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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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初心に立ち返る

 僕は反省した。 大いに反省した。

 この世界が安全な世界ではない事も、優しい世界でもないことを、孤児院の孤児として生きていると気がついた時に実感していたはずなのに、何だか緩んでいた。

 死にそうな栄養状態を改善することから始まって、頭の中の知識と魔法が一般的に思われているよりもずっと応用が利いて使えることが分かったことで、自分たちが何でも出来るつもりになっていた。

 他人の悪意というものに鈍感になっていた。 危機意識というか、危険を感じる力が働いていなかった。


 そうだよなぁ、成人に達するかどうかの者と、それ以下の者とで暮らしている部落なんて、悪いことを考える奴等から見たら、それこそ格好の獲物だ。

 自分たちが君臨して、支配して、奴隷のように使ってやれば良いと考えるのは、まあ当然なのだろう。

 そういう標的に自分たちがなりかねない、なりやすいという意識を今まで持っていなかったことが問題だ。

 村の孤児院、町、領主様という庇護の下に居たから、安全に暮らしていた訳で、そこから少しでも外れると、もうその安全はないことを僕は、僕たちは忘れていた。



 僕は町から戻る時、そんなことを頭の中で、ずっと考えていた。

 他のみんなも同じようなことなのだろう。 話もせずに黙って黙々と歩いて戻った。

 今回は町で買い物をしたけど、買った物はもうそれぞれに身に装備していて、いつもの様に荷物を載せた台車がある訳でもないので、余計にそれぞれが自分の物思いに没頭できる状態だったからもあると思う。


 門が見えた時、ウォルフがやっと口を開いた。

 「具体的にどうするかの対策を考えないとな。

  丘の上に家がある者に、キイロさんには加わってもらって、話をしよう」


 領主様に言われたからだろう、ウォルフが防衛の話し合いを率先して行うつもりのようだ。

 人数をその程度に絞るのも、僕も賛成だ。 いたずらに恐怖を覚えさせる人数を増やす必要もない。

 丘の上の僕らと、後から来た丘の下の者とは、歳も下だけど、それ以上にレベル差がまだある。 戦闘となると、一部を除いてまだ役に立たないだろう。



 「領主様と話した内容は大体こんなところだ。

  補足することがあれば、誰か付け加えてくれ」


 丘の上の、普段は雨の日などに作業をする簡単な屋根のついた場所に集まって、僕らは話し合いをした。

 最近は糸や布作りも少し本格化してきて、作業道具なんかも増えて、丘の上の人数だけでも集まって話を出来る場所がそこしかなかったからだ。


 シスターが一つ付け加えた。

 「えーと、側近の人にちょっと言われたのだけど、ここを襲うかも知れない人たちが集まったら、知らせてくれるそうよ。

  だから、不意に襲われることはないと思うわ」


 「ここを襲うつもりで、ごろつきなどが集まるとしたら、とりあえず一旦町に集まるだろうからな。

  町で、普段とは違うのが集まれば、気をつけても目立つから」


 ウィリーがそう言って、シスターの言った内容を補足・説明してくれた。 衛士をしていた時の経験から、その辺は簡単に想像できるのだろう。


 「それならさ、ここに町から知らせの人が来ることになるのでしょ。

  だとしたら、それを知って、そのごろつきたちが、『ここを襲うのは知られていて駄目だ』と思ってくれないかしら。

  そう思わせるように、知らせの人が目立ってくれると良いのに」


 マイアがそう楽なことを考えて口にしたが、ウォルフが即座に否定した。


 「それは絶対に無いな。

  知らせを持って来てくれる人は、ごろつきには勘づかれないように、気をつけて来るよ、絶対に」


 「領主様の立場で考えてみろよ。

  そういう輩が襲うなら、ここを襲ってくれるのが、最も被害が少なくて済む可能性が高いんだ。

  そうじゃなくする訳が無い」


 ウィリーもつけ加えた。

 開拓をしている所は、僕らの所だけじゃない。 僕らの所が最も成功しているという自信はあるけど、当然だけど他でも頑張っている人たちもいるのだ。

 そういった中で、僕たちの所がたぶん最もごろつきたちと戦える。

 少なくとも領主様や領主館の人が実力を知っている戦える者がいる場所だ。

 領政を考える人にとっては、こういった不法者はなるべく一網打尽に排除したいのは当然だろう。 その餌として、一番被害が少ないだろうと考えられるのも、僕らの所が最適だ。

 当事者である僕らにしてみれば堪ったものではないのだけど、客観的に見れば理解出来る。

 衛士であったウォルフとウィリーも、そこを理解しているのだろう。 いつもは色々と言うエレナも黙っているのは、エレナも短いけど女衛士として領主館で暮らした経験があるから、2人ほどではないけど理解しているからだろうと思う。


 「そういう事だから、これは俺は確信しているのだけど、ごろつきどもが集まって、ここにやって来て、戦闘になることは避けられないと思う。

  だから、しなければならないのは、領主様たちが駆けつけて来てくれるまでの戦闘という訳だ。

  済まないけど、その戦闘は年長者であることを考え、今ここにいる男たちで行う。

  キイロさん、すみません、こんなことになると思って、ここに呼んだ訳じゃないのですど」


 「ウォルフ、そんな気を使うな。 当然のことさ。

  俺に変な気を使って、ここに呼ばなかったら、それこそ俺は怒ったぜ」


 キイロさんは鍛治をしてもらうために来てもらったのに、こんなことに巻き込んでしまったと僕も思っていたから、ウォルフが気を使ったのは当然だ。


 「戦闘は、門を開けて、その門のところで、俺とウォルフ、それにナリートとジャンが前で戦い、他の者はその後ろで俺たち4人を助けるように戦ってもらうかな。

  俺とウォルフは剣で、ジャンは当然、ナリートも槍でだな。 もちろんお前ら2人にはこれから剣の特訓もしてもらうけどな。

  後の者はもちろん槍だ。 こっちはジャンが特訓しろ。 後ろから俺たちを援護する方法にまずは特化した方向で教えろ。 時間があるとは限らないからな」


 「ウィリー、俺は前で戦わなくて良いのか」


 「ロベルト、お前は歳は俺と同じだけど、これはキイロさんもそうだけど、レベルが俺たちよりも低いんだよ。 そうだろ、ナリート、ルーミエ。

  それに俺とウォルフは衛士として戦闘訓練を受けているし、ナリートとジャンも冒険者としては色々なモンスターとの戦闘経験がある。 そういうの無いだろ。

  それに領主様から禁止されたということだけど、単純に戦闘となると、レベルと経験の差で、お前よりエレナやルーミエの方が強いと思うぞ、俺は」


 最後は余計だったと思うけどな、ロベルト凹んでいるぞ。 ま、たぶん付け加えると、シスターも強いだろうけど。

 こんなことなら大アリ退治の経験値稼ぎで、マイアやフランソワちゃんじゃなくて、ロベルトを優遇してレベル上げをしておけば良かった。 そうしたら前で戦えたかも知れない。


 「でもさ、なんで門を開けて、門のところで戦うの?

  門を閉めといて、橋も上げとけば、そんな風に戦わなくても大丈夫じゃない?」


 ルーミエがそんな風に質問した。 僕が答えてあげる。


 「土壁も堀も、スライムや一角兎が入って来ないことを目的に作った物だから、人間を止めることは出来ないよ。

  もし、橋を上げて、門を閉めていたら、どこから敵が入ってくるか分からなくなって、対応できなくなるよ。

  堀に完全に水を満たせれば少しは違ったかも知れないけど、今からじゃ間に合わない可能性が高いし、今の深さ広さの堀だと水があっても渡れてしまうから。

  あとさ、もし弓を使う者がいたら、火矢を射られたら被害が大きくなるかも知れない。

  だから、橋を下ろして、門を開けて、それによって戦いの場を限定してしまった方が、ずっと対処がしやすいのさ」


 「だとしたら、もし弓を使う奴がいたら、そいつは真っ先に潰しておくべきじゃない。

  弓には弓よ。 私が潰すわ」


 ウォルフが少し考えてから言った。


 「そうだな、弓を使う奴がいたら、最初に潰す必要があるな。

  それなら、エレナ、お前は見張り台の上から、弓を使う奴を弓で狙って潰せ。 ただし、それ以上はしないで、それだけしたらすぐに逃げろ。

  これなら領主様の命令違反にはならないだろう。

  ナリート、俺とお前も最初は弓で、敵の弓使いを狙うぞ。 たぶん1回しか射てないだろうから、外すなよ。

  敵の予想は20人くらいだから、3人も弓使いがいれば良い方だろう。 それに脅しに使おうと考えているくらいだとも思うしな。

  戦闘がまともに始まったら、それ以上いても敵も剣か槍になるだろうし」


 もっと人数が多くて、弓隊という形なら別だろうけど、20人規模だとそんなものだろうと思う。 それに弓での距離のある戦いだと、弓の技量ではきっとウォルフとエレナには敵わないと思う。

 エレナは見張り台の上からという地の利があるから、弓での戦いでは一番有利だと思うし。


  「見張り台の上からなら、私も」


 ルーミエがそう言ったが、ウォルフは許さなかった。


 「ルーミエの弓の腕だと、まぐれでなきゃ当たらないだろ。 ナリートだって、微妙なところだ」


 ウォルフにはっきりと言われてしまった。 自分でも分かっていたけどさ。

 でも僕は腰に剣を下げ、槍に加えて弓も持つのか、何だか多くない。


 「ルーミエとシスターは、怪我した者を後でヒールで癒してもらう必要があるから、しっかり安全な位置に下がっていてくれないと困るよ。

  僕らもヒールは使えるけど、ルーミエとシスターのヒールは効きが違うからね」


 僕はちょっとだけウォルフの指摘から話をすぐに逸らすため、ルーミエをそうフォローした。


 「で、私たちというか、戦う男たち以外は後ろに下がるって、どうすれば良いと思うの?」


 マイアがそう聞いた。


 「そうだな、他の者たちは、全員丘の上に籠ることにすれば良いんじゃないか。

  丘の上に登るには、裏からならともかく、門から登ろうとすると、後から作った急な階段の道しか無いじゃん。

  それなら登ってきたら上から石でも何でも落とせば、きっと登って来れないぜ。

  まあ、そんなことになるのは俺たち男連中が全滅してからだから、それ以前に領主様たちが確実に介入するから、そんなことにはならないけどな」


 ウィリーは気楽な感じで言ったのだが、それを聞いた女性たちは悲壮な感じになってしまった。

 そして戦うということに全く実感を持てないでいた、丘の上で暮らしているのだけど、僕らより後に町から来たメンバーの男性陣は、急に怯えた様子になった。

 まあそうだよね、衛士はもちろん冒険者でもなかった彼らは、今までは自分の生死をかけた戦いとは無縁の生活だったのだ。

 冒険者をしていた僕たちは、そんなことはないようにと常に気をつけてはいたけど、怪我や最悪死という結果もあり得ると覚悟して狩りをしていたのだ。

 ウォルフとウィリーはもっと酷くて、領主様に鍛えられていた時は、何度も死を覚悟するような特訓をさせられていたらしいし。


 それにしても、細道を登って来る敵に、上から物を落として撃退するって、完全にどこかの城の攻防戦の最終局面だな、なんて僕は想像してしまった。

 きっとこれは、頭の中の良く分からない知識が想像させているんだろうなあ、なんてこともぼんやりと考えてしまった。


 あれっ、何だか引っかかった。


 「そうだよ、僕は元々ここに開拓をしようと思って来た訳じゃない。

  城を作りたくて来たんだよ。 何やっているんだろ」


 僕はつい口に出してしまった。


 「おい、ナリート、何を言い出したんだ?」


 ウォルフがこんな真剣に話している時に、何を言い出すんだという感じで聞いてきた。


 「うん、僕はここに城作りの為に来たのを思い出したんだ。

  城っていうのはね、戦いの為の砦をもっと大掛かりにした物でもあるんだ。

  たった20人くらいと戦うなんて、全然大したこと無いじゃないか。

  要は、そいつらを殲滅してやれば良いだけで、何も直接馬鹿正直に戦ってやる必要なんて無いんだ。

  一方的にやっつけてしまえば良いだけのことじゃん」


 僕が急にそんなことを言い出したら、ルーミエが目をキラキラさせて微笑んでいる。

 ジャンが、また何か変なことを考えついたな、言ってみなよ、という目を向けてきた。

 シスターが、またこの子、訳の分からないことを始めようとしているわ、と諦めた感じだ。

 エレナがいつもの通り困惑している。

 フランソワちゃんはルーミエの様子を見て、何かありそうと期待した感じだ。

 マイアは、何だかまたかと呆れている感じだ。 マイアの前であまり変だと思われるだろうことをした覚えはないのだけど。

 アリーは元から今回の話も良く解っていないから、ただ困惑している。

 他の人はもちろん訳が分からないという顔をしている。


 ウォルフがウィリーと顔を見合わせた後、少し苦笑気味に言った。


 「ナリート、今度は一体何を思いついたんだ?

  きちんと詳しくきちんと話せよ。 お前の言う事は突拍子もないから、詳しく話さないと理解が難しいんだ」


 このウォルフとウィリーの態度に、キイロさんが驚いたみたいだ。



 それから土木作業が突貫で行われた。 いつ敵が現れるか判らないからだ。

 工事が終わる前に来られたら、今まで話した作戦通りになってしまう。

 土魔法を使った工事は、開拓作業で僕たちは丘の下のみんなも含めて、みんな熟達している。

 工事は、みんなの危機意識もあったからか、想定以上のスピードで完成して、僕たちは全員、訓練する時間まで作ることが出来た。


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