王の私室
間抜けな顔をしたアリスは立ち上がり、ベッドを降りて歩み寄ってくる。そして俺の目の前までくるとアリスは「ちょっといい?」とだけ言って、俺の返事も聞かずに俺の服を掴んで、再び歩き始めた。
俺は突然のことに訳も分からぬまま、なされるがままに部屋の隅まで引っ張られていく。壁際までくるとアリスは、服から手を離して、俺と向き合い、口を開いた。
「ねえ? 私も探索に加わるんじゃないの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? アリスは王を引きつける役だよ」
「そんなの聞いてないわよ」
「じゃあ、今頼むよ」
「嫌よ! 私も探索なんてドキドキすることをしたい!」
そう言って、アリスは不満をあらわにした。
いやでも、それは困る。これはアリスにしか出来ないからなあ。
今回の目的は模擬戦の情報である。あの馬鹿親のことだ。愛娘のことならばあらゆる情報を知っておきたいと考えるのは明白。ならば結果として王の私室には娘が参加する模擬戦の情報が溢れていると思い至った訳だ。
しかし、王がいる部屋で物色するのは不可能。その上、深夜に私室から引っ張り出すことは困難を極める。
けれど、俺はそのことを特に気にも止めていなかった。
というのも、アリスが、パパと一緒に喋りたいだとか、パパと遊んでだとか、パパに眠れないのだとか適当なことを言うだけで簡単に釣れそうだと考えていたからだ。
まあそんなわけで、アリスにはこの役目を担ってもらう必要がある。さて、なんて説得しようか。何も思いつかないが、アリスのことだから、なし崩し的に頼めばいけそうな気がする。
「え〜と、ああ〜。頼めない?」
「なにその雑な感じ。ずっと思ってたけど、私への対応雑くない?」
流石のアリスでもダメなようである。それに、案外雑にされてる自覚はあったんだと、感心にも似た感情が湧いた。
よくわかったじゃないかと褒めてあげたいところではあるが、機嫌を損ねて侵入が徒労に終わるのも嫌なので、ご機嫌をとっておくことにする。
「そんなことないさ。これは、アリスにしか出来ないことなんだよ」
俺がそう言うと、アリスは呼吸すら忘れたかのようにピタリと止まり、少し口を緩ませる。
「へ、へぇ〜。私しか出来ないんだ。後ろにミストも居るのに、私しか出来ないんだ?」
「ああ。その通りだ。深夜に王を連れ出すなんて難しいことアリスにしか出来ないんだよ」
「で、でも、クリス達が部屋に入っている間、繋ぎ止めないといけないんでしょ? そんなこと私にできるかな?」
「出来るに決まってるよ。ほら、さっきミストに色々言い返してたじゃないか。あんな勇気俺にはない」
「そ、そうね! そういえば私、あのミストに強く出れてたわ! なんか凄くいける気がしてきた!」
アリスは一人で何かを確かめるように頷いて、やけに自身に満ち溢れた表情をしていた。
落ちたな。ちょろいアリス。ちょろい。
「ねえ。話は終わったかい?」
一人待ちぼうけを食らったミストが気を見計らったかのように尋ねてきた。そんなミストに対して、アリスは俺を押しのけるようにして前に出る。
「ええ! 私が、この私しか出来ないんだから仕方ないわよね! この私しか!」
「わ〜凄いな〜。さすが王女だ。叶わないや〜」
えらくご機嫌なアリスにミストは冷めた目でお世辞を述べた。しかし、アリスはそんなことにも気づかず、鼻息をふんふんと鳴らし、気をよくするばかりである。
そんなアリスにミストがなんとも微妙な表情を浮かべているが、見なかったことにしてアリスに計画を話す。
「それじゃあアリス。取り敢えず一時間ほど王を部屋の外に拘束しておいてくれ。多分、夜ねれないからお話に付き合ってとでも言っておけばいいから」
「え? そんなんでいいの?」
不安に駆られたのか、拍子抜けしたかのか、どっちともつかない顔でそう尋ねてきた。
俺はアリスの目をまっすぐに見つめ「お前にしか任せられない」と伝えると、笑顔で部屋から出ていった。
それから直ぐに、部屋の外から二人分の足音が聞こえた。
足音が遠ざかると俺とミストは廊下に出る。長い廊下の一番奥の部屋まで足音を立てないようにひっそりと歩き、扉を開く。そして、煙っぽい匂いと入れ替わりに、俺とミストは室内に入り、そっと扉を閉めた。
室内は、天蓋が降ろされた大きなベッドやつりさがるロウソクのシャンデリアがあったりとアリスの部屋と良く似ていた。しかし、異なるのは金を基調とした装飾が壁に彫られ、壁には三枚の肖像画がかけられていた。二枚はアリスと似た金髪の男性、もう一枚は澄ました顔の美しい男性が描かれているのがぼんやりと見える。
おそらく、代々王の肖像画であると予測し、ここが王の部屋であることを確信する。
仮にもこの国の頂点に立つものが生活する部屋に今いると自覚すると、背筋を冷たい汗が流れ、胸の鼓動が早くなった。
「いやあ、ついにここまで来たねえ」
ミストは笑みを浮かべ、どこか気の抜けた声でそう言った。
あまりにのんびりとした口調に、緊張が緩和し、胸の動悸が収まる。もしかしたら、ミストは俺の緊張を解きほぐそうとしてくれたのかもしれない。
そう思い感謝の言葉を告げる。
「ありがとう」
「何のことかな? それより早く探そうよ」
ミストの小悪魔っぽい笑みに惚けている事は分かったが、再び感謝を告げるような無粋な事はせず、ただ頷いて探し物を始めることにした。
どこから探そうかと部屋を見回すと、壁際の大きな机を見つける。机の上には半分ほどの長さの蝋燭。そして、手帳ほどの大きさの本があった。
元の位置から動かさないように開くが、暗くて文字がうまく読めない。明かりが欲しいが、火を焚いて侵入した痕跡を残すわけにはいかない。
「はぁ。仕方ないか」
酷く疲れが溜まるので、あまりやりたくは無いが俺は小石を作り出すイメージをすると指輪が微かに光りだす。
そして青く幻想的なか細い光が本を照らした。
「魔法を灯りに使う人を初めてみたよ」
うるさい。お前の家の五感強化の魔法と違って、使い勝手はそんなに良くないんだよ。と愚痴を吐きたいのを我慢して、適当なページを開き、光が消えるまでに文字を読む。そこには、
『今日のアリスたん』
と書かれており、魔法のせいか酷くゲンナリして、本を閉じてしまった。





