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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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領主様たちから持ち込まれた計画

 今回僕たち三人が王都にやって来た目的である糸クモさんの布の価格調査は、領主様のおかげもあって、卸先と卸価格も大体決まるといった、目的以上の成果をあげる事になった。

 実際に卸す先を城下村に支店を出してくれた店にするかは、みんなに、特にアリーに相談して決めなくてはならないが、現実的には決まりだろう。

 でも完全に一軒に決めてしまうのは、その店が今現在は良心的であっても、何かと不安なので、量は少なくなるが他にも卸す必要があるだろう。 そのくらいのリスク管理は絶対に必要だ。

 あと、高級品ではない低級の布は、ルーミエは気になった小さな店にも回してあげたいみたいなので、そこら辺も少し考えなければならないだろう。 そういった小さな店では、布の輸送を自分たちで請け負うのは無理があるからだ。 これはこれからの課題だな。


 僕たちは、その翌日も領主様から仕事は休みだと言われた。

 元々は単純に領主様が王都に来るのに便乗させてもらうだけのつもりで、王都で仕事をするつもりではなかったのだけど、気がついたら僕もルーミエもフランソワちゃんも、領主様と老シスターに、ずっと色々と連れ回される事になっていた。

 昨日は領主様が僕らの目的に付き合ってくれたというか、便宜を図ってくれたという形ではあったけど、やっぱり領主様に連れて歩かれた感じが強くて、とても自分たちの気が抜けるという感じではなかった。

 僕たち三人は領主様の王都の邸に居ると、また何かすぐにやる事を押し付けられるかも知れないので、休みと言われてすぐに邸から王都の町に逃げ出した。 やっと自由に気楽に王都の町を楽しむことが出来た。 とは言っても町を歩き回って、少し買い食いをした程度だけど。


 僕たちが邸を出る時に、入れ違いに老シスターはやって来た。

 ルーミエとフランソワちゃんは、老シスターにいつもの様に「一緒に来なさい」と言われるかと思って、隠れようとしたのだが、そんなこと出来る訳なく、諦めたみたいだったのだが、予想外に老シスターに呼ばれることなく、軽く挨拶しただけで済んだので、より一層町に出た時に開放感を感じていたようだ。

 そうして僕たちが町に出て、本当に気楽な楽しい時間を久しぶりに過ごして、夕方に邸に戻ると、ちょっと驚いた事にまだ老シスターは滞在していた。

 僕たちは仕事を免れたことと、遊びに出掛けることばかりに気を取られていて、朝の時点では老シスターが、ルーミエとフランソワちゃんを連れに来たのではなく領主様の邸に来た理由なんて考えなかったけど、どうやら何らかの話し合いに来ていたらしい。


 僕たちが邸に戻って、少し自分たちの部屋で寛いでいると、王都の邸を管理している老夫婦のおばさんの方がわざわざ僕たちを呼びに来た。


 「男爵様たちが、あなたたち三人を呼んでいます」


 おばさんは三人と強調したので、領主様が用事があるのは僕だけじゃないということだろう。


 僕たちが領主様の部屋に入ると、ちょっと予想していなかったのだが、中には領主様だけでなく、老シスターと文官の人たち、それに騎士の人なんかも居た。 老シスターは、まだ邸に滞在していることを知っていたから居るかなと思っていたけど、文官の人たち、まして騎士の人まで居るとは思っていなかった。

 何だろうと僕たちはちょっと緊張した。


 「お前たち、ちょっと相談があるから呼んだ。

  ナリートだけでなく、ルーミエとフランソワも呼んだことで解ると思うが、お前たちの城下村全体に関わることだ。

  ある計画が持ち上がって、それにはお前たちの村の全面的な協力が必要なんでな。 それで相談だ」


 相談だと言われても、領主様から言われたら、僕たちには拒否権はほとんどない気がするのだけど、ましてや老シスターも絡んでいるなら尚更だ。 でも協力を求められても、僕たちは今現在目一杯忙しいのだけど。

 そんなことを僕は内心考えながら、とりあえず話を聞いてみる事にした。 話を聞かないことに何も分からない。


 「お前らが頭の中で何を考えているか、というか迷惑に思っているのは解っている。

  だが、元はと言えば、ナリートが馬に簡単に乗れる工夫をしたことが、この計画が持ち上がってきた大元だ。

  だからお前たちが巻き込まれるのは、仕方のないことなんだ」


 やっぱりナリートが仕出かしたことなのね、という感じでルーミエとフランソワちゃんが、諦めたというような顔をした。 そんな顔されても、まだ訳が解らない。


 「ルーミエとフランソワもやりたいと言う程、簡単に馬に乗れる道具をナリートが考え出しただろ。

  あれを見て、騎士たちが提案してきて、文官が乗り気になったのさ」


 いや、僕、何も悪いことしてないよね。 ただ、馬に乗るのって難しいから、つい頭の中にあった知識から、鐙を使うことを思い出しただけだから。

 あれって、こんなに多勢が集まって何かを計画するようなことだったの? 僕は自分が馬に乗れれば良いと思っただけなのだけど。


 計画は大まかには、こういう事らしい。

 僕らの城下村を拡張して、その一角に牧場を作り、馬の繁殖を行う。

 馬を増やして、それに乗れる人を増やし、領主様は騎士というより、騎兵を作るつもりのようだ。


 「馬なんて、今までは乗れる者が少なくて、騎士という小さい時から訓練していた、そういう[職業]かそれに準じた[称号]持ちくらいしかいなかった。

  だから精々、その地位を表すことが主で乗るか、さもなければ伝令として速く動く必要がある者が乗る程度だった。

  馬に乗れる者が少なくて、尚且つ馬は体も大きいから飼うのがなかなか大変だから、馬自体の数も少ない。

  だが、ナリートの工夫で、儂でもまあ乗れるくらいに簡単に乗れるなら話は別だ。 それなら馬に乗っていることを前提の兵を作ることが出来る」


 ルーミエとフランソワちゃんは領主様の言っていることがちんぷんかんぷんだったようだが、僕には理解することが出来る。

 馬に乗ることが、幼い時から訓練していなければまともに出来ない特殊技能だったら、それが出来る人は少ない。 そうでないと、今までの領主様のようにただ単に馬に乗せてもらえるだけで、乗り手の意図する通りに戦場を駆けるなんてことは出来ない。

 それが鐙によって、今までと比べればとても簡単に軽い訓練で馬に乗れて、意図した通りに馬を駆ることが出来れば、それを前提にした兵力を作ることが出来る。 つまり騎兵が作れることに領主様というか騎士たちが気が付いて、領主様はその育成をしようと決断したのだろう。


 うーん、僕も領主様と他の貴族を巡って、少しは考えてしまってはいたのだよね。

 領主様と周りの文官の人たちは、僕のことをだしにまで使って、他の貴族たちのことを味方と中立と対立する人とを明確にしようとしていた。

 それってやはり、何らかの問題があるし、危機意識があるからだろうな、と。

 つまりはそういうことで、領主様は兵力の増強を考えないといけない状況にあるということなのだろう。


 そんなことをつい考えてしまったのは、頭の中にある知識のせいなのだろうか。

 何であれ、僕たちはまだ、単に自分たちが暮らす場所を作ろうとして開拓を始め、少し村として人が増えてきた程度のことなのだから、そんな大人たちの事情は関係無い。 と思いたかったけど、そうも言っていられないのだろうなぁ。

 領主様は今後の構想に重要になるだろう馬の繁殖を、僕らの村でさせることは決定済みみたいだ。


 「お前たちにとっても良い話だろ。

  お前たちには繁殖をさせるのだから、少し優先的に馬を回してやるぞ。

  お前たち3人だけでなく、ウォルフやウィリー、ジャンなんかも喜ぶんじゃないか」


 「領主様、そんなこと言って、僕たちに安請け合いさせようとしてもダメですよ。

  これは城下村全体に関わることですから、僕ら3人で決めて良いことじゃないに決まっているじゃ無いですか」


 「そうそう、勝手に決めるとマイアに怒られる」


 ルーミエもそう言って僕を援護した。


 「それに、場所を確保するにも、今現在壁作りの作業に回せる人手がないですよ。 今の農作業と、糸クモさんの世話をはじめとした布作りなんかで、もう大忙しで、キイロさんがやっている鍛冶の仕事の手伝いだって、人手が足りないって言っているのですから」


 僕が一番の問題点を指摘すると、今まで領主様にこの場を全て任せる感じで、何も言わずに眺めていた老シスター、院長先生が口を出した。


 「たぶんそうだろうなぁと、私たち、私たちというのは領主様も含めてのこちらの大人たちなんだけど、私たちもそれは考えていたわ。

  それでね、ナリート、ルーミエ、フランソワ、今まではあなたたちの村に、領内の孤児院の卒業生の希望者の受け入れをお願いしていたけど、それをもう少し拡大して、王都の孤児院の希望者も受け入れてくれないかしら。

  単に人手を集めるのなら、単純に移住者を、領主様の援助を餌にして募った方が早いでしょうけど、あなたたちのしている事に慣れてもらうには、まだ若い孤児院を卒業したばかりくらいの子たちの方が良いでしょ。

  それにその方があなたたちも、変に年上の大人たちが加わって来るよりも、やり易いでしょ」


 「それは農法を教えたり、必要とされる魔法を教えたりするには、その方が都合が良いということですか?」


 フランソワちゃんがそう尋ねた。


 「まあそういうことね。

  フランソワ、もしそうなれば、きっとあなたが先頭に立って教育をすることになるのでしょうから、そこはやっぱり気になるのね」


 「そうですね、馬を飼育するには、その為に色々と作物を植えて収穫しなければなりませんから。 それは私が城下村で担当している部分になると思います」


 「えっ、馬って飼うのに何か特別な作物を作ったりしなくちゃいけないの? 草地があれば良いんじゃないの?」


 フランソワちゃんと院長先生の話を聞いていたルーミエが、疑問を口にした。


 「ルーミエ、学校に行っていた時に毎日のように乗っていたウチの馬車の馬だって、普通の草以外にも食べていたでしょ」


 「そうなの。 私、全然覚えてない。

  私は乗せてもらうだけで、馬なんて別世界のことだと、あの頃は思っていたから、そういうのは全く見てなかったんだと思う」


 確かにルーミエの言うとおり、あの頃の僕らにとっては馬なんて、フランソワちゃんと一緒だから馬車に乗せてもらえるから近くで見たけど、それ以外は遠くから眺めるだけの存在だった。

 だけど今の僕は、頭の中の知識でフランソワちゃんの言っていることも分かる。 冬とか辺りに生えている草が少なくなった時用に干し草を作らないといけないけど、その干し草を適当な所から調達するのは大変だから、燕麦なんかを栽培した方が手間が省ける。 青草が繁殖する時期も、放牧する場所にも都合の良い植物を増やした方が良い。 豆とか、芋とかも欲しい。

 そもそもに体の大きい動物だから、食べる量だって多いはずで、それを考えると広い場所と、計画的に飼料を栽培する必要がきっとあるだろう。 何であれ人手は今よりもたくさん必要になるのは確実だろう。


 「つまり、今よりも人手が必要なことは確実で、新たに王都からも孤児院出身の人を受け入れて、その指導はフランソワちゃんが主に受け持つ事になるという事ね。

  まだ本決まりじゃないけど、きっとそうなるよね。 頑張って」


 おっと、何だかルーミエが自分に仕事が回ってこないようにと、フランソワちゃんに押し付けている感じだ。


 「そうね、そういう事になると思うわ。

  ルーミエには、王都から城下村へ行く見習いと初級のシスターの指導を、カトリーヌと共にお願いする事になるから、そっちに手を出す余裕はないと思うから。

  逆にフランソワは自分の農業指導の手が空いたら、そっちも手伝ってあげてね。

  薬草の栽培も、教えてあげて欲しいことの一つだから」


 「院長先生、あの話、本気だったんですか?」


 「もちろんよ。

  王都から修行に行くシスターたちに、あなたとカトリーヌで、イクストラクトが使えるように教えたり、薬の製造を教えたりしてね、しっかりと」


 うーん、何だか僕らが知らないうちに、もう色々なことが決まってしまっているみたいだ。

 これはきっとどうにもならないのだろうなあ。

 少し城下村の開発が軌道に乗って、いくらか楽になってのんびり出来る時間も出来るかなと思っていたのに、また忙しく働かないとならなくなりそうだ。

 僕たちは、かなり気分が重くなった。



 そんな気分は、帰り道ではルーミエとフランソワちゃんは完全に忘れ去ってしまった。

 領主様が僕たちに、馬を一頭買ってくれたのだ。 僕たちに、と言うよりはルーミエとフランソワちゃんにだな。


 「最初に行った、お前らの村に支店を出した店は、衣類や布だけでなく手広く色々な物を商っているんだ。

  それでまあ、今回の王都でお前らは頑張ってくれたからな、褒美としてあそこで馬を一頭用意させたんだ。 ルーミエとフランソワが乗ることになるのだから、気性の優しい牝馬だ」


 王都からの帰り道、2人は馬に乗る練習で、他のことはあっさりと忘れてしまったようだ。

 僕は馬は行きに練習して馴れた馬を、鐙を考え出した褒美にもらえることになっていた。 これは領主様というよりは、騎士の人たちが分けてくれた感じなんだけどね。


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