太っちょ貴族は公衆浴場に向かう
人族も獣人もいるが、その風態は誰もが冒険者のようである。
「先に僕の買い物に付き合ってもらってありがとう。すごく満足だ。次はグラシエの買物に行こう」
「実は今朝のうちに終わっておる」
「どうして!?」
「ど、どうしてと言われてもの……。われは日が昇るのと同じころから活動するでな。ミトロフとの待ち合わせまでに余裕があったのじゃ」
「なんて健康的な生活なんだ……僕は昼に起きるのだってひと苦労だっていうのに……」
「なに、狩人とはそういうものゆえ。夜明けと同時に森に行く生活を続けておったでな、すでに習慣になっておる」
「じゃあグラシエが買ったものがいくらだったか教えてくれる? 代金の半分、僕が出したい」
「そうじゃな、われらはパーティーじゃしな」
グラシエはひくひくと唇の端を震わせた。自分で言っておきながらニヤついてしまいそうな表情をなんとか堪えているようだった。
幼いころから対等に付き合える同年代の存在がなかったグラシエにとって、ミトロフという存在に対してすこし特別な思いがあった。
パーティーとはつまり、対等な仲間である。助けては助けられて、喜びも苦労も分かち合い、収穫も損失も分け合う。
迷宮探索を行うためにひとりで森から出てきたグラシエは孤独だった。
頼る者もなく、グラシエという存在を気にかける者もいない。
迷宮で命を懸けて魔物を狩り、太陽の届かない地下に潜り続ける日々に、グラシエは疲労していた。
ひょんなことから得た出会いである。ミトロフには命を救われた。同時にすり減り続ける気持ちもまた救われたようであった。
そう、2人はパーティーである。もうグラシエは孤独ではない。
それがひどく嬉しいのである。
「矢を買うんだったっけ? 他にはなにかあった?」
訊ねるミトロフに、グラシエは首を横に振った。
「軸が傷んだものを数本買い替えただけでの。今回はたいした出費にはならんかった」
「……それはちょっと申し訳ないな。僕だけ良いものを買ってもらってしまった」
「前衛に立つミトロフの方が危険なのじゃ。装備を整えるのは当然のことじゃよ。しかしそうじゃな……では、風呂代をお願いしようかのう」
「お風呂! そうか、街には大浴場があるんだったか!」
「ミトロフ家にはなかったのかえ?」
「うちにあったのは蒸し風呂だね。家に湯船があるのはもっとお金のある貴族だけさ」
「なんじゃ、では庶民のほうが良いではないか」
「大浴場ってそんなに良いものなの?」
ミトロフがぐいっと顔を寄せた。
街に暮らす庶民が大浴場と呼ばれる巨大な入浴施設を好んで利用していることは知っている。
しかしミトロフ家ではもっぱら、個室の中で熱した石に水をかけることで水蒸気を生み、それで身体の汚れを浮かして擦る毎日であった。
ミトロフも入ってみたいという興味はあったが、家を抜け出してまで入りに行くという機会がなかった。
こうして家を追い出されたことによって、その自由と機会を得られたことに気づいたのである。
ここ数日は濡らしたタオルで身体を拭くばかりだった。頭皮や身体のあちこちに汚れが残り、身体の芯には疲れがこびりついている。
「入ったことがないとは、ミトロフ、それは良くない。風呂とは命の洗濯なのじゃ」
グラシエが胸を張り、自慢げに言った。
「命の洗濯!?」
「そうじゃとも。とくに冒険者は汚れと精神の疲れをよく取らねば命とりになりかねん。風呂と冒険者は一心同体のようなものよ」
「おおおお……」
とミトロフが感嘆する。
噂話に聞くばかりだった公衆浴場。それは何がなんでも行かねばなるまいと拳を握った。




