7、知る人ぞ知る
出た! と一部の人は経験者は語るみたいな引き締まった顔をした。
テン、と床にお行儀よく座るみたいに置かれた小釜ちゃん。単なる小釜なのにちんまりと可愛い。そのうち神様が贔屓して可愛さの極振りをしたレッサーパンダとかアライグマとかに変身しそうな雰囲気がある。それで自分で自分の小釜を洗ってお手入れをするようになるのかも知れない。
というような未来は不確定だが。
現在の小釜ちゃんには秘密があった。
知る人ぞ知る事実なのだが、小釜ちゃんはとんでもなく重いのだ。怪力自慢な者が複数人がかりでも持ち上げることができないくらいに尋常ではなく重いのである。
所有者であるオリヴィア以外は持つことができないのだ。故にオリヴィアは、かぐや姫が求婚者に難題を課したように小釜ちゃんを求婚を断わる口実としていた。
自分から崖を飛び降りるみたいな、オリヴィアへの求婚という自分の行為による自業自得で小釜ちゃんからの痛い洗礼を過去にあびたことのある貴族たちはソっと視線を沈める。
しかも小釜ちゃんはタチの悪いことにトラップ付きであった。
「ぐおおおっ! 何だ、この小釜は!? おい、おまえたちも手伝え!!」
パーシヴァル王子が自分の護衛たちを呼ぶ。
しかし王子と護衛たちが全力で挑んでも小釜ちゃんは持ち上がらない。
「何なんだ!? この小釜は異常だっ!!」
「ビクともしないぞ!」
「うおお〜っ!!」
「動け! 動け!! 動けーっ!!!」
力の限りを尽くした王子と護衛たちはゼェゼェと息を乱して座り込んだ。
「「「「む、無理だ……!」」」」
しかも疲労困憊のあまりか、パーシヴァル王子たちは立てなくなっていた。
実は、小釜ちゃんは触れた者の魔力を乱す自己防衛機能付きなのである。なので王子と護衛たちのように小釜ちゃんに触れた者は重度の体調不良となって動けなくなってしまうのだ。
陸に釣り上げられたマグロ状態となってへとへとに弱っているパーシヴァル王子たちに、サヴァラーム王国の王太子はさも心配そうな顔をして身を乗りだした。
「パーシヴァル王子、大丈夫ですか? たいへんお疲れの様子ですね。心配です。至急に手配をしますので王宮で休んでください」
王太子が指を鳴らすと、使用人たちが一斉にパーシヴァル王子たちを介助する。王太子は親切げな態度を装っているが、内心では笑いが止まらなかった。隣国からの迎えが来るまでパーシヴァル王子には、王宮での快適な療養生活をおくってもらう計画を王太子は瞬時に立てていた。
「医師は王宮にて待機しています。部屋も不自由なく整えていますよ。さぁ、馬車へどうぞ」
ローエングリム公爵夫人イレーネは国王の姉である。降嫁したとはいえ、そのローエングリム公爵家での無礼千万な振る舞いは王家に対しても喧嘩を売ったことに等しい。
売られたからには高く買うつもりの王太子であった。そして支払いは隣国の王家に高く高く請求するのだ。
しかし懲りないパーシヴァル王子は、
「何かのイカサマだ。でなければ小釜が持ち上がらないなんて不自然だ、よくも王家の王子に対して八百長をしたな。覚えておけよ!」
と使用人に運ばれながらオリヴィアを吐き捨てるように罵ったのである。
嬉しそうにカロリーヌが一歩前に出た。笑みが花開く。
「覚えておいてもよいのですね? ええ、絶対に忘れませんわ」
カイゼクスも胸が冷えるほどの鋭い双眸で言った。
「ローエングリム公爵家は忘れませんよ。今日のことは、決して」
「ですのでパーシヴァル王子殿下もお忘れなきように」
と、ローエングリム公爵が肌が粟立つような威圧感を纏った。
「骨の髄まで覚えておいてくださいましね」
と、ローエングリム公爵夫人イレーネが麗しい笑顔で念を押す。
サヴァラーム王国側の貴族たちは黙っているが、無言の矢が突き刺さるみたいな牙の剥き出しな眼差しであった。まるで暗闇の中で目を光らしている肉食獣の群れのようである。
「うっ……」
パーシヴァル王子が怯む。唇が震え、恐怖が肌を締めつけた。
カイゼクスがパーシヴァル王子に冷静な口調で警告をした。声は穏やかだ。だが、穏やかであるからこそ恐ろしい。
「オリヴィアはローエングリム公爵家の夫人です、ずっと永久に」
今は父の夫人でもいずれは僕の、という言葉は口の中にカイゼクスは含む。
「ということですので」
ヒョイとオリヴィアが小釜ちゃんを軽々と持ち上げた。太陽を集めて咲いたような福寿草のごとく輝く笑顔である。
「パーシヴァル殿下の求婚はお断りをいたします」
「……ッ!」
ギリギリと歯噛みをしたパーシヴァル王子はもはや反論もできない。
朝顔が萎むみたいに顔をワナワナと慄かせたパーシヴァル王子は、逃げるみたいに使用人に支えられて玄関正面に停車している馬車に乗り込んだ。
馬車の周りはサヴァラーム王国の騎士が警備との建前で取り囲んでいる。
パーシヴァル王子は馬車に逃げたつもりだが、逆に王太子はパーシヴァル王子を逃がさないように馬車に追い込んだのだ。
このまま王宮まで。
王宮でも。
厳重な籠の鳥として、パーシヴァル王子は王宮の豪華な部屋で安楽に過ごすのである。王太子が隣国から納得できる代償を絞り取る日までは。
そうして帰国した隣国で待つものは奈落の底かも知れないが、パーシヴァル王子の愚行を止めなかった取り巻きたちも一蓮托生であろうから寂しくはないだろう。
くっくっくっ、と秘かに笑いを洩らしてパーシヴァル王子とは別の馬車に乗って王宮へと戻って行く王太子に、王国の魔王って王太子殿下だったのかも、とオリヴィアは思った。
ちなみに国王は王太子の采配に満足して、退位を早めて『ラスボス劇場』に入り浸る計画を瞬時に立てていた。
同じ瞬時に立てた計画でも王太子と国王とでは、我欲にまみれた大きな差が天と地ほどに異なった。
それを横目で見ていたカイゼクスとカロリーヌは、王太子は若いのに過労で老けるかも、と同情したのだった。後日、王太子にはローエングリム公爵家から疲労回復に効く美食が大量に差し入れされた。
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