アルフレッドの勉強会
ミストから逃げてきて今は放課後。
赤く燃える夕日を浴びながら、渡り廊下を抜け、サロンのある校舎に入り、最上階の一室の前にたどり着く。
「最上階の一番奥の部屋だからここか」
俺は自分で間違いがないように確認して、ドアをノックした。
「入れ」
奥から不機嫌そうな声が聞こえた。言われるがままに扉をゆっくり開けて中に入った。
部屋に入ると夕暮れ時であるのにも関わらず、目がチカチカした。10畳ほどの部屋の壁は白く塗られ、所々に宝石のようにきらびやかな美術品が飾られており、金めっきの三又に別れた燭台に灯された火を最大限明るくさせる。
部屋のお最奥には、動物の皮で覆われた大きなソファが扉と向かい合うように置かれており、アルフレッドが堂々とソファに腰掛けている。
中央には、煤けた銅でできた長机とそれを囲むようにして、装飾品が所々につけられた趣味の悪いごちゃごちゃした椅子が配置されていた。そんな高価そうな椅子に座ることにためらいを感じないのか、すました顔で並んで座っている二人の男がいる。
俺から見て、手前にいる男は、座っていてもわかるくらい長身で短い茶髪の糸目が特徴で、奥の男は長い金髪を括った美男子で、対照的な二人だという感想を抱いた。
「なにをボサッとしている?」
アルフレッドが座ったまま嫌味を言ってきた。
「あ、はい。僕はクリス=ドレスコードと申します」
俺は、なにをすればいいかわからなかったので、とりあえず自己紹介をした。アルフレッドがフンと鼻を鳴らしたので、どうやら正解だったらしい。
そして、アルフレッドが座っている二人に向かって首をくいと動かすと、二人は椅子から立ち上がった。
「私は、ネミカ家の長男、キユウ=ネミカと申す」
渋い声で、簡潔な自己紹介だな。予想通り厳格そうな男だ。
「俺の名前は、ユスク=ガーデンさ!俺もキユウとクリス君と同じ長男だからよろしく!次期当主同士互いに頑張ろうぜ!ってクリス君はもう当主か! ねえ!話は変わるんだけど、君の領地の特産のパンってすごく美味しいんだろ?いや〜、一回食べてみたくってさ。どうやってつくんの?」
ユスク人懐こい笑みを浮かべて長々と話した。早速、名前で呼んでくるし、これまた予想通りの馴れ馴れしい男だ。
「……ユスク」
そんなユスクにアルフレッドが不機嫌そうに名前を呼んだ。
「は〜い。すんませ〜ん」
「……ちっ」
ユスクの軽い態度にアルフレッドが舌打ちを一つ鳴らした。
アルフレッドがこんなタイプの男をサロンに入れていることに驚いたなあ。嫌いなタイプだろうに。家同士のつながりで無理やりか?いやでも、呆れたような表情をしているところを見るとそこまで嫌っているわけでもなさそうだ。
それにしても、ネミカ家にガーデン家か。両家ともに伯爵家で、王都に隣接している貴族の中では、アルフレッドのオラール家に続いて大きい貴族だ。
う〜ん、この二人が親に言われて、アルフレッドに従っているならば、もし、内乱が起きた時に北側からはネミカ家にユスク家、東からはオラール家が王都に迫りくるというわけか。
戦場がどこになるかわからないが、アルフレッドが王家につかなかった場合、王家は王都を捨てざるをえないかもな。
「おい、ドレスコード! 早く始めろ!」
アルフレッドが俺を急かしてくる。
いや、そんなぱっときて急に勉強しろって。横暴かよ。
「アルフレッドちょっと早すぎじゃない?もうちょい、俺はクリス君と喋りたいっての」
「バカが時間の無駄だ。お前は、勉強したくないだけだろうが。それに、俺はこいつの顔を長く見ていたくない」
「ちょい、アルフレッド流石に失礼ってもんだって! ね?クリス君」
「え、えーと……」
……なんだこの答えに困るフリは。なんて答えれば正解なんだよ。日本にもいたわ、こういうノリのクラスの中心にいるようなやつ。ふるなら、あらかじめ、大体の答えを用意してからフってくれ。気まずい思いをしたり、滑ったりするのはこっちなんだぞ。
「ユスク。アルフレッド様の言うことは確かだ。すまないが、ドレスコード子爵様。私に勉強を教えてくれまいか」
「ちょいちょい、キユウ!固すぎるって!ここは、学園だぜ?身分関係なんて無いんだからもっと気軽に行こうよ」
「お前は軽すぎだユスク。もう少しキユウを見習え」
「そんな、ひどいぜアルフレッド」
アルフレッドの言葉にユスクは、大げさなジェスチャーで、落胆するような動きをする。それを見たキユウは笑みを浮かべた。
「ふふっ。そういうことだユスク。もう少し俺を見習うんだな」
「お前もだキユウ。お前は貴族ならばもう少し、キユウを見習って社交的になれ」
「そ、そんな。アルフレッド様」
キユウは真剣にがっくしとうなだれて落ち込み始めた。そんなキユウをみてユスクは、やーい、やーいと囃し立て、再びアルフレッドにたしなめられていた。
そんな、彼らに感じた事を内心で叫ぶ。
何だこれ? なにこの和気藹々とした感じ!肩身せっめえ!
俺はこの親しげな三人の会話に参加することもなく空気と化していた。帰りたい。切実に。
「というわけだ。早く、勉強の方を始めろ」
「え〜」
アルフレッドの言葉を聞いて、ユスクはブーブーと不満を口に出していたが、ぎろりと睨まれ仕方ないかと呟いた。
「よろしく頼む。ドレスコード殿」
さっきのアルフレッドの発言を気にしたのか、呼び方が変わっている。愛嬌のあるやつだなあ。
「クリス君。じゃあお願いするよ!学園首席の力、俺に見せてみろぉ〜」
ユスクがふざけた口調ながらも俺が勉強を始めるの気になったのを感じる。
「わかりました。それでは、僭越ながら歴史のテスト対策を手伝わせて頂きます」
授業の開始の言葉を告げると、二人が俺の方に真剣な眼差しを向ける。
そんな二人にどうしても言いたいことがある。
ーー実は、何するか考えてないんだ。





