悪魔を退けましょう!
「ゲームだったら、私はあっち側だったわね。しかも1年目はどう頑張ってもカムにズタボロにやられるシナリオ・・・カムが味方でよかったわ」
喜んでいただけて、よろしゅうございました。
貴女の事情に巻き込まないでいただけたら、私はここまでの対戦相手をゲームの貴女のように、ズタボロにする必要はありませんでしたよ。そして今頃、別館でダラダラしていたでしょうね。
先程、リングへ上がる前にぼそりとレイチェル様が呟かれた言葉を思い出してしまった私の顔は、たぶん能面のようになっているだろうと思います。権力に屈した結果なので、自業自得ですが。
私は能面のまま薙刀を両手で横に持ち、足を軽く開いて立ちながら開始の合図を待ちます。私の横で剣を握った手をだらりと無造作に下ろした状態のクラウドも、軽く足を開いて立っています。彼の場合はあの姿勢から予備動作なく戦闘に入れるので、すでに準備万端だとも言えますね。
レオンがそんな私とクラウドを交互に見て、地面へ刃を下に立てた大剣の柄を強く握り締めながら眉間に皺を寄せました。
「カムに薙刀。クラウドに剣・・・勝てる気がしないんだけど」
なんですか。その「きちがいに刃物」みたいな言いぐさは。せめて「鬼に金棒」にしておいてくださいよ。
能面のままそちらへ視線をやると、レオンが首をすくめました。やる気が感じられないレオンが立っているのはクラウドの真正面です。その斜め後ろにいたルーカスも、眉間に皺を寄せています。
「僕も。クラウド相手以外で姉上が薙刀持つのを、昨日初めて観ました。正直あの間合いに入る自信がありません」
揃ってため息をつくルーカスとレオン。
「せめてもっとやる気が出る景品が欲しい」
確かに。優勝したとしても女生徒に「ヴァルキュリア」、男子生徒に「テュール」の称号と、後は国王陛下から勲章をいただけるだけですからね。
後ろ楯や箔をつけたい家督の継承順位が低い者はともかく、次期テトラディル侯爵なルーカスと、まだ決定ではないものの最近の活躍からたぶん次期ペンタクロム伯爵なレオンには、必ずしも必要なものではありませんし。
ヘンリー殿下はあると婿入りするにあたっていい感じに箔が付くのではないかと思うのですが、なぜかやる気なさげです。心なしかアレクシス様までも。
どんよりと淀んだ空気が漂う中、何かを思い付いたらしいルーカスがにっこり笑ってこちらを向きました。かわゆす。
「姉上。お願いがあります」
いったいどんなお願いでしょうか。かわいい弟の頼みでしたら、ある程度の無理をしても叶えちゃうぞ! 長い物に巻かれ中なので、わざと負けるのは無しですけどね。
と、言うことで私もにっこり笑みを返して尋ねました。
「なんですか?」
「僕たちが勝ったら、僕―――に姉上の休日をいただけませんか?」
ほうほう。そんな「僕・・・」なんて遠慮気味に言わなくても、姉弟でお出かけするのは楽しいに決まっているではないですか。それに例え負けたとしても私にはメリットしかありませんし。というか、勝負に関係なく叶えたいお願いですよ。
「いいですよ」
「よし! レオン、聞きましたね?!」
「聞いた!」
「作戦立てますよ!」
嬉々として大将であるヘンリー殿下の方へ走って行くルーカスと、レオン。その後に困惑気味のアレクシス様と、ツヴァイク様が続きました。
何事でしょうか?
そろそろ審判の先生がたが配置に付こうというのに、円陣を組んで何やらヘンリー王子殿下組が話し合っています。ツヴァイク様を除く4人が深く頷いて顔をあげると、邪神様の微笑みを浮かべたルーカスがはっきりと言いました。
「もちろん貸しですからね」
「・・・だよね」
「・・・あぁ」
「・・・りょーかい」
ツヴァイク様、そんな「くそ! 巻き込まれた! お前のせいだぞ、魔女!」というような顔をしないでくださいよ。いったいどの辺りに私の落ち度があったと言うのでしょうか。
ばっちり不満顔のツヴァイク様が私の正面へ立って剣を構えます。そしてレオンを先頭に、アレクシス様とルーカスがクラウドの前へ立ちました。大将であるヘンリー殿下は先程と同じ、4人のかなり後方に赤い襷を肩から斜めにかけ剣を手に立っています。
対するこちらの配置は今まで通りですね。
しかしクラウドを押さえるのに3人使うのはともかく、私の相手がツヴァイク様お1人とは・・・随分、舐められたものですね。それとも何かあるのかな?
あぁ。でも大将が前へ出るのは失策ですから、この配置しかないのかもしれません。
とりあえず。こちらも双子の戦闘メイドと戦力外なレイチェル様は今まで通り定位置から動かない予定ですし、私はツヴァイク様を戦闘不能にしつつ、ヘンリー殿下へ迫ればよさそうですね。
もしくは戦闘メイドをあてにしてツヴァイク様を抜き、ヘンリー殿下へ特攻するか・・・レイチェル様が怖くて抵抗しませんでしたが、私をとらえた双子の手腕は鮮やかでした。1対1ならともかく、双子対ツヴァイク様なら大丈夫でしょう。
そんなこんなしている間に、準備が整ったようです。貴賓席の国王陛下の合図を受け、主審の先生が右手を挙げました。
「準備はよろしいか? それでは、始め!」
主審の手が下ろされると同時に、ツヴァイク様が私へ、レオンがクラウドへ走り寄って来ました。私は薙刀をひと振りして間合いへ入られないように牽制します。
にらみ合い互いに微動だにしない私たちの横で、クラウドがルーカスの矢を避けつつ、レオンの大剣を受け流しています。
と、その時、アレクシス様が何かを私とクラウドの足元へばら蒔きました。反射的に離れようとしたところへ、アレクシス様が呪文を唱えます。開始後すぐ動かなかったのは、ちゃんと詠唱をしているようにカモフラージュするためのようですね。
「―――捕縛」
その言葉を合図に、爆発的に育った蔓植物が私とクラウドを絡め取ろうとします。
それを私は薙刀を振り回しつつ自分も回転してぶった切りました。クラウドの方は私より種が多かったからなのか剣で切り抜けることができなかったようで、地面に突き刺した剣を踏み台に飛び上がり、宙で一回転して少し離れた所へ華麗に着地します。そこへ容赦なく飛来したルーカスの矢を袖から出した短剣で弾き、すぐさま飛びのいてレオンの大剣を避けました。
「―――刺突」
ツヴァイク様の剣を受けていた私と、レオンの大剣を避けていたクラウドへ、アレクシス様が再び魔法を放ってきます。今度は十数本の氷のナイフですね。
次々に迫るそれを私とクラウドは走ったり跳んだりしながらすべて避けます。私はその勢いのままツヴァイク様の方へ走り込み、体をひねった遠心力を薙刀へ乗せて、構えられた彼の剣先へ打ち込みました。
「っう」
剣を手放しはしませんでしたが、金属同士の衝突で起こった振動のせいでしょう。ツヴァイク様が顔をしかめます。この隙に仕留めようとして、勘で後ろへ跳びました。
「―――裂断」
先程まで私が立っていた場所へ、アレクシス様が放った風の刃が通ります。彼は詠唱が必要ないのを少し間を置くことで詠唱しているように見せかけているだけですから、阻害することができないのですよね。
でもやらないよりはましかと、苦無を放ってみます。
「―――刺突」
やはり無駄だったようで、氷のナイフを返されました。すべて避けきった所へ、ツヴァイク様が切りかかってきます。それを受け流しながら、この状況をどうしようか頭を悩ませます。
ツヴァイク様を追い詰めるにしてもアレクシス様の援護魔法が邪魔なんですよね。沈黙を保っているヘンリー殿下が不気味ですし。クラウドの方はどうなのでしょうか。
ちらっとそちらへ視線を送ると、彼は小さく頷きました。何かする気のようです。
それまで横や後ろへ避けていたクラウドが大剣をしゃがんでかわしたかと思ったら、次の瞬間にはレオンのみぞおちへ膝蹴りを入れていました。速すぎて目で追えませんでしたよ。
「ぐぅっ」
呻いたレオンへとどめを刺す前に、クラウドが矢をつがえていたルーカスへ短剣を投げます。1本目を避けたルーカスですが、それを読んで同時に放たれた2本目が弓を握っていた左手首に当たりました。刃が潰されていますので刺さりはしませんが、痛かったろうな。
あ。当たり前ですが傷害無効グッズは皆、外してありますよ。大勢の観衆の前で怪我を負うのが当たり前な一撃を受けながら無傷とか、不自然すぎますからね。
ルーカスが弓を取り落とすと同時に、クラウドが背を丸めているレオンの首の後ろへ手刀を叩き込みます。頭部攻撃は禁止ですから、ギリギリのラインですな。
気を失いはしませんでしたが膝を付く、レオン。クラウドは2人を放置してアレクシス様の方へ走り寄りました。途中で地面へ刺しっぱなしだった剣を回収するのも忘れずに。
そこまでツヴァイク様のお相手をしながら横目で見ていた私は、自分の方へ集中することにしました。それまで受け流すだけだった動きに、突きを織り交ぜます。その変化によりできた隙を狙って剣を払い、そのまま薙刀の切っ先で絡めました。
「―――流れ落つ星」
「なぬっ?!」
文言的に「メテオ」系かと焦りましたが、そこまで大層な魔法ではありませんでした。
隕石というより、落石ですね。大気圏突入をしたわけではありませんから発火していませんし。
ヘンリー殿下は攻撃ではなく撹乱が目的だったようで、人の頭大の岩が無差別に落ちてきます。当たれば痛いでしょうけれど、そこそこ数があっても密集していませんから避けることは難しくありません。ちらっとレイチェル様を確認すれば、双子に手を引かれてはいるものの、ちゃんと避けられています。
ここは避けつつ、攻撃に転ずるべきですね。これを避けている間は集中するのが難しいでしょうから、アレクシス様も魔法が打てないと思いますし。
タイミングのいい事にツヴァイク様が落ちてきた岩を避けた所だったので、気配を消して近接し、重心がかかっている方の足を払いました。
「ぐっ」
よろめいたツヴァイク様の腹に薙刀の石突をめり込ませます。尻もちをついたツヴァイク様の首に薙刀の刃を添えました。
「ツヴァイク脱落!」
うふふ。1人目。
悔しげに私を見上げるツヴァイク様に背を向け、降りやまない岩を避けながら大将であるヘンリー殿下の方へ走ります。この程度で私を足止めできると思わないでいただきたい。
「カム?!」
驚きの表情を浮かべるヘンリー殿下との距離を一気に詰め、向けられた剣を薙刀で払って空いている左手で斜め掛けされていた襷を掴みます。薙刀を手放し、襷を切るための短剣を腰元の鞘から抜こうとしたら、殿下がにやりとしました。
嫌な予感に慌てて身を翻そうとしましたが間に合わず。
剣を投げ捨てた殿下が襷を掴んでいた私の手を捕らえて引っ張り、さらに腰を抱き寄せられ、そのまま両腕で締めると同時に上から圧し掛かられました。
こ・・・これは相撲の禁じ手、鯖折り!
この世界での呼び名は知りませんが、一応私もクラウドに習っています。自分より体格がいい相手にかけるのは難しいので、使用したことはありませんけれども。
「ぐぅぅ」
痛みに体をのけぞらせたら、鎖骨のやや上部、首の付け根を殿下に思いっきり噛まれました。
「ぎいぃぃぃぃっ!!!」
私の無様な悲鳴は、観戦していた令嬢がたの悲鳴にかき消されました。
絶対に血が出た! と思うところを、何を思ったのか殿下がべろりと舐め上げます。先程より大きな悲鳴が会場全体に響きわたりました。
うっうぅ・・・もうお嫁にいけない・・・がふっ。
まあ、どこへも嫁ぐつもりはありませんけれども。
がっくりと力を抜き、されるがままになった私へ、副審の先生が宣言しました。
「カーラ脱落!」
脱力した状態の私を抱きしめるようにして支えている殿下は、とても満足そうです。
一国の王子の戦い方とは思えないやり方に抗議の視線を向ければ、殿下が目を細めて口角を上げました。いつものにやにや顔ですね。
「君は人を傷付けることを嫌うから、隙を見せれば薙刀を手放して確実に襷だけを切ろうとすると思っていたよ。そしてカムは予想外の行動に弱く、クラウドは君に弱い。・・・ほら」
上半身をひねるようにしてクラウドを見れば、ルーカスによって後ろ手に拘束され地面へ引き倒された状態でした。最も近くにいた主審の先生が宣言します。
「クラウド脱落!」
悪魔の戦法に敗北した私とクラウドが抜け、ツヴァイク様が抜けたもののまだ戦える者が4人いるヘンリー王子殿下組の前に、双子の戦闘メイド達の奮闘も空しく。
私たちはヴァルキュリアの称号を逃し、レイチェル様が涙を飲んだのでした。




