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【書籍化】太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る  作者: 風見鶏
第二章

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太っちょ貴族は友達と話す



 小刀兎を、ときに剣角兎を丁寧に狩りながら、ふたりは階下へ降りるために階段に向かっていた。未探索の場所が残っていても、地図さえあれば速やかに目的の場所へ行ける。


 階段に進む通路は途中で二手に分かれる。地図を確かめれば、片方の道の先には正方形の部屋があり、下方が三角形に伸びた盾の中に×を描き込んだ印があった。


「あっちは”守護者”の部屋か」


 古代人の遺産とも呼ばれる迷宮には、現代人では理解も解明もできない不可思議な現象がいくつもある。そのうちのひとつが”守護者”と呼ぶ強力な魔物であった。


 5階ごとに、迷宮はその様相を変える。ギルドはそれをひとつの階層と区分し、その象徴が”守護者”であるとしていた。


「この階層の”守護者”はどんな魔物なのでしょうね」

「さて……強敵なのは間違いないだろうが」


 ”守護者”は一般的な魔物とは比べものにならない性質と能力を持ち、不用意に踏み込めば容易く死ぬ。ギルドはその扉を厳しく管理し、”守護者”への挑戦は予約制かつ、審査を通過したものだけに限定しているという。

 グラシエから訊いた話を、ミトロフは思い出している。


 5階……つまり第一階層の”守護者”を、ミトロフは見ていない。”緋熊”と呼ばれるそれを倒したのは、同じく魔物である赤目のトロルだった。

 あのトロルが武器の代わりに握っていたものが、”緋熊”の腕だった。その腕だけが、ミトロフの知る”守護者”の片鱗である。


「挑む気もなかったからな、”守護者”の情報は買っていないんだ」

「情報は買うものなのですか?」


 カヌレの疑問にミトロフは手に持った地図を指で叩いた。


「迷宮に関する情報は有料なんだ。地図も値段によって精度が分けられているくらいだ」


 ミトロフが買った地図には、載っていない横道や、封鎖された場所がある。いちど刷った地図を新しい発見があるたびに擦り直すには手間も金もかかる。安い地図には理由があるものだ。


「”守護者”の情報はとくに高い」

「そうした情報は広く共有すべきかと思いますが……生死に関わります」

「ぼくもそう思うが、ギルドは金儲けに余念がないらしい」


 それに、とミトロフは肩をすくめた。


「”守護者”を倒さずとも階下には降りられるんだ。多くの冒険者は”守護者”を無視して先に進むだろう」

「わたしもそう思いますが……ミトロフさま、あちらを」


 言って、カヌレは通路の先を指さした。奥には開けた空間があり、天井も一段と高くなっている。ここからでも”守護者”の部屋に繋がる扉が見えるのは、その周りだけ灯りが強く焚いてあるからだった。


 先ほどは閉まっていた扉が、いまは開いている。”守護者”を討伐したらしい冒険者たちが出てきたところだった。

 遠目に見てもミトロフはすぐに判別できた。


「ミケルたちじゃないか」


 ミトロフが赤目のトロルと戦ったときに共闘した少年だった。年齢は変わらないが、ミケルは"狼々ノ風"のリーダーとして、それなりに名の知られた若手冒険者だ。


 向こうもすぐにミトロフに気づいた。ミケルひとりが駆け足でやってくる。金属製の軽鎧に、背には大剣を背負っていながら、まるで重さを感じさせない軽やかさだ。


「よお、ミトロフじゃん! ついに10階をやってんだな!」


 親しげな声掛けにほんの少しだけ戸惑いながら、ミトロフは頷く。

 ミケルはミトロフにとって友だちである。しかしこの歳まで友だちなどいたことのなかったミトロフにとって、ミケルを相手にどう振る舞えばいいのか、いつもちょっとだけ悩むのである。


「あ、ああ。ようやく攻略できたからな。11階に降りるところだ」

「なに改まった口調になってんだよ!」


 ぱん、と肩を叩かれる。貴族同士ではあり得ない仕草。ミトロフは戸惑いながらも、ミケルの開けっ広げな態度が肩に詰まっていた緊張を解きほぐしてしまうのを感じた。


「……君こそ、身体はもういいのか? 病み上がりに”守護者”に挑むなんて恐れ入る」


 ミケルは赤目のトロルとの戦いで瓦礫の崩落に巻き込まれ、両足を骨折する大怪我を負っていた。


「レオナと施療院のおかげだよ。寝てばっかで身体が鈍っちまってさ! ここの“守護者“とはまだ戦ってなかったから、復帰戦にちょうどいいやと思って来たんだよ」


 ミケルの後ろから仲間たちが近づいて来ている。大盾を背負ったドワーフの戦士に、緋色のローブを纏う小柄な魔法使いの少女、そして真白い神官服の女性。


「誰も傷を負った様子がないな。”守護者”相手に無傷か」

「まあな。今回は相性が良かった。それを知ってるから気軽に来れたんだけどさ」


 三人がすぐそこまで来た。ミトロフは先に視線を向け、目礼する。会話をしたこともないが、先の戦いではずいぶんと世話になったこともあり、知り合いのように思えている。

 ドワーフの盾戦士は軽く頷く。魔法使いの少女は視線を逸らす。神官の女性は、かすかに微笑みを浮かべて会釈をしてくれた。


「そういや紹介してなかったっけ! こっちのドワーフのおっさんはヴィアンド、こっちの魔法使いがソルベ、神官がレオナだ」

「三人とも、よろしく頼む。ぼくはミトロフだ。こっちはカヌレ」


 ミトロフから一歩離れていたカヌレが会釈をした。全身を隠し、顔まで見えぬようにフードを被っている姿はいかにも事情があるという風で、だからミケルも言及はしない。

 代わりに訊いたのはここにいないエルフの少女についてだった。


「もうひとりいたろ、あの変な喋り方の」

「ああ、グラシエは所用でな。里帰りをしている」

「ははあん?」


 とミケルは目を細め、ニヤリと笑った。ずずいと距離を詰めるとミトロフと肩を組む。


「怒らせたのか? 振られたか? めちゃくちゃ美人だけど気が強そうだったもんな」


 小声である。


「怒らせてないし、振られてもいない。事情があるんだ」

「わかった、わかった。でも相談はいつでも聞いてやるからな。花屋とか紹介できるから、任せとけ」

「……なんだか手慣れてるな?」

「うしし」


 と奇妙な笑い方を残して、ミケルは離れた。


「ま、あのエルフの弓使いがいても、お前らはここの”守護者”はやめといたほうがいいぜ」


 あ、違うぞ、とミケルは早口で言葉を継いだ。


「お前らが弱いとかじゃなくて、相性の問題だ。弓とか細剣じゃ攻撃が通らねえんだよ、ここの”守護者”は」

「硬い、ということか」

「そゆこと。ソルベの魔法とヴィアンドの戦槌のおかげで苦戦はしなかったけど」


 見ると、ヴィアンドの腰には片手用の戦槌が下げられていた。丸い槌頭と鋭い嘴を兼ね備えた鈍器である。

 それと比べてしまえば、ミトロフのレイピアのなんと頼りないことだろう。魔物を相手にできる頑丈な重刺突剣ではあるが、戦鎚や魔法ほどの破壊力はもちろんない。


「きみの大剣でも攻撃が通らないほどか?」


 ミケルが背負う大剣は身の丈ばかりもあり、剣幅は片手を開いてやっと掴めるほどだ。ミトロフでは持つことも難しい重量があるだろう。そこまで至ればもはや鈍器も同じ衝撃があり、叩き潰すような斬り方になるはずだ。


 ミケルは唇の端をニッと吊り上げた。


「おれは別だ」


 それは誇るというよりも、揺らがない自信だった。自信はときに他者を見下す臭いを放つ。だがミケルにはちっともそれがない。清々しいほどである。


「……きみが戦っているところを見てみたいものだな」

「お、じゃあ手合わせしようぜ?」

「いや、遠慮しておこう」

「えー、ちゃんと手加減するからさ」


 ミトロフは唇の端をニッと吊り上げた。


「せっかく退院したんだ。また施療院送りにするのは申し訳ないからな」


 ミケルはきょとんと目を丸くした。やがてその目は細められ、ついに大笑いした。


「言ってくれるじゃんか!」


 ばんばん、とミケルはミトロフの肩を叩く。笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭って、はあ、と深呼吸をした。


「ミトロフに追いつかれねえように、おれたちも探索を進めないとな。行こうぜ」


 ミケルは後ろで待つ仲間たちに声をかけ、ミトロフの横を通り過ぎていく。


「なあ、ミケル。ひとつ訊いてもいいか?」


 振り返って首を傾げるミケルに、ミトロフは問う。


「どうして”守護者”と戦ったんだ? 危険なばかりで、必要もなかったろう?」

「んなの決まってんだろ」


 とミケルは笑う。それは遊ぶことが楽しくて仕方ない少年のようにも、危険に潜む刺激を渇望する戦士のようにも見えた。


「面白いから! そんだけ!」


 んじゃな、と手をあげ、ミケルたちは通路の奥へと進んでいった。


「……面白いから? あいつは馬鹿なのか?」


 ミトロフはぽかんと言った。

 その様子のおかしさに、カヌレが小さく笑った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 迷宮を冒険している感じが味わえてわくわくします カヌレもかわいい
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