大公令嬢をお招きしましょう!
扉の方へ視線を向ければ、こちらもいい具合です。ミシミシと音がしていますから、しっかり体重を預けてくれているはず。
部室の中には私のほかにクラウドしかいないのをいいことに、扉の前まで転移します。そして間髪入れずに、一気に内開きの扉を手前へ引きました。
扉が開くと共に、思惑通り銀髪の持ち主が転がり込んできます。その勢いのまま顔面から床へダイブするかと思われた人物は、前へ傾ぎ両手も前へ突き出した、普通なら保つことができない不自然な姿勢で制止しました。
私には見えませんが、おそらく彼女の精霊が支えているのでしょう。オニキスの緊張が最高潮に達しているようで、私の影が微妙に波打っていますし。
「まあ! 申し訳ございません。人がいるとは思わなくて・・・大丈夫ですか?」
不自然さには触れず、しれっと話しかけてみました。硬直したまま動かないゲーム主人公から、目を離さないようにしつつ、そうっと後ろ手に扉を閉めます。
げっへっへ。私の領域へようこそ!
ギギィっと音がしそうな感じで、ゲーム主人公が私を振りかえります。とりあえず、その不自然でパンチラしそうな姿勢を正したらどうなんですかね。
じっと見つめていた私と目が合い、ゲーム主人公の体がビクっと震えます。とりあえず敵意は無いと示すためにも、にっこりとほほ笑んでみました。
「どこか痛めてしまわれましたか? 手をお貸ししましょうか?」
近づきたくはないので、いつでも逃げられる距離を保ったまま、手を差し伸べます。まあ、ただのパフォーマンスってやつですね。
すると明らかに彼女ではない、何者かによって彼女の姿勢が正され、まっすぐ立ち私と向き合う状態になりました。
はああ。
ようやく、ゲーム主人公のゲームパッケージと同じ姿を拝むことができました。以前、お会いした幼少時のお姿も、大変可愛かったですけどね。
やはり私好みの美少女さんですよ!
大公令嬢らしくきっちり整えられた眉の下の明るい碧眼は、このまま見つめ続ければ今にも吸い込まれてしまいそうに透き通っていて。その縁を囲む長い銀の睫毛が湖面に煌めく月光のようで、大き目の瞳の為にやや幼く見えがちな彼女に、妖艶さを加味しています。
思わず見つめる目に力が入ってしまったのか、怯えたように目を伏せ、瞳を隠してしまわれたので、私は視線をほんの少しだけ下へ移動させました。
微かに震えている桜色のプルンプルン唇が、緊張のためか薄く開き、まるでちゅーを誘っているかような・・・って、ノーマルですよ! だいぶ前にも宣言しましたけど、私はノーマルですからね!
あぶない。あぶない。ゲーム主人公の魅力にやられて、好感度MAXのアレクシス様状態になるところでした。今なら彼の気持ちも・・・やっぱり、解らないかな。
さて。先ほどまでは身を案じるお声がけをさせていただきましたが、面と向かってしまった今。下位である私から、上位である大公令嬢へ許可もなく話しかけることはできません。
とりあえず頷いてさえいただければ、礼に則ったご挨拶をするのですけれども。
微笑みを浮かべたまま、ゲーム主人公の一挙手一投足を見逃すまいと、見つめ続けます。
「・・・そうだ・・・ことわざ・・・」
ん? 諺?
意味不明の呟きに心の中で首を傾げていたら、ゲーム主人公が急に顔を上げました。
「と、東京特許きょきゃ局許きゃ局長!」
いえ。それ、諺ではなく、早口言葉ですから。
しかも、後半カミカミっすよ。
どう反応していいか迷ったせいか、視線を彷徨わせてしまいました。それをどう思ったのか、ゲーム主人公は再び口を開きます。
「赤巻紙青巻まき黄巻まき!」
「・・・ぐ・・・ぶふっ・・・失礼しました」
おのれ。可愛らしい噛みように、つい吹き出してしまったではありませんか。売られた喧嘩は買わねば、女が廃ります。
こうなったら早口言葉勝負を受けて立って差し上げましょう。負けませんからね!
「高速増殖炉も〇じゅ!」
どうだ! って、あれ? ゲーム主人公が目を見開いて固まっています。
うーむ。ちょっとマイナーな文句でしたかね? それならこれでどうだっ!
「新人歌手新春シャンソンショー!」
「!!!」
ふははははははは!!! そうだろう?! すごいだろう! アナウンサーさえ噛んでしまうそうな文句ですからね!!
やり切った感を出してやや胸を張った私を、ゲーム主人公がキラキラと目を輝かせながら見つめてきました。
「やっぱり、貴女も転生者なのね!」
あ、そっち?
確かに高速増殖炉も、シャンソンも、この世界にはありませんからね。
拍子抜けして脱力してしまった私へ、感極まっているらしいゲーム主人公が飛びついてきました。美少女の抱擁を受けるのはやぶさかではありませんので、両手を広げて受け入れます。
女子特有の柔らかさと、ふわっとしたフローラルな香りを堪能しかけた所で、何者かにベリっと引きはがされました。
あぁ・・・もうちょっとだけ、ぎゅっとさせて欲しかった。
『エル! この女は女色だと父君に注意されただろう?! 今だって嬉々として・・・くそっ』
「うぶっ」
何やらキラキラしい物に押されて、後退します。
それでもわさわさと鬱陶しかったので、気配を消しながらゆっくりクラウドの横まで移動しました。赤いハンカチをズボンのポケットへ突っ込んだクラウドが、私を背後へかばいます。
従者が使うには、ちょっとハンカチの色が派手過ぎやしませんかね。今度、ささやかな刺繍の入った白いハンカチでも贈るとしましょう。
そんなことを考えながら、改めてゲーム主人公の方へと視線を向けました。
わさわさした何かは、どうやら翼だったようです。しかしそれは1対ではなく、大小合わせて少なくとも6対はあるため、ヘンリー殿下たちの精霊のような鷲などの鳥の姿ではないと分かります。それにゲーム主人公から私を引きはがしたのは、人の手の感触でした。
つまり総合すると、幾対もの翼を持つ天使のような形態だと思われます。現在も翼で視界が遮られていますから、はっきりとはしませんが。
「ちょっと、ディア! 邪魔しないで!」
『しかし! あの女はお前の体を・・・くぅっ! に、においまで嗅いでいたんだぞ?!』
そう広くもない部室内いっぱいに広がる翼のせいで、私とクラウドは壁際にいるというのに、かなり狭苦しい状態です。
どうやらあちらさんたちは仲間割れをしているみたいなのですが、先にこの状況を改善していただけませんかね。時折、目の前へやってくる翼を、こちらも鬱陶しそうなクラウドと共に押しやっていると、衝撃的な内容が漏れ聞こえてきました。
「抱擁なんて安いもんじゃない! もうちょっと、あのばいんばいんを堪能させなさいよ!」
あ。同類かもしれない。
横っ面に感じる、なんとなく居心地の悪い視線を耐えていたら、急に視界が晴れました。ゲーム主人公の精霊が実体化を解いたようです。
所在無げに佇むゲーム主人公へ、同類を歓迎する気持ちで微笑みを浮かべながら両手を軽く広げると、喜色満面で手をぐぱぐぱし始めました。
「さ、触ってもいいの?!」
・・・ふむ。どうやら欲望に忠実なお方のようですね。いきなりそれですか。
大公家のご令嬢として問題ある行動だとは思いますが、この程度で円滑に事が進むのならいいかな。
「・・・どうぞ?」
うん、大丈夫。女子同士だし、元貧乳としてはこのお胸様たちに触れてみたくなるのも、解らなくはありませんし。
若干、戸惑いつつも、この後の交渉材料にすればいいかと受け入れることにします。
「わーい!」
可愛らしい声を上げつつも、厭らしい笑みを浮かべたゲーム主人公が、両手をぐぱぐぱしながらにじり寄ってきます。せっかくの可愛いお顔が台無しですよ。
『いいわけあるかっ!!』
しかし幾らかも進まないうちに、彼女と私の間へ毛を逆立てたオニキスが現れました。驚いて足を止める、ゲーム主人公。
『私だって触れたことないのに!!』
「え?」
『ん? あ、しまった!』
オニキスさん的には姿を現すつもりはなかったようで、辺りを見回してから、あたふたと私の影を踏んできます。しかしどういうわけか、一向にその姿が影へ溶け込む様子がありません。
「え。じゃあ、お先にどうぞ?」
「は?!」
何、勝手に許可を出してるんですか!
抗議しようとして、相手の地位が王族に次ぐものであることを思い出し、踏みとどまります。
憤りを逃がすためにゲーム主人公から視線をそらし、足元を見れば、オニキスが情けないほどに耳と尾を垂らした状態で一生懸命、私の影を踏んでいました。
うーん。なるほど。普段何気なくできる行動がとれないほど、ショックを受けるようなことだったのですね。
そもそも精霊相手に羞恥を覚えること自体が間違いなのかもしれません。彼女の精霊と思われる青年に包容されていても、ゲーム主人公は動じる様子は全くありませんでしたし。
こんなオニキスを見たのは初めてです。それにそう難しい望みでもありません。
その望み。叶えて差し上げましょう。
「触りたいんですか? いいですよ? どうぞ」
別にオニキスになら触れられても嫌ではありませんし、服の上からですし。
直接触られたらそりゃ、変な気分にも・・・って、だからオニキスは精霊なんです! しかも犬の姿なんですよ?! そんな変に意識する必要なんて・・・はっはっはー!
「触るなら、早く触ってください! 後がつかえているんですよ!」
オニキスの次に触る気満々のゲーム主人公が、オニキスをせかします。私の影を踏んでいたため真近にいたオニキスは、私を見上げた後、思いっきり目を彷徨わせました。
もう。間を置かれると恥ずかしくなってしまいますから、ひと思いにやってくださいな。
『う・・・うぅ・・・』
じっと見下ろす私の前で、俯いて呻き始めたオニキスの毛が、未だかつてないほどガビガビに逆立ちました。
『っぐわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
頭の中にガンガン響く叫びをあげて、オニキスの姿が童話の魔女のようにドロッと溶けます。そして液状のまま、私の影に流れ込みました。
『くくく・・・黒のくせに、青いな』
いつの間に現れたのか、全身、着ている物さえも真っ白で、キラキラエフェクト満載の神々しい青年がゲーム主人公の背後に立っていました。そしてゲーム主人公の肩を撫でさすり、その頭にキスを落としています。私とゲーム主人公はどちらからともなく顔を見合わせて、同時に深いため息をつきました。




