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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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計画倒れと計画通り

 まだ僕たちの城下村への移住者は少ないけど、それでも開拓者と商店がやって来て、僕らが整備しておいた土地区画を買ったので、僕が買いたい物の購入資金は出来た。

 とは言っても、得られたお金は僕が個人的に得たのではなくて、僕たちが村として得たのだから、つまり城下村全員のお金だ。 僕が勝手にそれを使える訳が無い。

 まずは主要メンバーに対して、何に使いたいかの説明をする。


 「今回得られたお金だけど、前から考えていたモノの購入資金に当てたいのだけど」


 「で、何を買いたいの?」


 僕が得られたお金を、少しニマニマしながら数えていたので、僕に欲しい物があるのはバレバレだったけど、村のことを考えた上で欲しい物があるのだというくらいの信用はある。 ジャンにあっさりと返された。 もう少し何を買いたがるんだって不審がる感じを出してくれても良いのに。 ま、仕方ない。


 「この得られたお金で、僕は馬を手に入れたい。

  そうすれば今までよりずっと物を運ぶのが楽になる。 そしてもっと本格的に鉄の精錬をして、鉄を利用出来るようにしたい」


 僕はちゃんと買いたい物をはっきりと言い、何故買いたいか、買った後にそれを用いて次にする目標も示した。 うん、完璧。


 「馬か、確かに馬が使えれば、今よりずっと楽にたくさんの荷物を運べるだろうな」


 「鉄の精錬をもっと大規模にするには、ここでは出来ないから別の場所にそのための施設を作って行わねばならない。 その資材を運んだり、作り始めても材料を運んだり、色々と運搬は大変になるからってことか」


 ウィリーとキイロさんは、僕の意図をすぐに解ってくれたようだ。


 「でもお前、確かに馬を買うことは出来ると思うけど、その馬の世話は一体誰がするんだ? 俺は馬の世話の仕方なんて知らないぞ。 誰か馬の世話が出来る奴がここにはいるか?」


 「えっ、馬の世話を出来る人って、ここにはいないの?」


 ウォルフの指摘に、僕は完全に虚をつかれた。 そんなこと全く考えもしなかった。


 「この村はほとんどが孤児院出身者だから、馬なんて孤児院にはいないよ。 だから世話したことがある人がいる訳ないよ」


 エレナに、そう言われて、言われてみればそうなんだけど、馬って身近に見ていたから。 そうか、僕が馬を身近に見ていたのは、町の学校に通うのにフランソワちゃんと一緒だったので、馬車に乗せてもらっていたからだ。


 「えーと、フランソワちゃんは?」


 「確かに私の家では馬は飼っていたけど、私は馬の世話をしたことはないわ。

  私は馬車に乗せてもらうの専門で、私自身が馬を世話することも、馬を御したりすることもしたことはないわ」


 「領主様は馬に乗るよね。 ウォルフとウィリーは、領主様に訓練してもらったんだから、その時に馬の扱いとかは教わらなかったの?」


 「俺たちは衛兵として雇われていたんだぜ。 衛兵は馬なんて使わないよ。

  それに俺たちは、まだ若過ぎて身体も大きくなり切ってなかったから、馬を触らせてはもらえなかったよ」


 うん、領主館には馬を世話する係の人って、確かにいた気がする。


 「えーと、つまり、馬を買っても、誰も馬の世話が出来ない、ってこと。

  まさか、そんな落とし穴があるなんて」


 「馬なんて、そこら中で飼われているのだから、飼うのが難しいということはないだろうけど、それでも全く経験者が居ないのでは、さすがに飼うことは出来ないぜ。

  誰か飼い方や、御し方の指導をしてくれる人がいないと、最初は無理だ」


 「そうね、誰かそういう人を探すことが、馬を買うよりも先決問題ね。

  大丈夫よ。 きっと孤児院出で、馬を使っての輸送の仕事の店で働いている人もいると思うわ。 そういう人を見つければ。

  いや、それよりそういう人に、お店の支店を作ってもらう方が早いかも知れないわ」


 シスターが現実的な提案をしてくれた。

 確かに町なんかとの輸送だけを考えるのなら、それが一番早いし確実な気がする。

 だけどそれだと自分たちの自由にはならないだろうし。 考え所だな。


 「ナリートって、頭良いけど、ちょっと抜けてる?」


 「まあ、そうね。 頭の中で先走り過ぎて、現実を見てないというか、見るのを忘れてしまっていることがあるのよ」


 アリーとマイアに酷い言われ方をされている気がする。


 「ナリート、馬はすぐには買えそうにないから、とりあえずは僕らを手伝ってよ」

 「今、大忙しなんだ。 お前が一緒にやってくれれば、ずっと多く作れるはずだから頼むぜ」


 僕はジャンとロベルトにそう言われて、半ば強制的に鉄作りをさせられることになってしまった。

 糸クモさんの飼育がほぼ軌道に乗り、飼育している糸クモさんの数が最近はずっと増えた。 アリーを中心にした女性陣は、畑なんかの仕事を手早く終わらすと、今は糸クモさんの方の仕事に追われている。


 「糸クモさんの数が増えたから、採れる糸クモさんの糸もずっとたくさんになったんだ。

  今はいらなくなった巣を糸にする作業を主体にやっているけど、糸が出来ればその次は布に織る仕事になる。

  糸クモさんの糸が細いうちは、どうしても鉄を使った機しか使えないから、それを作れという圧力が凄いんだよ。 で、僕とロベルトは毎日それに追われている。

  ナリートはここの所、新しく来た人と商人さんの対応に追われていたから、仕方ないと思っていたけど、それが一段落ついたなら、まずは僕らを手伝ってよ」


 糸クモさんの飼育で、まだ問題として残っているのは、糸クモさんが食べる木を増やすことだ。

 育った糸クモさんの住処を増やす意味もあるし、その木を植林した間はとりあえずは綿を植えたりもする。 こちらは当然ながら男性陣の仕事になっている。

 丘の下で暮らす後輩たちの男性陣は、新しく来た人の開拓の手伝いをしたりしていて、こちらの作業はちょっと遅れ気味だった。 植林と一言で言えば簡単だけど、土地を広げて行くということでは農地の開墾と変わることはなくて、スライムと兎避けの土壁は欠かせないのは当然だ。

 違うのは囲った中を完全に耕すか、木の苗や綿の種を植える所を耕すだけにして、あとは草を刈り払うだけにするかの違いでしかない。 どちらにしろ重労働であることは変わらない。


 僕はジャンとロベルトに使われるような立場で、竹炭を焼いたり、砂鉄から鉄を作ったりの作業をしている。 機自体を作ったり、それに使う薄い鉄の板を作ってり整形したりは、もうジャンとロベルトの方がずっと慣れていて上手なので、僕は豊富な魔力を利用した下働きということになってしまうのだ。



 「やっぱりお風呂はここが一番ね」

 「そうね、ここは開放的で一番気持ち良いわ。 まあ、お風呂は入ればどこでも気持ち良いけど」

 「はい、ここが一番気持ち良いです」


 ルーミエ、フランソワちゃん、アリーがそんなことを言っている。 僕とジャンも女性陣に連れられて、一番最初の水場脇に作った、最も簡易で何もない風呂に来ている。

 ルーミエはここの風呂が好きで、季節や天候に問題がない時は、ほとんどはこの風呂に来たがる。 それで僕やフワンソワちゃんは当然のごとく、そしてジャンとアリーも付き合って、ここの風呂に入ることが多い。

 他は、マイアもここの風呂が好きで、ウィリーと2人してここに来ることが多いけど、他には今でもこの風呂を使う者はほとんどいない。 時々エレナの同期が気分転換で使う程度だ。 エレナは恥ずかしがってなのか、ここには来ないので、ウォルフも来ない。 ウォルフは恥ずかしがるとはかないのだけど、エレナの手前来れないみたいだ。


 僕とルーミエとジャンは小さい時から一緒なので、別に恥ずかしいも何もないのだけど、フランソワちゃんもすぐに慣れてしまってというか、別に平気だった。 孤児院に良く来ていて、同じように小さい子たちに水浴びさせてたりしたからかな。

 アリーは最初は少し恥ずかしそうだったのだけど、ルーミエとフランソワちゃんに合わしている感じだった。 一度マイアとウィリーが一緒したら、自分たちよりももうボリューミーなマイアが全く平然としていたので、それ以来吹っ切れて普通に気にならなくなったようだ。


 シスターは、遮る物のない場所に湯船と洗い場だけという風呂に入ってみたい気持ちはあったみたいだが、自分のシスターだったという立場が邪魔をして、踏ん切りがつかずに入れなかったようだ。 シスターをとりあえずは辞めたのだから良いだろうにと思ったのだけど、そのうちにと考えているうちにマーガレットたちが来てしまい、余計に機会を逃してしまった。

 シスターはマーガレットの同期の見習いシスターが村に来た時に一緒に来た、町の孤児院にいたシスター・ミランダが、最初は見習いシスターたちと共に薬作りの作業場を兼ねた宿舎で暮らしていたのだが、見習いシスターたちがそれだと気が抜けないということになり別に住むことになった。 それで空いていた領主様たちが来た時に使用するために建てた宿舎を使うことになったのだが、1人だけでそこを使うのを嫌がったので、シスターもそっちに移った。 シスターは年齢では考えられない上級シスターになっているけど、年齢はミランダさんと一緒だから、こっちも気楽ということもあると思う。


 「それでさ、アリーも糸クモさんのことや布作りの中心で忙しいと思うけど、私も薬作りがとても忙しいのよ。

  フランソワちゃんも、新しく来た人のことがとりあえず終わったなら、薬作りの方を手伝ってよ」


 「うん、それは良いけど、そんなに忙しいの?」


 「ほら、商店が出来たじゃない。 そこにも薬を売るようになったら、そこから『もっとありませんか?』って言われっぱなしなのよ。

  シスターはさ、『卸せる余剰が出来た時にはすぐに連絡しますから』と軽くあしらったのだけど、ミランダさんが張り切っちゃって」


 「へぇ、そうなんだ」


 「うん、それでね。 ミランダさんが、フランソワちゃんに用だって。

  『薬草畑を広げたい』と言っていたから、たぶんその相談じゃないかな」


 薬が売れているのは、代官として税金が上がってきているから知っていたけど、そんなことになっていたんだ。


 シスターとルーミエが中心になっている薬と女性の生理用品は、この領内では教会と孤児院を販路として、そこを通して売られて利益を上げている。

 この村に商店を作った商会が、その薬を卸して欲しいと言ってきた時にどうするかは、町の院長先生ともシスターが相談して、この領内では売らないことを確約させて卸すことになった。 ただし薬だけだ。

 あとは薬の小売価格はシスターの意向で低価格に固定して、勝手に値段は変えられないように契約で縛った。


 そんな感じで商会としては旨みが余りなくて、糸クモの布を扱えるようになるまでの繋ぎと考えていた薬の仕入れ販売だったのだが、シスターとルーミエが中心となって作った薬は、低価格で売られていることと、効果が確かなこともあって、飛ぶように売れたのだ。

 その商会が扱う聖女印が入った薬は、効果が確かだとすぐに信頼を得て、特に虫下しの薬は右から左に飛ぶように売れたのだった。


 僕はこの地方だけでなく、寄生虫というのはどこでも、王都であってさえ問題になっているのだな、と思ったのだけど、ミランダさんにとっては、それだけのことではない重要なことであったようだ。

 ミランダさんにとっては、自分が関わった薬がすごく求められること、それも自分もイクストラクトが使えるようになって大きく関わった寄生虫に関連する虫下しが飛ぶように売れたことは、自分がしていることの大きなやり甲斐になったようだ。

 薬作りは、今ではどちらかというと、ミランダさんの情熱に引っ張られるような感じになってしまった。


 「ねぇ、ナリート、ちょっとミランダさんを見てみて」


 ルーミエと僕が、見ようと思えばみんなのレベルや状態を見ることが出来るのは、病気の騒ぎがあった時に、見る必要があって隠す余裕もなかったので、この城下村の中ではみんな知っていた。

 新たに入ってきた、ミランダさんやマーガレットたちに、それを隠すことが出来る訳もなく、(マーガレットは前から知っていたっけか)、彼女たちもすぐにそれを知ることになった。

 僕の場合は、意識して人のことを見ることはほとんどないのだけど、というより、意識的に見ようとしなければ、自分のことも含めて見ることが出来ないのだけど、ルーミエの場合は逆に意識的に見ないようにしようとしていないと見えてしまうようだ。

 たぶん[職業]聖女の特別なところの一つだと思う。 きっと体調がおかしい人などのことにすぐに気付いたりする能力の一部なんじゃないかと、僕は勝手に推察している。

 だけど、そのせいでルーミエは体調以外の部分でも、時々妙に気が付くことがある。 今回もそんな感じだ。


 「えっ、何か私に問題が見えましたか?」


 ミランダさんもルーミエが見えてしまうことは知っているので、軽くそんな風に自分のことを言った。

 ミランダさんは、なんて言うか、今が充実しているという感じなので、割と軽い感じで対応してくれたけど、人によってはそうはならないので気をつけるべきだと僕は思っている。


 「うん、ミランダさん、なんかここのところ急にレベルが上がっているんだよ。 ちょっと見間違いかなと思って、ナリートにも確かめてもらおうと思って。

  それにナリートの方が見えることが多いと言うか、詳しく見えたりもするから、私の見えた通りだとしたら、その原因というか、どうして増えたかも判るかもしれないと思って」


 「なるほど、そうなのですか。 ここのところ妙に調子が良い気がしていましたけど、私も少しレベルが上がったのですね。

  構いませんよ、ナリート君も見てみてください」


 「はい、それじゃあ見せてもらいます」


 僕はミランダさんが許可してくれたので、ミランダさんを見てみた。


 「本当にレベルが上がってますね。

  狩をして経験値を稼いだ訳じゃないのに、凄いな。

  ええっ、治癒魔法のレベルも上がっているけど、それより何より製薬のレベルが凄く上がってます。

  さすがにシスター、あっ、シスター・カトリーヌのことです」


 「はいはい、もちろんわかってますよ」


 「シスターよりはレベルが下ですけど、ルーミエ、お前負けそうだぞ」


 これにはルーミエも驚いた顔をした。 製薬はシスターと一緒にずっとルーミエはやってきたので、シスターの次には自分がと自信を持っていたようだ。 ちょっと驚いただけじゃなくて悔しそう。

 逆にミランダさんは嬉しそうだ。


 「治癒魔法のレベルが上がっているということは、魔力自体のレベルも上がっていますか?

  もし上がっているなら、私ももっとお湯に使いたいのですけど」


 「もちろんです。 全体レベルも上がっていますし、生活魔法も使えばもっと使えると思いますよ」


 「それじゃあ、お風呂で誰かを頼らなくても済みますね」


 ミランダさんは、ちょっと嬉しそう。 いやそのくらい簡単にできるだけの魔力はあると思う。 どうも来たばかりの時のイメージが強いようだ。


 「えっ!!」


 僕も少し意外で声が出てしまった。


 「まだ何か、変なことがありましたか?」


 「ミランダさん、中級シスターに称号がなってます」


 シスターとミランダさんは同い年だったが、ミランダさんは初級シスターだった。 年齢的にはそれが普通らしい。 上級シスターの称号になっているシスターが異常なのだ。

 年齢的には中級の称号でも、とても早くて、稀なことらしい。

 ミランダさんは、そんなことは考えてなかったようで、一瞬の空白の後に凄く喜んだ。


 町にいる老シスター、院長先生の計略は、しっかりとその意図する通りに実を結んだのだった。


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