閑話 アルフレッド4
目の前には、びくびくと震える男が立っていた。
場所は放課後のサロン、二人きりの状況だ。ドレスコードが勧誘した奴なのだが、これで何人目だろうか。
仲間を増やせば増やすほど奴が困るというのに、何も気づかず何人も何人も送ってくる。俺自身の為なのだが、こうも多いと尻拭いしている気分になってくる。
「そんなに怯えるな。煩わしい」
目の前の男にそう声をかけると、余計に身を縮める。おそらく、ここまで怯えるとは、実家は王族派閥に属しているのだろうな。
「わかった。怯えるなとは言わん。ただ、これだけ覚えておけ」
俺はため息をひとつ吐いて続ける。
「俺に何があっても、ドレスコードの奴を信じろ」
目の前の男の震えはピタッと止まり、恐る恐る俺を見てくる。目は葉に残る雫みたいにまんまるだ。
「そう驚くな。それとも何か、実家が王族派閥という理由で冷たい言葉を投げつけられたかったか?」
俺がおどけて言うと、男はぶんぶんと首を振った。
「ならそれだけだ。俺はそれだけを伝えたいがためだけに呼んだ。もう用はない」
しっしと追い払うように手を振る。しかし、目の前の男は動かない。それどころか、おずおずと片手をあげる。
「あ、あの……そ、そその質問が」
「チッ。なんだ?」
尚も食い下がる男に舌打ちした。別に早く帰れと急かしているわけではない。ドレスコードが連れてくるやつは食い下がってくるものが多いのだ。
普通、派閥の長の俺に帰れと促されれば、気の弱いやつは帰っていく。弱くなくとも、食い下がる事と残りたい気持ちを天秤にかけて帰っていく。だが、前者に天秤を傾ける奴が多い。こんな小胆な奴でも食い下がらなければいけないと気づいてしまう。
「何故アルフレッド様はそんな事を? もしや、何かアルフレッド様の身に……ひぃっ」
ギロリと睨んで黙らせる。
「何もない。深く考えるな。ただお前がこの言葉通りに行動すれば良い結果となる」
俺はそれだけ言って帰らせた。
伝えたい言葉を聞いて、ドレスコードを信用しているのだと思う輩が多い。もっと言えば、何も思わないのが普通だ。頭が回るものは違和感に気づくだろうが、天秤にかけた上で帰ることを選ぶ。
だが、ドレスコードは新参だ。いくら英雄扱いされてようが、キユウやユスクを押しのけて信頼される事はおかしい。ならば、俺とドレスコードの間に何かあると睨んでしまう。
そして、『何があっても』という部分に引っかかれば、俺の身が危なく、ドレスコードに何か託していると気づいてもおかしくない。オラール家唯一の長男の俺が危機にあると分かれば、家内が混乱すると容易に予想でき、傘下に加わることも考えなければいけないのだ。
まあ、そこまで至っているかは謎だが、ふんわりとは察しているからこそ残ったのだろう。最近は少なくなったが、ドレスコードが初期に連れてくるやつは皆こういう奴ばかりだった。
ドレスコードの奴はどうやって聡い奴の情報を得たのか、どれだけ入念に準備してきたのだろうか。
自分の腕にはポツポツと鳥肌が立っていた。
口ばかりで八方美人でくだらん人間だが、恐ろしい奴だ。だからこそ任せられる。
「また同じことを言ってたのですか?」
いつの間にか、部屋に入ってきていたキユウに声を掛けられる。大柄なキユウは体を誇示するみたいに、ピンと背筋を伸ばし俺の前に立った。
「同じことを言って何が悪い。お前にも言っておく。俺に何があってもドレスコードを信じろ」
「深くは聞きません。アルフレッド様のお考えを尊重してます。それに、俺もユスクもクリス殿を信頼してるので」
キユウはそう言った割には、悟ったような目をしていた。ユスクもこの言葉を告げた時、キユウと同じ目をした。この二人は何か気づいているのかもしれない。
まあどうでもいい。どうせ真実は俺しかわからない。
ただ……。
「キユウもユスクも、ここまでよく尽くしてくれたな」
ずっと俺について来た二人に何も告げずに、この世から去る事には罪悪感を感じる。胸が締り、臓器が重量を増し、沈む感覚に遭う。
俺らしくない感情に鼻をふんと鳴らして、言葉を続ける。
「まだ全然足りないがな。この国の民を守るために貴様らを使い尽くしてやる」
キユウは硬く結んだ口元を崩し「承知」と言った。
それから、少し静寂が訪れた後にキユウは口を開く。
「明日はアルフレッド様の卒業式ですね」
ついに明日が俺の命日か。死が目の前に迫り、意識してしまう。
見えなかった死神の鎌が首元に突きつけられたような気がし、冷や汗が流れる。体を流れる血が、氷水に変わったかのように身体全身に冷たいものが巡る。心臓は無理やり握りつぶされたみたいに、圧迫され、逃れようともがいているのか無理に動く。
「どうしたのですかアルフレッド様?」
「……ああ、何もない。それよりそれがどうした?」
「朝早く花束を持って駆けつけようと思うのですが」
「朝早くは来るな。できるだけ遅れてこい」
早く来られてはドレスコードが捕まるかもしれない。そう言った焦りに突き動かされ、さっきとはうって変わって食い気味に答えた。
「承知致しました。それでは花を買いにいってまいります」
キユウは俺の様子を怪しみながらも、それだけ言い残してこの場をさった。
一人残された部屋で大きく息を吸い込んだ。
死を恐れる気持ちがなくならないことを自覚してしまった。いくら、死ねると思えても恐怖自体はなくならない。逃げたい気持ちに侵される。
俺が死んだ後はどうなる。無事ドレスコードが父を討伐したとして、貴族の誇りを持つものが王となるのか? それどころか誇りを持たないものでこの国は埋め尽くされるのではないか?
俺の死は意味があるのか。俺の存在は意味があったのか。
部屋に一人でいると不安に押しつぶされそうになり、思わず部屋の外へ出た。
廊下を抜け、階段を降り、外へと出る。
気づけば、陽は落ちきって外は暗く、冬の凍てつく風が吹き荒れていた。
足音も、吐息も、轟々となる風の音が全ての音を掻き消してしまう。
手先が悴み、握ったり、開いたりを繰り返す。
空を仰ぎ、上りゆく青白い月を眺める。
一時間、二時間、いやそれ以上ずっと月を眺め続けた。
どれくらい眺めただろうか。既に月は降り始めていた。
ふと笑いが溢れる。
俺は月と自分を照らし合わせて、この道を選んだのだ。なら、最後まで突き通そう。
やがて朝が来る。月光で微かに照らしていた世界は、太陽に彩られる。月が沈もうとも、さらに明るい、大きく人々を照らす陽が上る。
俺が小さな事しか成し遂げず死のうとも、新たに現れた人間が民を照らし導く。
そう考えると、ずっと自身を取り巻いていた窮屈感が消え去った。
俺はしゃがみ込み、地面に手をつく。
思いっきり手を握り、土を掴み取った。そして口に入れる。
この国を、この国の民を心底愛している。この国の土でも愛しく、容易に食える。
じゃりじゃりとした感覚を喉元に残し、部屋で卒業式の朝を迎えた。
やっと終わりです。活動報告あります。





