アリスの結論2
更新が遅くなってしまい申し訳ございません。
活動報告に大切なお知らせがあります。
「……そう。私はやっぱり、クリスを信じられない」
アリスが淡々とそう告げた瞬間、時が進む事を忘れたようにゆったりと流れる。
春から冬へと戻るように、冷気を感じる。
熱が奪われていくのがわかる。
体温が急激に下がる。
顔が凍りついていく感覚。
足にかかる重圧。
意識が飛んで行きそうになる。
強風がくる前兆、肌を刺す微風。
瞼が眼球を守ろうと落ちていく。
視界が暗く狭まっていく。
閉まるに連れて、歪に釣り上がっていく護衛の唇。
終わる。
ここで、終わる。
ここで終わってしまう。
僅かな瞼の切れ間に差し込む光には、ブレザーのボタンにかけたアリスの白い手。
そして、猛烈な横風が吹いて目を閉じた。
暗闇の世界。
感じるのは……布のはためく音と、手を包む柔らかい感触?
手に伝わる引力に、暗闇の世界から引き戻される。
瞬時に瞼を開くと、白い光と共に揺れる金色が差し込んできた。
視界がはっきりすると、白いシャツ姿のアリスが俺の手を引いていた。
アリスのブレザーは護衛の顔に纏わりついている。
アリスの足が動き、手からぐっと引かれる力を感じて。
時間の流れが戻る。
「アリス!?」
アリスに手を引かれるままに駆けながら、声を出した。
何が起こったのかわからない。手を引かれて走る方向は学園の門、学園から出る道のり。ミストとクレアが待つもとへの逃げ道。
視界は流れ、風景を置き去りに、全身全霊で駆け抜ける。
何故? 何故、アリスは俺の手を引いて護衛から逃げようとしているのか。
風景だけでなく、今起こっている自体にも置いてけぼりにされる。
呆気にとられたまま、ただ足を動かしていると、前に棚引くキラキラと陽の光を浴びて輝く金髪の中から。
「私は信じられない! クリスのことも! 今まであんな姿を見せなかったセルジャンのことも!」
息を荒らして、絶え絶えに。
「私は馬鹿だから、何もわからない! でも、自分の思い出はわかる!」
荒野に咲く一輪の花みたいに逞しく。
「クリスに騙された時も、その時のやり取りも、全部楽しかったの!!」
後ろから聞こえ始めた足音かき消すように。
「だからーーーー!!!!」
力強く、美しく、大きな、大きな声が。
「騙されるんなら、クリスに騙されたい!!」
つきぬけた蒼空に吸い込まれていった。
手は繋いだまま、足を精一杯に動かす。
伝わる握力が勇気付けてくれる。
「ありがとう」
もうそれ以外言えることはない。
足をさらに早めて前へとでる。すれ違いざまに、いつものような天真爛漫なアリスの笑顔が見えた。
二人、足音を揃えて走る。
荒い吐息を振りまいて走る。
見慣れた風景は置き去りに。
歩き慣れた道はどんどん後ろへ。
走る。走る。走る。
ただ前を見て門まで急ぐ。
アリスと共に全力で走る。
けれど、後ろからの足音は確実に近づいてくる。
だというのに、隣で繋いでいた手は段々と後ろへと下がって行ってしまう。
汗が出る。冷たい汗が飛沫となって後ろに飛んでいく。
ついに、蜘蛛の巣のような学園の門が見えた。
けれど、足音はもうすぐそば。
俺はアリスの手を放して、立ち止まる。
「クリス!?」
アリスは、俺より少し前へと進んで立ち止まり、俺を振り返った。
「行ってくれアリス。ここは俺が時間を稼ぐ」
「でも!?」
「なに、大丈夫だよ。ちょっと足止めしてすぐに追いつくよ」
「ダメだよ!」
アリスは、悲痛の表情を浮かべ、不安な声で叫んだ。
俺は今丸腰で、相手は剣を持っている。そもそも、持っていたところで勝てるかはわからない。アリスはそれをわかっているのだろう。
俺はアリスに精一杯の笑顔を向ける。
「アリス、俺に騙されてくれ」
俺がそう言うと、アリスは顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「本当にクリスは嘘つき……。でも、私はそんなクリスが好きだよ」
アリスはそう言い残して、踵を返し門まで駆けていった。
ありがとう。アリス。嘘つきな俺を肯定してくれて。
俺は足音の方へと体を向ける。
すぐそこに駆けてくる護衛の姿を捉える。顔は怒りの赤を通り越して、紫へと変貌しており、こめかみには青筋が浮きだっている。
まるで、鬼の様に恐ろしく、大きな獣みたいな獰猛さを剥き出しにしている。
けれど、自分の中に焦りや恐怖といった感情はない。むしろ余裕があり、気持ちはふわふわと浮くシャボン玉のように軽い。
はてさて、まあまあ。
俺がこんなベタな事をするとは夢にも思わなかった。俺はただ、悠々自適にスローライフを送りたかっただけで、対極の精神、自己犠牲の精神なんて持ち合わせてなんかいないと思ってた。
でも、案外あるもんだなあ。
アリスを逃した今、俺の必要性というものは存在しない。
ミストは、帰る方法を用意していたと言ってたので、ユリスに教えてもらったルートを使わずとも帰れるはずだ。もし、途中襲われたとしても、あのクレアなら撃退することも難しくない。ミストとクレアなら、アリスを無事にドレスコード領まで連れていってくれる。
無事に辿り着けば、俺が王女誘拐、アルフレッドの暗殺の疑いは解ける。ドレスコード家も守ることができる。
それからうちにはユリスがいるのだ。俺が引き抜ける人材を教えずとも、ユリスなら王族派を勝ちに導いてくれるに違いない。アリスも結果として守れる訳だ。
俺の役目は終わり。最後の足止めを除いては。
「止まってもらえませんか?」
駆けてくる護衛に声をかけたが、止まる気配は全くない。
仕方なく、俺は護衛の前に躍り出る。
すると、護衛は足を止めることなく、俺に対して無言で剣を振り下ろした。
俺はかがんで男に組みついて剣を躱し、そのままの勢いで押し倒す。
このまま押さえ込もうとするが、下から腹を蹴り上げられる。
「かはっ」
肺に強い衝撃を受け、空気が溢れ出る。地面に聞こえる水が落ちる音から、血まで吐いたのだと理解した。
蹴り飛ばされた勢いのまま、ごろごろと地面を転がるが、胸を押さえすぐに立ち上がる。
そして、再び駆け出そうとしていた護衛の前に躍り出る。
「……ははっ。もう少しだけ付き合ってくれないか?」
俺は笑ってそう声をかけたが、護衛の顔は憤怒に染まっていた。





