靭惟之
「いやー。最初はてっきりヒイラギが、彼女が出来て連れてきたのかと思っちゃったよ」
嬉しそうに話す男を、つぐみは黙って見つめる。
にゅうめんをあっという間に食べ終えた男は、ヒイラギの背中をバシバシと叩いている。
一方のヒイラギは、無表情でただ天井を眺めているだけだ。
どうしたらいいかわからず、今度はシヤへと目を向ける。
その彼女も、何もないようにご飯を食べ続けるだけ。
品子はまだ眠っているのか、リビングにはいない。
誰も自分に、この人の話と状況を説明してくれない。
ならばとつぐみは、自分から動くことにした。
「あの、よろしかったらおかわりお持ちしますけど? ええと、何とお呼びすれば?」
「え、いいの? 気が利くねぇ。そうそう、自己紹介がまだだったね!」
男は笑いながら、空になった椀を差し出してきた。
「俺の名前は靭惟之。この子達とは……」
「暇さえあれば、あんなことやこんなことをしてやろうと考えてる、ただの変態野郎だよ」
後ろからの声に振り返ると、品子が不機嫌そうに自分達を見つめている。
「おい、品子。初対面の人間に、何とんでもない嘘を刷り込もうとしてんの?」
惟之が驚いた様子で、品子へと視線を向けている。
「……うるさい、お前がここに来るなんて聞いてない。昼過ぎにこちらから行くと言ってあったはずだ」
いつもと違う品子の冷徹な態度に、つぐみは戸惑う。
「この子は冬野君、私の学校の生徒だ。私は彼女の友人関係について相談に乗っていた。話の途中で彼女が体調を崩し、更には独り暮らしだと聞いた。そのまま帰すのは心配だから、近くにあるこの家に連れてきたんだよ」
何やら話がおかしい。
沙十美の話を、この人には知られたくないということだろうか。
ならば、自分は品子に合わせるべきだ。
先程の品子の言葉を思い返し、つぐみは口を開く。
「……初めまして。冬野です。先生に友達のことを相談をしていたら、気分が悪くなってしまって。申し訳ないと思ったのですが、お言葉に甘えて休ませてもらいました」
「そうなんだ、体調は良くなったの?」
「はい、おかげさまで」
「それはよかった」
うなずきながら、つぐみは惟之を見上げる。
アンクル丈の黒のスラックスに淡い青のオープンカラーシャツという涼し気な姿。
センタパートの短髪のくっきりとした顔立ちには、同級生にはない大人の雰囲気が漂っていた。
運動をしているのか、褐色に焼けた体はしっかりと引き締まっている。
にこやかに自分を見てくる様子は、穏やかな人という印象だ。
だが、掛けているサングラスで、彼の目からは感情が読み取れない。
あまりにまじまじと顔を見ていたためだろう。
サングラスに触れながら、惟之が口を開いた。
「俺の目は光に弱くてね。申し訳ないんだが、……これは外せないんだ」
彼の言葉で、初対面でする態度でなかったことに気づく
「ご、ごめんなさい! えっと、おかわり持ってきますね!」
慌てて惟之の椀を受け取り、つぐみは台所に戻る。
鍋の汁を温めていると、リビングから品子の声が聞こえてきた。
「おーい、すまないが冬野君。私の分もお願いしていいだろうか。あ、ネギがもっと食べたいなぁ」
「わかりました、ネギを追加で切りますね。少し時間かかりますが、待っていてください!」
あまり仲が良くなさそうだが、二人にしておいていいのだろうか。
ヒイラギ達がいるならばと思っていたが、気が付けば兄妹ともリビングからいなくなっている。
自分達の部屋に戻ったのだろうか。
気にはなりつつも、つぐみは料理に再び取り掛かるのだった。




