書簡2
エリオス視点です。
最初に気がついたのはどれだっただろうか。
忙しい殺伐とした戦場の自陣で、伝令から受け取った中央からの指令書。そこに時折挟まれている追伸の走り書きを留めるピンが妙な形をしていた。
そもそも、巻物状の本文に一緒に巻き込まれているだけの補足状はピンで留めたりされていなくて、補佐の自分が急いで軍団長に渡すときに、はらりと落ちたりして面倒だった。
それが曲がった針金の小さなピンで留められているのに気づいたときは、ああ、これは落ちなくていいなと思っただけだった。
「これは……"牛"かな?」
ある時、そのピンが必要以上に複雑な形をしているのに気がついた。気をつけて見ていると、最初のうちは三角形や歪な丸やギザギザ程度だったがそのうち凝ったものも出始め "月"、"葉っぱ"、"虫"、"犬" などなかなか毎回、面白かった。
無味乾燥な指令書の中の変なお楽しみは、いつでもあるわけではなく、特定の紙質と書き手のときについていることが多かった。
俺はなんとなくそれを楽しみにして、こっそりそのピンを集めた。
自分が軍団長になった南部戦線では、補足書き付きの指令書など来なくなったが、例の書き手の文字は見分けられた。
その人の文字は流れるように美しく優雅だった。
美しいだけではなく、その書き手のスタイルは独特で読みやすかった。
長い文章では、大きな意味のまとまりごとに、いくつかの文が空白行で分けて書かれており、それぞれの塊の先頭の一文字が大きな飾り文字で書かれていた。
それはまるで各隊長が先頭に立つ軍団の部隊編成のように整然としていて、とてもわかりやすかった。
補給物資や人数などの数字の羅列は、線で区切られたマスに綺麗に収められており、それが各マスの最上段や左端の文字列と関連付けられて整理されているのだと気づいたときには、感動すら覚えた。
中央からの指令書の先頭と末尾は、"栄光の都に座す、民の信認によって選ばれし全軍の総指揮官たる執政官より……"という感じのお定まりの書き出しと、神に戦勝を祈る末文があるのだが、この書き手のときは、そこの部分も一捻りされていた。
"新緑萌出る栄光の都"、"黄金の麦穂たなびく豊穣の幸いに祝福された都"などは序の口で、季節や時流を感じさせる美しい言い回しになっているのだ。
末尾の戦勝の祈りも、単に戦神に栄光あれではなく、日輪の神や大地の神への祈りも追加されていて、それぞれが武人にはひねり出せないようななんとも麗しい文だった。
そして何よりすごいのは、単に美しいだけではなく、その追加された神々が戦況にふさわしいというところだった。
南方の乾いた土地で水に苦労しているときに、周辺の水場の位置を知らせる報が届いて、水の恵みを河川と泉の神に祈る文がついていたときは、思わず口に出して読み上げた。
顔も知らず、言葉を交わしたこともない、その中央の優秀な書記官の一人に密かな尊敬と親しみを感じていた俺は、思いがけないところで、その文字を見て驚愕した。
「妻……からの、手紙……?」
占領したオルウェイに置いた本陣で戦勝祝いをした5日後に届けられたのは、オルウェイの太守への任命状とこのあとそのまま西方へ向かうようにという遠征の指令書で、それと一緒にほぼ1年前に作成された結婚証明書がつけられていた。
その一番最後に本当についでのように結婚証明書に差し込まれていた小さな書面が、あの紙で、あのピンで、あの文字だったのだ!
「貴女か……貴女だったのか……」
そこには妻の名で署名がされていた。
夫の無事を祈り、内地で家庭を守るという、ごく短い、むしろ素っ気なくすらある格式張った短い文面を、俺は何度も読み、その名前の美しい筆跡をそっと指でなぞった。
「俺を見ていてくれたのだな」
俺は手紙についていた金色の翼の形のピンを外して、上衣に留めた。
結婚の条件として、会うことはかなわない相手だが、ほんの小さな繋がりはあったということが嬉しくて、俺は胸の金色のピンの上に手を置いて目を閉じた。
不思議に温かい気がした。
クリップの形色々:
ハート、星、三日月、月桂樹、蜻蛉、獅子……牛は正解。
エリオスは、観察力も洞察力も理解力も高いのですが、いかんせん実用性のないシンボリックな動植物についてあまり詳しくありません。




