商店もやって来た
風呂にはタイラさんに誘われた女性たちだけでなく、男性たちも入りに行くことになった。 まあ、一緒に作業していたのだから、女性たちだけという訳にはいかない。
「私たち外の者まで、内にある風呂に入れていただいて良いのですか?」
領主館を通してここに開拓に来た人たちは、どういう言い方をするか迷ったようだけど、僕たちが戦いの為に作った壁の外と内という言い方で、自分たちと僕たちの区別をするような言い方をした。
「別に構いませんよ。
僕たちが前から開拓している部分と隔てている壁が、ちょっと立派なのは、知っているかも知れませんけど前に野盗が襲って来たのを撃退したせいで、別に皆さんがその内側に入っても、全く構いません。
もちろん知らない人が入ろうとすれば、それは警戒しますけど、皆さんはここに住んでいるのですから、構いません。 風呂に入りに来たり、誰かに用があったりしたら、気楽に入っていただいて構いません」
「いえ、それだけじゃなくて、風呂というのは温めたお湯を使って身体を洗うということだと思うのですが、水を温めるなんて、とても凄いことですから、そんな場に私たちも行って良いのだろうかと」
あ、そうか、風呂がこの地方で一般化していないのは、お湯を沸かすには普通は燃料を必要として、その燃料になる薪や柴の入手が大変だからだった。 それはこの地方だけに限らない、やはり贅沢な行為らしいけど。
「あ、僕らは魔法で水を温めるんで、その点は大丈夫なんです。
その魔法も、皆さんがもっと魔法を使うのに慣れて、もっと使えるようになったら、お教えしますから。
今はとりあえず、開拓に一番必要なソフテンの魔法に慣れてください。 それを使い続けているうちに、魔力も上がり、他のことにも魔法が使えるようになると思います」
「僕らも最初はソフテンを使うのを練習させられて、それに慣れてから他の魔法も教わって使えるようになりました。
風呂に入る時に使う魔法も、僕らも後から教わったのですけど、なかなかそれを使うまでに魔力量に余裕がなくなって、結構長く先輩たちに世話になっていました。 今では使えますけどね。
ですから、皆さんも今は誰かしらがお湯は作りますから、何も心配しないで風呂に来てください」
開拓を手伝わせた、後輩の1人が僕の言葉にそう付け加えた。
きっと魔法でお湯を作るなんてのは見たことがないだろうから、そう言われてもチンプンカンプンだったろうけど、何となくあまり遠慮しなくても大丈夫なのだということは理解したみたいだ。
僕は風呂はのんびりとゆっくり入りたい派だから、風呂は他の人に任せて丘の上に戻ってしまったのだが、フランソワちゃんはタイラさんと共に女性たちと一緒に下の風呂に入りに行った。 タイラさんの目的は分かるけど、フランソワちゃんは何の為に、と思ったのだけど、すぐに上にやって来た。
「考えてみたら、着替えとか私はみんな上にあるから、下で風呂に入れなかった。
でも、女性たちにクリーンを使う意味をしっかり教えて、最優先で使うように伝えては来たわ」
なるほど、そういうことか。 確かに前みたいに、開拓にクタクタになって、清潔が疎かになって、病気が出るのは一番困るからね。 風呂を使わせるのも清潔に関係するけど、そこを女性たちに強調して来たみたいだ。
フランソワちゃんと僕の会話を横で聞いていたシスターが言った。
「そこは私からも注意しておくことにするわ。
フランソワちゃんからだけでなく、私からも言われれば、きちんと言われたことを守ると思うから」
風呂を使ったり、クリーンを掛けたり、僕らの中ではもう普通になり過ぎていて、全く意識しないでしていることでも、新たに来た人には教えなければならないことが、意外に多かった。
僕らが彼らの為に作った家にあるトイレもそんな感じだった。
僕らはもう何も考えずに、僕たちが使っている、オガクズ、木の皮を細かくした物、籾殻などを使用後に加えて発酵させる、そしてその後それを堆肥作りに利用するトイレを設置しておいた。
彼らはトイレ内に用意されていた、投入用の資材と、見慣れないトイレの中の様子に最初戸惑ったりした。
堆肥作りは、今ではこの地方は寄生虫対策の為にも、広く行われるようになっていたので知ってはいたが、この形のトイレは当然知らなかったからだ。 悪臭がほとんどしなくなることに、すぐにとても喜んでいたけどね。 投入する資材の調達にちょっと苦労するのは、まだこれからのことだ。
糸クモさんのことも含めて、彼らが今まで知らなかったことも多く、この地で僕たちと共に暮らすために覚えなければならないことも多いようだった。
「開拓に魔法を利用しているのは、他の人たちと違うという自覚はあるけど、他には珍しいことをしているとは思わないのだけど」
「何言っているのよ。 違っていることだらけじゃない、ここは。
私だって、実際に来てみたら驚くことばかりよ。
そりゃね、ナリートのせいだけじゃなくて、フランソワちゃんとルーミエと、それから私が知らなかったアリーのせいもあるよね、特に糸クモさんは。
それから、シスターがいるからというのも当然あるし、ウォルフとウィリーにエレナ、ジャンも当然よね。 それからマイアさんも大きいわよね。 キイロさん夫婦も。
とにかく、みんなの影響で、ここは他の場所とは全く違う感じになっているわよ」
マーガレットにそう言われたけど、まあ、そうなのかなと思いつつ、僕は違うことに気がついて、そっちに気がとられてしまった。 マーガレット、ウォルフとウィリーは普通にそのまま名前を呼ぶのに、マイアは「さん」付けなんだ。
そんなこんなで、新しく来た人たちは最初はとても戸惑ったみたいだけど、開拓自体は困難なく進んでしまった。
田畑にするところを開墾するまでは、もうノウハウをしっかり身につけた僕たちが手伝い、その後の農作業も、フランソワちゃんが気にして細かく指導したのだから、成功しない訳が無い。
最低でも2-3年は、食えるか食えないかのギリギリの生活を送らねばならないだろうと予想していた新しく来た人たちは、とても真剣に領主館の担当者に感謝していた。 あの人のアドバイスに従わなければ、自分たちもすぐに失敗して逃げ帰った者たちと同じになっていたのではないかと思うと、今の状態を喜ぶと言うより、冷や汗が流れるような気分になったらしい。
新しく来た人たちが、成功を感じることが出来ているのは、もう一つ大きな理由があって、自分たちがこれから必要となるだろうと思って、大切に大切に節約してきた資金が思ったよりも残っていることによる。
彼らは自分たちの開拓が進まない間は、町で食料その他を買って食い繋がねばならないと思って、最低限の資金はまだ残してあったのだ。 そのお金が、自分たちが計算していたよりも減り方がずっと少なかったのだ。
これには理由がある。 彼らは町で買い物をする必要が無かったからである。
僕たちの開拓地では、今までの主力の主食である麦はもちろん、米作りが本格化して、穀物の生産量が多くなり、自分たち以外にも回す余裕があったのだ。 僕らにしても運ぶ必要がない近場で買ってくれるなら、それを拒む必要はない。
といった訳で、新しく来た人たちは、町にわざわざ買い出しに行く必要もなくなっただけではなく、途中を挟まないので、僕らから安く主食の穀物を手に入れることが出来たのである。
主食の穀物さえ手に入れば、あとは僕らもそうだったけど、開拓したばかりの畑で、すぐに収穫できる葉物野菜などを即座に作れば、すぐに困らなくなる。
それに開拓を手伝ってもらったり、風呂を一緒することで、丘の下に住む僕らの仲間とも気安くなり、彼らから兎をもらったりもした。
僕らというか、僕たちより若い連中にとっては、兎を投石器を使って狩るのはほとんど遊びのようになっていて、食べられる量だけしか狩ってはいけないことにしていたから、彼らにしてみると、食べる人が増えるのは歓迎できることだったのだ。
そういったことから、新しく来た人たちは、自分たちが予想していた資金繰りより、かなり楽に、思っていたよりずっと良い生活が出来ることになったのだ。
領主館を通してやって来た新しく来た人たちが、あまりに早く開拓に成功したことは、領主様の居る町をはじめ、この地方の人たちにすぐに知れて、大きな話題となった。
僕たちが開拓に成功して、この城下村に住む人数を増やしていること自体が既に話題になっていたのだが、それは領主様たちの援助があったからだと最初思われていた。 それは確かにその通りの部分もあって、僕らも否定できないことではある。 でもそれでも、僕らは幸運に恵まれたのだという評価の方が強かった。
野盗をほぼ僕ら自身の力で退けたことで、やっと僕らの集団としての力を認められるようになったかと思ったのだけど、何だかより一層、僕らが開拓する土地に定めたこの辺りが、子どもをやっと脱した若造たちでも開拓できるような適地だったのだろうという意識を広めることになった気がする。 野盗たちが大勢で横取りを考えるような場所なのだから、と。 うーん、何でそうなるのかな。
とはいえ、野盗を退ける力があることは証明した訳で、僕らの城下村を後から来て支配することは、とりあえず諦めなければならないとは思われたみたいだ。 領主様の後押しもあるのに怖いからね。
そこで僕らの城下村近くを開拓する者が出たのだが、それが大失敗に終わったのに、領主館を通して、僕らの協力を取り付けて開拓したら、数年はその結果は出ないだろうと思っていたのに、すぐに成功したらしいことが分かったのだ。
僕らに協力を頼んで、城下村近くの開拓をするなら、そんなに簡単に開拓に成功するならば、自分たちも同じことにあやかりたいと考える人が多数出てくるのは当然だ。
しかしだからといって、すぐに領主館を通して、城下村に新たな開拓者が殺到するなんてことはない。
当然だけど、僕たちもそうだったが、開拓を始めるには、始める時期というものがあり、それ以外の時期に始めようとする馬鹿な者が居る訳がないからだ。 次は来春になるのだろう。 それまでには領主様のところの官僚さんが具体的な話をまた持って来てくれるんじゃないかと思う。
さて、領主館で新たな開拓者というか移住者の受け入れの話をしていた時に、開拓者に対する土地と共に、商人の為の店舗にするための土地の話も出ていた。
商店になるということで、城下村から町へと向かう道の両脇に、言われたとおりに土地の区画をしておきはしたのだけど、こちらは僕は期待していなかった。
そりゃ近くに商店が出来たら、色々と便利になって良いなぁとは思うのだけど、僕には商人がわざわざ城下村の近くに店を構えるとは思えなかったのである。
「たまに行商に来るならともかく、区画を作っても店が出来るとは思えないな」
ウィリーは僕と同意見のようだ。
何でも屋みたいな店が出来たら、僕らにとってはとてもありがたいけど、実際のことで言うと、今はそういった店で売っている物で買おうと思う物がほとんどない。
僕たちは何も持たない孤児院育ちだから、基本的には何でも出来る限り自給自足だ。 それは衣食住の生活全てに渡る。 町で暮らす一般の人なら、店で買って手に入れる物でも、僕らは元々は買うお金が無かったから、自分たちでどうにか工夫して作ったりしてきたのだ。
そこに今は魔法を使うという技を覚えて、僕たちは下手をすると町で売っている物よりも良いものが作れるようにもなっているのだ。 そこには少し僕の知識も貢献しているけど。
キイロさんが村にやって来てくれて、鍛冶仕事をしてくれるようになったので、金属製品も買わないで済むようになったので、尚更、商店から買わねばならない物がなくなった。
今のところ僕らが生活するのに必要とする物で、買わねばならない唯一の例外が塩だ。 これだけは海がないし、岩塩がないかと探しているのだけど見つかってないので、今のところ自分たちでは調達できない。
ただ、塩だけなら、時々行商に来てくれれば十分に間に合う。
逆に僕らの方で買ってもらいたいというか、売りに出せる物も、これという物がない。
お金を得る手段として僕らが何とか見つけた、白い砂の売り先はもう決まっているし、今更中間に商店を挟むのは難しい。
薬や生理用品というシスターとルーミエが中心になって進めていたことは、教会から流して、教会にも利益が出るようにしているので、こちらは商店には出せない。
農作物は豊富に採れるようになってきたが、輸送に適している穀物類は、流石にまだ余分はそんなになくて、売ることができるという程ではない。 うん、これからは自分たちが食べるだけでなくて、売るための作物、保存性や輸送に適した作物の栽培も考えていくべきだな。
僕らは贅沢品を求めるようなところまではまだ行かず、その気もないので、結局商人にしてみたら、塩以外は売れる物もほとんどなくて、逆に何か仕入れられるという物もない。
それじゃあ店舗を持つ意味ないよね。
「そうかな、俺はそんなことはないと思うぜ。
商人というのは目敏いもんだ。 俺はきっと、ここに店を持っておけば将来儲けになると考えて、店を作る者が出ると思うぞ」
僕らよりも町で暮らした経験の長いキイロさんは、そう言って、僕とウィリーとは違う意見のようだった。
結果的には、僕とウィリーの方ではなく、キイロさんの方が正解だった。
そんなにしないで、商店として区切った区画の、一番大きな区画が真っ先に売れて、商店が出来ることになったのだ。
それも驚いたことに、この地方の大きなお店の支店という訳ではなくて、王都に大きな店舗を構えているらしい店の支店が出来たのだ。 訳が解らない。
支店長だという人が、店を作る工事に入る前に、僕らのところに挨拶に来た。 一応僕はこの地の代官だからね。
先方の希望もあって、シスターもその席に同席してもらう。
「私、こちらに支店を出させていただくカレット商会のマイノリアと言います。 名がちょっと長いので、マイノと呼んでいただければ幸いです」
王都のかなり大きな店の人という割には、何だかおっとりした感じだ。
「えーと、カレット商会というと王都のお店だと思うのですが、こんな所に支店を出して大丈夫ですか?」
僕は、つい儲けが出ないのではと思って、そんなことを聞いてしまった。
「はい、カレット商会としてはこの地方に初めて出す支店ですが、将来的には大きな利益を見込んでいます」
えーと、どうしてそうなるのだろう。
「実はこちらから王都に来られました老シスター様が、その地位を表すはずの布に、普通ではないモノを使っているのを、商会のある者が気が付きました。
それで、どういう事だろうと気をつけていると、こちらの領主様も同じように見える布を、胸を飾るハンカチに使っていることにも気がつきました。
領主様はそれを隠される意はなかったとみえて、その布が領内で新たに献上された物であることを話されたことが分かりました。
そこで、もしかすると商機があるかと、こちらの地方を色々と調べさせていただき、この村に辿り着いたという訳です。
調べされていただくと、その布だけでなく、色々と商機になる物があると驚きました」
2人に僕らが献上して気に入ってもらった布が、そんなところで目を付けられたのか。
僕は目を付けたられたことに驚いた。
いや、もしかすると、領主様も院長先生も、そんなことを狙っていたのかも。
「はい、確かにその布は、この村からお二人に献上した物だろうと思いますが、献上したということでも推察できるかも知れませんが、まだ量産出来てはいないのです。
そちらのお店で仕入れたいということでしたら、とても期待には添えないのですが」
「はい、それも推測していました。 でも今現在、もっと量産しようと努力されているということですよね。
それを私どもはお待ちしております。 何なら何かお手伝いをしても良いとも思っています。 それほどの利益を生むのではないかと私どもは考えているのです」
糸クモさんの布は、そんなにも価値があるモノなのかと、僕たちはもう一度認識を改めなければならないようだった。
何でも糸クモさんの糸を使った布は、もちろん最高級の布としてこれまでもあるのだが、僕らが献上したような均一に織られた布というのはなかなか無いらしい。 単純に糸クモさんの糸を使った布だからというだけでは無いらしい。
「ただまあ、布だけですと、まだ何時になれば利益が出るか分からないので、店をここに構えることは難しかったのですが、もう一つ、ここには教会に卸している商品がありますよね。
それに関しては、元シスターの聖女と呼ばれるカトリーヌ様が中心となって進めて来たことも知っていますし、教会に卸すことで教会の利益も確保していることも理解しています。
ですが、ご承知と思いますが、少し商品が近頃ダブついているようです。
ですから、この地方では我々は売らないことを約束しますので、余剰分だけでも私どもに卸していただけないでしょうか?
カトリーヌ様が聖女と呼ばれるようになった話と共に、カトリーヌ様が作られた、言わば聖女の印の入った商品ならば、売れること間違いなしです。
こちらの村はまだまだ小さい村ですが、今後の大いなる発展も見込まれますし、他にももっと商売の種になることが眠っているのではとも考えています。 ぜひ今後、良い関係が作っていければと考えております」
もしかして自分の話を王都にまで広めるつもりなのかと、シスターがちょっと引き攣った顔をしていた。




