オルウェイを歩く3
オルウェイの正門を出て、門前の華やかな大路を外れ、城壁に沿ってエーベ川側にぐるりと回ると、川船の船着き場に向かう小道に出る。
案内役は少し開放感を感じる笑みをエリオスに向けた。
「この道は混雑しないのがいい」
近道だが細いので、荷を扱う商人はあまり使わないのだという。
まばらな木々の向こうに見え隠れするエーベ川を、荷を満載した川船がゆっくり下っていく。ここからは喧騒は聞こえないが、川船の船着き場はいつも賑やかなのだそうだ。
オラクルは川には向かわず、エリオスをさらに脇にそれる間道に案内した。
オルウェイの港湾地区は城壁外とも城壁内とも言い難い構造だ。
海に向かって拓かれた港湾地区は、都市の外周をぐるりと囲う城壁の外側にあるが、自身を陸側からの攻撃から守る壁を持っている。オーソドックスなカーテンウォールタイプの低めの壁は、都市の城壁から分岐して海に向かって伸びている。
「間に合せだな」
「そう全部に手は回りません」
密輸と泥棒避けには、そこそこ役に立っていると、オラクルは褒めているのか、けなしているのかわからない口調で評した。とりあえず今はそれで十分らしい。
細道は市壁に近い側に下っていく。
港湾地区に出入りするには公用門、迎賓門、軍用門、民間輸送車用門、一般向け大門など用途に応じて、大小様々な門があるそうだ。
オラクルはそのどれにも向かいそうにない方角に道を外れた。
「それはそれとして、目立たず通れる出入り口というのは、私みたいな仕事をしていると便利なものです」
「市長なら公用門を使えばいいのに」
「今はさぼって抜け出してきているのでバツが悪いんです」
城壁の補強のための張り出し部分と、壁の合間に挟まっている丸い塔の隙間には、目立たない作業小屋があった。
オラクルは鍵束を取り出した。
小屋に入ると、中には土木工事用の道具が乱雑に放置されていた。オラクルは、立てかけられた台車の後ろに入り、黒っぽい金属扉の鍵を開けた。
「こんなところから出入りするのが便利なのか?」
「便利ですよ」
「仕事の仕方を考え直したほうがいいんじゃないか?」
「お上品な建前は必要なときに使えれば十分です。抜き打ち監査と息抜きは裏口からにかぎります」
「やっぱり仕事の仕方を考え直したほうがいいんじゃないか?」
「こういうのはお嫌いですか」
エリオスは、手渡された薄汚い布切れを、手慣れた様子で流れ者風にさっと被った。
「俺はよくやる」
オラクルは慇懃に一礼して、自分も一枚羽織ってから、港湾地区に続く扉を開いた。
狭くて急な階段を一度降りる。倉庫か物置のような半地下室を通り、また階段を少し上った先で、石壁に切られた小窓の向こうにオラクルが声を掛けると、金属製の扉の向こう側で、閂が開けられる音がした。
出た先は繁盛していなさそうな宿だ。二人はそのまま裏口から狭い裏通りに出た。
「戸口が小さい」
「正規の出入り口ではないので」
裏口に垂らされた擦り切れた布を手で捲って、少し屈んででてきたエリオスを、オラクルは笑いを含んだ目で迎えた。
裏道は大小の丸石でデコボコしている。エリオスは適度な間隔で入っている大きめの石を踏めば足音がたたないのに気づいたが、やめておいた。前を歩くオラクルが音の鳴りやすい小石部分を選んで踏んでいる。歩調が先程までと変わっているからわざとだろう。脇の建物にいた人の気配が少し変わった。裏がない時は、案内役に素直に従うに限る。
裏道を抜けて、角を曲がると、目の前に海が広がった。オルウェイの海は、北の果てに比べて、明るく青い。
何本も平行に伸びた桟橋に大小の船が停泊している。あちらの大型船は改修中だろうか。すっかり水から引き上げられて、周囲に足場が組まれている。他にも攻城兵器のような大型土木用重機の長い木製のアームや櫓が、いくつもそびえているのが見える。
「ヘッセルの攻城戦の時より櫓が立っているな」
「第三次拡張整備中です」
右手の奥は、エーベ川からの砂が流れ込むのを防ぐ防砂堤を、城壁の延長沿いに、すぐそこの小島までつなげる工事らしい。
「港が砂で浅くなると、大型船が入れなくなりますからね」
計画ではそのうち海の底を掘り下げる予定だと聞いて、エリオスは耳を疑った。
「そんな事ができるのか?」
「工夫と技術と財力でなんとかなります」
「そんなことまでして大型船を入れる港を作らなくても、十分に広い港なように見えるのだが」
「近海を行き来するだけなら十分なんですが、外洋を長期航海する船はどうしてもある程度大きくなりますからね」
国際貿易港の地位を保つには、先行投資は必要なのだとオラクルは語ったが、口調から察するに、どうも受け売りの知見らしい。「遠大すぎてピンときませんが」と肩をすくめたのが、彼の本音だろう。
「儲けていて余裕のあるうちに、先の備えをしておいたほうが、ジリ貧になってから慌てて対策を考えるより、いいっていう話は、わかりやすいです」
「たしかに戦もそうだな」
「それに、財っていうのは、寂しがりやだから、あるところに集まるらしいですよ。派手に使うと仲間を呼ぶんだとか」
エリオスは「そんなバカな」と思ったが、オルウェイの発展の様子を見ると、あながち間違ってもいない気がして困った。
「政というのは、流れるものを上手く溜めて綺麗に流してやる仕事なのだと教えられましてね」
人や物をどう集めるか、水をどう治めるか、金をどう動かすか。
動線をしっかり確立して、適度に溜めて、溢れたり枯れたりしないように調整し、溜まりすぎて腐らぬように常に回し続ける。
「水はわかるが、人や物は流れるものにあたるのか?……ああ、一応、流れ者という言葉はあるか……」
「流通という概念を教わりました。物の動きを流れで捉えることが、交易のコツなんだそうです」
あれはどこからの船だとか、ここの停泊料の仕組みだとか、とりとめもなく雑多なことを話しながら、二人は港の方に降りていった。
「ここはもともと船乗りや漁師向けの飲み屋や賭場が多いんですが、今は工事の人足が入っていて賑やかですね」
殴り合いの喧嘩でゴツい大男が吹っ飛んでいるのを横目に、オラクルはスタスタと迷いげなく先を歩いていく。エリオスは黙って後に続いた。
「楽しいところですが、ここの歓楽街はオススメしかねます」
「特に来たいとは思わんが……」
「それがいいです」
華やかで猥雑な通りを横切りながら、案内役は神妙に頷いた。
「ここいらの賭場や娼館は、"貯金箱"ですからね。オルウェイが海の男に気前よく払った賃金を、効率よく吸い上げています」
オルウェイ海軍の奴らは、皆「ここに預けた金を受け取るまで死ねるか」と言って、帰ってくるらしい。
「まとめて回収した金は、事業を始めたい大口顧客に貸すと利息付きで帰ってくるので、街の公益になります」
「賭場や娼館が公営なのか!?」
「最大手はそうです。質はいいですよ。許認可出している民間の店も、基準を満たしているか抜き打ち検査はしているので、よそより良いと好評ですね。モグリもいますが、そこに引っかかるバカは自己責任です」
公営の店は、軍の給金を丸ごと預ける契約をすると、停泊期間中の一定の飲み食いが無料になるので、オルウェイ海軍の者は、非正規店なんかにはいかないという。
「誰だ、そんな仕組みを考えた奴は……」
呻いたエリオスに、オラクルは生暖かい視線を送って、微笑んだ。
「さて、その先が目的地なんですが……様子が変ですね」
「工事の現場か。人がいないな」
「話を聞いてきます。少々お待ちください」
海沿いの道の端で、潮風にボロ布の端を揺らしながら、桟橋に並ぶ船を見ていたエリオスに、声を掛ける者があった。
「やあ、君、いいカラダしてるな。うちで働かないか」
続く!
行き当たりばったりで話を書いている作者の明日はどっちだ!
(とりあえず今夜は花火見よう)




