パワーストラグル//見え隠れするもの
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──パワーストラグル//見え隠れするもの
リーパーが少年を斬り倒したことで、テレパシー兵は一斉に動かなくなった。
「リーパー……。彼は…………」
私は斬り倒された少年の死体を見つめる。
彼は私と同じだったのだろうか? 彼もインプラントに命を奪われつつあり、生き残るために戦っていたのだろうか?
そうなると同盟派閥が同盟しようとしていた相手というのは…………。
「この件はジェーン・ドウが調べるはずだ。今は核爆弾を押さえるぞ」
「そうですね。そちらが優先です」
今はあれこれ考えても推測しかなりません。
それにまだ最大の脅威である核爆弾が野放しなのです。
そのことを認識していたのは私たちだけではなく、同じように突入した大井統合安全保障の部隊も核爆弾の捜索を行っていた。
「こちらの技術者がトーキョーヘイブンの無人警備システムに直接接続した。これから無人警備システムで核爆弾を探す」
「お願いします」
大井統合安全保障の指揮官がそう言う中で、技術者がスタンドアローンになっていた無人警備システムに直接接続する。
彼が無人警備システムのカメラやドローンを利用して、トーキョーヘイブン内を捜索する。得られた映像はAI解析によって一瞬で判断されて行くため、結果が出るのはほんの数秒後のことだった。
「見つけた。この合成食料プラントのすぐ下だ。そこにクーデター部隊と一緒に戦術核を確認した」
「すぐに向かうぞ」
私たちは今度は地雷などに警戒しつつ、合成食料プラントの下の階層に降りる。
合成食料プラントの下は機械室であり、上階の合成食料プラントを管理する様々な機械類が並んでいる場所であった。
LEDライトの光が輝くその場所を大井統合安全保障の斥候を先頭にして私たちは進んでいく。
「前方に敵部隊! 戦術核が見つかった区画だ!」
「制圧しろ!」
クーデター部隊は戦術核のある区画に立て籠もっている。
大井統合安全保障の部隊は手榴弾からスタングレネード、無反動砲まであらゆる火力をその区画に叩き込んだ。
「核爆弾があるのに大丈夫なんでしょうか……?」
「核爆弾は他の爆弾とは違う。正確に起爆しなければ不発する。ここでまともに爆発するより、他の爆弾の爆発に巻き込まれて破損し、放射性物質をまき散らすだけの方が被害は少ない」
「その場合、私たちは生き残れるんです?」
「放射性物質を吸い込んで内部被爆しなければな」
「うへえ」
リーパーの言葉に私はげんなり。
それから大井統合安全保障とクーデター部隊の戦闘が5分ほど続いたが、やがてクーデター部隊が白旗を上げた。
すかさず大井統合安全保障は戦術核の確保に踏み込む。
「戦術核を確保! 爆発の恐れはない!」
「ふう…………」
指揮官の言葉に私は深く安堵の息を吐いた。
「あとは内部の掃討だな」
「それは大井統合安全保障に任せていいでしょう。私たちの仕事はあくまで戦術核の確保。それだけだったはずですよ」
「だが、たまにはサービス残業もよくないか?」
「よくないですよ……。もう正直、歩くのもつらくて────」
リーパーの楽しそうな声が聞こえる中で、頭に響く頭痛を前に地面に倒れた……。
* * * *
目が覚めたとき、そこはリーパーのペントハウスのベッド──ではなく、全く知らない部屋だった。
ベージュの壁紙の他は全てが白い空間。
「病院…………?」
私は周囲を見渡し、そう呟いた。
「目が覚めたか?」
そこで病室と思われる部屋の扉を開いてリーパーが姿を見せる。
「リーパー? ここは……?」
「病院だ。大井医療技研が運営している金持ち向けの病院」
そう言ってリーパーはベッドの傍に置かれていた椅子に座る。
「お前は今回かなり無茶をしたみたいだから医者に見せておけ、とジェーン・ドウからの指示でな。もうすぐ検査結果が出るはずだ」
「そうだったんですか……」
私は確かに今回はかなり無茶をしました。
あれだけの数の人間を同時にテレパシーで操ったのは初めてなのです。
「それからあの少年についてもジェーン・ドウが調べている。あれを見たらどんな馬鹿にだって分かる話かもしれないが、今回のクーデター騒動についてようやく分かってきた感じだな」
「ええ。同盟派閥が同盟しようとしていた相手は恐らくは……」
「ミネルヴァ」
リーパーの口からパラテックという技術を研究し、私の脳に命を蝕むインプラントをインストールした組織の名前が出る。
「そうですね。ミネルヴァ以外考えられません。ジェーン・ドウはその点について何か言っていましたか?」
「今は何も言うなと言われただけだ。やつは否定はしなかった」
ジェーン・ドウにとっても今回の話は私たちにも明かせない機密情報だったのでしょう。だから、お気に入りのリーパーにも伝えず、今も明かしていない。
ですが、彼女がどうして非同盟派閥に回ったのかもわかる気がします。
ミネルヴァなどという胡散臭い組織と六大多国籍企業の一角である大井コンツェルンが手を組むというのはリスクです。彼らはメティスから逃げたグループである可能性もあり、今もメティスと繋がっている恐れすらある。
そう考えれば提携には慎重になるべきだった。
だが、同盟派閥はそうは思わず、独自に動き、そしてクーデターを計画した。
ミネルヴァはどのような見返りを同盟派閥の人間に提案したのでしょう…………?
「犬養ツムギさん」
そこで白衣と青いスクラブの医師が病室に入ってきた。
「目が覚められたようで安心しました。今回、我々が行った検査の結果をお伝えします。最初に申し上げておきますが、いい結果ではありません」
「そうでしょうね……」
医師が告げるのに私はうなだれるように頷く。
「これがあなたの脳の今の状態です」
そう言って医師は私にタブレット端末の映像を見せる。
そこには3D映像で描かれた私の脳を示す映像が映っていた。
「この部位にあるのが問題のインプラントです。このインプラントの部位を中心に急速に脳の構造が変化を始めています」
「変化……」
「ええ。侵襲と言ってもいいのですが、これは完全に脳の機能を破壊するものではなく、何かしらの機能する別の形に置き換えつつあるのです」
「つまり、このまま放置しても死ぬことはないかもしれない、とか?」
「残念ですが、その保証はできません。何より変化は人格や記憶に関係する大脳皮質にも及び始めています。このままインプラントを放置すれば、あたなはあなたでなくなる恐れもあります」
「……そうですか…………」
私は新しい恐怖に立ち向かう必要に迫られた。
私は自分が気づかないうちに、自分でない何かに代わってしまうかもしれないのだ。
「どれくらい猶予はある?」
「2年から3年というところでしょう。ですが、急速に侵襲が進む可能性も」
「そうか」
今度はリーパーが尋ね、医師はそう答えた。
「では、私はこれで失礼を」
医師はそう言ってさっさと退室していき、それに入れ替わるようにして別の人間が入ってきた。
「目が覚めましたね、ツムギさん」
「ジェーン・ドウ」
ジェーン・ドウだ。彼女がいつもの真っ黒なスーツでやってきた。
「これ以上悪いニュースを聞かせるのは健康に悪影響がありそうなので控えましょう。今回はいいニュースだけをお伝えします」
気を使ってくれているのか、そもそも悪いニュースなんて最初からないのか。
「まずクーデターを起こした同盟派閥の首謀者はほぼ無力化されました。一部は国外逃亡しましたが、我々は逃がすつもりはありません」
同盟派閥のクーデターは失敗に終わった。今度こそは確かに。
「そして、もうお気づきでしょうが同盟派閥が業務提携を考えていたのはミネルヴァです。彼らは大井とミネルヴァが手を組むことで、パラテックを大々的に開発していこうと考えていたようです」
「みたいだな。俺はツムギみたいなやつと戦ったぞ。ツムギの方がずっと強かったが」
「ええ。あの少年の死体からツムギさんの脳にあるΩ-5と似たインプラントが摘出されています。少年の身元は未だ不明ですが、これにミネルヴァが関与していることは間違いないでしょう」
リーパーが肩をすくめて言うのにジェーン・ドウが続ける。
「それからあの少年が操っていた兵士たち。同盟派閥の民間軍事会社ではドールと呼ばれていたそれはクローンだと判明しました。それも人為的に遺伝子操作を行い、脳機能に損失のあるクローンです」
「人格や意志がない。そうですよね?」
「やはり分かっていましたか。その通りです。あれには人格などは存在せず、まさに肉の人形と言ったところでした」
私はテレパシーで彼らの思考を読んだから分かっている。
あのテレパシー兵────ドールにはテレパシーを発していた少年の思考が反響し続けているだけで、他に自らの考えなどは全く存在しなかったのだ。
「これからさらに調査を進めることになります。それに関しての仕事を斡旋することもあるでしょう。今は体調を整え、次の仕事に備えてください」
そう言ってジェーン・ドウは背を向ける。
「一日も早く元気になることを祈っていますよ。お大事に」
ジェーン・ドウは最後にそう言って立ち去った。
「お大事に、だとさ」
「元気になるのも仕事のうち、でしょうか」
リーパーはからかうように笑ってそう言い、私も小さく笑った。
このときの私たちはまだ気づいていなかった。
そう、大井というメガコーポを揺さぶり、パラテックという謎の多い技術を操るミネルヴァがどれだけ危険な存在なのか────。
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