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青い鷹は翼を休めたい  作者: 雲丹屋


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現と幻の狭間3

前座

 ゴドランという人物は、物語から抜け出てきたような存在だ。


 もともと原作でも気に入っているキャラクターだった。挿絵の顔がいいというわけではないおじさんキャラだが、1回だけある表紙絵がとても好きで、後にメディア展開されたときは、あのビジュアルを踏襲してくれと祈ったものだ。

 しかし読書中に脳内で、こう! と思って再生している映像がそのまま商業作で実現されることはなく、「まあ、こんなもんかぁ……」と思って、あとは妄想による補正力で補っていた。


 それが! イメージそのまんまで、生きて動いて喋っている!!なんと声も喋り方も完全再現!

 びっくりするほどパーフェクトで、彼を見ると頭の片隅に「誰が本人呼んでこいといった」というネタが浮かぶレベルだった。


 あまりにも想像通りだったせいで、私は旧知の相手のように思ってしまい、本来なら初対面で元敵の将軍相手にしなければいけない警戒や遠慮を丸ごと忘れて振る舞ってしまった。後から「よくあの黒龍公相手にあんなことができましたね」と言われて、己の非常識さにハッとしたほどだ。どう考えても、そんなに信頼しても、親しげにしてもいけない相手だった。


 だがこの世界の彼は、そんな向こう見ずで礼儀知らずの小娘の一方的な信頼に十分以上に応えてくれた。


「オルウェイ防衛の先行隊として罷り越した。敵の状況は?」


 エリオスのもとに送り出して4、5年になるだろうか。オルウェイを狙う隣国軍が国境を越えてきたこのタイミングで援軍として駆けつけてくれた彼は、長い戦場ぐらしで精悍さが増して、ますます原作イメージ通りになっていた。死にかけだったところを救ったあの頃には、頬はそげ、顔色も悪く痩せていたが、私が届け続けた軍装に身を包んだ彼は、見るからに壮健で強そうだった。原作から外れきった姿で、原作には全くないシチュエーションで、あり得ないセリフを喋っていたが、それでも明らかに『ゴドラン』そのものだったのだ。


 しかも、他の隊の将軍なら、表向きの責任者に会って話を進めていたであろうに、ゴドランは真っ直ぐ私のところにやってきた。何故かと尋ねたら、「オルウェイで一番大局がわかっているのは貴女だろう」と返された。ゴドランという人物が型破りなことをするのは、経験と論理で導き出した答えが合致するときだ。ほんの僅かしか共に過ごしていない格上の相手から、そのような評価を受けていたと知るのは嬉しい。


「(やばい。顔がニヤける)」


 私は必死に表情を取り繕った。

 もう10代の娘ではないのだ。いくらなんでも以前のように非常識な振る舞いはできない。脳内では前世的なろくでもないコメントがお祭り騒ぎをしていたが、私は太守の妻として落ち着いた対応をすべく、己を厳しく律した。


 普段、過ごしているスペースにリアルゴドランがいるという状況にソワソワした私は、状況を説明すると言って、彼を城壁の上の物見通路に案内した。城壁の上は吹きさらしで、頭を冷やすのはちょうどよかった。


 私は年長の軍属の将校に対する態度を崩さずに、冷静に現状を語った。話し出してしまえば頭が現実に切り替わる。頭が良く、南の王国の王族やこの地域の諸情勢に詳しい彼は、政治情勢と軍事戦略を語る相手としては最上級だった。

 かなり正確に手元の情報を明かしてしまってから、私は、この元南の王国の公領主だった男が敵方に寝返る可能性もあると気付いてハッとした。が、同時にその可能性をここまで全く考慮していなかった自分が可笑しくなった。他の相手ならまず疑ってかかっただろうに、やはり自分はこの男を無条件に信頼しているらしい。


 短く刈り整えられた黒い髪、口髭、浅黒い肌。アトーラの平均的な男性とは少し違う南方の少数民族生まれのエキゾチックな顔立ち。

 私の頭の中にしかない物語の脇役。

 有能で、怒りっぽくてよく怒鳴る、それでいて人情に厚く、面倒見が良くて貧乏くじを引かされがちな不憫なおじさんキャラ『ゴドラン』。

 実物を前にこうして話していると、彼は丁寧で品のいい話し方をする抑制の効いた人物で、ユーモアのセンスもいい。それでいてまとっている雰囲気はピリッとしていて隙がない。国家間の外交交渉の実務経験のあるこの世界有数の上流知識階級の軍人だというのがよくわかる。南方情勢を調べた時に知ったが、実はいうほどおじさんではなく私と10歳程しか変わらない。

 読者として親しんだキャラクターと、時代の当事者として相対する人間はやはり別物なのだ。だが、妄想の物語のキャラクターに似ていようがいまいが、彼が相談役としてずっと味方にいてもらいたい人物なのは間違いない。


「昔、私は貴女に戦って死ねと言われたように思うのだが……」


 苦笑しながらそう言われて、つられて笑みが漏れてしまう。この人は、物語のキャラクターのように一方通行ではなく、私の発した他愛ない言葉や私のしたことを何年も覚えていてくれたらしい。そんなうっかり口走った若気の至りの一言を今さら蒸し返されるのは気恥ずかしいことこの上ないが、どうにも嬉しくなる。

 最近はごく親しい身内相手にしか出さない軽口が口をついてしまいそうになる。


 これではいけないと冷静になろうとする頭が、幻想と現実を混同するなと警鐘を鳴らす。

 都市のリスク管理に己の妄想による願望は混ぜてはいけない。

 このゴドランの信用度は、これまでの西征での貢献という裏打ちのみで測らなくてはならない。それだけでも十分な気もするが、もし彼が義理に厚い、情にもろい性分だった場合、生国との接触で旧知の相手との情に流されるリスクは考慮せねばならない。"味方キャラ"なんて属性は現実の人間には存在しない。

 私は『エリオス』という物語の脇役であろうと決意しているが、この男は最も物語のキャラクターに似ているのに、その物語の枠組みから私が我欲で外してしまったイレギュラーなのだ。私が結末まで知っているストーリーの不確定要素。彼を味方にしておきたいのならば、現実の彼をよく見て行動しなければならない。


 エリオスを早急にこちらに呼ぶというゴドランからの申し出を私は断った。

 この男に兵を付けた状態で、南の軍と接触させない解決法を選ばなければならない。裏切りの可能性が僅かでもあるのなら、エリオスを巻き込むなど以ての外だ。

 ……自分の夫に直接会う勇気がないだけのお飾りの妻の言い訳にしては、ずいぶん大仰で、自軍に尽くしてくれているゴドランにも失礼な考えだなと思うと自嘲的な苦い笑いがこみ上げてきたが、私はその思いを飲み込んで、あるべき態度でなすべきことをした。


 結局のところ、彼は最後まで裏切ることなどなかったが、私は停戦交渉の会談が開かれる段階まで、太守エリオスのオルウェイへの帰還を差し止め続けた。




 だが、どれほど引き伸ばしたとしても、太守エリオスがオルウェイに帰還する日はやってきた。

次回、真打ちエリオス回……今度こそ!


この時点では、まだ奥様の中では虚構と現実がない混ぜになっていますね。

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― 新着の感想 ―
投稿感謝です^^ 現実の中で生きている実感があるのに、目の前に前世の推しキャラ達が生きて知り合えて触れあえる。 転生物はたくさん読んできましたが、この状況で自分ならどう感じるかにこれほど真正面から向…
 さすがゴドラン様、登場からして格好良いですね。奥様もテンション上がりますね。  小説からの実写で、……うーん? となる気持ち、良く分かります。なのに、想像の「なんとなくこんなかんじ」がそのまま当ては…
更新お疲れ様です。 オルウェイシリーズのコメディリリーフ担当が板に付いてきたゴドランさん、こうして詳細な描写を見るのは何気に初めてです。 小説の中では面白おじさんでも実際に相対すると、やはり有能な…
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