演説
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今朝は霧が立ち込めていた。今は密集した人だかりから熱気が上っている。
閉じられた城門を先頭にして、建物を挟んだ街道いっぱいに人の列が膨らんでいた。遠くに散らばった人影も吸い寄せられるように列に加わり、うなる蛇のような人の群れが出来ていく。
足音が大太鼓みたいに響いている。だが、それ以上に群衆の声が大きい。今から何が起きるんだろう、あれはクリス様じゃないのか、もしかして帰ってきたのか、だったら何の報せなんだ。事情も知らずに集められた人らが不安と困惑の声をあげている。
この街も都市と呼べるほど成長したなあ、なんて呑気な感想は抱けない。城壁の上、歩哨路にいた俺は、吹き付けてくる冷たい風に耐えつつ、緊張しながら街の様子を眺めていた。
「そろそろですかね」
ユリスに言われて、空を見上げる。薄くかかった雲は強い風に流され、太陽が真上に現れた。時間はちょうど正午ごろ、演説が始まる頃合いだ。
俺は身を乗り出して、真下を見た。ライブのステージのように高く積まれたお立ち台が配置されている。また、お立ち台を囲うようにして柵が半円状に建てられ、人の群れとお立ち台の距離があけられていた。人とお立ち台の間には、柵を隔てて数十人の兵士たちが警備態勢を整えている。
汗の匂いがする。距離が遠くて伝わるわけがないというのにだ。暑さだけでなく、緊張や不安、人々の感情が伝わってくるからだろう。
「さすがに緊張するなあ」
俺は覗くことをやめ、ユリスの方を向いた。
「王女は大丈夫なのですか?」
ユリスは北方の貴族らを懐柔するため、ここ数日間はアリスの教育に加われないでいた。だから知っているのは、発声の練習までである。
「さっき会った時も緊張してなかったし、練習では立派な演説ができてたから大丈夫だと思う」
ユリスに「俺が教えたんじゃ不安だよな?」と尋ねると、首を振られた。
「いえ、人の心を掴む術に関しては、私も得意ではありませんから。どのみち、発声より先は他人に託していたと思いますので」
「そっか。ならよかったよ」
再び沈黙の時間が流れる。そうは言っても、俺もユリスもそれなりに不安と心配の感情を捨てきれずにいるのだろう。
「じゃあ行ってくるよ」
そう言う俺にユリスは軽く頷いた。
城壁に繋がった塔に入る。窓から差し込む光だけで暗い中、服の襟を正しながら階段を降りていく。すべて降り扉を開けると、お立ち台の裏にたどり着いた。
「どうでしたか、クリス様?」
警備の兵士らの中から、装備を整えたマクベスが駆け寄ってきた。
「上から人の様子を見てきたよ。十分集まってる。もう始めても大丈夫だ」
「そうですか。こちらも、準備万端です。どこから襲われても対処できます」
「心強いな。じゃあ、もう始めよう。アリスはどこにいる?」
マクベスは「あちらです」と腕を伸ばした。その先を目で辿り、アリスを見つける。
アリスに向かって歩いていく途中、つい足が止まった。
息を呑む。アリスの服装は青と水色の豪奢なドレスで、金髪の美しさが際立っていた。まるで妖精のような不思議な魅力があって、見るもの全てを取り込みそうなほど美麗だ。
衣装も化粧品も今日のために最高級のものを使っているが、それだけでは醸し出されない気品を感じる。王女の顔を知らない人であっても、王女と名乗られればすんなりと飲み込むだろう。
「あ、クリス、もう始めるの?」
俺に気づいたアリスが声をかけてきた。調子は普段と変わらず軽く、緊張のかけらも感じられない。
特訓の成果が出ているな。短期間だったが、本番までに間に合ったみたいだ。今の様子を見るかぎり、演説は練習通りにいくだろう。
「ああ、始めようと思う。準備は出来てるか?」
俺の問いにアリスはこくりと頷いた。周りを見渡し、護衛の兵士らからも頷きが返ってくる。
よし。さあ、行くか。
何の言葉も発さず、お立ち台の階段を上る。
一歩一歩確実に。踏み外して、空気を緩ませないように。それでいて、重い風格が出るように。
群衆の莫大な声が跳ねあがった。色々な言葉が混ざり合い、何を言っているか全くわからない。だが、別に何を言ってようが関係ない。俺はそれを超える声を出すだして黙らせるだけだ。
「聞いてくれ!」
これ以上ないくらいに叫ぶと、だんだんと人らの声が静まっていく。
壮観な景色だ。これだけの人が居て音が自然の音に変わっていく美しさがある。
しばらく光景に見惚れ黙っていたが、話す頃合いがよさそうだと感じ、口を開いた。
「皆んなも知っているだろうが、王と宰相が暗殺された。そしてその首謀者が俺、ピアゾン家、アルカーラ家によるものだ、とオラール家が主張している」
群衆は静かに聞いている。驚きはなく、情報は伝わっているようだ。
「だが、真実は違う! オラール公が暗殺者を王と宰相に差し向けた! 国内の王族、有力者を消し、王位を簒奪するためにだ!」
事情の説明。オラール家を大悪として話を進めていく。
「オラール公にこの国への忠義心は一切ない。考えることはいかに自分が肥えるかだけ。領民や他人の声なんて一切傾けない。そんな極悪非道な人物の陰謀にこの国の人全てが巻き込まれた」
言葉を選んだおかげか民衆から疑問の声は出てきていない。オラール家に悪感情を抱いている正義感の強い人間もいるだろう。それよりも今の生活環境を整えた領主の言葉の信頼感が大きいのかもしれない。
それか、現状を理解していないだけか? いや、それはない。実際不服の声は出ている。どうして俺たちが巻き込まれなきゃいけないんだ、と。
そういった声は大きくなっていく。やがて、やかましいでは済まないほどの大きな怒声、ヒステリックな声が混ざり合い、熱狂、喧騒、といった雰囲気が出来上がった。
「実際、王と宰相は死に、オラール公の思惑通りになっている……一点を除いてだ」
そう言って、振り返ると、壇上にアリスが上がってくる。同時に大きな雲が太陽に被さり、曇ったときのように薄暗くなった。
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