それでも忙しくしていたのだけど、今は人が増えて、難しい製薬も私とシスターだけじゃなくて、ミランダさんとマーガレット、それに王都から来た人の年上の二人も出来るから、何だか私だけ仕事がないの」


 うん、なんとなく解る気がする。

 シスターは薬作りのトップで、ミランダさんから進め方を相談されたり、王都から来た人からも話が来る。 それから商会との話なんかもシスターとの間で進められるし、自分で実際に薬を作ることをしなくても、かなり忙しい。

 ルーミエはシスターと同じように薬作りは出来るけど、年齢や立場の関係もあって、ミランダさんや王都から来た人の年上の人の相談相手にはされない。 商談は、僕のような公式の立場もないから、それではやはり難しい。

 大体において、ルーミエは僕らの中ではこの村の中ではシスターを別格として、僕の次の2番目の立場なのだけど、それ以外の場所は領主様たちや院長先生は別だけど、他のところでは[職業]聖女というのを隠すために、極力誰かの陰に隠れるようにしていたし、周りも隠したこともあって、あまり知られていない。 対外的にはその弊害が出ているのかもしれない。

 いや、やっぱり年齢かな。 僕は村の代官という立場をもらったから、この年齢でも周りの人がそれなりに扱ってくれているのかも。


 ルーミエの愚痴めいた言葉は止まらない。

 「フランソワちゃんは、薬草畠作りで頼られるだけじゃなくて、外に越して来た人なんかにも頼られていて、まだまだ忙しいじゃない。

  アリーは糸クモさんの世話はもちろんだけど、布作り全体についてで忙しくしている。

  マイアは知っての通り、もうこの城下村全体のことを取りまとめる感じで、忙し過ぎる感じ。

  エレナも私たちの下で冒険者登録をした子たちを引き連れて、毎日忙しく狩りに行っている」


 「えっ、エレナってそんなことしているの? 僕は全然知らなかったよ」


 「うん、糸クモさんの世話はともかく、糸作りや布作りは性に合わないんだって。 それで私たちが村で鍛えた子たちを連れて狩りに出てる。

  ナリートだって、猪の肉を喜んでいたじゃない、『兎の肉とはやっぱり違う』って言って」


 「うん、猪は肉に脂身があって美味いよね」


 「あれはエレナたちが獲って来たのよ。 猪の脂は色々使えるし、皮とか毛も需要がある」


 「ま、そうだよね。 でもさ、エレナが狩りに行くのをウォルフは許しているのかな?」

 「諦めているみたい。 [職業]狩人だから仕方ないって」


 「そうだった、エレナは[職業]狩人だったもんな、狩りに行くのは当然のことかもしれないな」


 「ま、エレナは良いんだけど、私が言いたいのは、みんなそんな風に自分がしなければならないことと言うか、自分が主になってやらないといけないことをしているのに、今の私にはそういう仕事がないのよ。

  何だか私だけサボっているみたいな気になるし、自分だけおいて行かれているみたいな気がして、焦っちゃうというか、どうして良いのか分からない」


 「それを言うなら僕だって、今は自分が主になって何かをしているということは無いよ。 ルーミエと変わらない」


 「ナリートは良いのよ。 なんだかんだ言ったって、ここの代官なんだし。

  それにそもそもナリートは自分がしたいことをして、周りを巻き込んで来たんじゃない。 今だって、まだまだしたいことは有って、まだ周りのジャンたちが忙しくて、それに付き合ってくれないだけでしょ」


 僕は良く知らないのだけど、エレナの同期の女性たちとかも、それぞれに色々と担当しているのだろう。 城作りの最初の方からの連中は、みんなそれぞれに上に立って何かしている感じになっている。

 ルーミエはシスターと一緒に担当していた薬関係が、人材的に足りてしまって、ちょっと仕事が無くなってしまったのだろう。 今まではずっと忙しかったから、手持ち無沙汰で落ち着かないのかもしれない。


 「それじゃあ、ルーミエが付き合ってよ。 とりあえず今、しなければならないことは無いんだろ。 それなら僕に付き合っても良いはずだ」


 「うーん、どうしようかな」


 珍しくルーミエの歯切れが悪い。 いつもなら僕が声を掛けなくても、手が空いてさえいれば自分から押しかけて来るのに。


 「私だけじゃなくて、フランソワちゃんでも、エレナでも、マイアでもだと思うけど、私たち女の子たちは男連中とは違って、鍛治の手伝いはして無いじゃない。 だから、メルトやメルトダウンは使えないよ。

  それだと今ナリートがしていることの手伝いにならないんじゃない」


 「あ、そういうことか。

  大丈夫、ルーミエは当然だけどホットウォーターやボイルドウォーターは使えるじゃん。 それとあまり変わらない。 水か金属かの違いだけだから。

  まあ覚える時にはちょっと魔力をたくさん消費してしまうかもしれないけど、一度覚えてしまえば次からは魔力の消費は減るから。

  それに元々ルーミエは魔力量が多いから、問題にならないと思うよ」


 「それなら良いかな。

  それでナリートは私が手伝ったら嬉しい?」


 「もちろんだよ。 一人でやるより、ルーミエが一緒にやってくれたら捗るだろうし、何よりもずっと楽しく出来そうだ」


 「そう、じゃあ手伝ってあげるわ」


 ルーミエはさっきまでの暗い顔と暗い雰囲気は、どこかに放り投げて、とても上機嫌になった。


 それから僕たちは石灰と色々な所の粘土を混ぜたり、その割合を変えたりして、実験を繰り返したのだけど、やはり固まる時間を都合良いようにするには石膏が必要なようだ。

 石灰岩が普通にあるのだから、石膏も近くにあるかと思ったのだけど、簡単には見つからなかった。

 最初は、この城作りの場所を探した時のように、歩いて石膏を探したのだけど、それでは見つからず、それなら硫黄をと思ったのだが、それも無い。 火山というか、温泉でもあれば硫黄はすぐに手に入りそうだけど、この辺りにはそういったものはない。 まあ、もしそんなのが有ったら、温泉を優先してその近くに城を作ろうとしたかもしれない。


 これ程見つからないのは、ちょっと意外だったのだけど、今までが運が良かっただけなのかも知れないとも思った。

 僕たちは仕方なしに、馬に乗る練習も兼ねて、馬に乗って歩くよりも遠くまで石膏か、硫黄はないかと探し回ることにした。

 そして僕たちが使えそうな物として見つけたのは、銅の鉱石だった。

 しかしやっと見つかった銅の鉱石も黄銅鉱という鉱物で、そこから硫黄分を分離して石灰水と反応させて石膏を作るのでは、鉄の精錬をして、その排ガスを利用というか脱硫装置で石膏を作るのと変わらない、いや、温度はより上げる必要があったりと手間がより掛かるので、それでは本末転倒だ。


 結局、セメントは使い勝手の悪い物しか作ることが出来なくて、実用化に足る物を作れるようになるには、先に鉄の精錬をする必要があることが分かっただけだ。

 それまでは今までよりは良いけれど、漆喰で固める方法が使われることになる。

 それでも土で積んでいただけより十分な進歩ではあるのだけど。


 「やっぱり今までが運が良かっただけなのかも、まあ、木は元からないけど。

  木がなくても、石炭があれば良いのだけど、それも見つかってないしな」


 頭の中の知識で、あれがあれば、これがあればと思ってしまうのは仕方ないと思う。 その気分は周りの誰にも理解してもらえないけど。


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