293話「約束の水曜日」
夏休み。
それは、学生にとっての最大の長期休暇。
それでも、期間は限られたもの。
故にこの高校生活で過ごす夏休みは、出来る限り充実したものとしたい。
というわけで俺は、この夏休みからカレンダーに計画を立てるようにしている。
バイトのシフト、勉強の時間、それからしーちゃんと過ごす予定。
最初は白紙だったカレンダーに、どんどん予定が埋まっていくのがちょっとした快感に変わりつつある程に、俺の夏休みは既に計画で結構埋まってきている。
そして今日は水曜日。
しーちゃんや孝之達と過ごす予定だが、今日はそれだけではない。
ピロン。
「あ、しーちゃんからLimeだ」
『たっくんおはよう! あかりん達、駅に着いたっていうから迎えに行ってくるね!』
しーちゃんから送られてくるそのLime。
そう、今日は前にファミレスで言っていた、あかりんとYUIちゃんが再びこの街へとやってくる約束の日なのである。
「……本当に来たんだ」
もう何度か顔合わせしたことはある。
それでも、テレビやネットに触れていれば、当たり前のように目にする現役有名人とこれから会うのだと思うと、未だに慣れないのは仕方ないだろう。
まぁそういうわけで、今日俺はこれから、いつものメンバーにあかりんとYUIちゃんを交えてカラオケへと遊びに行く約束をしているのであった――。
◇
「あ、たっくんいたー!」
約束の時間となり、待ち合わせのカラオケ店前に到着すると、先に待っていたしーちゃんがこちらに大きく手を振ってくれる。
その隣には、完全にプライベートのあかりんとYUIちゃんの姿もある。
今日はしーちゃんも含め眼鏡やマスクで顔を隠しているが、それにしてもこんな地方のカラオケ店前に、超が付くほどの有名人が普通にいるとは誰も思うまい……。
「お、きたきた!」
「久しぶりー!」
「ど、どうも……」
昨日も普通にテレビCMで見かけたアイドルに、部屋に貼ってあるポスターのボーカルが、さも久しぶりに会う友人のように気さくに挨拶をしてくれる。
まぁこれで何度目かの再会だし、間違ってはいないのかもしれないけれど、俺はただの一般人。
やっぱりこうして二人を前にすると、何ていうかそのオーラに圧倒されてしまう……。
「ごめん、外で待っててくれたんだ」
「うん、先に入っちゃうと時間もったいないし」
「いや、でも世間の目というか……」
「あー平気平気、わたしバレたことないし」
「同じく」
すっかりアイドルから普通の女子高生感覚なしーちゃんに、笑ってバレたことがないというあかりんにYUIちゃん。
本当にバレていないのかどうかは不明だが、二人がそう言うのであればきっとそうなのだろう。
俺は二人が今日一緒だと分かっていたから気付けたが、その前情報が無ければ……気付く気がするんだけどなぁ。
しかし、自信満々な二人に対して、そんなことは言えなかった。
「わりぃ、もうみんな着いてたのか!」
「遅れてすみません!」
俺の到着から少し遅れて、孝之と清水さんも到着する。
二人も久しぶりに会う現役有名人を前に、少しオドオドしているところを見ると、やっぱりそうなるよなと一人納得する。
「ねぇ、やっぱり可愛いよね。あかりんよりアイドル向いてるんじゃない?」
「は? エンジェルガールズのリーダーであるこのわたしに向かって、よくそんな口が利けたわね? わたしもそう思う! アイドルにならない?」
「ふぇ!? む、無理ですよぉ!」
あかりんからの不意打ちの問いかけに、あたふたと挙動不審になる清水さん。
そんな反応も可愛くて、すっかり清水さんは現役有名人二人のお気に入りに定着した。
「……俺の彼女が、現役有名人と百合関係になりそうな件」
「ラノベタイトルか?」
「あったら読みたいな」
「たしかに」
二人から愛でられる清水さんを眺めながら、孝之は満足そうに頷く。
この三人なら、たしかにラノベのヒロインだとしても全く違和感はなさそうだ。
「じゃあたっくん、わたし達で受付済ませちゃおっか」
「うん、そうだね」
楽しそうな三人と、見張り役の孝之を残して、俺はしーちゃんと受付を済ませることにした。
「今日は沢山歌っちゃうぞ!」
「しーちゃんの歌声、好きだから楽しみだな」
「えへへ、わたしもたっくんの歌好きだよ」
「あはは、お世辞でも嬉しいよ」
「そんなことないよ。大好き!」
俺はアイドルでも歌手でもない、ただの一般ピーポー。
別にボイトレとかもしていないし、歌に自信があるわけでもない。
それでも、屈託のない微笑みとともに真っすぐ好きを伝えてくれる彼女がいるなら、今日は俺も楽しんで歌おうとやる気が漲ってくる。
こうしていつものメンバーにプラスして、今日は現役アイドルとバンドボーカルという異色の組み合わせでのカラオケがスタートするのであった――。




