僕の誤解
「なんだかナリートとは、考えていることが違うというか、問題としていることが違う気がするぞ」
キイロさんが急にそんなことを言い出した。
「ウィリー、今、俺たちがしていることをナリートに教えてやれ」
「そんなの決まっているじゃないですか。 鏡作りですよ」
「という訳だ、ナリート。
今、俺たちは女たちに急かされて、絶賛鏡作りの真っ最中なんだ。
鍬や鉈やナイフの一応の修理はさすがに先にやったけど、それがなんとか終わった後は、青銅が手に入ったからと、鏡作りとなってしまった訳だ。
武器にしていた青銅だから、鏡に作り替えても黄色味が残った鏡しか出来ないのだけどな。 錫が買えれば、ちゃんと白銅色の鏡を作ることは難しくはないのだが、それは無理だからな」
錫石を見つければ、錫は融点が低いから簡単に手に入るはずだ。 僕の能力を使って錫石がないか探してみようか。
僕は、キイロさんの言葉を聞いていて、そんなことを頭の中で考えていた。
「そもそも貴重な青銅製の武器を、なんで鏡に作り替えなきゃならないんだ。
俺はそこからして反対なんだ」
「ウォルフ、そこはもう話し合って決着したことだろ。 というか女性陣に押し切られてしまったのだから、もう諦めろ」
ウィリーの言葉の調子で、エレナとマイアも鏡作りに賛成なのが僕は判った。 キイロさんもそこには触れる気はないようなので、キイロさんの奥さんも賛成派だな。
ジャンは軽い感じで笑っているから、アリーはあまり拘っていないのかも知れない。
僕に直接影響が出るルーミエとフランソワちゃんはどうなんだろう、と思ったら、それを察してジャンが僕に向かって指を軽く一本立てて小さく振った。
そこには触れるな、という警告だろう。 うん、ジャン、ありがとう。
もう少しウィリーが言葉を続けた。
「まあ、これだけ一方的に俺たちが勝ったと伝われば、きっとそうそうまた野盗が襲撃しようとは考えないだろう。 そう考えるのも分かる。
それに今回の戦いでは、結局剣も槍も使わずに、石を投げることだけで終わってしまったものなあ。
そんな使うかどうか判らない物よりも、日々確実に使う物を優先するのは当然のことだと言われたら、反論出来ないじゃないか」
「俺もそれが理解できない訳じゃないから、上手く反論できずに女性陣に押し切られてしまったんだが、せっかく青銅の武器を手に入れられたんだぞ、もったいないじゃないか。
鉄の武器は、農具や刃物などの修理に使ってしまうのは仕方ないと思うが、青銅の武器はそのままにしておいた方が良いと、今でも俺は思っている。
話し合いの場に、ナリートがいたら、上手く女性陣を納得させて鏡にしなくて済んだんじゃないかと、俺は残念でたまらないんだ。
エレナとマイアはそれを見越して、ナリートとシスターがいない時に、この話し合いをしたんだと思うんだ」
いやいやいや、僕だって、女性陣が一致団結して言うことを止めるなんてこと出来ないよ。 冗談じゃない。
「無理無理、僕だって女性陣が団結して言っていることを止めるなんて出来る訳ない。
それにさ、青銅の剣や槍でしょ、良いじゃん、鏡にしても。 どうせならちゃんと黄色くない鏡にしたいと思うけど。
錫が必要なら、僕は探してみたいと思うけど」
「お前、何言っているんだ。 青銅の剣や槍だぞ」
「うん、ウォルフ。 青銅の剣と槍でしょ、鉄の剣や槍じゃなくて。
鉄の方は、農具や刃物の修理優先でもったいなかったと思うけど」
「あ、解ったぞ、さっきからナリートと話をしていて感じていた違和感の正体が。
ナリート、お前、青銅の剣と鉄の剣と、どっちが値段が高いと思っている?」
キイロさんが急にそんなことを言い出した。 何を言っているのだろう?
「そんなの鉄の剣に決まっているじゃないですか」
「ああ、やっぱりな。 そんなことだろうと思ったぜ。
ナリートはここで最も賢くて、なんでも知っていると、みんな思っているし、俺もそう思っていたから、考えてみたこともなかったけど、お前もやっぱり年相応に知らないことや、勘違いしていることもあるんだな。
鉄の剣と青銅の剣を比べたら、高いのは青銅の剣だ。 もちろん性能も青銅の剣の方が上だ」
「えっ、何で? だって、冒険者のランクだって、青銅級より鉄級が上じゃないですか」
「ナリート、鉄級と言うのは通称で、本当は鋼鉄級って言うんだ。
そして鋼鉄の剣は、鉄の剣とは全く別物だ」
「ナリートは領主様から貰った最初のナイフが、褒美だったから鋼のナイフだったから鉄というと鋼を使った物だと思い込んでいたんだな」
そうか、確かに鉄と鋼鉄は別の物だ。
刃物といえば、鋼が使われているのが僕は当たり前のことだと思っていた。 これはもしかしたら頭の中の知識であって、この世界の知識ではなかったのか、ちっとも考えたこともなかった。
「鉄を叩いて形を作ることが出来るまで熱くするのに、もう少し魔力を多く使えば、青銅ならメルトダウンの魔法が使える。 つまり完全に溶かせる。
そうすれば、青銅の剣や槍を作るのは型に流し込めば良いから楽だ。
それでいて、作られた剣や槍は鉄で作った物より強い。
鋼を使った剣や槍は、青銅製よりも強いけど、作るのにもっとずっと手間が掛かるし、何度もメルトを掛けたりして魔力を使う。 メルトダウンで一度完全に溶かす方が楽だとも言われているが、それにはとても魔力が必要だ。
そうして苦労して作っても、一度使ったら折れる粗悪な物が出来ることも多い。
それだけ使える鋼の剣や槍は貴重で高価になるんだ。
だから、俺たちに手に入るのは、鉄の剣や槍、そしてせいぜい青銅の剣や槍となる訳だ。
だが、残念なことに、この辺りには、その青銅を作る原料の銅や錫がない。
ナリート、お前は鉄を見つけたらしいが、俺たち鍛冶屋もこの地方にどんな鉱物があるかを調べていない訳じゃないんだ。
鉄鉱石のありかを探し出したのはすげーと思うが、砂鉄があるのは知っていたんだぜ」
確かにキイロさんに教わった鉄の作り方は、鉄を溶かす訳ではなくて、赤熱させて叩くという方法だ。
鉄を赤熱させるには確か800度、最低なら400度を超えた辺りから、酸化鉄が還元されて鉄となる。 しかし、この鉄は不純物を多く含むので、それを叩いて弾きだす行程が必要となる訳だ。
こうして作られた鉄は錬鉄というのだが、炭素をほとんど含まない純鉄に近い。
錬鉄は粘りはあるけど、硬くはないので、剣や槍という武器や刃物には向かない。
これを硬い鋼にするには炭素を混ぜないといけないのだが、これを赤熱程度の低温で行うには、炭と共に赤熱させて叩くという工程を繰り返す必要がまたあるという手間のかかる作業となる訳だ。
そうではなくて、一気に炭素を混ぜるとなると、今度は完全に鉄が溶けるまで温度を上げねばならず、そうなると1500度以上と、一気にメルトダウンで必要とする魔力量が多くなるのだ。
それに比べると青銅の場合は、900度程度で融解するので、鉄を赤熱させるのとあまり変わらない。
それでいて鉄で作った剣や槍よりはずっと強い物が作れるので、武器は剣や槍が主となるのだ。
もちろん鉄の武器や刃物が全く使えない訳ではない。
ある程度の硬さのある金属だから研げば鋭くなり、もちろん使える。
ただその切れ味があまり持続しないのと、青銅の武器と打ち合ったのでは勝ち目がないだけだ。
「青銅の武器だって、銅と錫の量を変えて、普通に鏡にする白銅色になるようにすれば、硬さは増すが、今度は折れやすくなってしまう。
その辺を勘案して、銅に錫を混ぜる量を決める訳だが、それでまあ武器は黄色がかった色になるのさ。
その配合をどのくらいにするかが難しいところではあるのだが、鋼を作る時の手間や難しさからすればずっと楽という訳だ。
ただし、この地方では銅も錫も取れないこともあり、余計に結局高価な物になってしまう」
ということは、僕らの持っている剣とかって、領主様から褒美で貰った物は除いて、鉄の剣や槍それにナイフなんかも、単なる鉄の物ということで、青銅の物より性能が悪いということか。
何だかウォルフが鏡を作ることを嫌がるのが、急にとても共感出来た。
とは言っても、今更鏡を作るのは止めて、武器として取っておこうと提案する気持ちはさらさらない。 そんなことで女性陣の不興を買うなんて馬鹿な真似は出来ないよ。
えーと、鉄を鋼にするには、炭素を混ぜれば良いのだから、何とか魔法で楽に作れないかな。 僕はそんなことを考え始めた。
「ナリート、なんとか鋼鉄を作れないか、なんて頭の中で考えているでしょ」
ジャンにズバリと当てられてしまった。
「あのなぁ、ナリート。
俺としては、それも良い方法を是非とも思いついてもらいたいとは思うよ。 だが上手い方法はキイロさんも知らないと言うから、そうなかなか出てこないとは思うがな。
でも、今現在の最も緊急な問題は、鏡を作ることなんだ。
さっきから言っているように、青銅をしっかり溶かすのは、かなり大変なんだ。
お前が一番魔力があるのだから、とりあえずさっさと鏡作りを手伝え」
キイロさんではなく、ウィリーにさっさと鏡作りを手伝えと催促されてしまった。
900度という温度にまで青銅を熱するというのは、メルトダウンという魔法の説明をきちんと受けていても、かなりの魔力を消費して大変なのだろう、ウィリー、マジな感じだ。
鏡作りは、水に晒したりして不純物を取り除いた土を、ハーデンを何度もかけて固めた坩堝に青銅の剣や槍を入れ、その坩堝を周りをしっかりと囲った炉の中に入れて、メルトダウンの魔法をかけて、まずは溶かす。
やってみると、確かにこれはなかなか難しくて、魔力を馬鹿みたいに使う。
確かに900度という高い温度を魔法で作ることも大変なんだと思うが、僕は何だか少しそれとは違う大変さがあるように感じた。
例えば、暖かい水を得る為の魔法であるホットウォーターや熱湯を得る為のボイルドウォーターだと、水玉が目の前にあって、その水玉が暖かかったり熱かったりするイメージがすぐに出来るのだけど、メルトダウンだとそうはいかない。
炉の中にある、直接見るのは大変な剣や槍先が溶けて、坩堝に溜まるのをイメージしなければならないのだ。
何となくだけど、魔法が上手くいかなくて、無駄に魔力を沢山消費している感じがする。
その証拠となるのかどうか判らないけど、青銅がほぼ溶け切ると、青銅は坩堝に溜まっていることになるから、その形が想像しやすいからだろうか、ずっと楽に溶けている状態を維持できる気がする。
でもそれは、もうしっかり全体として温度が上がっているからかも知れないけど。
僕は自分の感じたことを、みんなに話してみた。 すると、みんなも何となく同じように感じていることが分かった。
そこで実験してみた。
ほんの小さい青銅片を炉の外で、良く見えるようにして溶かしてみた。
次に、同じくらいの青銅片を炉の外で、今度は目を塞いだ状態で溶かしてみた。
僕が自分で実験してみた感じでは、明らかに見ながら溶かす方が楽だ。
自分だけの可能性もあるので、ジャン、ウィリー、ウォルフにも同じことを試してもらったが、やはり同様の結果だった。
結局、溶けていくとどんどん形が変わっていくのだが、それを把握しているかいないかで、魔法の効率が変わるみたいだ。
「それが判ったからといっても、炉の外で溶かすことはできないぞ。
そのくらいの小さなカケラなら炉の外でも溶かせるけど、量が増えれば炉の外では熱が籠らないから、どんどん冷えてしまって、溶かすための魔力が余計に必要になってしまう。
それから、そのくらいのカケラなら問題ないが、もっと大量に溶けるのをずっと見ていたら、目をダメにしてしまうぞ」
キイロさんの指摘は尤もだ。 どうしたもんだろう。
僕は最初、形が変わらなければ良いのだから、溶けた青銅を型に流し込んで形を作るのだから、剣の形の枠を作って、それに入れて溶かせば良いと考えた。
しかし、この案は即座に駄目だと解った。
剣はそれぞれに微妙に長さ太さといった大きさが違っていて、型に上手く嵌らないのだ。
それにそんな形で溶かしても、そのままでは使えず、普通の坩堝に移し変えて溶かさねばならず、手間と危険がすごく増えてしまう。
結局、剣や槍先をなるべく細かく砕いて坩堝に入れて、その坩堝の形をイメージしてメルトダウンの魔法をかけるのが最も効率が良いことが分かった。
剣や槍先を小さく砕く手間が今までより掛かるので、どっちが楽なのだろうかと思ったのだけど、青銅の剣や槍先を小さくする方が、ずっと楽だという結論になった。
まあそれだけ青銅の剣や槍先は脆いということでもある訳だけど。
しかしそう感じるのは、僕の頭の中にある剣、刀、槍先、ナイフその他の鋼鉄やその他の合金だったり、複合材だったりする武器のイメージがあるからだろう。
鏡を作るといっても、装飾が付いた物を作る訳ではなく、実用的な手鏡を作るだけだから、青銅を溶かすことが出来れば、後の作業は大したことはない。
キイロさんは、綺麗に磨いた平な石の上に、土で仕切りを作り、ハーデンで固めた。
あとはそこに溶かした青銅を流し込んで固めるだけだ。
僕は気づいていなかったが、石の磨いた面には何か塗ってあったらしい。
「そのまま流すと、後で剥がすのに苦労するだろ」
うん、理解したけど、詳しくは良いや、そこに興味はない。
鏡を作るのに、本当に大変な作業はここまでではなく、これからだ。
その作業というのは鏡面をピカピカに磨く作業だ。
その作業には、僕らは関与しない。
キイロさんに作ってもらった鏡を手に入れた女性たちが、その作業はせっせと自分たちでこなす事になっていたからだ。
うん、僕はああいう手間と根気を必要とする作業は御免だ。




