星と月の城塞都市1
オルウェイ再建計画の話です。
ついに恋愛関係無し。
遍歴石工のニッカは、案内された建物を見て、これはダメだと思った。
そこは、太守の本営というよりは、人がいる廃墟で、有り体に言わせてもらえれば半分瓦礫だった。
「ひでぇな」
このオルウェイは、戦火で町全体が焼けた。ここも焼け残ったボロボロの状態のまま、アトーラの占領軍が仮の本営にしたのだろう。
建物はあちこち崩れて、焼け焦げだらけで、見るも無惨だった。
こんな状態のまま平気で使っているほど、ここの新太守は建築物に対して無頓着で意識の低い奴らしい。
いい仕事があると知り合いに教えられて、わざわざやってきたが、これはハズレだろうとニッカは思った。
「(でも、依頼主が無関心なら、逆に金だけぶんどって、好き勝手に造りたいものが造れるかもしれないな)」
変に頭がかたくて権威主義で、伝統的で保守的な古臭いシロモノを注文してくる依頼主よりは、その方がありがたいんだがとニッカは顎をこすった。
通された部屋は、一応掃除はされているし屋根も壁も残っている小部屋だったが、窓は焼跡が残っているだけで板一枚ない状態だった。
明るくて風通しはいい部屋なので、ちゃんと整えれば、ずっと居心地は良くなるだろう。
今は急拵えっぽい大きな机と、間に合せ感が凄い不揃いな椅子がいくつか置いてあるだけで、そこには椅子と同じで統一感のない男達が座っていた。
まず目を引くのは大男だった。異種族じみたオリーブ色っぽい肌の色をしていて、やけにゴツい。そして、そんななりなのに背をこごめて遠慮がちに端の方に腰掛けている。
机を挟んで大男の向かいに座っているのは、奇っ怪ななりの細身の男だ。白っぽい黄色の髪を長く伸ばしており、動物の骨か何かで作られた丸みを帯びた板で目元を覆っていた。本人は板の中央のスリットからちゃんと見えているようだが、顔を見ても目の表情が見えないのでなんとも不気味な印象がある。
その男の隣にいるのは、いたって普通の親しみやすい感じの初老の男だった。ニッカはそのやや小柄な男を見てホッとした。軍装ではないがアトーラの軍人だろうか。
ニッカはその初老の男の隣に座った。
「なぁ、これはどういう……」
雑談という情報収集を始めようとしたところで、人が来た。
略装だがきちんとした上衣を着た厳しい顔の壮年の男と、ダロス人らしき賢そうな白髪の老人が、解放奴隷の補佐役と侍女っぽい女を連れて入ってきたのだ。
さてはこの壮年の男が今回の施工主かと、立ち上がって挨拶しようとすると、女が手を上げて「そのままでいいわ」と、偉そうに言った。
驚いたことに、この地味ななりの女が、この中では一番偉いらしい。彼女は当たり前のように一番奥の席に付き、補佐役は彼女の後ろに立った。
「集まっていただき感謝します。時間もないので面倒な挨拶は抜きにして早速、計画の説明を始めましょう。以後、ここでされる話は、他言無用と……」
「待ってくれ!」
俺は慌てて女を止めた。
「俺はまだここでの仕事を受けるともなんとも言っていない」
契約も交わしていないのに、話を聞いたら参加か死かみたいな話を切り出されたらたまらない。
「あなたは石工のニッカ?」
「そうだ」
「奇岩城塞や太陽神殿を造った?」
「そうだ」
「あなた、これから5年以内にやる必要がある別件の仕事を受けてる?」
「いいや」
残念ながら、今は庭石一つ分の仕事もないし、ついでに手持ちの金もない。
「ならこちらとしては問題ないわ。参加して」
「おい!」
ここにいる間の当面の食住はこちら持ち。それ以外の報酬は別途相談でと言われて、一応、話の冒頭だけは聴くことにした。
冒頭を聴いて断っても10日間の滞在は無料と言うなら聞く価値はある。
「皆様にお集まりいただいたのは、オルウェイの都市計画の第一次5カ年計画における都市防衛機構に関して、ご意見を伺うためです」
「難しく言うな。簡単に言ってくれ」
「5年で城壁を造るの」
「はん! ここ程度の平地に城壁を造るのに5年も要るもんか」
俺は素人女を鼻で笑った。
険しい断崖の上に城塞を造った経験から言わせてもらえば、海上輸送も使えるこんな平地で、この程度のしょぼい太守邸の改装など楽なもんだ。何ならあたり一面焼け野原だから、隣の焼跡に新たに建てればいい。
「頼もしいわ。やはりあなたに来ていただいたのは正解だったようね」
女はニコニコした。
そうしているとなかなか可愛らしい感じだ。第一印象より若いのかもしれない。
「ご協力いただける?」
向かいの席で壮年の男と白髪の老人が揃って心配そうな顔でこちらを見ているのが、やや気になるが、俺は満更でもない気持ちで頷いた。
「では、城塞都市の詳細について説明に入らせていただきます」
「は?」
あえて言おう。
コイツは頭がおかしい。
なんと、エーベ川とラルダ川の間の広い土地に都市を新設し、全部を城壁で囲うのだという。
西側は海だから、最初の5年は残り3方向でいいが、港湾整備と将来的な海域防衛戦略も視野に入れて初期設計は行うというのはなにかの冗談か?
バカも休み休み言え、そんなことができるわけがないとなじったら、呆れた顔をされた。
「意外と保守的なのね」
「はぁっ?」
「ここいらの石工の中では、今、あなたが一番、斬新で革新的な建築に興味と才覚を持っていると聞いて、つてを使って紹介してもらったのだけれど……困難でリスクの高い先例のない仕事を、意欲がない人に強要はできないわ」
お帰りはあちら、約束通り10日は食事と寝床を用意するのでゆっくりして行ってくれと言われて、俺はキレた。
「ちくしょう! 腹の立つ女だな。人のことバカにしやがって!! わかったよ! 出来上がった城門に俺のサインを入れて、テメェのその鼻っ柱へし折ってやる。それだけ言うからには、困難でも勝算がある計画なんだろうな。腰据えて聞いてやるから、全部話せ」
女はニイッと笑って、補佐役に資料を出すように命じた。
ニッカは晩年に、あの時、椅子を蹴って部屋を出ていたら、俺は生涯、死ぬほど後悔しただろうが、あの時は、椅子を蹴って部屋を出ていかなかったことを、即座に死ぬほど後悔したと語った。
つづく
すみません。
ニッカ氏がゴネて本題に入る前に文字数が嵩んだから一度切って投稿します。
奥様に好意的でない人物目線は初ですかね?




