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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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城下村発展計画

 シスターとルーミエと僕は、老シスターと領主様に提案されたことを、持ち帰り、みんなと相談する。 3人で決めて良いことではないからね。


 まず、老シスターに提案された製薬施設作りと、そこで働く人の確保としての、見習いシスターを中心とした人の受け入れは簡単に了承された。

 製薬に関わってきたのは今まではシスターとルーミエだけで、今度マーガレットが来たから1人増えたけど、たったそれだけだ。

 虫下しの薬作りなんかは、村の孤児院に居た時から、孤児院の女の子は手伝いをしていたから、完全にそれだけの人数という訳ではないのだけど、さすがに製薬に関しては、難しい仕事なので、今まではそのほとんどをシスターとルーミエの2人だけがしていたのだ。 マーガレットが来て、3人になったとルーミエが喜んでいたから、やはり人手はたりていなかったのだろう。


 受け入れることの連絡を老シスターにすると、すぐにこちらに来る人数を知らせてきた。 下級シスター1人とマーガレットの同期の見習いシスター4人だ。

 僕らの元居た村では、神父様とシスターの2人しか正式な教会関係者はいなかったから、僕はそんなに多くのシスターが来ることに驚いた。

 シスターやマーガレットによると、シスターの学校に集まる[職業]シスターの若い娘の言い方はなんだけど、その出自が偏ることが年によってあるらしい。

 貴族や、ちょっと裕福な商人なんかの娘が多い時は、シスターの学校を出てもシスターにならない者が多いのだけど、たまたま農民や村人などの出自の人が多い時には、学校を卒業した新米シスターの派遣先に困ることもあるらしい。 マーガレットが卒業した今年は、ちょうどそんな年だったらしい。


 そもそも僕らが暮らすこの領主様が治める地方は、田舎で人口も少なく、町や村も少ない。 それはそうだ、庶民から男爵になった人が貰える領地なんて、良いところである訳が無い。

 それだから、新米シスターなんて、年に1人来るかどうかだったのだけど、老シスターが今年は地元から行ったマーガレット以外にも複数受け入れると連絡して、王都の学校では喜んだけど、驚きもしたらしい。 ここにこうして派遣するつもりだったからだろうけど、もしそれが無理だったら、どうしたのだろう。 断られる可能性はないと考えていのだろうなぁ。


 もう1人、下級シスターは僕たちも見知った人だった。

 寄生虫駆除を始めた時に、シスターとルーミエ以外で初めてイクストラクトでの駆除に成功した町の孤児院にいた人だ。

 僕らはそれだけの認識でしかないけど、マーガレットにとってはよく知った、孤児院では世話にもなった人なので、その人が来ることになったことを知ると、少し喜んでいた。

 まあシスターは僕らとの繋がりがとても強いけど、マーガレットとだと、どうしても僕らとの間とは違ってしまうからね。 マーガレットが町の孤児院での知り合いシスターに喜ぶのは解る気がする。


 「それでマーガレット、他の見習いシスターたちのことは、どうなの?」


 「うん、町の学校では仲は良かったよ。 というか、町の学校は結構忙しくてさ、一緒に学んだ仲間という意識が強いかな。

  これでも私、町のシスターの学校では優等生だったんだから。 といっても、あなたやルーミエのおかげで、他の人が苦労するヒールの魔法を使えるようになったりは、学校に行く前から使えたから、その辺の苦労がなかったからだけだけど」


 「それじゃあ、新しく来た人の中ではマーガレットは、一目置かれた存在だった?」


 「そんなことないよ。 他のことは、みんなと同じか劣る程度のレベルだったし。

  それにさ、ここに来て、シスター・カトリーヌとルーミエと一緒に仕事したらさ、2人と比べると、ま、シスター・カトリーヌは当然なんだけど、ルーミエとも薬作りも何もかも、レベルが違っていて、ちょっと困っていたというか、落ち込んでいたんだよ。

  新しく来た人は、シスター・ミランダは別だろうけど、同期のみんなは私と同じだから、ちょっと気分的には楽になったかな」


 ま、そうだよね。 自分の口で言うより、きっとマーガレットは優秀な方なんだと思うけど、聖女の2人と比べられたら、それは無理がある。 それ以前に2人とでは基礎値の[全体レベル]が違い過ぎる。


 僕たちは、大急ぎで彼女たちの宿舎兼、製薬作業をする家を作った。

 製薬し終わった薬を一時的にしまっておく倉庫もくっ付けた建物なので、今まで建てた建物の中で、一番大きい建物になってしまった。

 建てた場所は、丘の上に場所を取るのは苦しかったので、丘の下の薬草畑に近い位置だ。


 これには内緒だけど、ジャンの意見がかなり影響した。

 今までは薬作りをするのが、シスターとルーミエだから、薬作りは僕たちの家で行われていた。 そうすると、その作業は匂いが出るのだ。

 虫下しの薬用の木の皮だって、それを細かくすると好みはあるのだろうけどまあまあ良い香りがかなりする。 薬草もその多くは一つ一つは割と良い香りなのだけど、それらが混ざると、良い香りではなくて、悪臭へと変わる。

 作業をしている時と、終わった後に換気をすれば、僕は耐えられない程のことではないと思うし、フランソワちゃんも畑の薬草作りから関わっていて、薬作りも手伝うので、その匂いを気にしない。

 ダメなのはジャンとアリーだ。

 アリーは匂いが身体につくと、それを糸クモさんがちょっと嫌がるのが問題らしいのだが、ジャンはもう本当に匂いが気になってしまって仕方ないらしい。

 それもあって、離れた場所に作られることにもなったのだった。


 僕は薬作りをする作業場それに倉庫と、自分たちが寝起きする場が同じ場の上下となって大丈夫かと思ったけど、やって来た人たちは、その建物の立派さに驚いていたけど、それは全く気にしなかった。 すぐに鼻がバカになってというか慣れてしまって、気にならなくなるのだそうだ。


 「カトリーヌ様、よろしくお願いします」


 シスター・ミランダは、この村にやって来ると、とても丁寧にシスターに挨拶した。


 「シスター・ミランダ、いえ、ここではシスターでは無いですから、ミランダさんとお呼びしますね。 歳も変わらないのですし、私のことを様付けで呼ぶ必要はないですよ。 と言うか、なんで様付けなんですか?」


 「それは院長先生から、私はカトリーヌ様が上級シスターになったということを聞きましたから。

  私はまだ初級シスターですから、様付けするのは当然かと」


 「えっ、シスター・カトリーヌって、聖女様と言われているだけじゃなくて、上級シスターなんですか?」


 マーガレットまで、この話に参戦してしまった。


 「それは、聖女様なんて呼ばれるようになってしまったので、たまたまそうなっていただけで、ここでは関係ないですよ。

  それに私だけじゃなくて、ミランダさんもマーガレットたちも、シスターの名簿には名前がそのまま記されているけど、今現在はシスターではなく、ここの1人の住人です。

  私のことを、他の人たちがシスターど呼ぶのは、ここを開拓した中核のメンバーがみんな、私のことをシスターと呼び慣れていて、それ以外では呼べないせいで、渾名みたいなモノです。

  普通に『さん』付けで構いませんからね」


 シスターたちにとって、上級シスターという立場はとても重く感じることらしくて、『さん』ではなくて、『様』付けが止まらなかったのだけど、何しろマーガレットまでがそうなってしまったくらいだ。 シスターはそれを嫌がったので、結局シスターだけは、ミランダさんも他の見習いシスターたちも、『シスター』呼びで決着がついた。

 シスターは、自分が呼び掛けられる『シスター』という名称は、もう単なる自分を示す渾名だと割り切ったようだ。



 さて、問題は領主様から提案された移住の方だ。

 領主様は僕らが土木工事をすれば、移住は速やかに進むと考えているようだけど、僕たちとしては、本当にそうなるかどうかに疑問に思うところもある。


 確かに領主様に提案されたように、スライムと一角兎を防ぐ土塀を作って土地を確保して、それを売るということをすれば、今の金銭問題の解決にかなり役に立つ。

 でもさ、そもそもにおいて、ここに移住して来ることを考えている人が、そんなに沢山いるのかどうかが疑問だ。

 領主様は、移住希望者の相談が沢山あると言っていたけど、それは単純にここが新たな開拓地として、数少ない成功例の一つになっているからじゃないかと思う。

 開拓地として、なんとか成り立っている所は、僕らの城下村でなくても他にもある。

 移住希望者が、その僕らの所以外の場所を選ばずに、僕らの所を選ぶのは、まず第一にまだ成人していない子どもの方が多い孤児院出身の僕らが開拓に成功したことで、この土地がとても開拓しやすい場所なのだと思われたからではないだろうか。


 確かにこの場所は、色々と見て回って、最もその時の僕が目指した開拓に適した場所を選んだのは事実で、開拓に適した場所であったのは事実だ。

 でもそれは最初は6人、少し計画を変更して20人規模くらいの開拓で考えていて、つまり丘の上の開拓のみで考えていた場合だ。 それ以降は、そんなに開拓に適した場所を開拓していたとは、僕は考えていない。

 それに丘の上の開拓だけを考えていた時だって、僕の考えていた開拓は魔法の使用ありきで考えていた開拓方法なので、それを知らない人たちが同じように出来るとは思えない。 正直、魔法なしで同じことをしようとすると、かなり苦労するのではないかと思う。


 きっと移住希望者はそんなことは知らないだろう。

 領主様は、その僕らが魔法を使って行う部分は、僕らが行って、その代わりに代金を受け取れというつもりなのだろうけど、金を払って移住したいという人がどれだけ存在するだろうか。


 そもそも新たな土地を開拓して移住しようなんて人は、そう数が多くはない。

 僕らの場合は、孤児院育ちだから、孤児院を出ての生活を考えた時に、他の考えられる生活よりマシ、僕らの能力なら実現可能と考えて、開拓を選択したけど、一般の人はそんなことを考える必要はない。

 土地を開拓するのだって、自分が元から住んでいる場所を基準に考える方が余程楽だと思う。

 住んでいる集落からは、後になるほど離れてしまい、そこに通うのが大変になるけれど、それでも全く新たな場所を開拓するよりは余程楽なのではないかと思う。 何しろ元の家という安全で、生活基盤が整った家が最初からあるのだから。

 それを捨てて、新たな地に向かう人がどれだけいるのだろうか、と僕たちは思ってしまうのだ。

 領主様から話を聞いた時には、飛びつきたくなるような提案だと思ったけど、よく考えてみると、あまり上手く行きそうにない気がしてきた。


 「でもまあ、領主様から頼まれたなら、いくらかは何かしないとな」


 ウォルフがそう言って、少しは領主様の意向に沿った行動をとった方が良いと言う。


 「それなら、町に続く道の両側に、商店を作るための場所だけ、先に壁を作って確保しておこう。 そうすれば勝手に使われなくて済む。

  商人は荷物を運ぶ都合と、人を呼ぶ都合から、道の両側を確保したがるからな」


 キイロさんがそんな風に、先に僕たちで主要な場所は確保しておくことを主張した。


 「そうね、開拓した土地は、申請さえすれば開拓した人の所有になるから、主要というか、私たちにとって重要な場所は先に確保しておく方が良いかもしれない。

  変な人に、そういうところを占拠されたら困るもの」


 マイアもそんなことを言った。


 「それじゃあ、道の両側と、あとやっぱり何人かの住居を作る場所の確保だけしとけば良いんじゃないか。 そのくらいで十分領主様の意向に沿ったことになるんじゃないか。

  あとどうするかは、その時になって決めれば良いだろう。

  こちらで動いたが、誰も来なくて無駄になったでは馬鹿馬鹿しいからな」


 ウィリーの言うことは最もだ。 無駄な仕事は誰だってしたくない。


 「あと、問題は、移住者にその場所を売る値段というか、土塀を作った代金をいくらにするかよ。 それをきちっと決めておかないとダメだと思うわ」


 一番重要なところにフランソワちゃんが気がついた。 こういうところは村長の娘だからかな。

 それからもう少し話し合って、堀の水の排水というか、余った水の放出先となる場所も確保しておくことになった。 水が利用できる場所は、使えるからね。 何の苦労もしていない人に渡したくはない。


 僕らは、今度作る土塀は売る区画ごとに簡単な物にすることにした。 一つには今回は大きく囲うものにしない前提があったからなのだけど、区画ごとにしないと売るときに不公平だと文句を言われそうな気がしたからだ。

 しかし、その区画ごとの代金は僕たちだけでは決められない。 僕らは町や村の中の家とか土地とかを今までに買ったことがあるはずがなく、値段の見当が全くつかないからだ。

 結局僕はもう一度領主館に行って、そういうことに詳しいだろう税収部門の官僚さんに相談して決めなければならなかった。

 話をしてみると、僕らが考えていた一区画は、特に一般用は広過ぎで、もっとずっと狭くて良いとのことだった。 それから商店用は大小の区画が最初からあった方が良いらしい。 そして一番驚いたのは、僕らが考えていた値段よりもずっと高いことだ。

 これは最初に売る区画の値段もそうだけど、後から依頼されるかもしれない土壁作りや、最初の土起こしの値段もだった。


 「こんなに高い値段にして、移住して来ようとする人いるのでしょうか?

  まあ、僕たちは最初からそういう人はほとんどいないだろうと思っているのですけど」


 「ナリート君、そんなことはないですよ。

  自分でスライムと兎対策の壁を作ることを考えたら、これでも安いくらいです。 きっとたくさん希望者は出てくると思いますよ。

  まあ、その値段に関しては、領主様が決めたということにしましょう。 そうすれば面倒が少ないでしょうから。

  それから、道に面したところと、堀の水が利用できる所は先に確保するつもりとのことですけど、もう少し広めに確保しておいた方が良いと思いますよ。

  自分で何もかもするならば、どこを開拓しても良いのですから、便乗して城下村に近い場所を確保して、転売しようとする者が出るかも知れません。 まあ、あまり上手く行くとは思いませんけど、先手を打っておく方が後の面倒を減らせますから。

  いくらナリート君が代官に任命されていても、まだ子どもだからと舐めてかかってくる者はきっと出てきます。 そんなのに関わるのも面倒ですからね。 なるべく最初から少なくなるようにしておこうということです。

  こちらに移住を求める人には、きちんと代官であるナリート君たちに従うようにと釘を刺しますが、勝手に近くを開拓してやろうと考える者は、きっと出てくるでしょうから」


 あー、面倒くさ。 僕は自分たちが暮らせれば良いだけで、そういうのは要らないのだけどな。 そういう面倒があるなら、急いで金銭を手に入れようとしなくても、別に構わないのだけどな。

 僕は領主様の提案を聞いた時には、簡単にお金が手に入って、次のやりたいことに必要なモノが買えると喜んだのだけど、実行しようとすると色々と面倒なのが分かってきて、やりたくなくなってきてしまった。

 でも、今更断れないし、きっと断っても勝手に近くに移住してくる人が出るのだろうなあ、この調子だと。


 あ、僕は一つ重要なことを思い出した。 というか、僕らの中では普通になっていて、誰もそのことを問題には感じていないのだけど、普通は違うのではないだろうか。


 「あ、一つ大きなことを忘れていました。

  僕たちの城下村の中では、糸クモさんが自由に動き回っています。

  僕たちにとっては、大事な糸クモさんなんですけど、別名では冒険者も怖がって近づかないデーモンスパイダーですから、どうしても怖いという人はいると思うんです。

  糸クモさんに慣れることが出来なそうな人は、僕らの村に住むことは無理ですから、それはしっかりと最初に伝えてください。

  糸クモさんを攻撃なんてしちゃったら、僕らもどうなるか保証できませんから」


 よし、きっとこれで移住希望者は少なくなるだろう。 面倒ごと回避だ。


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