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【書籍化】太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る  作者: 風見鶏
第一章

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太っちょ貴族は希望を知る


 食事とは、そんなに単純なものではない、と思った。


「……グラシエ、食事とは楽しいものだ。身体に必要だから食う、必要なものが満ちるなら、なんでも良い。それではあまりにさもしい」

「う、うむ。おぬしの言うことも分かるがの。しかし、これはどうしようもないことじゃろうて。調理器具などがあればまた話は別じゃろうが」

「あの、あります」


 おずおずと、カヌレが手をあげている。

 ふたりはカヌレを見やり、首をかしげた。


「……カヌレ、おぬし、迷宮に調理器具を持ってきたのか?」

「……カヌレ、君は料理ができるのか?」


 同時に重なった質問に、カヌレは首を左右にふり、あたふたと順番に答えを返した。


「えと、あの、はい、グラシエさん。持ってきました。役に立つかと思って。はい、ミトロフさん。料理はできます。その、一流とはとても言えませんが」

「素晴らしいじゃないか! 君が料理人だったとは!」


 ミトロフはフゴフゴと鼻息を荒くした。


「ああ、いえ、そんなに期待なさらないでください! 決してお店を開けるとか、そんな腕前ではないのです!」

「なにを! 構わないさ! この味気ない干からびた食材を少しでも美味しく食べられるなら! なんとか頼めるか!」

「は、はい」


 ミトロフの熱量に押し切られる形でカヌレは頷いた。

 自分の荷から、小さなトランクを取り出した。開くと、中には手入れの行き届いた調理器具が詰まっている。それだけでなく、小型のコンロまで収まっていた。


「ほう、これは初めて見るのう……」


 グラシエが目を丸くした。


「行商人がよく使っている器具なんです。休憩のたびに火を起こすのも大変ですから。冒険者の方は使われないんですか?」

「はて、父からはよく冒険者の話を聞いたが、こうした調理器具などは知らなんだ。時代の変わり目のせいじゃろうかの。ミトロフはどうじゃ?」

「僕も知らないな。しかし、これがあればどこでも厨房になるということだろう? 素晴らしい製品だ。誰が考えついたんだろう」

「そこまでは、わたしも分からないです」とカヌレは苦笑した。「ですが、有名な錬金術師の方だと思いますよ」


 カヌレは慣れた動きでコンロを組み立て、そこに小さな鍋を乗せて火をかけた。

 小型の包丁で干し肉を裂き、それを炒める。そこに水を加えて煮ながら、黒パンをちぎりながら入れていく。鍋の中でパンはほろほろと崩れ、粥のようにどろりと溶けていく。


 箱からおろし金を出すと、カヌレはチーズをぼろぼろと削って細かい粉にしながら粥に混ぜた。それから小瓶に入った調味料を振り込んで、くつくつと煮立たせてから、食器に取り分けた。


「なんじゃ、よく手慣れておるのう!」


 グラシエが感心した声で食器を受け取った。

 カヌレは返事代わりに、少し困った風に頷いた。


「ただ、すみません。わたし、味見ができないので……味の調子が悪かったら教えていただけますか? 調整しますから」

「匂いは素晴らしい! これはなんという料理なんだろう!?」


 ミトロフはフゴフゴと匂い立つ湯気を吸い込みながら言う。


「な、名前ですか? 黒麦パンのリゾット、でしょうか」

「携帯食、なんて味気もにおいもない料理よりずっと良い!」


 ミトロフは貴族のマナーとしての儀礼的な祈りを唱えてから、匙ですくったリゾットを食べた。


「––––うまい!!」


 思わず叫んだ。

 煮崩れたパンは柔らかく、まさに粥である。溶けたチーズの濃厚な風味と、焼かれて香ばしい肉の旨みが混ざり合い、疲れた身体に染み渡るような味わいだった。


「これは良い味じゃな。少し塩辛いが、動かした身体にちょうどよい」


 と、グラシエも頷いた。


「塩が強かったでしょうか?」

「干し肉のせいじゃろう。冒険者はとかく汗をかいて塩を失うでな。行商や旅人用の干し肉より強く塩をすり込んでおるのじゃよ」

「なるほど……それは知りませんでした。勉強になります」


 頷くカヌレの様子に、グラシエはほう、と感心した。

 いつも自信なく、一歩も二歩も引いた態度を見せるカヌレであるが、料理となるとその遠慮がなくなっている。それだけ、カヌレは真剣に料理に向き合ってきたのだろう。


「うまい。これならいくらでも食える!」


 ミトロフは早々に、自分に取り分けられた粥を食べきってしまった。名残惜しげに空き皿を見つめている。

 カヌレはくすくすと控えめな笑みをこぼした。


「そう仰っていただけると嬉しいですね。作り甲斐があります」

「毎日きみの料理が食べたいよ。宿の食事はひどいんだ」

「ひゃっ」


 とカヌレが驚くものだから、ミトロフは何事かと思った。

 グラシエはミトロフの膝をペシっと叩いた。


「それは庶民の中で結婚を申し込む常套句じゃぞ」

「……なんだって? それは、すまなかった。僕は市井の常識が足りてないところがある。許してほしい」

「い、いえ。わたしもすみません、その、驚いたものですから」


 二人してぺこぺこと頭を下げる姿を隣に、グラシエは苦笑しながら粥をすすった。


 突然に出会ったカヌレという少女は、どうしてか呪いを受けてスケルトンの姿となってしまっている。ともに迷宮に潜ることに不安がなかったと言えば嘘になる。


 しかしこうして実際に共にしてみれば、なんだ、悪くないではないか。

 なにより、粥はたしかに美味かった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 料理上手なスケルトン少女…! 素敵です…。良い…。
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