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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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糸作りは忙しい

 僕たちがキイロさんに付き合わされて、というよりは半ば強制的に鏡作りをさせられていた時、僕たち以外の男性陣は、日々の農作業を午前中に終えると、休む間もなく午後は土壁を厚さ高さとも増して土塁にすることと堀をより広く深くする作業に追われていた。

 防御のための工事は、今回の事でみんな必要を切実に実感したのか、今までの色々な工事は年長というか古株の者が誰かしら監督して進める形だったのだが、そういった人を決めなくてもどんどん進んで行った。

 たまにロベルトが鍛冶場の方に、ちょっとした問題点をどうするかを相談に来る程度だ。


 「みんな頑張っているよね」


 「まあ、あれを見たら、頑張らないはあり得ないだろう」


 キイロさんが、ジャンの言葉に作業の手を止めずに答えた。

 うん、まあ、そうだよね。 戦闘をしている時は必死で、何も考えずに行ったけど、終わってみれば酷い惨状だったから。

 今回は自分たちがその被害を被ることはなかったのだけど、上手く行かなかったら、逆に虐殺されていた可能性もあったのだ。

 まあ、野盗たちは僕たちのことを奴隷のように働かして、自分たちは楽をする算段だっただろうから、こっちは全員が虐殺されることはなかっただろうけど、生き残ったことが良いことに思える環境になるとは限らない。


 今回のような状況を今後も避けるには、自分たちの防御力を上げて、今まで以上に、ここに対して不埒な考えで接しようとしても、勝ち目がないと思わせないといけない。

 僕らの部落の外縁を示す土壁は、今まではその目的は主にスライムと一角兎の侵入防止だったけど、今は防衛施設として作り直しているのだ。

 現実的には、簡単に攻めることはできないぞという威嚇の意味の方が大きいと思うけど。


 僕らの部落は孤児院出の若い子ばかりの部落だから、簡単に支配下に置けると考える輩が出やすい。

 そんなことはないのだと目に見える形で分かりやすく示すのだ。

 そうして、ここを支配下に置くために攻めるより、他の場所の方が簡単だと思わせられれば、変な輩に狙われる確率はずっと低くなるはずだ。

 みんな、そんなことが理解出来ているから、懸命に作業をしているのだ。



 男性陣がそんな調子で過ごしている中、それでは女性陣は何をしているのかというと、こちらはもしかすると男性陣より忙しいかもしれない。


 男性陣はその作業中、土魔法のソフテン・ハーデンをほぼ使い続けることになる。

 逆にそのための魔力が切れると作業効率が極端に落ちるので、作業はその日はお終いになる。

 ソフテンを掛けないで硬い地面を、無理をして掘ったりして道具を傷めてしまっては、困るからである。

 ということで、後で風呂に入るのに使う分の魔力だけ残して、魔力が枯渇すれば、それで男性陣はその日の作業はお終いとなるのだ。


 女性陣は、まず農作業を男性陣と一緒に終えるのは同じだが、その間にも一部は糸クモさんの世話をし、農作業が終わってからは本格的に今は糸クモさんの糸による糸作りだ。

 この糸作りが今年は糸クモさんの数も増えて本格化したばかりなのに、今回の騒ぎで滞ってしまったのだ。

 糸クモさんは、卵から春に孵化して秋まで飼育するのだが、その間に何度も脱皮する。

で、脱皮の度に体がどんどん大きくなるので、夜の寝床の巣を新しくして行く。

 その体に合わなくで使わなくなった巣を、僕たちは利用して糸クモさんの糸とする訳だ。


 飼育1年目の去年は数が少なかったので、全部を単純な手作業で糸にしていたのだけど、今年になると流石にそれでは無理なので、手回し式の糸繰り機を作った。

 今までは本当に手だけで縒ったり、コマのように回す道具でやっていたので、それだけでもかなりの効率upになった。

 それでも糸作りはとても忙しいのだ。2回目から6回目の巣が糸となるのだが、糸クモさんの数が増えて本格化した今年からは、量が多くて、作業に時間が掛かる。

 まだ巣の大きさが小さく、高級な糸にはなるけど量は少ないうちだから何とかなっているけど、巣が大きくなると、もっと量が多くなる。 ただし、糸が太くなって切れにくくなるので、作業に慣れてもくるので気の使い方は減るらしいので、どちらが大変かはアリーによると判らないそうだ。


 そして糸作りは糸クモさんの糸だけではないのだ。

 もうイラクサから作る糸は作り始める時期になっているし、もう麻もだいぶ大きくなっている。 こっちは収穫と皮剥ぎは男性陣の仕事になる。

 そして葛の糸作りとなり、糸クモさんの糸と共に大本命の綿花の収穫となる。

 綿花はまだ糸にするまではいかないかもしれない。 綿としての利用がやっとになってしまうかも知れない。


 とにかく今はもう糸作りで手一杯の状態だ。 まだとても作った糸を使って布を織るところまでいかない。

 それにまだ高級品となる糸クモさんの糸を作っているから、それを使って自分たちの衣服を作ることはしない。 農作業時に着るような服を作る糸じゃないからね。


 この糸作りという女性陣の仕事は、お湯を作るのに魔力を使うくらいだから、男性陣のように魔力が枯渇するという程のことはない。

 つまり仕事が溜まっているからもあるけど、終わりがなかなか決まらずに、今は毎日目一杯働くことになってしまっているのだ。


 夕方、僕たち男性陣は自分たちの仕事を終えた後、夕方の糸クモさんの餌やりを行う。

 それを終えたら、糸作りをまだしている女性たちに声をかけて、そこで女性たちの仕事も終わりとなる。

 それから暗くなる前に急いで食事を作って食べることになる。

 風呂はそれからだ。 風呂に入るのは暗くなってからでも出来るからだ。


 後は寝るだけで1日が終わるはずなのだが、ルーミエとフランソワちゃん、そしてもうアリーも、それからもすることがある。

 こちらはもう自分から喜んで進んでやっている作業だ。

 何をしているのかというと、鏡の表面の研磨作業だ。


 小さな手鏡程度の物だけど、青銅による鏡は一度にそんなに出来ない。

 それで出来た物を順番に女性に渡すことになるのだけど、その順番はとてもきっちりと決まっていた。

 まあフランソワちゃんは特別扱いで、マイア、エレナ、ルーミエと共に1番最初にもらっていたが、後はここに来た順だ。

 つまり、その次はエレナと同年の女子たち、それから初年度の町の女子たち、アリーはここに混ざっている。 それから次の春に来た者という形だ。


 まだアリーまでしか鏡が手渡されていないのだけど、丘の上の女子たちには行き渡ったことになる。

 これからは下の子たちとなるから、余計に頑張らないとならないかも知れない。

 シスターには無いのは、シスターは自分の鏡を以前から持っていたからだ。


 「明日も朝から糸作りとか忙しいよね。 もう寝よう」

 「アリーはちょっと後からもらったから遅れを取り戻そうとしているのかも知れないけど、僕ももう終わりにした方が良いと思うよ」


 僕とジャンは部屋から下に向かって声を掛けた。

 家の内部の仕切りは、床も含めて竹で作ってあるのだから、内部の防音・遮音なんて無いに等しい。 だから普通に声を出しても通ってしまう。

 逆に、1階の部屋で、3人が鏡を磨いていると、その作業音も2階に聞こえてくるのだ。

 それに磨くなんていう単純作業を、女3人でやっていて、黙って静かに済む訳が無い。 作業をしながらおしゃべりの花が盛大に咲いているのだ。

 僕らが眠れる訳がない。


 「そうね、これ以上続けると明日の作業に支障をきたすかも知れないわね。

  3人とも、そろそろ終わりにしなさい」


 鏡磨きのないシスターも僕らと同じ立場なので、僕らに与してくれた。

 3人は渋々作業をやめた。


 「もうちょっと磨きたかったな。 ね、フランソワちゃん」

 「そうだよね。 マイアとエレンの方が先に磨き終わったら、ちょっと悔しいよね」


 シスターに聞こえないようにだろうけど、小声でも両側からそんなことを話されていると、僕はやっぱり眠れない。

 鏡が出来上がるまでは、ちょっと我慢だな。



 キイロさんの手伝っての青銅の鏡作りは、僕は1番最初に魔力を使っての青銅溶かしをする。 ほぼ魔力を使い切るまで青銅を溶かして、それで僕の手伝いは終わりだ。

 最初にしてもらうことには理由がある。 まずは青銅を溶かし始める温度上げが1番魔力を使うところであることだ。

 そして、最後に溶けた状態を維持して、型に流し込んだりの作業となると、単純に魔力だけの問題ではなくて、力仕事の部分も出てくる。

 単純に力ということなら、僕やジャンも高レベルになっているから、下手な大人よりも力があるくらいなのだけど、やはり体格的にウィリー、ウォルフに劣るので、そういった作業はキイロさんの監督の下、ウィリーとウォルフが組んで行う方が上手く進むからだ。

 そういった訳で、僕の次にはジャンが魔法で青銅を溶かすのである。


 僕とジャンは大急ぎでキイロさんの手伝いを済ます。

 というのは、僕とジャンはキイロさんの手伝いの後で、別のことをしたいからだ。

 何をしているのかというと、機織り機の作成だ。


 今までこの城で行われていた機織りはとても原始的で、まあイラクサや、麻や、葛の繊維を使った糸の場合、僕らの普段使う衣料を作るという目的もあって、あまり薄手の布は作らないので、それでも用は済んでいた。

 しかし、糸クモさんの細くて丈夫な糸を使えば、もっとずっと薄手の高級な布を織ることが出来るはず。 でもそれには今の機織りの方法では、頑張れば出来ないことはないと思うけど、とても時間がかかってしまう。

 そこで僕の頭の中にある機織り機を作ろうと考えたのだ。


 1人でコツコツ作るのは時間が掛かるし、嫌になってきちゃうから、ジャンを誘って2人で作る事にした。

 ジャンもアリーを嬉しがらしたいことをしたい気持ちがあるから、喜んで手伝ってくれることになった。

 どんな物を作るかを、ジャンに紙に書いて説明する。

 紙は貴重品なんだけど、やはり細かいことを書いて説明するには必要だ。 そして書いて保存しておける。 板に書いたり、蝋板ではなかなか難しい。

 紙もここで量産したいなぁ。


 話が逸れた。

 僕は今やっている機織りよりも、ずっと素早く綺麗な布が織れるし、糸クモさんの糸を使った薄い布も織れると、ちょっとジャンに誇らしげに語っていた。

 するとそれをジャンと一緒に聞いていたアリーが言った。


 「すごい、ナリートはやっぱり物知りだね。

  うん、そういうので糸クモさんの布は織るんだよ。

  それが出来たら糸クモさんの糸でも布が出来るね」


 僕はちょっと、いやかなり凹んでしまった。

 僕は頭の中の知識から、その機織り機のことを作ろうとしていたので、僕の頭の中にある知識としての機織り機と同じような物が、この世界にあることを知らなかった。

 この地方では今まで糸クモさんの飼育がされてなかったせいだったのか、それとも孤児院育ちで高級な物を見る機会がなかったからか、機織り機なんて見たことがなかったし、学校や領主館の本にはなかったので、あるとは思っていなかったのだ。

 そうだよな、糸クモさんの糸を使った高級な布があるのだから、それを織るために工夫された物があっても当然だよな。


 機織り機の本体となる枠組み作りなんかは、僕とジャンが2人で作れば、すぐに作ることが出来た。

 機織り機としての重要な機能となる、縦糸を上下させるためには、いくらか試行錯誤してみたが、昨年採取した少し太めの糸クモさんの糸を上下から輪っかにして通して使うのが、やはり最も使い易いみたいだ。 この方法はアリーから教わった。

 機織り機の技術的な1番の問題点は、縦糸を整えるための櫛のような物を作ることだった。

 実際には櫛ではなく、薄い小さな板の間に糸を通し、その板を重ねて固定して櫛のように形作り、その間を糸が通っていくことで、きちんと糸が絡むことなく張られることになる。

 その板の素材をどうするかに四苦八苦したのだ。


 単純に板を重ねるといっても、一枚毎にその間に糸を通し、それを綺麗に並べて固定する必要があるから、板の上下に穴を開け、そこに串を挿して綺麗に並べることにした。

 最初はその板の素材を、当然のごとく竹で作ったのだが、求める薄さに竹の小板を削ると、上下に穴を開けると割れてしまうのだ。

 他に何か良い素材はないかと考えたのだけど、目に入る範囲に竹以上の素材がない。 他の木の板でも試してみたが、竹以上に薄くすると簡単に割れてしまうのだ。


 板の木の種類や、技術にも問題があるのかも知れない。 僕の頭の中には柘植の櫛なんていう木を素材にして、しっかりと折れずに役に立っている物があるのだから。

 それとも求めている形、機能が違うからだろうか。


 仕方がないので、縦糸を上下するのに太めの糸クモさんの糸を使ったのと同じように、四角い枠を作って、その間を縦糸を一本通したら太めの糸を一本、枠の上下で縛って留める、なんてことをしてみた。

 確かにこれでも出来ないことはないのだけど、作るのにも手間だし、一度使って次にまた縦糸を今度は枠に張ってある糸の間を通していったりするのは、とても注意力と根気のいる作業になってしまう。

 それに作ってみて分かったのだけど、枠に糸を縛って止めると、その縛り目が思っていたよりも幅を取るし、きちんと縛らないと緩んだりして、本当に細かくて面倒な作業になることが分かった。

 うーん、とても僕には出来そうにない作業だ。 最も僕は、布を織るなどという細心の注意をしながら長い時間がかかるというような、根気のいる作業は苦手で、ちっとも出来る気がしないのだけど。


 この問題の解決策を教えてくれたのはキイロさんだった。


 「お前たち何をそんなに頭を悩ましているんだ?」とキイロさんに問われ、僕たちは現在の問題を説明した。


 「そういう時こそ、金属を使えば良いじゃないか。

  金属製の薄い板なら、問題解決じゃないか」


 まあ、その通りなんだけど、そんな都合の良い金属の板なんてないよな、と僕が思っていたら。


 「それこそ鉄の板で十分だろ」


 えっ、鉄の板?


 「青銅の武器よりも丈夫でよく切れる鋼の武器を作るとなると大変だけど、鍋釜を作るような鉄を作るなら簡単だろ。

  それにそういう鉄は、赤熱させて叩いてを繰り返せば、結構簡単に薄い板を作ることが出来るぞ」


 あっ、そうか。 何もぶつけ合った時の強度や切れ味が問題になる訳じゃないのだから、簡単な方法で作れる炭素分が入っていない鉄で十分なんだ。

 それならば、砂鉄を取ってきて、それを赤熱させて叩いてくっつけて、それから伸ばしていけば良い。 純鉄に近い組成だから、伸びは良いはず。


 キイロさんの、青銅を溶かす手伝いを少し免除してもらって、僕とジャンは鉄の薄い板を作ることを試みた。

 うん、キイロさんの言うとおり、割と簡単に鉄の薄い板を作ることが出来た。 ある程度の薄さになれば、別に完全に均一の厚みじゃないといけないという訳でもないから、割と気楽に作れるのだ。


 キイロさんに教わった通り、叩いては赤熱させてを繰り返すと割と簡単に伸びて薄くなる。

 時々赤熱させないと、伸びにくくなるのもキイロさんに言われた通りだ。



 ただ、同じ形の小板にするのには苦労した。

 結局、その作業はとても簡単なプレス成型の道具を作って解決した。

 作った薄い板を、上下から挟んで、そして圧力をかけて打ち抜く型を作ったのだ。


 極薄くて、柔らかい鉄の板だから、打ち抜く為の型もそんなに強度がなくても大丈夫だ。

 木で作った上下の型の周りを粘土で覆って、乾いたら型を取り外して、鋳型を作る。

 その鋳型に、僕とジャンと2人で頑張ってメルトダウンで溶かした鉄を流し入れた。


 やってみて本当に理解したのだけど、確かに鉄が溶けるまで温度を上げるのは、青銅を溶かすのとは訳が違って、ずっと大変だ。 出来なくはなかったけど、あまりやりたくないな。


 鋳型を作って、極小さいけどプレス成型用の型を作るなんてことには、僕の頭の中の知識を大いに動員する。

 柔らかい薄い板を切るというか打ち抜くだけだから、大丈夫だと思うけど、それでも素材自体は型も板も同じなので、型は焼き入れをしておく。 使うときは板の方は逆に焼きなまししておくつもりだ。


 こうしても、結局最後は出来た型を綺麗に磨いたりしなければ使えないのだけど、そういう地道な作業はやっぱり苦手だ。

 僕が唸ったりため息をついたりしながら作業していたら、見かねたのか、ほとんどジャンがやってくれた。


 「ほんと、ナリートはこういった地道というか、根気のいる作業は出来ないね。

  見てるとこっちがイライラしちゃうよ」


 はい、すまん。


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