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野菜オタクの苺ちゃんは手に負えない~お好きなお野菜はなんですか?~  作者: 山吹祥


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最終話 お好きな野菜はなんですか?

 窓の外からカラスの鳴き声が聞こえてくる。

 日は西に沈み始め月が東へ昇る。

 間もなく夜のとばりが下りるが、今はまだ薄明が部屋の中を僅かに照らしてくれる。

 今の時間帯に見る、三ノ倉高原で咲く菜の花畑が私は好きだ。


 部のお揃いにと作ったみんなをモチーフにした手人形パペット

 睡眠時間を削っていたことで寝不足気味だった。

 そのせいか、お昼寝したことで頭がやけにスッキリしている。


「みんな帰っちゃったかなぁ……」


 イチゴを食べると決めたのは私。

 眠ってしまうとも分かっていた。

 でも、楽しかった時間なだけに一人になると寂しさを覚えてしまう。


 カーテンを閉め、キッチンへ向かおうとしたが扉からノック音が響いた。


「どうぞ」

「いっちゃん? 起きた……みたいだね」


 菜花ちゃんだ。

 まだ帰宅せずにいてくれたようだ。


「主催者が寝ちゃってごめんね」

「みんなでお裁縫して、ケーキ食べて楽しんだから気にしないで」


 ううう……私が悪いんだけど何それ凄く羨ましい。


「それなら、よかった」

「ふふ、いっちゃんたら。ぜんぜんそんな顔してないよ。かわいいなぁ~、ふふ」


 ご機嫌に喉を転がす菜花ちゃんは、私の頬をツンツンとつつく。


「……他のみんなは?」


「そのみんなで作ったイチゴちゃん手人形パペットをプレゼントです、はいっ!」


「え、ありがと……って!? わぁ~、すっごい可愛い!!」


 イチゴの被り物を着た女の子が、イチゴの入ったバスケットカゴを持っている。

 笑顔がとってもキュートだ。


「いっちゃんたら、私たち部員の手人形パペットは作ってくれたのに自分の分は作ってないんだもん。みんなも呆れてたよ?」


 時間が足りなかったのだけど、告げ口の犯人は笑住えすむかな。


「菜花ちゃんたちはいつの間に笑住と話したの?」

「それより、いっちゃん――」


 話を逸らしたな。


「――采萌さんに言われて持ってきたけど、お腹空かない?」

「空いた!」


 菜花ちゃんと一緒にやってきて、美味しそうな匂いで充満させるキノコの水餃子が私のお腹を活発にさせる。


「本当は菜の花の餃子をいっちゃんに食べてもらいたかったんだけど……はい、あーん」


 多分すぐに出せる物が水餃子だけだったのだろう。

 と、予想を浮かべながら「あーん」と丁度いい温かさの水餃子を頬張る。


「いっちゃんは、いつ見ても美味しそうに食べるよね」


「だって野菜は美味しいから、ね!」


 ドヤる私に菜花ちゃんが「はい」と蓮華を手渡す。

 あとは自分で食べろってことかな?


「私にも食べさせて?」


 なるほど、そういうことか。


「はい、菜花ちゃん。あーん?」


 菜花ちゃんは何食わぬ顔で咀嚼するが、すぐに顔一面を歪ませた。

 これが、演技しない菜花ちゃんの本当の感想だ。

 私自身、直面した時にもっとショックを受けるかと身構えていたけど――


「――ふふ、ほんとだ。可愛いのに、ちょっと変かも」


「うぅぅ~、いっちゃんに不細工って言われたぁ。だから嫌だったのにー……」


 ポコポコと叩き不満を表する菜花ちゃん。


「かわいいなぁ」とさっきのお返しに頬をつついてあげると、満更でもなさそうに顔を上げた。


「菜花ちゃんは、野菜は好き?」

「……好きになりたい」


「じゃあ、私のことは?」

「……大好き」


「嬉しい。私も好きだよ」

「…………さっきも似たやり取りしたね」


 菜花ちゃんは小さな溜め息を吐いたが、溜め息を出したいのは私も同じだ。


「私、菜花ちゃんへの不満が一つだけあった」

「っ!? なに!? 直すから教えて!??」


「鈍いところだよ」

「……私の真似なんかして、今日のいっちゃんはイジが悪い」


 眉間に皺を寄せる菜花ちゃんには悪いけど、私はさらに続ける。


「菜花ちゃん、そもそも反対なんだよ?」

「反対?」


「昔『菜の花を食べたい!』と言ってくれた菜花ちゃんの言葉が私は凄く嬉しかったんだよ。野菜を好きなことを否定され、バカにされて、そんな時に、私に手を差し伸ばしてくれた人が菜花ちゃんなんだよ。菜花ちゃんは知らないだろうけど」


 その後に菜の花を克服した菜花ちゃんの笑顔で私はやられた。

 苺大福と男子に揶揄われるようになった時に、そばで支えられてもっと好きになった。


「やっぱり……今日のいっちゃん、一段とイジが悪いよ」


「私の特別は菜花ちゃんだけど、菜花ちゃんはイジワルな私とは仲直りしてくれない?」


「!?」


「私は菜花ちゃんともっと仲良くなりたいな」


 菜花ちゃんは頬から耳まで染め、それからチラチラ視線を数回向けると控えめな上目遣いを向ける。


「いっちゃん……ケンカしたらキスして仲直り、だよ?」


「んー、他の方法じゃダメ?」


「どうして? 私が特別なんでしょ!? いっちゃん、みんなにはしたのに! 冬葉なんて痕までクッキリ!!」


「ちょっと待って、菜花ちゃん。何か勘違いしてない? 私、誰にもキスなんてしていないよ?」


「っ……じゃ、頬……じゃなくて、おでこでいいから! ねっ!!」


 ミシっと軋む両腕の骨が、菜花ちゃんの必死さをよーっく伝える。


「まー、おでこならいいかな――」


 私の好きな、お月様にも見える真ん丸お目めが喜色で染まった時。

 激しいノック音と同時に扉が開いた。


「あーちゃん起きてるんでしょ~! お外にね、すっごく綺麗なお月さまが見えるから一緒に見よ~!!」


 天真爛漫を顔一面に描いたような、ニコニコ顔した蜀黍ちゃんの乱入。


 菜花ちゃんが「もうっ!」と叫んだところで、お月さまを観るのと合わせてみんなを駅まで送ることになった。




 外に出ると道路の所々に水たまりが出来ていた。

 雨を落とし切った夜空は雲一つ見当たらない。

 澄んだ夜空は霽月せいげつが輝いている。



「わぁ~! おっきな満月だねっ!!」


「でっしょ~? これはあーちゃんにも見てもらいたいって思ってねさ~!!」


「ありがとうっ、蜀黍ちゃん!!」


「へへへ~……だからね、急にお邪魔したのは謝るからさ~? はーちゃんもそんなに怒んないでよ~」


「怒ってない! でも、お月さまを見て興奮する可愛いいっちゃんが見られたから許してあげる!!」


「んん~? 許すってことは、それって怒ってたってことじゃないの~?」


「怒ってるけど怒ってないの!」


 と、二人が仲良くわちゃわちゃと言い合う前方では、木之香ちゃんと白菜ちゃんの二人が文芸部らしいやり取りをしている。


「明るくて綺麗ですね、シロちゃん」


「そうね、月が――」


 白菜ちゃんの口から情緒ある有名な名言セリフが出る瞬間を聞き逃さないため、私は意識を聴覚へ集中させる。


「――月が明るいですね。木之香」


 ん~、惜しい!


「ええ、そう……ですね。ふふ、確かに……ふふふ、お月さまが明るいですね」


「? 月が明るいですね、木之香」


「ちょ、もう……ふ、ふふふふ、シロちゃん、ふふ、これ以上笑わせないで下さい」


「はぁ? なに、木之香もしかして知らないの? 緊張して損しちゃったじゃないの」


「はぁ――今度、『月が明るいですね』調べておきますね」


 どんな調査結果が出るのか私も気になるな。


「なになに~? あっきー、なんか楽しそうだけど流れ星でも見えたりした~?」


 蜀黍ちゃんは飛び出たように後ろから二人へ抱き着いた。


「こら、無闇に引っ付くな! ただ月を眺めていただけよ!!」


「そうなの、あっき~?」


「ええ、ちなみに蜀黍さんは『月が明るいですね』という言葉はご存知でしょうか?」


「んー、なんだろ~? あたしが知っているのは夏目漱石の『月が綺麗ですね』ってセリフくらいだから分かんないな~……」


「ふふ、そう……ですよね。私も『月が綺麗ですね』でしたら知っているのですが、ふふ――」


「~~~~っっ」


 うん。調査結果は【思い出】で決まりだ。

 月が明るいですね、と聞く度に私はこの出来事を思い出すだろう。


「菜花ちゃんだけじゃなくて、蜀黍ちゃんの天然ぶりには白菜ちゃんも敵わないみたいだね」


「おかげで、いっちゃんからのキス逃しちゃった」


「そんなにしてほしかったの?」


 ジト目が返事として戻ってくる。


「私にも計算も何もないのに憎めない可愛さがあったらな……はぁぁ」


 菜花ちゃんは羨望の混じった目線を蜀黍ちゃんへ送る。


 特に会話は続かず、前を歩く三人が笑い合う姿を眺めている間に赤信号で立ち止まる。

 私は今の内にとイチゴちゃん手人形パペットをポケットから取り出す。


(うう、ドキドキしてきたかも)


 鼓動が頭にまで響く中、信号が青になったタイミングで深呼吸。

 そして意を決する。


「ねぇ、菜花ちゃん」


「ん? どうしたのいっちゃ、んっっ!??」


 振りむいた菜花ちゃんの唇に当てたイチゴちゃん人形を今度は私の口に当てる。

 それから、驚愕顔を浮かべる菜花ちゃんへもう一度当てる。


「菜花ちゃん、あのね。大人になった時、特別な人と交わすのがキスだと思うんだ」


 呆然と立ち尽くす菜花ちゃんのおでこに、前髪の上からキスを落とす。


「――それまでは大切に取っておきたいの。だからね、今はこれが私の精一杯」


「いいいいいいいいっちゃんっ!??」


 頬や耳、それだけじゃない。

 きっと首から全身まで私はイチゴ色に染まっている。


 そんな照れや恥ずかしさを紛らわせるのに視線を逸らしたら、私と菜花ちゃんを見る三人に気付いた。


「み……見られちゃった、かな?」


「あーちゃんったら、ここお外だよ~?」


「苺さんは、中々に大胆ですね」


「春乃、よかったわね」


 三人が肯定したことで、私は完熟イチゴとなった。

 イチゴジャムになる寸前だ。


 居た堪れなさから、隠れる筈もないのにイチゴちゃん手人形パペットで顔を隠し現実逃避する。


「あ、そうだ! いいこと思い付いた~!! はーちゃんもちょっと来て!」


 と。未だ放心する菜花ちゃんの手を引いた蜀黍ちゃんがみんなを集め、コショコショと内緒話をする。


 それが終わったらイチゴちゃん手人形パペットを前に構えるよう言われたため、私は指示されるがまま右手を前に出した。


 四人もそれぞれの名前をモチーフにした手人形パペットを着けている。

 すると。


「あたしは耳だったかな~……(かぷっ)」

「んえっ、蜀黍ちゃん!?」


「私は頬ですね……(かぷっ)」

「木之香ちゃんまで!? なんでなんで!?」


「シ、シロナは首! ……(かぷっ)」

「ん~、分かんないけど、モテキ到来!?」


「そんなの許さないよ! ……(かぷっ)」

「もはや頭ごとガブリな勢いだよ、菜花ちゃん!?」


 次々に食べられるイチゴちゃん手人形パペット

 アンパンマンも驚く食べられっぷりだ。


「私たちからいっちゃんに訊きたいことがあります」


 うん? まだ何か起こるの??

 食べられた側なのに元気百倍、今で結構お腹も胸もいっぱいなんだけど??


「訊かれて答えただけだったからね~」

「会話とはキャッチボールが大切ですからね」

「つまり苺にも訊いておかないとってことよ」


 四人は目配せし合い、そして私を囲み――



「「「「――いち番お好きな野菜はなんですか????」」」」



 ナノハナ、トウモロコシ、キノコ、ハクサイ。

 四方を囲むおいかわ野菜たちとは別に、たとえ他の野菜が加わったとしても選べるわけがない。


 どれも美味しい。私は総べての野菜を愛しているからだ。


 でもそれって、


「野菜? 好きな野菜を訊いているんだよね? そうだよね?」


「解釈はいっちゃんに任せるよ」


 それなら答えは決まっている。


 決まっている、けれど――――


「イチゴを食べてから、もう一回訊いてもらってもいい?」


 そうしたらより本音に近い答えが出ると思ったのに、


「「「「ダメッ!!!!」」」」


 と、満場一致で却下されてしまった。


 ―了―


こんにちは。山吹です。

本作を見つけ、また『野菜』にスポットを当てたちょっと癖のある物語を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


楽しめましたか?響くものはありましたか?

それとも、無性に野菜が食べたくなりましたか?

それ以外の理由だったとしても、ここまで苺ちゃんの話を見てくださった人がいる。それだけで嬉しいです。


本作は、カクヨム様で現在開催されている百合コン参加作品のため、これにて一旦完結とさせていただきます。


(よければ、ブックマークの登録や下の評価欄、いいねを付けての応援をお願いします~!!)


さて、最後にもう一度だけ

ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました~!!


※百合コン応募規定が10万字以下のため、カクヨム様で掲載している本作は一部文章を削除しております。

(小説家になろう様で連載している本作は初稿となります)



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