今度こそ入学式に参加しましょう!
フランツ王子殿下は約束どおり、私とクラウドの事を口外されなかったようです。さらに私たちの所業は、戦乱のどさくさに上手く紛れたため目立つことなく済み、無事にミッションは完了。
ちなみに学園の方はというと、何かあればすぐ呼ぶようフレイに言伝してちゃんと授業へ参加していました。
相手方も目立ちたくないのは同じで襲撃はやはり夜間に行われたため、フランツ王子殿下ご一行が昼日中から襲われることはなく。よって特に問題ありませんでした。
グレイジャーランド帝国はその後、皇帝陛下によって帝都ノーリ、皇城共に2ヶ月程であっさり奪還され、徐々に落ち着きを取り戻しつつあると聞きます。
まあ、依り代であった領地を奪われ、補給を絶たれ、空っぽだったらしい皇城で籠城したものの、すぐに立ち行かなくなったのでしょうね。
皇帝軍側の作戦勝ちです。
フランツ王子殿下は皇帝軍が外堀を埋めている最中に、帝国側が厳重な警備の下でモノクロード国まで送ってくださり、帰国。ちょうど間に合った、学園の卒業式とパーティーへ参加されたそうです。
ここで伝聞なのは、私がそれらに参加しなかったから。1年生が1人参加しなかったところで何の問題もありませんし、また阿鼻叫喚に陥ってもらっても困りますからね。
そのまま人質交換となるはずでしたが、双方の王子様方が共に留学続行を希望され、また国同士もそれを認めたため、相変わらず帝国組は学園に通っていらっしゃいます。
ちっ。ゲーム開始前に隠しキャラ退場かと、ぬか喜びしてしまったではありませんか。おのれゲーム補正。
フランツ王子殿下の方はというと、モノクロード国側の護衛が増員され、再びグレイジャーランド帝国の帝都ノーリへ旅立たれました。なんでも「魂の師匠をみつけた!」とかおっしゃって、嬉々として向かわれたそうですが・・・あの鬼強いご側室メレル様の事でしょうか。
そんなこんながありつつも、問題なく終了した卒業式は前世と同じく3月。つまり元旦に皆1つ歳をとるこの国では、私ももちろん1つ歳をとりまして・・・ついに16歳となりました。
つまりゲームスタートの年と言うわけでございます。
と、いう事はいよいよゲーム主人公であるジスティリア大公令嬢、レイチェル様が4月に学園へご入学されるというわけで・・・。
いよいよ、やってきました新年度。
本来ならば、私と、攻略対象であるヘンリー王子殿下、アレクシス様が2年生。ゲーム主人公と、レオンが1年生でゲームスタートです。ルーカスは翌年入学してくるはずでした。
しかし現状は攻略対象がすべて2年生。隠しキャラまでいるという、もうカオスとしか言いようのない学年でございます。
「バル恋」ファンの皆様、設定が崩壊してしまって申し訳ございません。
1年前の惨状が記憶に新しい入学式は、途中まで在校生も参加が義務付けられています。進級式も兼ねているような扱いですね。
特別な宣言とか、仕来たりなどがあるわけではなく、1年生を迎えることにより、進級したという自覚を持たせる程度のものですが。
卒業式同様に、入学式も仮病で欠席しようかと思いましたが、好奇心には勝てませんでした。怖いもの見たさと言うものですかね。
さて。
前回は私が式の直前に講堂へ足を踏み入れた事で注目を浴び、生徒たちが阿鼻叫喚に陥った訳でございます。
それなら、1番に講堂入りする・・・のは、誰も入って来れなかった時のダメージが大きすぎるので却下。
しれっと半分ほどの生徒たちが入場しているタイミングで、登場してみました。
やはり水を打ったように静まる講堂内。
モーゼのように割れる人波。
1年も学園で過ごせば、この反応にも慣れたもので、気にせずどこへ座ろうかと視線を巡らせます。途端に殆どの生徒たちが着席し、身を小さくして気配を消そうと努め始めました。
私の目から不可視熱線が出るとでも、思っているのでしょうか。相変わらず酷いものです。
望んだ結果ですから、大満足ですが。
しかし、そんな空気を読まない人物が御1人。
「カム! こっち! ここへ座って!」
言わずもがな。ヘンリー王子殿下でございます。
本当はこの方こそ、私を避けていただきたい本命なのですが。
いえね。有り難くはあるのですよ。どこへ腰掛けても爆心地かという感じに、私の周囲へ空間が出来ることが確実なこの状況で、誘っていただけるのは。
しかしですね。そちらのお席は、生徒会の方々がお掛けになる場所ではありませんか? 私、生徒会へは入りませんよ?
素直に示された場所へ向かいつつも、確実に顔へ警戒心が滲み出ている。そんな私の心境を察したらしいヘンリー殿下が、苦笑しました。
「大丈夫。私の企みではなく、先生方からの指示だよ。君を私の近くに置いた方が、他の生徒たちが落ち着くからって」
成る程。生徒会長である「艶陽の猛獣使い」に、私を管理させようというのですね! 望むところです。
「わかりました。しかし、殿下。私は生徒会へは入りませんよ?」
「大丈夫。わかっているよ」
ほぼ非活動。かなり居心地のよい、部員数2名のクラブ費皆無、弱小裁縫部を捨てて、面倒に身を投げ入れる気などありません。
はっきり手伝わない宣言をした私へ、ヘンリー殿下は意外にも柔らかく笑んで答えました。そして私の後ろに控えていたクラウドへも、私の隣の席を勧めます。
1度は辞退したクラウドも、他の生徒たちが着席している中、自分だけ起立していれば目立ってしまうことはわかっています。それにそう何度も王族の勧めを断ることもできませんので、2度めの勧めで着席しました。
ヘンリー殿下は私たちが着席したのを確認すると、他の生徒会メンバーの方へと歩いていきます。そちらにいたルーカスが私に気づいて、ほわーっと微笑んでくれました。かわゆす。
隣にいたレオンが軽く会釈してきたので、2人へ笑みを返して右手を軽く振ります。
その奥にいたアレクシス様が標準装備の鋭い目で私を見ているのに気づき、笑みを消して真顔で視線を返しました。以前ならば目をそらしている間を越えてもじっと見つめてこられるので、負けじと私も見つめ続けます。
やがてなんとなく眉尻が下がったようなアレクシス様がこちらへ歩を進めようとし、その前にルーカスが立ちはだかりました。さらに避けようとした先をレオンが塞ぎ、ヘンリー殿下がぐっと肩をつかみます。
アレクシス様がつかまれた肩へと視線を向けたので、最後まで目をそらさなかった私の勝ちとみなしました。ちゃんと優位を示しておかないとね。また噛みつかれてはたまりませんし。
結果に満足しながら講堂の入り口へ目を向けます。そこから続々と入場してくる生徒たちの中に、少しずつ新入生も混じってきました。
会場を見回した際に私に気づいてしまった方は暫く硬直されたりしましたが、私が腰かけているせいか気付かなかった生徒と半々といったところでしょうか。
入学式の会場となる講堂は新入生歓迎プチ舞踏会や卒業パーティーの会場ともなりますから、適度に豪奢で広々とした造りになっています。天井中央に下がる、クリスタルのシャンデリアもその1つ。私はそれを眺めるフリをしながら、これから入ってくるだろうゲーム主人公の姿を探します。
講堂は入って正面奥に2階程の高さのステージがあり、左右に優美な曲線を描く階段があります。私がいるのはその左側の階段近くの席で、他の椅子がステージへ向けて並べてあるのに対し、ステージが左手にくるように設置してあります。
入り口を見張るには絶好のロケーションですね。
断罪イベント時、私はステージ下へ学園警備に取り押さえられ、ゲーム主人公と、最も好感度の高い攻略対象とにあちらから見下ろされる事になるのですよ。
・・・おぉ。ブルッときました。逆ハーレムさえ避けていただければ、誰を攻略してもらっても構わないのですが。
逆ハーは、ねぇ・・・人としてどうかと思いますから、阻止するかもしれません。ルーカスが蔑ろにされるのは我慢できそうにありませんし。
ぼんやりとそんな事を考えていたら、視界の端に銀色が見えました。慌ててそちらを見て、脱力します。
「なんだ。ゼノベルト皇子殿下か・・・」
「なんだとはなんだ」
聞こえてしまったようで、青銀の髪をなびかせながら颯爽とこちらへやってくる、ゼノベルト皇子殿下。
来なくていいのに。
仕方なしに、椅子から立ち上がります。
「ごきげんよう。ゼノベルト皇子殿下。ダリア様」
私が今着ている制服はパンツではなく、チャイナドレス風の横にスリットが入ったロングスカートです。それを軽くつまみ、尊大に見下ろしてくるゼノベルト皇子殿下と、その後ろに控えていらっしゃる男装の麗人、ダリア様に礼をしました。
「こんにちは、カム。今日の髪型も素敵だね」
さらっと誉めてくる、ダリア様。スマートに嫌みなく女性を気分よくさせる。そんなダリア様は、天性のたらしなのではないかと思うのです。
「ありがとうございます。クラウドに任せっきりで、自分の頭がどうなっているのか、よくわからないのが残念ですが」
後ろがどうなっているのかよくわかりませんが、今朝はクラウドがせっせと耳の横の辺りを編み込んでいました。肩と首に髪がかかっていますから、カチューシャのような感じに編み込んであるのだと思います。
ダリア様が細く垂れ目がちな蒼の瞳をさらに細くして微笑まれたので、私も笑みを返しました。
そのやり取りの間、悋気も露わに睨みつけてくる金緑の瞳の主へ、私は視線を向けてにいっと口角を上げて見せます。ゼノベルト皇子殿下の顔が強張りました。
「ダリア様のふわふわと柔らかそうな御髪も素敵ですわ。思わず手を伸ばして、触れてしまいたくなります。・・・ねぇ、ゼノベルト皇子殿下」
「はぁ?! お前っどこまで見ていた?!」
嫌ですね。2次元ではなく、3次元で他人のイチャイチャを覗き見て楽しむ趣味は、私にはありませんよ。ちょっと鎌をかけてみただけです。
耳まで真っ赤にして慌てふためくゼノベルト皇子殿下をニヤニヤしながら観察していて、ふと気付きます。
おやぁ? 心なしかダリア様の目元が赤いような・・・はっ! まさか!!
「殿下、どこまでいったのですか?」
ゼノベルト皇子殿下との距離を一気に詰めて、ダリア様に聞こえないよう囁き、すぐに離れます。さらに首まで赤く染めたゼノベルト皇子殿下が、パッとご自分の口元を押さえました。
無意識の行動なのでしょうけれど・・・ええ。察しましたよ。私。
「初めての口付けは檸檬の味がすると聞きました。いかがでしたか?」
油断すると厭らしい笑いになってしまいそうな顔を、頑張って無邪気な好奇心を前面に出して無垢な令嬢を装いつつ、ゼノベルト皇子殿下に問いかけます。
そう言えばずいぶん前になりますが、オニキスにちゅっとされたのはカウントに入るのでしょうか。でしたら、あれが私のファーストキスになるのですが・・・あ、そうなるとセカンドも済んでますね。
もちろん、前世も含めてなのですよ。こんちくしょうめ。
おぉ。そう思うと、私のキスってかなり重い気がします。甘酸っぱいどころか、熟しきった柿のような、ドロッとしたイメージですよ。実際は無味無臭でしたが。
毎日朝晩、オニキスと当たり前のようにちゅっちゅし合っているのですけれど、唇にされたのはあの時だけです。
なんでしてくれないのかな。
ん?
今、何て?
勝手に脳内でパニックを起こしながら、それでも顔に出さないように努めます。
すると絶句しているゼノベルト皇子殿下に変わり、恥じらいに揺れる瞳を彷徨わせながら、ダリア様が答えてくださいました。
「苺の味んん」
「素直に答えるな! っう!!」
昨夜のデザートは苺のミルフィーユでした。と、いう事は、そういうわけで。
途中でダリア様の口を塞いだゼノベルト皇子殿下が、慌ててその手を離し、しかし大事そうにもう片方の手で包んで胸元へ持っていきました。
・・・あぁ。ダリア様の唇に触れたことで、昨晩のチョメチョメを思い出しているのですね。ゼノベルト皇子殿下は純情なのか、むっつりなのか、はっきりしませんな。
初々しいカップルを目の前に、表情を隠しきれずニヤニヤとしてしまった私は、当初の目的も忘れ、その後も入学式が開会される直前までお2人をいじり続けてしまいました。正確にはゼノベルト皇子殿下を、ですが。
開会後、校長先生や、生徒会長であるヘンリー王子殿下のお話を聞きつつゲーム主人公の銀髪を探しました。しかし目立つはずのその色を見つけることはできず、おかしいなと思いながら自分の教室へと向かうのでした。




