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青い鷹は翼を休めたい  作者: 雲丹屋


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花嫁の織布2

前回の続きです。

 当然、英雄エリオスが剣を持った状態で、田舎の城塞兵士などに負けるわけがなかった。


「いや、俺も頑張ったよ」


 ルーカスはエリオスの手が早すぎるだけだと文句を言いながら、先ほど宴で酒を注ぎに来た娘に、同意を求めるように「なあ」と声をかけた。

 蒼白になったままガタガタと震えていた娘は気を失いそうになっていた。


「大丈夫。毒だかしびれ薬だか知らないけれど、誰も飲んでいないし、酒瓶は割れちゃったからわかりゃしないって。そもそも、この野生動物みたいな男が、毒酒なんか飲むわきゃないから」

「ルーカス、妙な言い回しで婉曲に俺を貶すのはやめろ。お前だって気づいていただろうが」

「んー、俺が気付いたのは……勘だよ」


 どっちが野生だと呆れるエリオスに、ルーカスは「だってさ」と言い訳した。


「家の建材にもろくに木材を使っていない村で、鉄の台座で薪を燃やして篝火を焚くなんていくら祝い事だって、おかしいだろう。このあたりは灌木ばかりで太い薪になるような樹木は見かけなかったしな。これだけ産地と消費に差異がありゃ気付くさ」


 おおかた城塞の奴らが持ち込んだんだろうと断定したルーカスを、村の者達は人外の(ことわり)を語る恐ろしいサトリの魔物か何かを見る目で遠巻きに眺めた。




「さて。そういうわけで、ある意味この村の者全員がグルなんだが……どうする? エリオス」


 村の中央の広場に集められた村人達は震え上がっていた。ホルヘ城塞の兵の話では、アトーラの侵略軍はイナゴよりたちが悪く、彼らが村を襲えばすべては打ち壊されるか略奪され、歯向かった村人は殺され、女は犯されて、生き残った全員は奴隷に売られて死ぬまで家畜のように働かされるらしい。

 すでに戦意などなく青ざめて座り込む村人の間から、花婿装束のままの青年が歩み出た。


「この責は私が負う。宴の主人は私だ」

「トゥキ、若い者が出しゃばるな」


 俺が、いや自分が、と庇い合う男達の間から「ここはやはりワシが」と長話の爺さんが出てきたところで、ルーカスは「やめろ」と全員を黙らせた。


「お前達は罪を選んだ。罰を選ぶのはこちらだ」


 ルーカスに促され、エリオスは一歩進み出てると、勝者の厳格さをもって裁定を下した。


「以下に挙げる者及び家畜の供出による賠償を命じる。金品による買戻しはターラでの支払いにのみ応じる」


 アトーラが戦争の国家間の賠償関係で持ち出す通貨単位ターラは寒村が用意できる額ではないし、この地では貨幣経済自体が未発達だ。ターラが何かすら理解できる村民すらいない状況で、侵略軍総司令である男は淡々と形式通りに要求品のリストをあげていった。


「まず明日、日が中天に昇るまでに」


 体格の良い雄の毛長牛(ヨー)2、子を産める若い雌のヨー5、ヨーの飼育が十分にできる健康な男3およびその妻子。織物ができる女5……。


「年頃の娘を5も?」


 怪訝そうなルーカスにエリオスはムッとした顔をして、”前述の男の妻子に条件に該当する女がいる場合は数に含めても良い”、という付帯条件をつけた。


「それから、トゥキと言ったな。お前もだ」


 オロオロしている村の者達の真ん中で、花婿装束の男は燃えるような強い眼差しでエリオスを睨みつけていた。

 青い鷹と呼ばれる男は、その名の由来である特徴的な青い目で、冷徹に彼の視線を受け止めた。

 トゥキは奥歯を噛み締め、己の握りしめた空の(こぶし)に目を落とした。


「おい、エリオス。指名していいなら女の子の一人はこの子で」

「ルーカス……そういうのじゃない」


 エリオスは片手で顔を覆って嘆息した。

 酒壺の娘の肩を抱き寄せたルーカスは、「違わないだろ」とニヤニヤした。娘は大きく見開いた目に涙をためて震えていた。

 ルーカスは娘の耳元で「よかったな。俺は優しい男だぜ」と囁いた。

 トゥキはそんなルーカスと娘を、憎悪と憤怒を隠そうともしない顔で睨んだ。


「おっと、賠償品に選ばれたものはアトーラ軍の資産だからな。死ぬのも殺すのも禁止だ」


 ルーカスはトゥキに向かって娘の背を勢いよく押した。娘はよろけて転びかけ、とっさに腕を差し出したトゥキに抱きとめられた。


「明日の昼までに用意しろ。目録はこっちで書いてやる」


 ルーカスは娘を抱えたまま歯を食いしばっているトゥキに、軽い口調で一言付け加えた。


「お前のことは(ヨー)の次ぐらいに書いてやるよ」


 視線で人が殺せるものならば、ルーカスはトゥキにその場で殺されていてもおかしくなかった。




 §§§




「ええっ!? ホルヘ城塞を落とす?」


 オルウェイから来た伝令長のカササギは、エリオスの話を聞いて頓狂な声をあげた。


「いやぁ、だってエリオスの旦那ぁ。ホルヘは和平でって話だったじゃないですか」

「まずいかな」


 自陣の軍団長用の天幕で、エリオスは不安げに印章指輪を親指で擦った。


「なんでそんなことに」

「暗殺されかけた」

「じゃあ、しょうがないですね」

「いいのか?」

「良くはないです」


 ホルヘはオルウェイ船籍の船のために、白礁湾の次の寄港地として確保しておきたい場所だった。友好を結んで無傷、無償で現在のホルヘの港湾設備を使用できたほうが手っ取り早い。

 攻め落としてしまうと、復旧と管理にまた人と金がかかる。遠征軍にそうとは伝えられてはいないが、今ですらオルウェイの出費は、一地方都市が賄える額を明らかに超過していた。


「でも、そんな舐めた真似をされて黙っているのを是とする奥様ではないですからねぇ」

「そうなのか?」


 カササギはいまさら何を、と言いたそうに顔をしかめて、エリオスに小声で告げた。


「あのお父上の娘ですよ」


 カササギは「オー・ラ・アトール・ユステリアヌス」と唱えて、魔除けの印を切った。


「とりあえず、戦費と補給についちゃ心配しないでください。港さえ先に確保してくれれば、いくらでも必ずお届けします」


 港が取れず城塞攻略が年単位になりそうなら早めに言ってください。あの奥様なら補給用街道を引きますからなどと言い出すカササギに、エリオスは「それは要らない」と断った。


「実はホルヘ城塞は昨夜の内に一度見てきた。あれならすぐ落とせる」


 カササギは、そう言えばこの人もユステリアヌスだった……とブツブツ文句を言いながら、次の輸送船の入港予定の打ち合わせをエリオスと行った。



「では、奥様にはできるだけ穏当に伝えます。何か奥様の機嫌が良くなるものをください」

「それならこれはどうだろうか」


 エリオスは美しい織布を取り出した。


「あの人はこういうものが好きだろう」


 良い手工芸品や珍しい動植物があれば、オルウェイに送れと常々言われている。


「なるほど……こりゃあ見事ですね。何の毛ですか?」

「ヨーという長毛の牛だ。このあたりで飼われている。種牛と子を産める雌を一群、まず確保した。牧童付きで送るから次の船に載せてくれ」

「わかりました。織手も一緒ですか?」

「道具、染料及びその原材料込みで、すぐに手に入る分は丸ごと徴収した」

「こないだの”金色の羊”の一件じゃぁ、ろくに鞣してない皮1枚だけ送って、気が利かないと怒られましたもんねぇ」

「思い出させるな」


 普通なら夫が妻に贈るものは、妻の身を飾るか家で使ってほしいという想いで選べばよいのだが、オルウェイにいる彼の妻の要求はちょっと違う。


「これは奥様ならうまい具合に、いい”商品”にしそうだ」

「花嫁が花婿のために織る布なんだが……」

「あの方はそういう情緒がないですから」

「……そうなのか」

「遠征軍が金食い虫なのが原因っちゃぁ原因なので、同情はしませんよ」


 口ではそう言いつつ、カササギは肩を落としている軍団長を哀れむような目で見た。


「まぁ、今回のこれは多分喜んでもらえると思うんで元気出してください」


 考えようによっては、港湾も借りるよりぶんどるほうが、後々のためには良いと言われるかもしれないと慰められて、エリオスは唸った。


「できるだけ港は無傷で、水主(かこ)、及び港湾労働者全般は殺さず重傷も負わせずに確保。ホルヘの支配層のごく上層だけをすげ替え。後の実働に影響がでないよう記録は焼かない。文官は殺さない……だな?」

「最近、旦那も要領をつかんできましたねぇ。戦の常識からいやぁ無茶苦茶ですががんばってください。下っ端なんてのは偉い人が変わっても、これまでどおり飯が食えりゃ割と働くもんです」


 カササギは笑顔で、「富裕層の宝飾品、貴重品の持ち逃げも阻止してください」と付け加えた。



 §§§



 用事を済ませるとさっさと帰ったカササギと入れ違いに、ルーカスがやってきた。


「よっ、おつかれ」


 またオルウェイは無茶を言ってきたのかと尋ねられて、エリオスは苦笑した。


「どちらかというと今回はこちらが無理を通す方だから」

「あんなもん不可抗力だ。隊の奴らもそのあたりがわかってない」

「何か言われたのか?」

「二人で行かせりゃあ大丈夫だと思ったら倍の無茶してきやがった……だとさ」


 思わず笑ったエリオスの肩をルーカスはバンバン叩いた。


「いいさ。気にすんな。結果は上々だ」

「いい拾いものもあったしな」

「あのトゥキとかいう奴か。アイツはいかんぞ」

「見どころはある。ここから西に向かうのに、このあたりのことを知っている者が一人いた方が良い」

「バカ。そういう案内は町や村を渡り歩いてる要領のいい奴を捕まえるんだよ。あんな自分の村しか知らない一本気の小僧は役に立たん」

「辛辣だな」

「ただお前が気に入ったってだけで軍にいれるな。あれは嫁さんと一緒にオルウェイに送れ」

「嫁?」


 不思議そうな顔をしたエリオスに、ルーカスは「ウソだろ」と呟いた。


「お前……俺と同じものを見ていたよな」

「ああ」

「お前、俺より目も頭もいいよな」

「頭はともかく、目は良いとよく言われる」


「だが昨夜、花嫁は見ていない」と真面目に断言するエリオスを、ルーカスは可哀想な子供を哀れむ目で見た。


「お前さぁ……昨日、村の奴らになんだかんだ言い渡し終わって、解散ってなったときのこと覚えてるか?」

「ん? ああ」

「あの時、トゥキが例の娘を抱えあげて連れて行っただろう」

「そうだな。親切な男だ。あの娘、お前に突き飛ばされたときに転びかけて足でもひねっていたのかもしれない。あれからずっとあの男に支えられていた」


 ルーカスは唖然とした顔で「ええぇ、そういう解釈で見てたの?」と頭をかいた。


「あれ? お前視点だと俺ってひょっとして好色な人非人?」

「お前はお前だ」

「うん。微妙に貶してきたな。意趣返しか」

「そうじゃないというのなら、どういうことなのか勿体ぶらずに説明しろ」


 ルーカスは天幕の定位置に置かれた行李から、オルウェイ産のワインを取り出すと、勝手にエリオスと自分の酒杯に注いだ。


「つまり、あの娘がトゥキの嫁だ」

「ここまでの話の流れでそれはわかった。で?」


 その酒は今届いたばかりの俺個人への差し入れで後で大事に飲むつもりだったという恨みを込めた眼差しでルーカスを見返しながら、エリオスは酒杯を受け取った。


「なぜお前はそれを知っている」

「あいつ、女を抱きかかえたまま奥の家に入っていっただろう」

「ああ。あの大きな家のすぐ脇に新しく足された棟だな。村長の孫らしいから、独立するにあたって建て増ししてもらったんだろう」

「うんうん。そこまで見ていて、わかっていて、覚えているのに、まだ俺は説明しなきゃいけないんだな」

「さっさと話せ」


 ルーカスは自分の酒杯を緩やかに揺らして、芳醇な香りをゆっくりと胸に吸い込み、一つため息を吐いた。


「このあたりじゃさ。結婚式の夜、新郎は新婦を抱きかかえて新居に入る風習があるんだとさ」

「初耳だ。お前はいつ知った」

「宴会中に村の親父どもがそう言ってた。今じゃ貫禄の出ちゃった母ちゃんも昔はほっそりしていて抱えられたって」


 そう言えば、とエリオスは思い返した。宴会が始まってすぐにルーカスは酒盛りに突入してなんだか村の親父どもに馴染んで酒を飲んでいた。


「村長の孫はあの娘の方だ。あそこじゃ集落の長は代々優秀なやつが入り婿で入るらしい。旅人は吉兆ってのもそのあたりの背景があるんだろう」

「お前、それを知っていてあの娘に手を出していたのか」

「誤解だ。俺は色目なんて一つも使っていないし、手を出した覚えなんてない」


 どの口が言うのかと問いただすのをエリオスはこらえた。ルーカスはそういう男だ。エリオスはあの夜のルーカスの言動をもう一度、最新の前提条件で検証し直した。


「……すまん。気を使わせたな」

「気にすんな。俺は好きでやっているだけだ」


 ルーカスは酒杯を軽く掲げて見せた。


「新郎新婦と、人の恋路にまるで気づかない朴念仁に乾杯だ」


 ムスッとしたエリオスは「俺はお前のように人の輪にすぐには馴染めん」と酒をあおった。


「噂話を拾わなくても、アイツらの目つきや顔つき見てたらすぐわかるだろうに」

「……そういうのはもっとわからん」


 英雄様の致命的な弱点だ、とルーカスは大げさに天を仰いでハラハラと落涙するフリをした。


「なんでも、もともと許嫁でじきに結婚予定だったのは本当だったらしい」

「それはどこから聞いてきた」

「誰が賠償品になるかでモメてたおばちゃん達」


 占領地のおばちゃんに混ざって井戸端談義ができる”戦神の寵児”は、とんだ濡れ衣で、美しい悲恋の悪役にされたよと嘯いた。


「たしかに、奴にとっては散々な婚姻の夜にしてしまったな」


 エリオスとルーカスは、花嫁を大切に胸に抱いて、しっかりとした足取りで夫婦のために作られた家に帰っていったトゥキの様子を思い出した。

 二人はそれぞれ黙り込み、自分が帰るわけにはいかない場所にいる愛すら告げられない相手のことを想った。

 別にトゥキに対して申し訳なく思う必要なんて全然ないなという結論になった。


「トゥキは城塞戦の先鋒に配属しよう」

「うちの隊には寄こすなよ。アイツ絶対、隙があったら後ろから俺を刺しに来るから。ああいう跳ねっ返りはゴドランのとこに入れろ」

「奴なら愚痴るが、一戦終わる頃には十人長ぐらい任せてそうだな。そうするか」


 どうせ船の入港は3日後だから、それまでに全部片づけよう。

 男達は酒杯を干して天幕を出た。


「陣払え! 半刻後に出立」


 よく訓練された軍団兵はキビキビと全ての準備を整えて、青空のもと各隊長に率いられ整然と並んだ。

 エリオスは全軍に大音声で呼ばわった。


「目指すはホルヘ城塞!」


 翼を広げた鷹が描かれた大きな青い旗が高く掲げられた。エリオスは青い空にひるがえる己の軍旗を見て深い笑みを浮かべた。


「いざ、出陣!」



 §§§



 3日後、ホルヘの港に入港した船で、元百人隊長トゥキ及びその妻他数家族と家畜、家財一式はオルウェイに向かった。


軍で任官経歴があるとアトーラでは何かと有利です。


ちなみにこの長毛牛の織布は、奥様のお気に入りの一つとなります。

ep.40「一方その頃」でゴドランが身につけていた御使の身分証代わりの派手な帽子と飾帯がこれの派生製品です。柄がもう少し単純なものなら正門前広場の特選お土産物屋さんでも(すっごい値段だけど)買えるよ!

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― 新着の感想 ―
久々の更新嬉しいです!!嬉しかったので白の短編と裏と青を読み返してきました!!(鷹嫁派なので赤はゴドランさんのかっこよさを再確認したい時に読んでます!!あと、そろそろゴドラン殿とイリューシオさんの片思…
英雄様がなんで露悪的な行動してるかと思ったら、わかってない行動だった……いやだって結婚式……誰と誰が花婿花嫁だと思ってたんだろう。そして、押し付けられるゴドラン様、ちゃっかり押し付けるルーカス。 散々…
書籍化まだ? まとめて読みたい。
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