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CHERRY BLOSSOM ~チェリーブロッサム~  作者: 悠里
第六章「Misfortune」
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 グラウンドに出ると、クラスのみんなが隅っこの方に固まって、それぞれにお喋りしていた。

 なんて言うか、みんなジャージがバラバラだから、ちょっとした違和感がある。

 高校総体とかそんな感じ。まぁ、中学がそれぞれ違うから仕方がないんだろうけどね。

 そこで、ふと別の違和感を抱いた。

 パッと見、女の子しかいないみたいだ。


「あれ? そう言えばクラスの男の子たちは?」

 見回してみたけど、それらしい人たちは見あたらない。

 グラウンドの中央でミニサッカーやってる深緑のジャージの群れは……多分二年生だろう。


「あ、あぁ。男子は体育館だって」

 軽く柔軟してる茜が答える。

 その動きがキビキビとして小気味良い。

 バスケやってるって言ってたし、運動好きなんだろうな。


「そうなの? 一緒じゃないんだね」

 まぁ、ふたつのクラスで合同ってことは、授業内容も別なんだろうし、そんなものなんだろう。

 中学では男女一緒だったけど、あそこは男の頭数自体が少なかったし。


「ん? さくらは男子と一緒の方が良かった?」

 その茜の言葉は、受け取り方によっては冷やかしみたいにも思えるけど、当の本人からはそんな感じが微塵も感じられないのが、なんて言うか……その素直さが微笑ましい。


「う~ん、どっちでもいいかな。ただ、中学では一緒だったから」

「ふぅん。でもさ、さくらは火野クンたちと仲良いから、違うの残念なんじゃない?」

「結局違うことやるんだし。別に構わないけど」

「そう? ボクは一緒の方がいいな。中学の時は空き時間とかに、よく男の子に混ざってバスケとかやってたしね」

 茜が笑顔を見せる。


「そっか、それはそれでいいかもね」

 バスケと言えば、中三の冬に、薙に付き合って休み時間にやってたなぁ。

 公式基準より少し低くしたリングだったので、これならとダンクをやってみせたら、薙が身長差が一五センチもあるのに意地になって張り合って。

 それで結局、出来るようになっちゃうんだから。

 そのやる気と根気を他にも回せば、いろんなことが出来るようになるのになぁ。


「きゃぁぁぁ~~~♪」

 そんなことを話してると、クラスの……まぁB組も混ざってるんだろうけど、女子の群れから黄色い歓声が沸いた。

 なにかと思って茜と並んでその視線の行方を眺めてみると、どうも二年のサッカーを見ているらしい。

 そこに楓ちゃんも並んで俺のジャージの袖を軽く引いた。


「ね。さくらちゃん。あれ赤坂先輩じゃないかな?」

「そうみたいだね」

 と声に出したのは茜で、俺は楓ちゃんに視線を合わせて頷いた。


「しかし、すごい人気ね」

 呆れたようにつぶやいたのは桔梗さん。続けて、


「ま。わからなくもないけど」

 と、微笑んでチラリとこちらを見る。


「まぁねぇ。アレは昔から女の子ウケがよかったし」

 とにかく気が利く性格だったし、壬琴さんの教育の賜物か女の子に優しかったしな。


「うん。赤坂先輩って、中学の時から女の子の間ではすごい人気だったよ」

 袖を持ったままの楓ちゃんの言葉。


「あぁ、そだっけ。楓は~赤坂先輩と同じ中学だっけ」

 そう返しつつ屈伸する茜。

 なんてゆ~か、やる気満々だな。


「うん。だから、今年は光陵に進学する娘、多かったんだよ」

「男追っかけて進学先決めるのって、どうかと思うけどね」

 渋い顔の桔梗さん。


「へぇ~。王鈴の学校案内を食い入るように読んでた桔梗の言葉とは思えないにゃぁ」

 茜が小馬鹿にしたように笑う。


「ちょ、ちょっと! そんなのは関係ないでしょっ」

「わざわざ取り寄せてまで……ぐぇ」

 言葉途中で桔梗さんに首を絞められる茜。


「王鈴って?」

 どこだっけ。聞いたことはあるんだけど。


「芸能部がある私立の学校だよ。隣の県だからちょっと遠いんだけど」

 楓ちゃんが教えてくれる。


「そうなの? へぇ」

 知らなかった。

 でも、どこかで聞いたことがあるんだけど、王鈴なんてどこで聞いたっけ。


 始業ベルが鳴って、散っていたみんなが集まってくる。

 でも、肝心の先生が来ない。

 二年生の方にも来てないみたいで、二年の人とB組の娘が代表で呼びに行くことになったようだった。


 ざわざわとお喋りが交わされる中、大きく深呼吸する。

 具合の悪さはもう大分良くなってきた。

 吐き気も無いし、万全とはいかないけど体育をするくらいは問題ないと思う。


 ふと顔を上げると、隣に集まっていた二年生の列の中にいた真吾と目があった。

 手を軽く挙げて挨拶すると、すごく優しそうな顔で微笑む。


(えっ……!?)

 わわっ。今、一瞬胸が鳴りやがった。

 ま、まったく、そんな表情は、女の子相手に見せとけっ……ての……。


「真吾も体育なんだね」

 弾む鼓動をごまかしながら何気ない感じを装う。

 くそっ。真吾相手になにやってんだよ俺。


「あ、うん。さくらのところも?」

 深緑のジャージ姿の真吾が、サッカーボールを手に爽やかに笑う。


「そ。それより真吾。ボールボール」

 なにかやってないと間が持たない気がして、なんとなくそんな言葉が出た。

 催促すると、真吾は苦笑いしながら俺の足下にボールを転がしてくれる。


「よっと」

 少し列を離れると、ポンポーンっと軽くリフティングする。

 四回ほどで続かなくなり、地面に落としたボールを踏む。


「よし、勝負しよっか」

「え?」

「ワンオンワンのドリブル勝負。いくよ?」

 思わず浮かべた、自称不敵な笑みで真吾を指さしてから、ドリブルで抜きにかかる。


「うわっと」

 不意のことに慌てながらも、真吾が誘いに乗ってディフェンスに回る。


「……っ」

 チョンチョンっとボールを左右に振ってフェイントをかけるけど、そんなもので真吾を振り切れはしなかった。

 ま、伊達にサッカー部やってるわけじゃないしな。


 スッと、ボールにチェックに行こうとする真吾を肩と背中でとめる。

 その衝撃をなんとか堪えて、かろうじてボールをキープしてからは、そのまま取られないように維持するので手一杯になりつつある。

 一分ほどキープしたまま粘ったけど、チラッと表情を見た限りでは真吾はまだまだ余裕ありそうだった。

 それに比べ、こっちはすでに息が上がってきている。


(な、なめるなよ)

 と思ってはみても、次第に防戦一方になって反撃する隙が無くなっていく。


(おわっと)

 手を目一杯使って幾度か突破を試みるけど、その度にボールを取られそうになる。

 その様子を見ていた真吾のクラスメイトから、囃すように声援が飛んだ。


「そこだ! がんばれ~! 赤坂なんかに負けんな~!」

「おいおい真吾~。女の子相手に苦戦してんじゃね~ぞ~」

「赤坂~代わってやろうか~?」

「おまえ実はマジで代わりたいんだろ?」

「おぅ。俺の華麗なディフェンステクを見せてやる!」

「ぎゃはは。無理無理~」

「さくらちゃん、がんばって!」

「さくら~そこっ! いっけぇぇえ!」

 楓ちゃんや、ひときわ大きな茜の声も聞こえる。が、そんな声に耳を貸してる余裕は無い。


(右!)

 と見せかけて、踏み込んだ左足でボールをまたぐ。

 それに反応した真吾の裏をかくように、そのまま右足を軸に背を向けて半回転。

 左足でボールをコントロールしつつ、切り返すように、左から、抜きに、行くっ!


「おぉ! あれってクライフターン?」

「マジ? でも、ちょっと違うんじゃね?」

 バスケで覚えたフェイクの応用。

 今のタイミングは、我ながら『これで決まり!』っと思った。

 しかし、ボールは真吾の足に阻まれて後方に転がる。


 はぁ、はぁ……と、呼吸が乱れる。

 ちぇっ! 今のは、抜けたと、思った、んだけど。


「おしぃ~!」

「おら真吾! 彼女に押されてんぞっ!」

「げっ!? マジ? あれって赤坂の彼女」

「実は……」

 彼女じゃねぇーっ! と考えながら真吾に向き直る。

 と、予想外に厳しい真吾の顔。

 ふむ。さっきのは結構良い線いってたか?

 それ……ならっ!






 一方体育館。

 こちらでも先生が来ていないようで、それぞれに好き勝手に散らばっていた。

 その中で、窓際に張り付くようにしている火野に水隅が声をかける。


「火野く~ん。なに見てるの?」

「ん。あぁ、ちょっと……」

 不明瞭な言葉に、水隅は同じように窓の外を覗きこむ。

 見下ろす形になったグラウンドに集まった生徒の群れ。

 その群れに囲まれるように、ふたりでサッカーをしている姿が見えた。

 他の生徒たちは、それを見守るように固まっている。


「あれ? あれって、さくらちゃんじゃない?」

 ボールを追っかけている片方、黒っぽいジャージ姿の女子を指さす水隈。

 そんな水隈に、火野はムッとした表情になる。


「あれあれ言うな。それに馴れ馴れしく名前で呼ぶんじゃねぇ」

「でも、さくらちゃん良いって言ったよ」

「よくてもダメなんだっ!」

「そりゃぁ火野くんがさくらちゃんを好きな……」

「余計なお世話だっ!」

 言葉途中で遮られる。

 火野の顔がうっすらと赤く染まり、面白くなさそうに、それでも窓から見えるその姿を見つめる。


「相手は……二年生かな?」

「いいから黙ってろ」

「あれは赤坂先輩みたいだね」

 いつの間に来ていたのか、氷村が並んでグラウンドを見ている。


「赤坂って、あの赤坂先輩?」

 水隅がキョトンとした表情で氷村に問い返した。


「うん。その赤坂先輩」

「確かファンクラブがあるって話だよね~」

「そうみたいだね」

「すごいよね。芸能人でもないのにファンクラブがあるなんて」

 羨ましそうな水隅の言葉に氷村が可笑しそうに笑う。


「意外だなぁ。やっぱりクマもそう思うんだ」

「あたりまえじゃない。だって、きっとお菓子とかお弁当とか色々差し入れしてくれるんだよ」

「食いもんさえ持ってくりゃいいのかよ」

 黙って窓を見ていた火野が堪らず苦笑する。


「うん。料理上手な娘がいっぱいいるといいなぁ」

「あはは。いいねクマ。サイコー」

「ま。所詮はクマ。色気より食い気なところが、まだまだオコチャマだな」

「え? え? なにかおかしい?」

「いや、ごめんごめん。別にちょっと」

「?」

 なおも笑いを堪えるふたりを不思議そうな表情で見つめる水隅。


「でもさ。だからちょっと心配だよね。例の噂のこともあるし」

 氷村は、ふと、真面目な表情に戻ると小さくつぶやく。


「ああ」

 火野も真面目な表情に戻ると、また面白くなさそうにグラウンドのふたりに視線を向けた。


「なになに? 噂って」

「なんでもね~よ。くそっ。デタラメばっか言いふらしやがって」

 問う水隈に、火野はさらに不機嫌そうに答える。


「純。波綺さん知ってると思う? その噂」

 氷村が火野を気遣うようにしながら問う。


「……いや、知らないんじゃね~かな。今朝来るの遅かったし」

「でも、朝から様子が変だったし、ひょっとしてって」

「……」

「ね~ってば、噂ってなに?」

「知らない方がいいよ」

 ニコッと笑顔で答える氷村。


「ずるいよ。ふたりだけで」

 ひとり置いてきぼりの水隈が不満の声を上げるが、真剣な表情のふたりは黙ってグラウンドでボールを追いかけるふたりの姿を目で追っていた。






 弾かれたボールを追って、真吾と十数メートルの距離が空いた。

 すぅっと息を吸い込む。真吾の呼吸を計って、それに合わせる。


 すぅ。はぁ。すぅはぁ。すぅはぁ……。

 よし。呼吸のタイミングを合わせると、もう一度真吾めがけてドリブルで走り出した。

 真吾も様子を見つつも前に出てチェックに来る。

 腰を落とした真吾の三歩手前で急停止。一旦後ろへと下がる。

 その動きに誘われるように前に出る真吾。


(…………)

 真吾の呼吸に、自分のそれを合わせたまま、一……二……サンッ!!


 真吾の重心が最大限に前に出るタイミングに合わせて、こちらも前に踏み出して正面に向かい合う。

 お互いに伸ばした手が触れ合うほどの距離。

 スッと左に入れたフェイクにつられて、真吾が重心を左に返す。

 その瞬間。姿勢を制御するため、大きく前に振った真吾の腕。

 その服の袖を小指に絡めて、真吾の動きを加速させるように手前に流した。

 予想以上に前へと傾斜する真吾は、余分な一歩を使ってその場に踏みとどまる。

 その、わずかな瞬間に右脇を掠めるように、抜くっ!


「おぉっ!」

 小さなどよめき。


 体勢を立て直した真吾の手が、俺を捕まえるように伸ばされる。

 でも、それはすでに間に合わない。

 真吾の腕の気配を背中に感じながら、前へ前へと加速する。

 たたらを踏む真吾が振り向いた時には、もう十数メートル離れていた。


「へへへ。勝ちっ!」

 呆然とする真吾に、振り向いてグッと親指を立ててみせる。一瞬後、


「おぉ~~っ!!」

 という大きなどよめきが起こり、二年男子から拍手が巻き起こった。


「すげぇ! あの赤坂を抜いたぞ!?」

「手抜いてたんじゃないの?」

「いやいや、真吾はあれで結構マジんなってたって」

「やたーっ! さくらぁ~」


(なっ、なに?)

 沸き上がるギャラリーを見回し、その注目度に初めて気がついた。


 ~~~っ。またやっちゃった。

 ……ま、いいか。


(あっ! そう言えば先生は?)

 慌てて見回したけど、まだ来てないみたいでホッと安堵の息をつく。


 息を整えながら呆然としている真吾に近づく。


「ふふ。まだまだ捨てたもんじゃないだろ」

 なんとなく得意になって胸をはる。


「あ、あぁ。驚いた。まさかこんなに綺麗に抜かれるとは思ってなかった」

「あはは。まぁ正直出来過ぎかな。これは無理かもなって感じだったんだけどね」

「最後の、あれどうやったの?」

「あれ? あれはまぁ合気道の応用みたいな感じ」

「合気道……」

「うん。案外上手くいったかな」

「ふ~ん。ね、今度それちょっと教えてくれないかな?」

 教えてくれ、ねぇ。……なら。


「ふむ。ちょっと手出して」

「?」

 戸惑いつつも素直に手を出す。

 その手首を握ると、くいっと自分の方に引く。


「わわっ」

 バランスを崩す真吾。


 慌てて身体を引こうとするその瞬間に、手首をひねって軽く間接を極めた状態で押し返す。

 重心が後ろに行きすぎて、それを戻そうと手前に荷重を掛ける瞬間に体を捻りながら掴んだ手首を大きく引いた。


「うわっととと」

 転びそうになった真吾が、もがきながら俺の腰にしがみつく。


「ま、こんな感じ……え?」

 不意に腰から下が涼しくなった。


「おぉぉ~~~~っ!!」

 周囲の男子からどよめきが起こる。


 見下ろした視界には、自分の素足と足下までずり下げられたジャージ。

 そして、下から見上げる真吾が見えた。

 どこかを凝視していた真吾が、ゆっくりと俺と視線を合わせる。


「ごっ、ごめん!!」

 慌てて飛び退く真吾。


 感心してしまうほどに真っ赤になっている。

 もう一回落ち着いて自分の姿を見下ろす。


「……」

 上のジャージの裾がそれなりに長いので、パンツ丸出しというわけではなかったけど、それでも超ミニスカート程度でしかない。

 いや、自分じゃ見えてないだけで他の人からは見えているのかもしれない。

 しかし、あまりの真吾の狼狽振りを見てしまったからか場違いなまでに落ち着いてるな俺。


「よっと」

 一旦しゃがんでから一気にジャージを引き上げて、所々についた土をパンパンっと払う。


「あの……ご、ごめん」

 真吾はまだ立ち直っていなかった。

 なにをそんなに狼狽してるかな。


「別にいいから、気にするなって」

 座り込んだままの真吾に手を差し出すと、恐る恐るその手を取って立ち上がった。


 済まなさそうな顔でうなだれる真吾の気を取り直させるために、なんでもなかったように話の続きをする。


「あんな感じで相手の力を利用して、それにちょっとだけ自分の力を上乗せするとね、面白いように主導権を取れるから、あとはまぁ投げるなり倒すなり関節を極めるなり、好きに出来るんだ。サッカーの場合はバランスを崩して隙を作れば十分だけど、露骨に相手の体を掴むとファール取られるから上手く死角をついて……って、真吾? 聞いてる?」

「あ、うん……」

「もう、しょうがないなぁ。ほら、前にも言ったろ? パンツ見られても別に構わないって。ほら、気にするなってば。怒ってないからさ」

「……」

 って、どうして俺がフォロー入れてるんだろうな。

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