太っちょ貴族はパーティーで行動する
翌朝、約束通りにカヌレはやってきた。
太陽の明るさを拒むように顔を隠すフードは予想通りだったが、予想外にも盾を背負っている。
ポーターといえば荷運びをするための専門職であり、通常は背負子やバックパックを担いでいたり、運搬用のソリや荷車を持ち運ぶ。
ふたりが迷宮の道を下りながら盾について訊くと、それはいざというときの備えなのだとカヌレは言った。
「荷物を運ぶ邪魔にはならないようにしますので……あの、良いでしょうか?」
「ポーターも装備を整えるとは訊くしの。われは良いと思うが」
ポーターといっても、内情はさまざまだ。戦闘能力のない者は防具だけを身につけ、戦闘時には安全な場所に隠れている。新人の冒険者がポーターを兼ねているときは、武器も携帯し、戦闘に参加することもある。
荷物を持ち運ぶことができるのであれば、その形態や方法は細かく指定されてはいない。
「その盾は重くないのか?」
とミトロフが訊いた。左腕にはレザーのガントレットを身につけている。それだって軽いとは言えないのだが、カヌレが背負っている丸盾は半身を隠せそうなほどの大きさだ。木製に革を張り、真鍮で縁取られている。
「実は。この姿になった反動か、わたし、力が強くて」
「ほう、それも呪いの効果、というわけか」
カヌレは盾だけでなく、ふたりの荷物も背負っている。自分のものと合わせて3人分の荷物を背にしていても、足取りは少しも遅れず、苦にする様子もない。
ミトロフはポーターという存在が、迷宮の探索にどの程度の影響があるのかを知らないでいた。しかし実際に戦闘が始まってみると、途端に理解することになった。
これまで、ミトロフもグラシエも、戦闘の前には荷物を置き、終わればまた身につけるということをしていた。その手間が省けるというのは、時間や労力の削減というだけでなく、戦うことへのストレスを軽減させる。
敵を見つけた瞬間に、ふたりは戦闘に移ることができる。荷物を片すために一度、距離をあけるだとか、小道に避けるなどの気遣いも必要がない。
そうして戦闘が終われば、魔物から成果を回収する。
浅い階層の魔物から回収できるものは変わらず少ない。それでも魔物が持っていた武器や、今までは見捨てていた余分な牙や爪、道中で生えている植物など、細々としたものもある。
そうしたものを回収できる余裕があるということが、なによりも喜ばしい。
何度か戦闘を挟みながら、地下4階まで最短距離で降りた。前回は早々にトロルに出会ってしまったために、探索自体はほとんど行えていない。
改めて仕切り直すつもりで気合を入れ、通路を進む。
トロルが飛び出してきた大穴の前には、ギルドから派遣された衛兵が立っていた。勝手に冒険者が入らぬようにと封鎖されている。
今朝、迷宮に入る前に、受付嬢から未だトロルが発見されていないことを教えられていた。今もまだ、クエストを受けた冒険者たちが定期的に見回っているという。
「……また急に飛び出してこなきゃいいけど」
「一度経験してしまうと、やたらと警戒してしまうな。二度もあり得ぬとは分かっておるのじゃが」
壁から離れて恐る恐ると歩いていく。いつトロルの姿が見えるか、という怯えが脚を遅くしたが、それもコボルドたちとの戦いが始まれば、すぐに忘れた。コボルドは素早く、凶暴で、知恵がある。片手間に勝てる相手ではないのだ。
それでもミトロフからすれば、トロルと比べれば格がふたつもみっつも落ちる相手だ。己の命の厚みを感じるほどの緊張感もなく、視界がぎゅっと絞られるような集中も迫られない。
攻撃を避け、踏み込んでレイピアを突き、コボルドの攻撃を切り払う。
グラシエの弓の腕もまた精確である。遠近に隙がなく、3体ほどのコボルドの群れであれば容易く対処できる。
コボルドは、質は悪いが金属の武器を持っていることもある。売れば金にはなるが、その重さを考えると持ち帰るには億劫な戦利品だ。
ふたりだけであれば、惜しみながらも放置していただろう。だがカヌレというポーターがいることで、全てを回収することができる。
カヌレの背には丸盾と、その上に被さるようにゴツゴツと膨れた麻袋が揺れている。歩くたびにガチャガチャと金属が鳴る。腰にはミトロフとグラシエの荷物が結ばれている。
「……本当に重くないのか?」
武器防具というのは軽いものではない。金属であれば尚更だ。それが何本ともなれば、華奢なカヌレには負担になっているはずだ。
「まだまだ余裕があります」
と、カヌレはやはり平然とした様子である。
「遺物というのは、まったく不思議だな。いや、カヌレにとってはそんな軽い言葉で済ましていいものじゃないのだろうが……」
ミトロフの気遣いに、カヌレは「いえ」と苦笑した。
「わたしも同じように思います。こうして身体はスケルトンになってしまったのに、力は増しているんですから、わたしも不思議です。でも、便利には違いないんですよ。魔物にも押し負けません」
「それは頼もしいのう」
とグラシエは笑う。冗談だろうと思ったからだ。
それが事実であることを、それからすぐに目にした。




