鷹の目
「あー、今日も暑いな」
「惟之さん、暑いの苦手ですか?」
「あぁ。暑いのも寒いのも、どっちも苦手」
「ちょっ、何ですか。それ!」
昨日の夜の雲はどこかに行ってしまったようで、今日も見事な晴天だ。
じりじりと肌を焼いてくる太陽にうんざりしながら、惟之は隣にいるヒイラギと話をしていた。
他愛もない会話を続けながら惟之は、ここ最近で何度も見た地図のページを開く。
昨日と同じビルの屋上に立ち、惟之は再び発動の準備を始める。
「俺、惟之さんの発動を見るの初めてだ」
ヒイラギが風でページが変わらないようにと、地図を押さえながら見上げてくる。
「そうだっけか。まぁ、これと言って見てて楽しいものでもないがな」
惟之はサングラスを外し、目を閉じる。
「始めるぞ、何かあったらすぐに撤退だ。いいなヒイラギ」
◇◇◇◇◇
目を閉じたまま動かなくなった惟之を見つめ、ヒイラギは呟く。
「これが、惟之さんの発動の『鷹の目』なのか」
靭惟之。
『鷹』の力を媒体にして発動する能力者。
発動能力の一つである『鷹の目』は、離れた場所の観測と発動者の位置を把握する力だ。
かつては千里眼とまで言われていたが、ヒイラギの母であるマキエの死亡事件の際にそれは失われている。
その代償は大きく、右目の視力と能力は失われ、光の眩しさは彼に痛みを与えるものとなってしまった。
それでも彼は組織を離れず、痛みを抱えながらも最前線に立ち続けている。
果たして自分ならば、彼と同じようにできるだろうか。
畏敬の気持ちを抱き、集中の邪魔にならぬようにと、ヒイラギは惟之からの指示を待ち続ける。
◇◇◇◇◇
体が浮かび上がる感覚に、惟之は発動が完了したのを認識する。
前回は駅の周辺500mの範囲で広げてみたが、今回は範囲を絞り精度を上げていく。
手始めに周囲の発動者の気配を探るが、幸いにして今日は大きな気配を感じない。
待機しているヒイラギへ、手短に伝えていく。
「今日、奴らはいない。ヒイラギ、品子に伝えてくれるか」
彼からの返事が届かず、惟之は目を開くと隣を見やる。
「どうしたんだ、ヒイラギ?」
二度目の呼びかけで、ようやく彼から返事がくる。
「ごっ、ごめん! 連絡だよね?」
視線を外されたことで惟之の胸に、小さな痛みが走る。
「……初めて俺の目を見て、怖かったか?」
ヒイラギを動揺をさせないようにと、なるべく穏やかに話しかける。
「ううん、違うよ。話は品子から聞いたことあったし。本当に片目だけ金色になるんだなって」
品子との通話をするヒイラギの様子を見ながら、惟之は右目のまぶたに触れる。
そう、片方だけしか使えない中途半端な発動者。
それが今の自分だ。
苦しみに似た思考を漂う中、ヒイラギから名を呼ばれる。
「惟之さん、品子が了解したって。あと、えっとね」
ヒイラギは目をそらすことなく話し始める。
「俺も品子と一緒で惟之さんの目は綺麗だなって思った。品子ってさ、惟之さんのことは結構、辛口に言うじゃん」
「結構どころか、俺は辛口しか聞いたことないんだがな」
「何か昨日も暗い夜道なのに、コーヒー買って来いって走らされたって。すごく辛かったって言ってたよ」
「そうか。次の通話の時にあいつに、アイス代とコーヒー代を全て返せと言っておいてくれ」
惟之の言葉に、小さく笑いヒイラギは続ける。
「でもね、いつも言うんだよ。惟之さんの目は本当に綺麗だって。人はどんどん変わってしまうけど、惟之さんの目はずっとずっと変わらない。それがいいんだって」
「……」
「惟之さん、どうしたの?」
「……何を言っているんだか、わからないな」
そう、本当に分からないものだ。
惟之の口に小さく笑みが浮かぶ。
普段は自分に対し厳しいことしか話さない品子の一面を知り、芽生えるのは心のむずがゆさ。
その心のやり場がわからず、ヒイラギの頭をくしゃくしゃと撫でてしまう。
「うわ、何! 惟之さん。俺、子供じゃないからそういうのは要らないんだけど!」
顔を真っ赤にしたヒイラギに、怒られてしまう。
「悪い悪い。さて、本来のお仕事に入りますかね」
惟之は改めて地図を見直す。
予定している場所は昨日、打ち合わせた二ヶ所だ。
「まずは、こちらの二つの気配を感じた方からみていくとしよう。まぁ、恐らくこちらではないかと思うんだが」
そう呟き惟之は意識を眼下に向ける。
歩いていく人々、車にどれも違和感はない。
惟之は次第に範囲を広げていく。
周りを見渡していると、チリリと惟之のまぶたに刺激が来る。
軽くまぶたに触れ、惟之はヒイラギの名を呼んだ。
「ヒイラギ、俺が向いている方向は?」
「え? ええっと、ここから南西方向。地図に印かなんかつければいい?」
「そうだな、今から距離を確認する。赤い屋根が見えるんだが、ここからお前は見えるか?」
「あ、うん、200m位離れた屋根だよね」
「あの辺りに何か感じる。もう少し近づいてみ……」
「どうしたの、惟之さん?」
「まずい、ヒイラギ! いますぐに品子に伝えろっ! リードの対象者を変えて今、話したポイントに取り急ぎ向かってくれと。あの近くに、……冬野つぐみがいる!」
◇◇◇◇◇
「どういうことだ?」
「それはこっちが言いたいんだけど。とりあえずそこにあいつがいるらしいんだ!」
ヒイラギからの連絡を聞いて品子は焦る。
「そんなはずはない。彼女は自宅に居たはずだ。午前中に何度かシヤにリードで確認してもらっていたから間違いない」
品子は助手席に座るシヤへと視線を向ける。
「……品子姉さん。確かにこの近くに、つぐみさんがいます」
信じられないという顔で、シヤが呟いた。
「シヤ、案内して!」
「はい、車は降りて行った方がいいと思います。この辺り、狭い道が多そうですし」
ストールを首に巻きながら、シヤは車から降りる。
「わかった、行こう」
車を降り、品子はシヤの後について走る。
「とにかく今は、彼女との合流を。急ごうシヤ!」
つぐみの無事を祈りながら品子はシヤの後を追い走り出した。




