アリスと交渉2
「姫様、お待ちください! 私はここで足止めに失敗すると王様から叱られるんです!」
「はあ? そんなわけないでしょ! 嘘つくにももっとましな嘘つきなさいよ!」
「あ、これ言っちゃ…、姫様嘘です。嘘つきました」
男は言葉を途中で止めて、明らかに取り繕った。アリスが男の反応を怪しんで確かめる。
「え? 何その反応? 本当なの?」
「本当なわけないじゃないですか」
さっきとは異なり、男は冷静に返答したが逆に怪しい。
王が俺を足止めしようとしてるのか? そんなことしてもアリスに悪い点を取らせるだけだろう。もしかして、それが目的だとしたら……
「そ、そうなの? じ、じゃあ謝りなさいよ! なんで王女に嘘見破られて平然としているのよ!」
アリスは別のところが引っかかったようだ。
「そ、それはそうですね。すみませんでした!」
男はこれでもかと深々と頭を下げた。
もし、予想通りなら、むしろここでグダグダとしていると何されるかわからない。
「色々納得いかないけど、もういいわ。なんか疲れて来ちゃったし。行くわよクリス」
そう言って、アリスは再び俺の手を取ってスタスタと歩き始めた。
「ま、待ってください……」
男が俺たちを弱々しげな声で、再び呼び止めようとした。
足止めしないといけないのに、する方法が思いつかないのであろう。
ここで、グダグダとしていたくないので、男が欲しそうな言葉をかける。
「すいません。ここで、かなり時間を費やしてしまい、ほとんど勉強する時間がないので勉強の後でお願いします」
「そうか! それなら仕方ないな!」
男は自分が足止め出来たと考えたのか、嬉しそうに諦めた。やはり、俺の予想は当たってそうだ。
「じゃあ、アリス連れて行ってくれ」
「う、うん」
すんなりと納得した男を怪訝に思ったのかアリスは不思議そうにしていたが、俺の言葉に流され俺の手を引いて歩く。
そのまま階段を登り、廊下の奥の部屋で止まり、アリスは片手でぎこちなく鍵を開けようとする。
「なあ、アリス。このままじゃ開けにくいだろ。手を離したら」
俺はぎっちりと握られた手を見て言った。
「え……?」
アリスは視線を俺と繋がれた手を見た後、俺の顔を酷く悲しそうな顔で見上げてくる。
なにその顔。俺の方が悪いんじゃなかって気になってくるんだけど……
しかし、その後何事もなかったかのように鍵を開け続けようとする。
「なあ、手……」
「やったわクリス! 鍵が開いたわ! これで勉強できるね!」
俺の言葉を無視して、アリスは手をぎっちりと握ったまま部屋に入る。仕方がないので俺もそのままついて行く。
部屋の中は、見るからに高価そうなインテリアとふかふかの大きなベッドが置かれていた。その中に不似合いな長机と椅子が二つ並べられていた。
「さあ、座って! 勉強するわよ!」
そう言って、アリスが椅子に座ったので並んで隣の椅子に座る。
早く手を離してくれないかな……。まあでも、何故かご機嫌だからこのままでもいいか。その方が都合がいいし。
「なあ、勉強する前に色々質問していいか?」
「なに!?」
異常にご機嫌なアリスが身を乗り出してくる。
「なんで王様はわざわざこんなにいい部屋を用意してくれたんだ?」
「そ、それはいいじゃない! お父様で思い出したけど、私成績が悪かったら肩叩きでも何でもするって言っちゃったから勉強しないとまずいの!ね?そういうことだから勉強しましょ。今すぐ勉強しましょ!」
アリスは早口で誤魔化そうとしたが、俺はあるところで引っかかった。
「……今なんでもするって言ったよね?」
「クリスもお父様と同じことを言うのね。言ったわよ、私成績が悪かったら肩叩きでも何でもするって」
そこかあああああ!
疑惑が確信に変わった。全てのピースがつなぎ合わさる。
まず、歴史のテストが突然難しくなったのも、さっき男が足止めしようとしてきたのも全部、王がアリスに悪い点を取らせようとしてるからか!
本当に王様バカなのマジで!
「どうしたのクリス、呆れたような心底疲れたような顔して?」
正解だよ。呆れて心底疲れてるんだよ。早く滅びちまえこんな王家。
まあとりあえず、王がアリスに悪い点を取らせようとしているのは分かった。これは、歴史以外の教科も難しくならないか調べないといけないな。
早めに気付けて良かった。あからさまに妨害してくるのにも気を張っていれば対処できる。
後は今日の目的を達成したら帰ろう。本当に疲れた。
「アリス。教師役を引き受ける代わりに頼みがあるんだ。印鑑は持っているか?」
「え、あ、うん」
アリスが戸惑っているのにも関わらず、鞄の中から二枚の紙を取り出す。
「これは?」
「これにアリスのサインをもらいたくてな」
俺が取り出した紙はいわゆる勅令書であった。
その内容はミストが今回のテストで俺の手助けをする代わりに、ミストが言ったことそのまま、領地に旅行しにきたい時に俺が案内することを命じるといったものだ。
そして、そこにアリスのサインを貰うことで王女の命令の書として完成する。
これならば、偽造することはできず、さらにミストの都合のいいように内容の変更もできない。
後は、アリスがサインをくれるかだが、勉強を見る代わりの条件と言ってあるし、生徒間の些細な事だしサインくらいくれるだろう。さっきまで怒ってたのに今はご機嫌だし。
「な、なにこれ……」
アリスがプルプルと震えている。心なしか繋いだ手が冷たい。
「いや書いてある通りだけど?」
「ク、クリスはミストとそういう関係になりたいの……?」
アリスが悲痛な表情を浮かべ見つめてくる。
「まあ、そうだな」
いや、この助けてもらう関係にならないと絶望的だからな。それで、なんでアリスがこんなに悲しそうにするのかわからない。
「……っ嫌!」
アリスは目に涙を浮かべて叫んだ。





