太っちょ貴族はエルフ狩人を助けたいと願う
ミトロフは施療院の帰りに、街の高台にある広場に向かう。そこは街を一望できる憩いの場だ。陽気に誘われた家族づれや恋人たちの姿が多く見える。
広場の端っこに、ベンチがある。そこに予想通り、グラシエが座っていた。
ミトロフは彼女の隣に座る。こうして二人で並んで街を、視界の遠くにあるエルフの森を眺めるのは、三回目だった。
グラシエはミトロフが座ったことに気づいている。けれど顔を向けることもない。
さああ、と吹き抜ける風に銀の髪を泳がせながら、どこか気の抜けた表情でいる。
「ギルドに行ってきた。ミケルは元気そうだ」
とミトロフが言った。
「そうか。それは良きことじゃの」
「やっぱり"行進"のせいで、低ランクの冒険者は迷宮に入れないままだったよ。一週間以内には解除されるって話だったけど」
「そうか」
トロルの"行進"が確認されたことで、迷宮は一時的に封鎖されていた。と言っても、トロルが現れた浅階が封鎖されただけであって、より深い場所を攻略している冒険者には影響がない話だ。
高ランク冒険者たちの手でトロルの"行進"は殲滅されたが、ギルドは調査に余念がない。それだけ魔物の"行進"というのは異常事態であるらしい。
迷宮内の安全を確認してもらえるのは頼もしいことだが、今ばかりはそれももどかしい。グラシエにとっては、目標を前にして身動きがとれないのだ。
「……昨夜、エルフの里から使いが来た」
「良い報告、ではなさそうだな」
「うむ。聖樹の葉が次々と枯れているそうじゃ。もう時間はあまりあるまい。一週間もつかどうか」
深刻な問題でありながら、グラシエは奇妙に平坦な声でいる。それがかえって、彼女の抱える悩みの大きさを物語っているような気がした。
「他の手段はないのか? グラシエ以外のエルフだって何か探しているんだろう?」
「もちろん、そうしておる。じゃがどれも芳しくないようじゃの」
ミトロフはブヒィ、と鼻から大きく息を吐いた。
エルフの森には太古からの精霊が宿る聖樹がある。その管理を滞りなく行なってきたからこそ、グラシエの一族はその森で安寧に暮らしていたのだ。もし聖樹が枯れてしまえば、彼女たちがいる理由はなくなってしまう。今代の王はひときわ、そうした願掛けや精霊的な力を信仰していると聞く。
「……自分の治世で聖樹が枯れたなどと耳にすれば、王はさぞお怒りになるであろうな」
「……縁起は良くないだろうな」
いや、良くないどころではないか、とミトロフは内心でつぶやいた。
聖樹が枯れる。それは凶兆、精霊による王の否定、大災害の兆し……どうとでも捉えられるが、どれも良いものになりそうにない。
王族や貴族というのはとにかく縁起や占いを重要視する。この世界に目には見えぬ大きな意思があると思っている。聖樹が枯れたとなれば、それはミトロフが思うよりも大ごとになるかもしれない。
「だが、どうにもならぬな」
と、グラシエはミトロフに顔を向けた。笑っている。力のない、やけに透明な笑い方だった。諦め、という文字が浮かんで見えた。
「迷宮には入れぬ。もし入っても青鹿は見つからぬ。となれば、われはお手上げじゃ。情けないが、ここが精一杯というものじゃろうて」
ふぅ、と。長い人生の重荷に疲れ果てた老人のように息をついて。
「ミトロフ、お主には本当に世話になったのう。トロルとの戦いは見事じゃったぞ。あれこそ本物の戦士と教えられたようじゃったわ」
「……すべて終わったみたいな言い方をするな、きみは」
「終わったのじゃ。なに、森を失ってもなんとか生きていけるじゃろうて。さすがに、一族郎党を根切りにされるなどは、あるまいよ」
冗談のように言うグラシエに、ミトロフは笑い返せないでいる。




