6、小釜ちゃんは無限重量
むむ、とオリヴィアは眉を寄せた。
階下のパーシヴァル王子の言動が、ぎゅうと身体が収縮しそうなほどに不快であったからだ。
「わたしはオリヴィア夫人に求婚をしにきたのだ。王族の第一夫人だぞ。たかが公爵家の第二夫人でいるよりも遥かに名誉なことだ。しかもオリヴィア夫人は17歳、40歳の公爵との結婚など不幸極まりない!」
喚くパーシヴァル王子に、サヴァラーム王国側の貴族たちの額にビキリッと青筋が立った。
オリヴィア夫人を奪うために来たのか!?
サヴァラーム王国の貴族たちの心の声が一致団結する。
オリヴィア夫人は我がサヴァラーム王国の公爵夫人だぞ! 我らの尊い推しだ!! 許さんっ!!!!!
貴族たちの絶対零度な双眸の奥底に豪炎が燃えているような、鋭い眼差し。
国内外においてオリヴィアがローエングリム公爵家の第二夫人だと広く周知されていたが、それでもオリヴィアに求婚する者は後を絶たなかった。それが礼儀に外れ常識に欠いた無礼な求婚であってもオリヴィアを求める者は多く、頻発に繰り返された。
しかし、これほどの人前での無作法な求婚は初めてであった。
「ずいぶんと侮辱をしてくれるものだ」
とローエングリム公爵が平坦な声で嗤った。
「ええ、本当に」
と公爵夫人イレーネが春の女神のごとく嫣然と嗤う。
対してパーシヴァル王子は自分の要求が叶って当然である、という態度であった。
隣国王家の末の王子として甘やかされて育ったパーシヴァル王子は政経構造に疎い。絵の才能があったことから幼い頃から政争の枠外に置かれたことも不味かった。
適温の整えられたガラスの水槽で優雅に泳ぐことしか知らないのだ。
取り巻きたちもパーシヴァル王子をチヤホヤして心地よくさせる者ばかりなので、挫折を経験したこともない。失態は使用人たちが尻拭いを完璧にしてくれたので望む通りに生きてきて、生きて来られたイージーモードの人生であったのだ。
隣国の王家も、パーシヴァル王子が軽率な面はあってもこれほどに愚かであるとは把握していなかったのだろう。将来は絵の才能を生かす芸術方面での活躍を期待して、それなりの爵位を与える予定であった。
そして王太子に至っては。
隣国に大きな貸しが作れる、とうきうきとほくそ笑んでいた。
グツグツとそれぞれの思惑が渦巻く地獄鍋のようなロビーに向かってオリヴィアが階段をおりて行く。
「行くの?」
カイゼクスが尋ねる。
「行くわ」
短く答えるオリヴィアをカロリーヌも止めなかった。
「じゃあ、一緒に行くわ」
ロビーに下りた3人のために、貴族たちが左右にわかれて道をあけた。
視線が集中する。
貴族たちも。
ローエングリム公爵夫妻も。
王太子も。
顎をひき頭をあげて歩くオリヴィアを見た。
堂々と進んだオリヴィアはパーシヴァル王子の前に立った。
オリヴィアはにこりと微笑む。
「私に貧乏生活をしろとおっしゃるのですか?」
挨拶もしない。無作法には無作法で返すのがオリヴィアの主義だ。
「び、貧乏生活!?」
激昂でパーシヴァル王子の顔色が変わる。
「はい、貧乏生活です。この『ラスボス劇場』の建築費は幾らだと思います? 7500億です」
「な、7500億……」
パーシヴァル王子が仰天して声を詰まらせた。
「旦那様はポンと出してくださいました。殿下は出してくださいますか?」
オリヴィアは怒っていた。
ローエングリム公爵は、オリヴィアの大事なラスボス男爵領を助けてくれた。たった15歳だったオリヴィアのことも救ってくれた。
そのローエングリム公爵を卑しめたパーシヴァル王子をオリヴィアは許せなかったのである。
たかが公爵家の第二夫人?
その公爵家がいかほどのものか地べたから見上げろ! とオリヴィアはメラメラと燃えていた。
「このサヴァラーム王国は大陸一の強国です。領土は広大で軍事力も経済力も政治力もあります。そのサヴァラーム王国の筆頭公爵家がローエングリム公爵家です。権力も財力も水を湛える泉のごとく湧いております。サヴァラーム王宮での権勢も一番ですが、パーシヴァル殿下の隣国王宮における発言権は何番目ですか?」
オリヴィアは容赦なくパーシヴァル王子の痛い所を抉る。隣国王宮で公務をほとんどしていないパーシヴァル王子に発言権はない。
「そうそう、年齢差でしたね。40歳、素晴らしいではないですか。旦那様の包容力は安心できます。イレーネ様の美貌は眼福で毎日が目の保養です。カイゼクスとカロリーヌは私を慕ってくれて癒やしてくれます。ローエングリム公爵家で私は幸福なのです」
オリヴィアはにこにこと笑顔である。
「それで、パーシヴァル殿下。殿下の王子妃のどこに魅力を感じろとおっしゃるのですか?」
ネチネチとした陰険さはオリヴィアの好みではないが、貴婦人の嗜みである。オリヴィアだとて少しは勉強をしたのだ。
ちくちくとイヤミをぶつけられて、パーシヴァル王子は顔を顰める。言い返すことができないのは、その通りだからだ。
「ふふふ、でもチャンスをあげます」
オリヴィアは胸に抱いていた魔法の小釜ちゃんを床に置いた。
「この小釜を持ち上げてみてくださいな?」
読んでいただき、ありがとうございました。




