父の転移が多すぎて、友達ができない4 マルチリンガルは零歳児の夢を見るか
突然英語を話せるようになった私だけど、当然英語圏での生活経験はない。
言葉の背後にある民族の歴史、文化や習慣など、多くのことを私はまるで知らない。世界一頭の悪い賢者なのだ。
ただ改めて思い返してみると、過去に私は様々な世界を渡り歩いている。強くて優秀な両親のおかげで一か所に何年も滞在をしていたことは少ないけど、ずいぶんあちらこちらへと行きましたよ。
平均すると一年の四分の三は異世界にいて、しかも異世界から戻るとその半分から三分の一程度の時間しか進んでいない。そんな繰り返しだった。だから一年が長いんですよぅ。
私は十五歳なのに、そのうち三十年位を異世界で過ごしていたことになる。ナニコレ。意味わかりますか? いや、私も絶賛困惑中。
だとすると、げげっ、私の実年齢は三十歳半ばかよ。そんな馬鹿な。でも現実の肉体は普通の十五歳ですよ。嘘じゃないって。
異世界へ召喚された時に発動していた自動翻訳機能というのは、どうやら未知の言語を日本語へ翻訳する機能ではないらしい。
なぜなら、私がまだ日本語を覚える前に召喚された世界でも、言葉を完全に理解していた記憶が残っている。
この自動翻訳機能が三か月ほど前にこちらの世界でも有効化されるまでは、異世界専用のチート能力であった。
恐ろしいことに私は新生児のころから両親と共に異世界へ赴き、そのチート能力により異世界の言語を理解していたらしい。
その時の異世界知識が、今も私の頭の隅っこにストックされているのだ。
異世界知識というのは、ほぼこちらでの実生活には何の役にも立たない。でも最近これに気付いて、鳥肌が立った。実は、私は日本語を覚えるより先に、どこかの世界の知らない言語を理解していたのだった。それも、一つだけではない。
一般的に、子供が簡単な文章を話し始めるのは一歳半から二歳前後と言われている。(らしいです)
私は異世界生活が長いので、地球年齢で一歳のころには結構な長文を理解して話していたと両親から聞いた。天才とか早熟とかそういうのではなくて、単に異世界で過ごした時間が長かっただけなのだ、きっと。ちょっと残念。
その後の精神的な成長とか学力の上昇とかを思うと、そのころが私のピークだったのかもしれない。残念過ぎる。
そして、そんな私の特殊事情を少しも理解しようともしない奴がいる。異星人の作ったAIだ。いや、もしかすると私の妄想が作ったのかもしれないけど。
(この世界には、絵里の言う魔法とやらが実在しないことは確認済みです。伝承や創作物の中にのみ存在する概念ですね)
もう消えたのかと思ったら、突然現れてまだそんな事を言っている。
(それなら、あんたの生まれた星はこの世界で見つかったの?)
(……)
よし、答えがないぞ。これでまたきっと、当分現れないだろう。今のうちにこのAIを抹消する方法を考えないと。ただ、疑惑の生体チップをどう扱えばいいのやら。
そろそろ、私立高校の推薦入試が始まっている。一般入試の私も、願書を提出した。
私の志望校は、家から近く歩いても通える都立高校と、隣の駅近くにある私立高校だった。
でも冷静に考えると私の場合、同じ中学出身の生徒がいない方がいい。そこであまり人気のない、家からちょっと離れた学校を探した。気付くのが遅いって?
だってほら、世界一頭の悪い賢者だし。
通学が楽な学校などと日和ったのが間違いで、願書提出の寸前で志望校を変えた。
どちらも私鉄沿線の少し郊外にある中の上レベルの学校で、学力だけなら余裕で合格可能なのだが。
ただ私の場合は出席日数が極端に少なく、定期試験すら受けられないことが多かった。今年なんて、夏休みが終わった途端に召喚だったもの。
運よくこっちの時間にすると一か月ほどで帰って来られたけど、冷や冷やでしたねぇ。長ければ、一年二年帰れないこともあるから。
お情けの追試とかでどうにか卒業はできそうだけど、私の成績は最悪だよ。
先生からは帰国子女向けの特別枠入試を勧められたけど、そもそもインチキ帰国子女なので、履歴が書けません。一応パスポートは持っているけど、真っ白だし。
私には、一般入試しか道はないのです。
このままだと、次の召喚はきっと合格発表後になるでしょう。卒業式なんてどうでもいいけど、入学式には出たいよねぇ。高校デビューでいきなり躓きたくないし。春休みの間にぱっと行ってぱっと帰って来る。難しいかぁ……そもそも高校進学自体が無理ゲーなんだよね。
うちの両親みたいな出会いは、奇跡のようなもの。だって私は他の召喚者には一度も会ったことがないし、いつも親子三人セットで召喚されているので、今後もそんな出会いは期待できそうにない。
だから日本で、友達を作りたい。
じゃぁそのために何をしたんだと言われると、返す言葉がない。私はただ黙って下を向いていただけなのだから。はぁ。
そうして私の中学生活の最後が過ぎていく。
一番の難関は、私立高校の面接であった。一応、対策はしていたんだけど。
「松丘さんは、ご両親の仕事で幼少の頃より海外各地を転々としていたとありますが、どこの国が一番好きでしたか?」
いきなり無茶振りされた。そんなの知らんぜよ。
「人見知りの私には、国というより中南米の明るく賑やかでフレンドリーな雰囲気がとても好ましく思えました」
無難に答えられたかな。そういう陽気な異世界にも行ったんだよ。西洋中世風の、冷たい石の砦に閉じ込められて過ごすよりはずっと楽しかったし。
「その時の友達とは今でも交流を?」
無茶を言うな~
「みんなとは、後に起きた内戦で連絡が取れなくなってしまい……」
嘘です。でもどうだ、まだこの手の話題を続けたいのか?
「そうですか、すみませんでした。話を変えましょう」
そりゃそうですよねぇ。
「外国語は得意のようですが、ご両親のように海外で仕事をしたいと考えていますか?」
いや、できることなら日本から出たくないです。何なら、東京からだって出なくてもいいです。
「私はできることなら、国内でこれまでの経験を活かすような仕事ができればと望んでいます」
いや、これ本当。
「なるほど。本校ではオーストラリアの姉妹校との交換留学制度がありますが、それについてはどう考えていますか?」
いや、そんな暇はないですから。
「海外からの留学生をおもてなしするのは、とても楽しみですね」
いや、この学校はただの滑り止めですから、お気遣いなく。とは言えないよなぁ。私のような生徒を受け入れてくれればとても有り難いのですが、何しろ出席日数が問題ですからね。
まぁ、こんな感じでどうにか面接を乗り切った。私にしては上出来だったのではと思う。
そして都立高の入試の前に、この学校の合格通知を受け取った。しかも、入学金と学費免除の特待生扱いである。どうして?
ただ、特待生として入学するには、都立高の合格発表前に入学手続きをする必要があった。
それでも私は、普通の都立高校へ通いたい。
だって、私のような怪しい子供を特待生にするなんて、この学校はだいぶおかしいでしょ。
ただし滑り止めなので、特待生の権利を捨ててでもこの学校の入学金を納めてキープしておく必要があった。両親はそれでいいと言ってくれたから。
あとは、都立高の合格発表を待つばかりだ。
そして、都立高校の合格発表前日。
私は両親と共に、深い森の中を歩いていた。熱帯のジャングルである。
……どうしてこうなった?
「緊急転移って、今まであった?」
「これで二度目か?」
「違うわ。三度目よ」
召喚された先が、この森である。しかも、周囲に人が誰もいない。どうすれば帰れるのか、何と戦うのかも不明だった。
「こりゃ長くなりそうだな」
「あああああ、明日合格発表なのにぃ!」
「でも私立の方の入学金を払っておいて、良かったわね」
「それは、入学式までに日本へ帰ってから言ってよ!」
「そうだな」
「そうね。今度は何年かかるかしらね」
「え?」
どうやらこの事前通告のない緊急転移とやらは、かなり厄介な仕事らしい。
「近くに全く魔物の気配がないぞ」
父が周囲を見回して言った。背の高い樹木が強い日差しを遮り、薄暗い森の中は意外と開けてはいる。でもこの森の中で、私たちは何をすればいいのでしょう?
「魔物の気配って、わかるんだ……」
「ああ。絵里にも教えてやりたいが、魔物がいないからな」
「あ、じゃぁ人とか獣の気配もわかるの?」
「そりゃわかるさ」
「すごいね」
「いや、絵里にもできるだろ?」
「まさか?」
目を閉じて感じようとしたが、何もわからないよ。あ、そうだ。
(あのさ、AIのひといる?)
(わたしですか?)
(ここがどこだかわかる?)
(一瞬で文明の痕跡のない場所へ来ました。これが魔法ですか?)
(たぶん、召喚魔法じゃないかな)
知らんけど。
(で、ここがどこだかわかる?)
(さあ。ただ人工的な電磁波などの干渉や信号を、一切感知できません)
(えっと、私の体の中でどうやって電磁波を感知しているのかね、君は?)
腹立ちまぎれに、私は足元の土を蹴り上げる。
(ああっ、そんなことをすると未知の細菌やウィルスが空気中へ拡散し、生命の危険が高まります!)
それは私の生命というより、あんたの危険という意味だろ?
「さて、日が暮れる前に結界を張っておくわね」
母が手を挙げるとまばゆい光が直径百メートルほどの範囲を覆い、内部が浄化されて結界が生まれた。
中央に、父がテントを張っている。
(で、未知のウィルスがどうしたって?)
(いえ、別に……)
(私はあんたを浄化するウィルスをどうやって作ろうか、悩んでいるのだけど)
(……)
役立たずめ。再び無言だ。これが本当に、異星人のオーバーテクノロジーなのだろうか?
「で、これからどうするの?」
「とりあえずこの森から出て、この世界のどこかで滅びそうになっている誰かを救いに行くことになる」
「ああ、もう。この緊急転移っていうのは、面倒なの。緊急ならもっとしっかりした座標へ送ってくれればいいのに、やることが雑なのよ!」
「あの、お母さんは誰に対して怒っているの?」
「誰って……私たちを弄んでいる、くそったれの誰かよ」
「それって、神様?」
「さぁ、なんかわからないけど、世界の上位システムみたいなものがあるんじゃないかしらねぇ?」
「そうだな」
「……っって、二人とも知らないの?」
「ああ。何も知らないまま、もう二十年以上もこんな暮らしを送っているんだ」
そうだったのかぁ。政府の犬じゃないのか。
それからこの森を出るのに一か月。その後悪魔のような恐ろしい軍団に追われている犬顔の可愛い人の群れ(コボルト?)を救出し、悪魔軍団との戦闘に明け暮れる。
二か月後にやっと悪魔軍団との軍事衝突を終結し、私たちは過酷な緊急召喚任務から帰還した。
日本へ戻れば、三月も終わるころである。都立高校の合格発表どころではない。急いで合格していた私立高校へ連絡して入学手続きを終え、どうにか私の進路は決まった。
いや、入学金を払い込んでいたとはいえ、よく入れたものだ。
「絵里、あんたの評価、すごく高かったみたいね」
「え、そうなの?」
いやでも、特待生だったものなぁ。なんでやろ。
「面接で流ちょうな英語とポルトガル語で会話をしていたって、驚いていたわよ」
母が電話をしたときに、学校側からそう言われたらしい。
「入学してから頑張れば、来年から特待生になれるらしいわよ」
「いや、もういいです……」
何じゃこれは?
あと一週間もすれば入学式である。
まあでも、どうにか高校へ進学することはできた。卒業式なんて知らん。
さらば中学。来たれ、高校デビュー。だよ。
終




