城下村はもっと広がるのか
「それじゃあ院長先生は、ずっと前から僕の事はともかく、ルーミエが聖女だということは知っていたんですね。 いつ頃から知られていたのですか?」
僕はやはり気になってしまって、尋ねてみた。
「やはりそれは寄生虫の駆除を、ここでも始めた時ね。
カトリーヌがここで寄生虫の問題に取り組み始めた時、まずはイクストラクトで体内から寄生虫を排除出来ることに驚いたのだけど、あなたたち2人を一緒に連れて来たことも疑問に思ったのよ。
他のシスターたちは、自分よりも下だと思っていたカトリーヌが、自分たちに出来ないことを次々とするので、そっちに驚いて注目を集めてしまったので気が付かないようだったけど、私はそっちもとても気になったわ。
それでちょっと注意して見ていたのだけど、やはりかなり特異な存在であることは、すぐに分かったわ。 まあ、それ以前に[職業]が村人なのに学校に来ているのだから、注目はするべきと思っていたけど。
それで、悪いけど秘かに見せてもらって、カトリーヌや領主様があなたたちを特別視していることに納得したわ。 何しろルーミエは聖女だったのだから。
あ、さっきカトリーヌは私があなたのことを聖女と言ったのを、面白がってからかったんだと思ったようだけど、それは間違っているわよ。 あなたは[称号]に聖女があるから、あなたが聖女というのも本当のことなのよ。
あなたたちは知っていると思うけど、領主様の領主というのと同じことね。
ただまあ私も、[称号]に聖女を持つ人を見たのは、カトリーヌ、あなたが初めてで、聖女という存在が、[職業]聖女以外にもあるのだと初めて知ったのだけど。
そもそも聖女という存在が稀過ぎて、まず見ることがないから、誰もそんなことを知らなくて当然ね。 それがここには2人もいるのだから、私も驚いたわ。
まあ、それだから、ルーミエが聖女ということを、カトリーヌ、あなたと領主様が隠そうとしていたのは分かったわ」
シスターは、院長先生の色々な話は頭から吹き飛んでしまって、自分の[称号]に聖女があるという事実の驚きだけになってしまったようだ。 どうやらルーミエの関心も、全てそこに行ってしまったようだ。
「聖女って、私だけじゃなかったんだ。
シスターも本当に聖女だったんだ」
ルーミエはなんだかとても嬉しそうだ。 自分の[職業]は聖女だけど、それは隠すように言われていて、[職業]聖女じゃないのに聖女と言われて、それを嫌がるシスターを、ルーミエとしては複雑な気分で見ていたのだろう。
シスターは、まだ半信半疑という顔をしている。 どうやら自分の[称号]に聖女があるのを信じられないみたいだ。 シスターは自分のことを見ることができないので、院長先生の言葉を信じない訳ではないのだが、何だか確信が持てないのだろう。
「ナリート、ちょっと私のこと見てみて。 院長先生の言葉を信じない訳ではないのだけど、私が聖女なんて、それでも自分では信じられない気分なのよ」
やっぱりな。 僕は本人の依頼だから、シスターの[称号]ところを特に注意して見てみた。
「シスター、院長先生が仰っている言葉は本当です。 ちゃんと聖女の称号がありますよ。
あれっ、シスターって、中級シスターですよね。 上級シスターになってますよ」
えっ、どれどれという感じで、院長先生もシスターに許可をもらって見てみた。
「あら、本当だわ。 カトリーヌ、上級シスターになっているわね。
確実に国で一番若い上級シスターね。 こんなに若くして上級シスターになった人を私は知らないわ。
ま、聖女になっているのだから、上級シスターの称号に変わっていても不思議ではないわね。 登録は上級シスターに変えておくわ」
「私、中級シスターの登録を残していただいているお礼を述べに来たのですけど、余計に手間を取らせるようなことになってしまって、申し訳ありません」
「そんなことは大したことではないわ。
それにしても、あなたを王都に行かせないで良かったわ。
王都で、この若さで上級シスターだなんて知られたら、権力争いの格好の獲物になるところだったわ」
何だか怖いことを言われているなぁ。 シスターは青くなっている。 僕より色々想像出来るのかな。
「同じように、ルーミエのことも、その[職業]を知ったから、私は王都に行かせる気は無かったわ。
そこはカトリーヌと領主様がルーミエのことを隠そうとしたのと同じことね」
「いえ、私はそんなに考えていた訳ではなくて、ルーミエがもし王都に行って、[職業]が知られて騒がれたら、それはルーミエにとって幸せなのかと考えたら、違うんじゃないかと思ってしまっただけです。
それに、当時は私は前の村の神父様が本当の神父様なのだと思っていましたから、せっかく神父様がルーミエの [職業]を隠してくれたのだから、その意を汲みたいとも考えていました」
「あの偽神父も、そこだけは結果的に良いことをしたと私も思うわ」
「院長先生、それでナリートのことはどう思ったのですか?」
ルーミエが自分のことばかりが話されるのを嫌ってか、それとも僕に気を使ったのか、矛先を変えようとした。
それに院長先生はちょっと笑顔を見せて答えた。
「ナリートのことも、もちろん私は見たのだけど、ナリートに関しては私は、どう考えて良いかわからなかったのよ。
聖女という[職業]はとても稀ではあるけど、知られている[職業]だけど、ナリートの罠師というのは私はそれまで私自身が見たことはもちろん、聞いたこともなかったから、どうすれば良いかの見当がつかなかったのよ。
年齢の割にという以上に、とんでもなくレベルが高かったのには本当に驚いたわ。
ナリートだけでなく、ルーミエ、あなたもカトリーヌも、あなたたちの周りはみんな年齢の普通を大きく上回るレベルで驚いたのだけど、それを上回るナリートは異常に見えたわ。
それが[職業]罠師の特別な経験値の得方のせいで、その恩恵を周りの者たちも受けていることは、注意深く観察していたから理解できたのだけど、理解出来たからといって私が何か干渉できることがあるかというと、それは難しいわ。
ルーミエに対してだって、私がしたのは、カトリーヌの王都には行かせない、本当の[職業]は隠すという方針を、暗に後押ししただけだし。
それにこれはあなたたち2人はもう慣れてしまっていて、普段は意識しなくなってしまっていると思うのだけど、ナリートのすることは、どうしてそんな発想が出てきたのか不思議に思うようなことばかりで、私には理解出来ないのよ。
理解も、予想も出来ないから、私には何も手を出せるところがない、というのが本当のところね」
「そうですね。 私を含めて、ナリートの周りの者は、もうナリートだからと諦めてしまっているというか、追求しても仕方ないと思ってしまっていて、その異常さを異常だと感じなくなってしまっていますから。
本人にも説明できないのですから、周りの者が分かる訳がありません」
「家名を持っているのだから、何かしら生まれが関係しているのかも知れない、とも考えたのだけど、本人も家名さえ見えるようになった時に初めて知ったというのでしょ。
それではどうしようもないわね。 まぁ、孤児なんて多くがそんなものだから、そこに不思議はないのだけど。
領主様からナリートの家名は聞いたけど、私も領主様たちも、その家名を初めて耳にしたから、そこからも分からないわね」
僕の発想だとかが他の人と違っていたりするのは、たぶん頭の中にある知識のせいだけど、その知識が何故あるのか説明しろと言われても出来ない。
僕はそこはとっくの昔に諦めている。
「ちょっと話がズレてしまったわね。 私の方の本題に入るわ。
今回来てもらうのに、あなたたち2人だけじゃなく、ナリートも来てもらったのは、城下村の責任者であるナリートに、こちらの計画を了承してもらうためよ」
僕は領主様が僕を呼んだので一緒に来たつもりだったのだけど、どうやら院長先生も僕に用事があったようだ。
「今、あなたたちは城下村で作った物を、ここに持って来て、そして領内全体に売ってる。 それで、ここの町の孤児院と教会だけでなく、他の村でもそれで利益が出ているわ」
あ、そういう仕組みで薬と生理用品を売っているのか、僕は自分では直接関わっていなかったので、それさえ良く知らなかった。
シスターは、僕たちの利益になるだけでなく、他の場所の孤児院や教会の利益にもなるようにしていたのだな。
「それ自体、すごくありがたいことなのだけど、もう少しそれを拡張して欲しいの。
具体的には、薬の製造を増やして欲しい。 量もだけど、種類もね。
ただ、それを行うのには、その材料となる薬草・薬樹などが必要になるけど、あなたたちはそれらの栽培も始めたと聞いたわ。
そして、それらの栽培にも薬作りにも人手が必要になる。 特に薬作りは[製薬]の項目を持つ人が望ましい。
まあ、[製薬]の項目は、薬作りを実際にしていれば、多くの人に芽生える項目なのではないかと私は考えているのだけど、カトリーヌ、この薬作りで何か思い当たることはない」
「えーと、薬作りはシスターにとって大きな経験値になることを指していらっしゃるのでしょうか」
「その通り。
私はルーミエの[職業]聖女に関しては実際に身近に見るのは初めてだから、確信しては言えないのだけど、あなたたち2人が高レベルになっている要因の一つに薬作りがあるのではないかと思っているわ。 イクストラクトの使用もありそうだけど。
私の立場とすると、そこはぜひ利用したいところなのよ、他の若いシスターたちにとってもね。
そこで、あなたたちの城下村に、マーガレットのような見習いシスターを中心にして、若いシスターを受け入れて欲しいの。
教会の代わりに、製薬施設を運営するということね。
でもシスターとしてレベル上げになるのだけど、一応利益を得るための施設だからシスターとしてではなく、カトリーヌやマーガレットのようにシスターとしての登録はされたままだけど、普通の村人として暮らすという形にしたいわ。
もちろん、薬作りと薬草畑の手入れだけでなく、他のことも何でも鍛えてあげて欲しいわ。
そうすれば、教会をあなたたちの城下村に作らなくても、間接的ではあるけど孤児院や教会の資金源になるから、教会を作るという圧力を躱すことができる。 そしてカトリーヌが上級シスターになっているのも好都合だわ」
なるほど、確かに色々と都合が良い提案だと僕も思った。
僕たちの城下村に、教会を建てると言われたら、僕らはとてもではないが拒否できないのだけど、偽神父さんのこともあったし、シスターよりも立場が上の人が村に来るのは、なんだか嫌だ。
教会側でも、誰を神父として派遣するかは、元の村に入った神父さんが苦労しているのを見れば、その苦労の元となっている本人たちが居る村は敬遠して人選が難しい。
そういったことを上手く回避する案だと思う。
ええと、誤解がないように断っておくけど、僕らは孤児院で育ったこともあり、教会に対しては当然恩義も感じているし、好意的ではある。
シスターだって、シスターを辞めたけど、きちんと朝晩の祈りなんかは欠かさない。 僕らはそれに当然倣っている。
僕たちはみんな、シスターの信仰姿勢に倣っているのだ。 神は敬い、感謝するけど、頼ることはせずに、自分たちの出来ることを考える、という。
シスターの信仰に対する態度は素朴だけど、確固としたモノがあるように僕らは感じていて、それに全面的に従っているのだ。
領主様の方は、老シスターの話と比べれば、簡単なことだった。
「ナリート、お前のところに移住を希望している者が沢山いるぞ。
まあ、適当に受け入れろ」
「えっ、今年の孤児院の卒院者は、もう、みんな、その行く先が決まっているからって、来なかったじゃないですか」
「そうじゃない、孤児院の卒院者じゃない。
普通の移住希望者が沢山いるという訳さ。
まあ一般的なことで言えば、開拓なんて中々成功することはない。 特に国とかどこかの貴族からの支援も受けていないで行う開拓なんて、ほとんどが無謀な取り組みという訳だ」
「それじゃあ僕たちは、とても珍しい成功例という訳ですね」
「いや、残念ながら、周りにはそうは思われていない。
お前らは俺が支援した開拓だと思われている。
ま、それだからここに、お前らのところへの移住の許可を求めに来ている訳だがな」
うん、確かに僕らは実際のことを言えば、頼るつもりはなかったけど、かなり領主様の支援というか優遇を受けている。
僕らにしてみたら、領主様のところの官僚の人に、酷く手荒くこき使われたという印象でしかない道の整備も、一般の人から見たら、領主様がわざわざ道の整備をしっかりとさせた、という風に見える。 大蟻退治も、資金繰りに困っている僕たちに、仕事を回して資金提供したと思われている。 ま、確かにその意味もあったから、その認識が間違いという訳ではない。
そして、聖女様であるシスターと、農民たちが崇めているフランソワちゃんも、僕らのところに来ている。
野盗退治に、実質的には何も戦闘はしなかったけど、領主様自身が率いて領兵が向かったのも、町ではとても目を引いたのもあるだろう。
だから、一般的な認識は、領主様が自分の手駒を使って新たな村を開拓したということになるらしい。
ま、間違ってもいないのも本当なんだよな。 僕を含め、最初の中核メンバーはみんな領主様の世話になっていたし、その後の孤児院卒院者を受け入れたのも、領主様の要請によるのだから。
僕はちょっと考えてみた、受け入れることが出来るのだろうか、と。
「やっぱり、ちょっと難しいと思います。
僕たちがやっていることは、同じ開拓や畑仕事でも、かなり特殊なやり方、というか魔法を多用して仕事をしています。 魔法の使用を前提とした仕事の進め方です。
孤児院の卒院者は、まだ若いし、村にいる者はみんな、自分たちの先輩に当たりますから、言うことを聞きますし、新たなことも頑張って取り組みます。
でも、僕らよりも大人の一般の人が、同じように出来るかというと、それは無理じゃないかと思うんですよね。
それでは、こちらとしても受け入れにくいし、やって来る人にしてみても、自分よりもかなり若い者に、仕事のやり方を指図されて、そのやり方も今までと全く違うもので、なお自分たちは若い者と比べてなかなか上達しない、となると暮らし辛い状況になってしまうんじゃないでしょうか」
「そんなことは、百も承知している。 お前らの開拓の仕方なんて、お前ら以外じゃ誰も実行できん。
だからな、今までのような孤児院卒院者とは別物として考えて欲しいんだ。
今まで送った奴らは、きちんと生きて行けるように責任を持たねばならなかったが、今度は違う。 勝手に移住を希望して来るのだから、そいつらの生活をお前たちが責任を持って面倒を見てやる必要はない。
つまりな、今ある塀と堀の外側に移住しても良いという許可を出す権限を、お前にやろうということだ。
俺としては、一応安全のために、スライムと兎程度を防ぐ土塀だけは、広くお前たちに作って欲しいとは思うけどな。 お前らが作るのと、他の者が作るのとでは、作る速さが全く違うからな。
塀も本当に今のような、敵の来襲を考えてじゃなくて、本当に簡単なので良いんだぞ。
それでも最初から移住して来る者が、その恩恵にタダで与るのは、良くない。
その塀で守られている範囲に土地が欲しい者は、その土地をお前たちから買わねばならないことにするんだ。 それから、土地の開墾をお前たちに手伝って欲しい者も、料金を払えば、お前たちが手伝ってやることにするんだ。
どうだ、こうすれば、ある程度は移住者の数は絞れるし、お前らの収入にもなる。
そしてこういうことをする為の権限を持つということで、お前を代官ということにしてやる。 まあ、税の徴収も任せるがな。
まだ買いたい物が買えずに困っているのだろ。 お前らにとって良い提案だろ」
はい、確かに考慮に値する提案だと思います。
僕だけだったら、即座に飛びついてしまいそうな提案だ。




