夜襲
空に三日月がかかる晩、オラール家軍の分隊数十名が薪を囲んで座っている。そんな姿を木々の合間から覗き、じわじわと忍び寄っていく。鬱蒼とした森には俺含め、黒い軽装を身に纏った兵士が、狼の眼光を敵に向けている。
演説の成功を目にした俺たちは、放ってあった斥候の情報を元にして、すぐに移動を開始した。街道を避けて海岸沿いを、休むことなく馬で駆け、敵本体の後方に迂回した。そして今、夜襲を実行しようとしている。
目標は分隊。オラール家の本隊は、ドレスコード領に最も近い街を宿にしていて、そこに集結しつつある。だが、未だ到着していない部隊もおり、そいつらに狙いを定めていた。というのも、合流するはずの部隊が到着しないことによって引き起こされる、様々な遅延を目的としているからである。
手招きして味方の兵士達を近くに呼び寄せる。手を上げると、兵らは弓を押し出すようにして弦を引いた。静かに弦がしなり、弓矢に殺意が高まる。
手を下ろすと、シュッと音がなり、矢が放たれた。木々の合間を通り抜けた矢は、敵兵の頭や肩、腹に突き刺さる。悲鳴が上がって森の中に響いてきた。
敵襲、敵襲、と慌てふためいてテントから出てくる兵士たちに向かい、どんどん矢が放たれていく。ぱたりぱたり、と敵兵が倒れていく。
「火矢を放て」
近くの兵士にそう言って、火矢を射掛けさせた。油を塗っていないテントはあまり燃え上がらなかったが、それでも布に火がつき、混乱に混乱を呼んだ。消火に急ぐ兵は矢で射られ、やっとのことで鎧を身につけた兵は間違えられて味方に斬り付けられる。
慌てふためき、転び、切り合い、地獄の様相を呈している。数十名の敵兵は散り散りに逃げ去っていった。しばらくすれば、敵野営地は死体と怪我人だけが残された。
夜襲の成功にふっと安堵する。だが、安心してばかりではいられない。直ぐにでも、次の敵分隊に攻撃をしかけなければならない。
「クリス様、狼煙が上がっています」
「ああ、次に急がないと」
夜の空に辛うじて目に映る狼煙があがっていた。それを見て、遠くの木に繋ぎ止めていた馬まで急ぐ。
なんとか時間を稼がなければならない。演説が成功したとは言え、元々が無謀な作戦だ。防御陣地の完成には多大な時間と労力を費やす。
そう考えると不安が胸中を満たした。
そもそもの話、演説の後すぐに出陣したのだ。徴税から徴用まで一切合財その後の動きを知らない。俺たちはただ見えないところで頑張っている筈のユリスやハル、子爵家の人間を信じて戦うしかないのである。
心配で仕方がない。成果を夢見て、万事を尽くすことはこれほどまでに苦しいものとは思いもしなかった。だが少なくとも、俺たちが戦い続けなければ成功はない。
「クリス様、まだ一戦目です。王女様を王女様にしましょう」
近くにいた兵士にそう声をかけられた。どうやら暗い顔をしていたらしい。
士気が上がっているのは民だけではない、兵士もだ。そしてそのことを今実感し、勇気づけられる。
姿は見えないが、時を同じくして民衆や子爵家の人間もきっと努力している。この苦難を乗り越えれば、絶対に勝利が待っている筈だ。
これから一週間とも二週間とも戦っていかねばならない。夜襲や奇襲に対して敵軍も警戒するようになっていくだろう。今回のように上手くいかなくなくもなるに決まっている。
だがそれでも続けていくことの不安は薄まり、胸中を使命感が満たした。
少しでも敵の行軍を遅延させ、絶対に勝利を手にしてやる、そう決意して、次の戦場に向かった。





