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イチから始める『呪いのビデオ』のつくりかた  作者: 長篠金泥
第3章

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25 全滅村

「二時間使って、だかゼロぉ? ハアァ⁉ マジどうすんの、なぁ!」


 ユリカたちが戻ると、常盤ときわからの報告に葛西かさいが声を裏返らせていた。

 ドラは「知るかボケ」みたいなシラケ面で、わめき散らす監督を眺めている。

 クロは責任を感じているのかいないのか、少し離れた場所で背を向けてたたずむ。

 和久井わくい鹿野かのから何事かを耳打ちされ、工場の裏手へと全速力で駆けていく。


「あー……修羅場の一歩手前、ですかね」

「いやぁ、たぶん何とかなるんじゃない?」


 小声でユリカが問うと、アイダは軽い調子で答えてあごをしゃくる。

 アイダが示した先では、鹿野が葛西のそばへと歩み寄り、肩を叩いていた。


「まぁそうカリカリしない。『全滅村』と比べれば、どうってことないからね」

「あぁああ! 鹿野さぁーん、アレのことは思い出したくないんだって!」


 言われた葛西は、笑顔ではあるがキレ気味に返している。

 全滅村、というのは元々『じゃすか』の三作目として予定されていたタイトル。

 少人数のカルト教団が集団自殺事件を起こした、東北の村が舞台だったらしい。

 そこで起きる数々の怪現象について検証する、と二作目の最後で予告されていたのだが、実際にリリースされたのは、中部地方の幽霊屋敷をメインにした、まるで別の内容だった。


 三作目の冒頭に「全滅村の取材は諸般の事情で中止されました。この件についての質問にはお答えできません」とのテロップが流れ、ファンの間では村で何があったのかと今でも物議ぶつぎかもしている。

 その事情を知っているはずのクロと常盤は、葛西ほどではないけれど渋い顔だ。

 全然わからないユリカは、似たような表情になっているアイダに訊いてみた。


「アイダさんも、そのロケに参加してたんですよね」

「ああ……残念ながら」


 何その不思議な返し、と思いつつ質問を重ねる。


「どんな感じ、だったんですか」

「簡単にまとめると……最悪の状況をどうにかしようと採用した手段が最悪で、結果も最悪になったという最悪のロケだ」

「えぇと……どういうことです?」


 想像力の限界に達したユリカに、アイダは長い溜息を吐いてから答える。


「全滅村は……色々とネットの噂とかはあるけど、実際には単なる限界集落でな。住民がゼロになって急速にびれた後、廃墟マニアとか心霊オタクとかが、面白がって勝手な設定をつけて、それで有名になった場所なんだわ」

「なら集団自殺がどうこう、ってのは」

「事件自体は存在してるけど、もっと別の場所。そこは今ちょっとね、揉めるとシャレんならない団体の私有地なんで、入るに入れない。だから噂に便乗して、あの廃村こそが集団自殺のあった現場、って設定で撮ろうとしたんだけど……」

「けど?」


 大体の予想はついたユリカだが、一応確認しておく。


「つまるとこ、何も起きてない単なるド田舎の村だからな。当然ながら、怪しいことも何も起きないんだよ。しかも歴史があるんでもなくて、敗戦後に満洲から引き揚げてきた人らが住んで、平成になって潰れた村だから、史跡なんかもなくて本格的にスッカスカ。いや参ったよアレは」

「それはもう、詰んでますね……」


 神社も寺も古民家もなければ、いわくありげな風景なんて作れない。

 雰囲気作りすら困難ならば、ヤラセもデッチアゲも空回るしかない。


「そう。詰んだから、将棋盤を引っ繰り返した」

「何を、やらかしたんです?」

「……墓を荒らした」


 周囲の制止を振り切り、葛西は村の隅にあった小さな墓場で大暴れをしたらしい。

 和久井と二人で墓石を蹴り倒し、悪態をきながら三十キロくらい塩を撒き、卒塔婆そとばでチャンバラごっこをカマす――その他にも色々と。

 そんな馬鹿騒ぎは、偶然通りかかったバイク乗りによって通報されるハメに。


 その後は警察沙汰けいさつざたになるわ賠償ばいしょう問題になるわで散々だった、とアイダの話は続く。

 ニュースにならなかったのは、この廃村が変に注目されるのを避けたい関係者の意向が働いた、半ば奇跡みたいな温情だったようだ。

 軽めの偏頭痛を感じながら、ユリカは諸事情の正体を確かめようとする。


「結局、そこまでやって何も撮れなかったんですか?」

「それがね、わからん。監督が墓場で暴れてるシーンは、トッキーが一応撮影してたんだが……データが壊れてて、一秒たりとも再生できなかった」

「……ある意味、見事にたたられてるじゃないですか」


 想像以上に綺麗なオチで、ユリカは何だか力が抜ける。

 そんな話をしている内に、撮影の方針を決める会議の結論を出たようで、葛西がパンパンと手を叩いて皆を呼び寄せた。


「はい、というワケで。今回あまりにも、あーまーりーにーも、何も起きないんで! 鹿野さんの知恵を借りてね、半人工的に起こそうと思いまぁす」


 ユリカたちの表情に「全滅村の二の舞じゃないのか』との疑念が浮かぶ。

 それに気付いたか、葛西はドヤ顔で右手人差し指をチッチッと揺らした。


「大丈夫大丈夫、今度は、今度こそは大丈夫。アレの失敗した理由は、方向性は合ってたのに、やり方が間違ってたから。だーけど今回は、方向性もやり方も、怪異の扱いに関しては日本有数のプロである鹿野さんが、パーペキな指導と監修をしてくれてっから、もう超大丈夫」


 この場にいる全員の目が、一斉に鹿野に集中した。

 鹿野は動じる様子もなく、六対の視線をぐるっと見返してから説明を始める。


「じゃあ、まずね。御守りとか護符とか宝石に類するもの、それと金属製のアクセサリーや小物。そういうの、全部外して」


 静かだが重々しい、有無を言わせない響きがある鹿野の口調に、皆は理由を訊き返しもせずに黙って外していく。

 水晶の数珠、有名神社の御守り、邪眼じゃがん除けの目玉キーホルダー、プラチナの指輪、金のネックレス、銀の十字架、ガーネットのピアスなどが回収され、葛西によって本部に片付けられた。


 それを見届けると、鹿野は大きく頷いてから煙草に火を点ける。

 落ち着き払っている自分を演出したいのか、動作の一々が芝居がかっていて、そのクサさがユリカの鼻につく。

 深呼吸のように深く吸った煙を盛大に吐き出した鹿野は、指先に挟んだ煙草のオレンジ色を向けながらアイダに問う。


「なぁ、アイケン。こちらに興味のない相手を振り向かせるのに、最も即効性があって効果的な方法は何だと思う?」

「えっと……声をかけたり、肩を叩いてみたり」


 少し考えてアイダが答えるが、鹿野は残念そうにかぶりを振る。

 次に、アイダの隣に立つドラに煙草の先が向けられた。


「じゃあキミ、何だと思う?」

「ケンカを売る」


 ドラが即答すると、鹿野は一瞬だけ顔をしかめ、それから派手に笑う。


「ウハハハハッ! そうそう、正解だよ。ケンカを売る、挑発する、ヘイトを稼ぐ……名目は何でもいいから、とにかくこちらを無視できないよう、感情的になるように仕向ける。それは、相手が人間でもそれ以外でも有効だ……極めて有効なんだ」


 鹿野の言っていることは、わかる。

 しかし、何をしようとしているのかが、わからない。

 答えを聞かされているようで、一人でニヤついている葛西を除いた面々に、感じの悪い緊張がみなぎっていく。


「そんなに構えなくていい。ケンカは既に吹っ掛けてある」

「え、それって……どういう」


 アイダが訊くと、鹿野は口元だけで笑う。


「細工は流々《りゅうりゅう》、仕上げを御覧ごろうじろ……だね。行けばわかるようになってる。それじゃあ腹をくくって、行ってらっしゃい」

「いや、腹を括れと言われても……」


 反論の余地を潰しながら話を進める鹿野に、ユリカはついつい愚痴ぐちを漏らす。

 無視されるか怒鳴られるかを覚悟したが、鹿野は穏やかな表情を向けてきた。

 想定外の反応にユリカがひるむと、その隙を突くかのように鹿野は断言する。


「心配ないから。リスクがゼロとは保障できないけど、殆どはこちらが被ってる。君たちのやることは、行って、見て、撮影する。それだけ。それで、おしまいだから」


 そうか、これさえ乗り切ったら、やっと終わるのか。

 そんな思いと鹿野の勢いに負けて、ユリカは自然と首を縦に振っていた。

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