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CHERRY BLOSSOM ~チェリーブロッサム~  作者: 悠里
第四章「I miss you」
29/83

029 シスコン

 程なく真吾の家をあとにした。

 今日はこのまま直接帰るつもりだと伝えると、お弁当の荷物は真吾に預けていいからと言って、また遊びにいらっしゃいと名残惜しそうに見送ってくれた。


 小一時間ほどバスに揺られ、下車してから五分ほど歩いて、ようやく目的地である誠南高校にたどり着く。

 恨めしげに、晴れ渡った空を見上げて溜め息をつく。

 予想以上に重いお弁当一式のせいで、もう額や背中は、汗が流れるほどだった。

 ハンカチで汗を拭いて一息つく。


(よし、もうちょっとだ)

 気を取り直して校門をくぐると、グラウンドの方から応援の声が風に運ばれてかすかに聞こえてきた。

 なかなか盛り上がってるみたいで、近づくにつれて大きくなる声援に少し驚く。

 ただの練習試合と聞いていたんだけど、グラウンド周辺には県予選もかくやという人で溢れていた。


「きゃ~! 赤坂く~んがんばって~」

「仁科さ~ん、カッコイ~」

 ボールがコートを左右に移動するたびに、あちこちから黄色い声援が上がる。

 その中の半分近くに真吾の名前が含まれていて、よくよく見ると、うちの制服姿のギャラリーもかなりの数が見受けられた。


 ギャラリーの肩越しにスコアボードを覗くと、一対一で同点だった。


「ふむ。まだまだ、これからってとこか」

 そう判断して、メグと瑞穂の姿を探す。

 うちの高校の応援も多いんだけど、さすがに誠南の生徒も同じかそれ以上いる。

 加えて、地元ゆえの取り回しの良さからか、相手校は応援団も出ていて活気づいた試合になっている。

 そんな熱いムードのグラウンドを取り巻くギャラリーの、さらに外側をふたりの姿を探して歩く。


 その時、妙に感じの悪い女生徒たちとすれ違った。

 誠南の制服をそれぞれに着くずした格好や私服姿で、試合を見るでもなく面白くなさそうな感じでギャラリーを物色するように歩いてゆく。

 一瞬、視線が合ったと思ったけど、それはすぐに逸らされた。

 別に俺を見ていたわけではないようで、面白くなさそうに周囲を物色している。

 変な因縁をつけられたくはないので少しだけ安堵した。

 でも、そんなに楽しくないのなら学校に来なきゃいいのに。

 制服まで着てご苦労なことだ。


 メグと瑞穂を見つけたのは、それから五分くらい経ってからだった。

 やっと発見したふたりは、なぜか光綾側ベンチに陣取っていた。

 苦労してギャラリーの人混みをかき分けて近づく。


「やっと見つけた。ほら。お昼持ってきたよ」

 瑞穂の肩をポンと叩いて隣に座る。


「あ、お姉ちゃん」

「ご苦労様。試合はまだ前半よ。一対一だけど、まだお互いに手の内を探ってるって感じね」

 試合から目を離さないまま、メグが簡潔にこれまでの様子を教えてくれる。


「真吾はどう?」

「う~ん。真吾お兄ちゃんマークされてて、ボールがなかなか回ってこないんだよ」

 瑞穂が軽く頬を膨らませる。


「それだけ注目されてるってことだろ? その状態からボールをもらうのが真吾の腕の見せどころってわけさ」

 俺の言葉を聞きながら、瑞穂は真剣な顔で試合に目を向ける。

 スポーツ観戦とかする方じゃないと思ってたんだけど、そうでもないみたいだな。

 この二年半で変化があったってことか。


「あ~お姉ちゃん、またキレイになってる~」

 羨ましそうな瑞穂の声。

 試合に集中してたんじゃなかったのか。


「え? ……あ」

 メグも気づいたようで、俺の顔を見たまま声が出せないでいる。


「いいなぁ~。瑞穂もお化粧したいな~」

 そう言って両手を口元にあてる。


 む。こういう仕草が女の子っぽさの秘訣なのかも。

 でも、瑞穂みたいな娘だから許せるのであって、俺やメグがやったら……。

 だめだ。想像が出来ん。


「瑞穂。別に好き好んで化粧してるんじゃないんだぞ」

「えぇ~? 昨日もお化粧してたじゃない? 最初、誰だかわかんなかったもん」

「昨日は母さんに無理矢理。で、今日は琴実さんなんだよ。別に、自分の意志でしてるんじゃない」

「でもでも。お姉ちゃんすごくキレイ~。なんだか、そこらのアイドル顔負けって感じだよ~」

「そこらのって、どこらのだよ」

 そんな瑞穂とのやり取りを、がっくりと肩を落としたメグが、やつれた視線で睨んでいた。


「どした? メグ」

「……三年前あんなだったアンタが、今ではこうなってる。その世の中の不思議を目の当たりに垣間見た疲れが、こう……どっときたと言うか」

「な、なんだよ?それ」

「私が見ても可愛く見えるってことに愕然としてんのよ!」

「うぅ……」

 ショックだ。

 メグに本気で可愛いって言われた……。


「どっから見ても、誰が見ても、あんた、完っ全っに女の子だわ」

「だから、好きでなったんじゃないってば」

「だから腹立つのよっ!」

「そんなの知るかっ!」

「落ち着こうよふたりとも。今は真吾お兄ちゃんの応援しよっ。ね?」

 笑いをこらえながらの瑞穂の仲裁に、この件については保留ってことで一応収束させた。





「それにしても、どうしてベンチにいるんだ?」

 控えの選手やマネージャーに混ざって、当たり前のように座ってる俺たちのこの状況の理由を尋ねる。

 まぁ同じベンチと言っても俺たちが座ってるのは端の方なので、周囲の声援で同席してるサッカー部の人には会話内容までは聞こえてないみたいだけど。


「あぁ、ほら。私たち真ちゃんと一緒に来たでしょ? 私が真ちゃんの幼なじみだってことは、みんな知ってるしね。そうそう。サッカー部の人、なんだか瑞穂ちゃんのこと知ってて。快くここで応援してくれって勧めてくれたのよ」

 瑞穂に視線を移すと、顔を赤らめながら視線をそらす。

 俺の不思議そうな顔を見て、メグが種明かしをする。


「あら、さくらは知らなかった? ってそっか、帰ってきたばっかりだし無理ないわね。瑞穂ちゃんってば、近くの中学や高校では、ちょっとしたアイドルなのよ」

「はぁ?」

 突然おかしなことを口にするメグ。


「明るいし、可愛いし。隠し撮りされた写真が裏ルートで出回ってるって話も……あ……るし」

「裏ルート? 隠し撮りぃ?」

 俺の鋭い言葉に気圧されたようにメグが口をつぐむ。


「え、えっと、隠し撮りって言っても、着替えとかそんなんじゃなくて、普通に制服姿とか体操服とか……」

 メグに代わって瑞穂が説明する。


(体操服? 変態か!)

 周りをはばかって声には出さなかったものの、かなりの苛立ちを感じていた。


「あの……お姉ちゃん?」

 俺の剣幕を見て、瑞穂が恐る恐る声をかけてくる。


「瑞穂」

「は、はい」

 反射的に背筋を伸ばして返事する瑞穂。


「どうして、もっと早く教えなかった?」

 声のトーンは落としたまま、瑞穂の目を見つめる。


「お姉ちゃん……」

「勝手に写真に撮ってばらまくとは、いい度胸だ」

「お、お姉ちゃん。あの、それはお願いしてやめるようにしてもらってるから……。あの、大丈夫だから」

「……」

「ちゃんと話してわかってもらったから……」

「本当か? ……瑞穂がそう言うならいいんだけど。でも、困った時はちゃんと相談しろよ?」

「うん。その時は、ちゃんと相談するね。……でも、相談したとして、その時はどうするの?」

「もちろん黒幕までたどっていって、悔い改めさせる」

「クイアラタメって、お姉ちゃん?」

「瑞穂は心配しなくてい~の」

「む~。でも、危険なことはしないでね」

「ん? ……努力はしよう」

「約束だよ」

「あぁ」

 一応、頷いて瑞穂を納得させる。


 でも、カメラ小僧(勝手に決めつけた)に追い込みかける程度が危険なことだとしたら……。

 やっぱり瑞穂には中学ん時のことは話せないな。

 元々話すつもりもないけど。


「……それにしても」

 今まで黙っていたメグが口を挟む。


「さくらって、怒ると怖いのねぇ。あんたのあんな顔、初めて見たわ」

 メグがマジマジと見つめてくる。


「そう?」

 俺の言葉に、メグはにんまりと笑って、


「迫力だけは前より上がったんじゃない? さくらは美人顔だから、怒ると、よりキツく感じるし」

「そ、そうか。前にもクラスメイトに言われたっけ」

「あら、なんて言われたの?」

「怒った時、すごく冷たい表情をするって」

「ふぅん。でも、今のは冷たいってよりは……そうね、上手く言えないけど、さくらの感情に飲み込まれるって感じだったわ」

「そりゃ、どんな感じなんだよ」

「だから、上手く言えないって言ったでしょ」

「はいはい」

「ふぅ~ん。お姉ちゃんって怒ると怖いんだね~」

 変なところで感心する瑞穂。


「うん? 怒ってるのに面白かったら、なにか違うだろ」

「あはは。でも、それはそれで楽し~かも」

「おまえが良いってんなら良いんだけどな」

 瑞穂の頭をくしゃくしゃっと撫でる。


「……シスコン」

 ポツリと、メグが穏やかならぬ言葉を漏らした。


「な!?」

「だってそうでしょ?まったく瑞穂ちゃんには甘いんだから」

「んなこと……ないと、思うけど……」

 でもやっぱ甘いか? 俺。


「自覚してないだけよ。今もそう。瑞穂ちゃんのことだからこそあんなに怒ったわけよ。これが瑞穂ちゃんじゃなくて、例えば私だったら、違ったんじゃない?」

 メガネのフレームを中指で軽く上げながら、ちょっとだけ寂しそうな表情で呟くメグ。


「ばか。メグでも同じだ」

「え?」

「メグが困ってても助けるに決まってるだろ」

「………」

 メグが珍しく頬を染めて、惚けたような表情で俺を見つめる。


「だ、だから。その……だな。そうしないと、あとで散々責め立てられるに決まってるからな」

 初めて見るメグの表情に思わずドギマギしてしまう。

 それをごまかすように反射的に話を混ぜっ返した。


「……。…………」

 メグの表情が一転して、ジト目で睨むいつもの表情になる。


「でも、まぁ、あれだな。それはそれで貴重な存在だから、メグのためにも放っておくべきかもな」

「……な、なんですってぇぇーーー!!あんたにそんなこと言われたくないわよ!!大体……」

 と、こんな感じで、試合も見ずにしばらく言い争っていた。

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