オルウェイを歩く1
2つ前から登場しているオラクルのガイドで巡るエリオスのオルウェイ観光です。
"西海の真珠"
アトーラ帝国繁栄の中心地と言われるアストリアス地方の領都オルウェイは、実のところ、城壁も中の市街地も特に煌びやかということはないのだと、その街の責任者である男は説明した。
緩やかにカーブする見通しの悪い小道を迷いなく歩きながら、身分の割に若すぎるこの男は、「余所から来る人の中には、街の壁が真珠でできていないとガッカリするような者がいるんで困るんですが」と苦笑した。
「そんなバカは相手をしなくていいんじゃないのか?」
「そうもいかないのが、困ったところで……」
エリオスとさして変わらぬ歳のくせに、そう言って諦観したような目をしているところをみると、男はその身分に見合うだけの苦労はしているようだ。
「貴方がそういう類の人でなくて良かった」と言われて、エリオスは顔をしかめた。これは街を案内するにあたって、派手で見栄えのいい観光名所は案内する気がないぞという牽制だろう。別段、そんなものを期待してはいないから良いが「バカなことをぬかして困らせるんじゃねーぞ」と釘を差されたも同然だ。
実は当人にはそこまでの意図はないかもしれないが、迂闊なことをして、後で彼とのやり取りがゴドランあたりにバレた場合、確実に嫌味を言われる。盟友のゴドランはエリオスには厳しいが、若い頃、南の王国の属領当主として苦労したせいか、この手の男には同情的だ。
エリオスは、大人しくこのオラクルという案内人に従うことにした。
道の両脇の壁は漆喰か何かで白く塗られている。通りに向いた窓は少なくて小さめだ。一階や二階の屋上がテラスのようになっている家もあるが、その上の階の部屋は奥にあって街路から屋内はうかがえない。人の目線より高い壁の向こうがすぐ中庭の家もあって、緑が垣間見える。庭木の中には花木もあり、壁の上から花房がこぼれている家もあった。
白壁には時折、絵のついた陶板や小さなレリーフが埋め込まれていて、ちょっとしたアクセントになっている。魔除けだろうか。絵柄は様々だが、丸の中に三角形が入ったモチーフを隅にあしらった絵をよく見かけた。
よく似た景色が続くので整然としている印象だが、入り組んだ街だ。
さして幅のない道は気まぐれに折れ、辻は定期的だが不規則に表れる。似たような白壁の間に、不意に表れる開口部は横道への入口で、意外に奥は深い。覗き込むと、細い通路は小さな水場のある袋小路の広場に通じていたり、公衆浴場や日用雑貨の店などの入口に続いていたりした。
「浴場や商店は、公共地区に大きなものがあったように思うが、意外に市内にも多くあるのだな」
「近所の者が使うだけの小さな店が点在しています」
浴場やパン屋など、庶民が日常的に使う店は、特に計画して配置されているという。
「効率が悪いのではないか?征服地で建設していた植民都市は、公共施設や商店は一区画にまとめていた」
ここに帰ってくる途中で、ゴドランと一緒に立ち寄ったいくつかの植民都市を思い出す。真っ直ぐな格子状の街路に区切られたブロックに、整然と建設された真新しい街は、旅人にもわかりやすかった。
「それは、体力のある軍人上がりの入植希望者が、これから拓く町の基幹部分だからでしょう」
街の設計も、誰がどのように住むのかを意識するかで、プランが違うのだという。そういう"強い男"向けの街は城壁の外に分かりやすくガッツリ建てたから、城壁の内側はもっと弱い者のために造り込んだらしい。
「年寄りや足の悪いものが苦にならずいける距離に、日常生活に必要な施設がある街にしたのだそうです」
ここの道は平らでしょう?と、オラクルは歩いていた足元を指した。
エリオスは下を見た。
確かに道は平らだが、彼の感覚では、街の道というのは、山に比べれば、おおむね平らだ。
「オルウェイは元負傷兵が多いので、足の悪い者でも歩きやすいように住宅街の歩行者用の主要街路は、極力、段差がなくされているんです」
エリオスは領主邸の家宰を思い出した。彼もわずかにだが膝が悪いようだった。確かに、足が悪かったり、身体の弱いものにとっては、ちょっとした段差もないに越したことはないだろう。
昔、毒にやられた時、落とした剣までのわずかな段差に苦しめられたことを思い出して、エリオスは納得した。
オラクルは、この階層のどこかの住宅の一階に住んでいれば、一段の段差も越えずに門前の広場まで行けると豪語した。
「一段もは大げさではないのか?今日、さっきの店に行くまでに階段は降りた覚えがあるし、店からの見晴らしは良かった」
「ええ。高低差はあります。あなたがいらっしゃった領主邸は一番奥の高いところにあります」
「その途中にもかなり大きな段差はあったぞ」
「内壁のところですね」
職人街は外部と隔離する必要があるからだと、この都市長官はさらりと言った。
「あそこは行き来がしやすくては困る」
よそにバレると困る機密技術だらけだから、万全の体制を敷いているらしい。
「確かに内壁にも歩哨の兵はいたが……それはここを造ったときから、その気だったと言っているのか?」
「はい。最初の石を積む前の祈りを捧げる儀式より、ずっと前からです」
「おかしいだろう。その頃、オルウェイに職人はいなかったし、他国に隠す必要があるほどの技術は何もなかった」
いくらずっと留守にしていたといっても、報告書のやり取りはしていた。都市や産業に関する概要は把握していたし、承認のサインも随分書いた。建設計画の時点でオルウェイにそれほど秘匿が必要な技術はなかったはずだ。
そこまで考えて、エリオスはふと、このオラクルという男にあったことがあるのを思い出した。
「オラクル殿。貴殿は以前、ダンダリウス殿の補佐を務めていたのではないか?昔、一度ここに滞在したときに会っている気がする」
「さあ?ダンダリウス殿は、官職上は上位にあたる方ですが、私はあの方の補佐官だったことはないです。どなたか他の補佐官とお間違えでしょう。式典ではお姿を拝見しましたが、個人的な交流はなかったと思います」
「そうなのか。宴会を抜け出した私を執務室だという部屋に押し込んで、呆れるほど大量の書簡を持ってきて、これを全部読んで理解して、承認印を押せと言って、私を一晩中、仕事漬けにしたのは……」
エリオスは不快な記憶に眉を寄せた。あのせいで、彼はあのとき妻に真実を質しそこねた。
「あの時は、太守殿の初めてのお越しだと街中が浮かれておりましたし、それまでの”あとでも良いが太守本人の承認印が必要な仕事”の一切合切が溜まっていましたから、そういうことも起こったかもしれないですね」
「私の差配ではありませんが」と白々しく言い切る男の横顔は、やはり見覚えがあった。彼はエリオスの視線の圧を、使い慣れた感じの来賓向け笑顔でかわした。
この野郎がこの齢で、ここの一切合切を任されている理由がわかった気がして、エリオスは辟易とした。
この野郎……
オラクルガイドによるエリオスのオルウェイ観光?続きます。
(案の定、長くなっちゃった)




