太っちょ貴族は風呂で打開策を見つける
迷宮に行かなくても、公衆浴場には通ってしまう。
それは習慣となっているからでもあるし、うまくいかない問題が詰まっている頭をふやかすためでもあった。
真昼から入る風呂は悪くない。
冒険帰りに入る浴場はいつも薄暗い。しかし昼間は天井のステンドグラスや、天窓から日差しが落ち、壁やタイルの白さに反射してすっきりと明るい。点々と置かれた観葉植物の緑も鮮やかに見える。
客層も夜とは少し違っている。ミトロフには見覚えのない顔が多いが、雰囲気から察するに冒険者らしいと見える人々が多かった。
迷宮に向かう前にひと風呂という人たちかもしれないし、ミトロフと同じように迷宮に立ち入り禁止を申し渡された初級の冒険者たちかもしれない。
確実に自分と同じだろう、と分かる人たちがいる。彼らはどこか気の抜けた顔で、ぼうっと天窓を眺めていたり、頬杖をついて水面を見つめていたりする。手持ち無沙汰なのだ。
ミトロフもまた彼らと同じだった。
気合が入らず、するべきことも見つけられず、とりあえず習慣に従って風呂に入ってはみたものの、その心地よさに集中することもできずにいる。
「ほう、珍しいな」
声は聞きなれたものだった。姿は見慣れない新鮮さを感じた。
「……どうも」
馴染みの獣頭の男である。夜の薄闇では視界も悪い。こうして明るい場所で改めてはっきりと見ると、男の偉丈夫さと、獣頭の勇猛さに驚かされる。気楽に話していたが、見るからに優れた冒険者という只者でない空気を纏っている。
ざぱん、と湯に身を沈めると、獣頭はたてがみを撫でつける。
「昼に会うとは奇遇だな」
「……ええ。迷宮が立ち入り禁止なもので」
「ああ、トロルの件でか。少し騒がしかったらしいな」
彼にとっては、あの騒ぎも、少し、という度合いの話らしい。これはかなり上級の冒険者かもしれん、とミトロフは頬をかいた。
「トロルの"行進"が上階で起きたとは聞いていたが、無事だったか」
「"行進"そのものは大丈夫だった。何体か出会したけど。赤目のトロルとの戦いで、けっこう死にかけたな」
「ほう、赤目をやったのか。立派なものだ」
と感心する獣頭の男は、心底そう思ってくれているようだった。おそらくかなりの実力者であろう相手から褒められるというのに、ミトロフは慣れていない。背中がむずむずした。
「では君か、遺物を見つけたのは」
ミトロフは目を丸くした。
「どうしてそれを?」
「そういう情報に価値を見つける者がいるのだよ。そして価値のあるものは出回る。とくに遺物に関してはな。上層階で誰もが見落としていた遺物を見つけ、赤目のトロルを討伐した期待の新人だと聞いているぞ」
ぐるる、と喉を鳴らして笑っている。
「……冗談、ですよね?」
「いいや、そういう話があるのは本当だ。事実、その二つを成し遂げているだけで立派なものだろう。とくに遺物に関してはずいぶんと情報が回っていると聞く。なにしろ、物好きな蒐集家には金も権力もあるからな。厄介な相手に絡まれたときには言うといい。少しは手助けできるだろう」
「……それはどうも」
厄介な権力者を相手に手助けができる? 何者だ、この人?
と、推測と値踏みをしてしまう自分に気づき、ミトロフはすぐさまお湯で顔を洗った。いかんな、と思う。これは染み付いた貴族の性のようなものである。
「遺物って、そんなに欲しいものですかね」
自分の思考が卑しいものに思えて、話題を変えるためにそんなことを聞いた。
「珍しいものは、珍しいと言うだけで価値がある。それを手に入れることで満たされた気持ちになるのだろうさ。俺の知り合いにもいるよ、冒険者に依頼しては迷宮の希少な素材やらを集めてな、ウォードの箱とかいう特別なガラスケースに飾っているんだ。その箱は魔術が刻まれていてな、中に入れたものは時間を止めたのように保存できるらしい。まったく、呆れた道楽で……」
「ちょっといいですか」
ミトロフは鼻の穴を大きく広げて、獣男に詰め寄った。天使が耳元で囁いたかのように、その閃きが脳内を駆け巡ったのだ。
「その人を紹介していただきたい」




