遊ばせてはくれないよなぁ
領主様は男爵という爵位持ちの貴族になっているから、王都にも邸を持っている。
とは言っても冒険者上がりの一番下っ端の男爵であるから、他の貴族さんたちとは比較にならない小さな邸らしいのだが、僕たちにとっては豪華なお屋敷だ。
領主様自身は、王都に邸を持つ金があるなら別のことに使う方が良いと、邸など持たず王都に滞在する時はどこかの宿に泊まれば良いという考えだったらしいが、やはりそれは体面上許されなくて、王都に邸を持つことになったらしい。 実際問題として、王都で貴族が宿泊する様な宿に滞在する経費を考えると、邸を持ってしまう方が安くつくということもあるらしい。 無駄に多くの人に傅かれることになってしまうからね。
それよりは貴族としては王城から離れた郊外に、邸を持って、少ない人数で運営した方が経費もかからないということらしい。 特に領主様のように、変な見栄を張る気の全くない人にとっては。
「道中お疲れさまでした。
部屋の用意も整っていますし、滞在中の世話役の手配も済んでおります」
そんな訳で、僕らが領主様の王都の邸に着いた時、僕らをじゃないな、領主様を出迎えたのは、後ろに邸の近くに住んでいるのかなと思う女性たち数人を従えた老夫婦2人だけだった。 いや、老夫婦と感じるのは僕たちがまだ若過ぎるからで、少し年配の夫婦というのが正しいのかも知れない。
「ああ、ハンス、準備ご苦労。
で、後ろの者たちに渡す金とか足りているか?」
「あのですね、そういうことは、この場で言うことではないでしょ」
ハンスという人は、もう諦めたかの様な調子で、それでも領主様に苦言を言った。
後ろの女性たちは、そんなやりとりを見て、クスクス笑っている。
「相変わらずだねぇ、ここのお館様は。
大丈夫、あたしたちはちゃんと給金を貰っているよ」
「おおそうか、それなら良いが、少ないとかあったら、ちゃんと相談しろよ」
女性たちはそれを聞いてまた笑ったが、問題ないと手を振った。
「それで、そちらの3人が連絡のあった子たちですね」
「ああ、そうだ。 この3人は儂の小間使いとして連れて来たが、3人とも王都は初めてだ。 みんなも色々と教えてやってくれ」
領主様の王都の邸での出迎え儀式みたいなモノは、たったそれだけで終わりとなり、解散となった。 各々とりあえず夕食までは部屋で休憩したりの自由行動ということだ。 まあ到着が、当然だけどそういう時間だったからね。
僕たち3人が案内された部屋は、領主様の部屋に割と近い部屋だった。 部屋に入るとすぐにルーミエが言った。
「体が汗っぽくて気持ち悪い。 お風呂に入りたい」
その気持ちは僕もフランソワちゃんも一緒だ。 旅の最中は体を拭くくらいで、城にいる時の様に毎日入浴という訳にはいかなかったからだ。
とはいえ、全く勝手の分からない領主様の王都邸だ。 僕らは体を拭く布と着替えを持って、たぶんさっきいただろう女の人を見つけて声を掛けた。
「すみません。 体をきれいにしたいのですが、そういった水場はどこにあるのでしょうか?」
「あ、はいはい、こちらですよ。 ただまあ、みなさん今使っているから、少し待っていただくようですねぇ」
まあ、それはそうか、みんな考えることは同じだよね。 仕方ない少し待つか、と思ったら案内されることになっていた方から、一緒に来た親しくしている文官さんが顔を見せて、僕を呼んだ。
「ナリートくん、ちょうど良かった。 今、呼びに行こうかと思っていたのですよ。
すみませんけど、甕の水、温めてくれませんか。
やはりそれに慣れてしまうと、水よりもお湯の方が良いですからね」
道中は僕たちがお湯を桶に出して、体を拭いていたので、それに慣れてしまったからだろうけど、僕はこれで一つのことに気がついた。 フランソワちゃんも気付いたみたいだ。
「ルーミエ、ここ、もしかして風呂ってないのかしら」
フランソワちゃんとルーミエはショックを受けていた。 僕らにとっては今は風呂は生活の中で普通のことだが、それは一般的ではないことを思い出した。
領主様と談判して、風呂を作らせてもらおう。 風呂のない生活は僕たちには耐えられない。
王都に行って、僕はどういう訳か貴族の副官としての礼儀作法の様なことを、領主様の側近の人に教えられている。
その前に、僕の体格に合わせて作られていたらしい、結構上等な服を着せられた。 文字通り、側近の人は僕がその服を着るのに戸惑うかと思って着せようとしてきたのだけど、僕はそれを断り自分で着た。 もう人に手伝ってもらって着替えをする歳じゃない。
その少し高そうな服を着ることは苦労することなく出来たけど、作法の様なことには苦戦した。 僕がそんなことには縁がなくて、全く知らないのは当然だと思うのだけど、貴族である当人の領主様までその辺はあやふやなので、その領主様の失態までを僕はフォローすることを求められたからだ。
もしかしたら、その役を今までしていた人が、それが嫌というか面倒なので、僕に押し付けようと画策したんじゃないかと思ったりしている。
そんなことをして僕が過ごしていると、同じように領主様の小間使いという名目で来たはずのルーミエとフランソワちゃんは、いつの間にかいつもの様に、どこから手に入れたのかズボン姿に変わって、王都の邸の女の人たちに混ざって雑務をこなしているみたいだ。
僕と違って、忙しそうではあるけど、何だか2人ともおしゃべりしたりしながらの作業だったりするので楽しそうで羨ましい。
そんな数日を過ごした後、僕は領主様と王都での行動を共にしている。
共にしていると言っても、何も特別なことをしている訳ではない。 まともな副官としての仕事は僕なんかに出来る訳はなく、僕はほとんどの場合領主様の腰巾着として、ただ側に立っているだけのことだ。
これが意外に疲れる。
何もしないで、ただ静かに領主様の大体は少し後ろに他の人とともに立っているだけなのだが、だらけた格好で立つ訳にもいかずきちんと姿勢を正していなければならない。 そのくらいのことは当然のことだと自分でも思うのだが、他にすることもなくただ姿勢を正すことだけに意識を向けていると、本当に辛いのだ。
んー、何で領主様は僕を連れ歩いているのだろう。
気分を紛らわすために、僕は姿勢を崩さない範囲で、周りを観察することを意識する。
領主様と訪問先の人との話は、何と言うか儀礼的な言葉の応酬が多くて、それをする意味が僕には解らない感じだ。
身分が下の者が上の者を訪ねて、挨拶をする必要があるらしいのだが、領主様は爵位からしても一番下だから、王宮での催しの前に多くの人を訪ねて挨拶をしなければならないらしい。
繰り返し同じようなことをしていると、段々慣れてくる。 僕はそれとなく周りの人を観察することが出来るようになってきた。 と思っていたのは僕だけで、一緒に行った側近の人たちによると、興味津々で観察していますという態度が見えて、ハラハラしたとのことだ。 やはりそういう態度は無礼と思われるらしい。
それでも僕の場合はまだ子供なので、実際はそろそろ成人と認められる年齢なのだけど、初めてこういった場に参加したら仕方ないよね、という感じで大目に見てもらえているらしい。
ま、そういうことは置いておいて、僕は周りを観察することで、立っているだけの辛さを誤魔化していた。
僕は訪問先がどんな所なのかも良くは知らないし、領主様と言葉を交わしている人がその邸の主人、つまり爵位持ちの貴族がほとんどなのだろうと思うけど、それらの人たちの知識もない。 だから観察したとしても、何か重要なことが見て取れる訳でもない。
そんな僕が観察して分かったことは、領主様と一緒にやって来た僕に対して興味を示す人と、完全に無視する人、全く無関心な人がいることだ。
僕はそのことを領主様に言った。
「気がついたか。 つまりはそういう事だ。
ナリート、お前の様なまだ子供というような若者を連れて行けば、それを目にした者は、やはり関心を持つ、色々とな。
そこでその関心を素直に俺に聞いてきた者は、こちらに友好的である可能性が高いだろう。 関心を示しつつ触れて来ない者は、どちらの可能性もあるな。 完全に無視する者は、完全に無視するという事で関心を持っていることを表してしまっているのだが、まあこれは単純な反友好的という事で、この者たちは懐柔したり、立場が変われば友好的になる可能性がある。 無関心に見えるのは良くない。 これはお前を認識しつつも、そこに明らかな関心をまるで見せない。 これは本当の敵対勢力である可能性が高い。
まあお前を連れ歩いているだけで、そんなことも見えやすくなるということさ。 まあ貴族なんて者は、そこら辺の腹芸は鍛えられているから、その見えたことが真実とは全く限らないから気をつけないといけないが、それでも一つの参考にはなるということさ」
ま、何となく、領主様も男爵という地位で色々と苦労もしているということが、僕にも分かった気がする。
----------------------------------------------
王都にやって来てから、領主様は何だか忙しく毎日色々な所に行ったりしていて、それにナリートは連れられて行っている。
同じように領主様の小間使いとしてやって来た私とフランソワちゃんだけど、ナリートが礼儀作法みたいなことを教わっている時には、私たちも貴族の人を前にしての挙措振る舞いという様なことを、ここに着いた時に出迎えてくれた年配の夫人に教わった。 なんでも女性の召使いの振る舞いとは違うとの事だけど、私にはどう違うのかも良く分からない。 フランソワちゃんは少しは違いが分かるようだ。
でもそれ以降は私たちは領主様と一緒に出かけるという訳ではなかったので、割と暇な気楽な時間を過ごすことになった。
こちらに向かっている途中では、私とフランソワちゃんはズボンを持ってきていなかったので、馬に乗ることを教えてもらうことが出来なくて、とても悔しい思いをした。
それでこちらに着いてから、すぐにズボンを手に入れることを考え、ここでは振る舞いを教えてくれた夫人に尋ねるのが一番良さそうだと見当をつけて、手に入れる方法を尋ねてみた。 私たちが求める物が高級な物ではなく、普段使いの物だと分かると、夫人は簡単にどこかで見つけてきて、私たちにズボンを呉れた。
私たちは挙措振る舞いを教えてもらっている時だとかは、きちんとした服装をしていたけど、それ以外はやっぱり普段のズボンの方が動きやすくて、ここでもそちらの姿がほとんどになってしまった。
それは世話役として雇われているという女性たちを手伝うようになったからでもある。
領主様とナリートたちが一緒に出掛けてしまうと私たちは暇になったので、彼女たちを手伝うことにしたのだ。 私たち2人だけで外に出掛けることも出来ないし、それくらいしかすることがなかったのもある。
世話役の人たちの労働で、1番の重労働の部分は水汲みだった。 炊事・洗濯・掃除その他と水汲みは必須で、井戸から汲んで大甕に水を溜めるのが一番骨が折れる仕事だったのだ。
ウォーターの魔法を使い慣れている私とフランソワちゃんにとっては、そんなことは簡単なことだった。 2人でそこら中の甕に水を満たすと、世話役の人たちはとても楽に仕事が出来る様になった。
私たちはそれで彼女たちに混ざって、気楽に洗濯したり掃除したりの作業をおしゃべりとどっちが主か分からない調子でしたりした。
早く仕事が終わってしまった後は、領主様たちもいないので、それでも一応許可はとって、彼女たちの為に風呂を準備してあげたりもした。 風呂はすぐにナリートが作ったから。 もちろん私たちも手伝った。
そんな調子だからズボンの方が都合が良くて、履き替えはお礼にと世話役の人が呉れた。
私は年上の女性たちと話す機会は、シスターと町の孤児院から来た元シスターのミランダさん以外は今までほとんどなかったから、何だかとても新鮮だし、可愛がってもくれるのが嬉しいし、楽しくて仕方ない。 お風呂は、だからそのお礼でもある。
でもまあ、世話役の人たちはみんなプチファイヤーは使えるのだから、まずはドロップウォーターは練習すると良いと思う。 どちらも生活魔法だからプチファイヤーが使えるなら出来るはずなのだから。
「その生活魔法のドロップウォーターで練習していれば、私たちもあなたたちのように、甕の水を魔法で溜めることが出来るようになるの?」
「はい、私たちも最初はそこから練習しました。
練習していると魔力も上がるし、全体レベルも上がったりするかも知れません。
私たちはそうして上げていたら、今みたいにウォーターやホットウォーターが使える様になりました。
ただ、私たちはモンスター退治なんかもやって、その影響もあるのですけど」
「確かに私たちはモンスター退治は出来ないわね。
だけど練習すれば、徐々に出来る様になるというなら、試してみても良いわね。 別にそれにお金がかかる訳じゃなし、少しでも出来て水が溜まれば、それだけでその分仕事が楽になるからね」
世話役のおばさんたちの間では、ドロップウォーターの練習が流行った。 頑張り過ぎると疲労感がすごくなると思うのだけど、一度経験すれば分かると思うので、まあ良いか。
それにしても何で今までは使っていなかったのだろうか。 どこでもプチファイヤーはみんな使うのに、同じ生活魔法で難度は変わらないと思うのだけど、他の魔法は使わないんだよね。 知られていないのかな。




