第15話 怨霊との戦い(後編)
僕が近づくと怨霊は触手を伸ばすように形を変えて僕を攻め立てる。
好都合だ。
「ハアアアアアアッ!!!」
伸びてくる影を片端から斬り払う。
刃が影に接触するとバチバチと音が立ち、切り込めば肉を断つ手応えがある。
本体から切り離された影は粒になって溶けるように消えていく。
これを繰り返していればヤツは弱っていくだろうが、そんな悠長なことをするつもりはない。
僕を警戒して攻撃の手を止めた怨霊。
その隙を逃す手はない。
左手で瞬時に魔法陣を宙に描く。
「【解式拡散砲撃呪文】!」
頭の大きさ程の小さな魔法陣から放たれるのは指先程の細い光条。
しかしそれは同時に何十本と出現し、怨霊の影を蜂の巣のように穴だらけにする。
『クオオオオオオオオオンンンン!!!』
犬の遠吠えのような声を上げる怨霊。
このままいけるか!
と思った瞬間、怨霊の体が膨れ上がり、ブドウのような形状に変化し、その実に当たる部分に人間の顔が浮かび上がった。
反射的に僕は攻撃を解除した。
『ドウ……シテ…………コロスのオオオオオオオッッッ!!』
けたたましく甲高い絶叫に思わず耳を塞ぐ。
何十人もの女の顔が張り付いたバケモノと化した怨霊が発する圧力は凄まじかった。
これが死者の、人間のなれの果てというのか………
「すぐあの世に送ってやる」
一度、怨霊になってしまえば元には戻れない。
ナラ師匠はそう言っていた。
理性を失い、感情は怒りや憎しみだけに染まり、呪いを振りまくだけの存在と化す。
だから、滅してやるのが優しさだと――――
あれ!?
『やっぱりな……
ベッドの上でも従順だったお前のくせに随分な悪さしてくれるじゃねえか!
俺を見下ろす眺めはどうだ!? タチアナ!』
ザコルさんが怨霊の正面に立ち、上の方にある女の顔に呼びかける。
すると、怨霊の動きが鈍くなり、一斉にザコルさんを見つめた。
『ザコル……サマ……ザコルサマザコルサマザコルサマ!!』
人の顔の形はしているがその表情は狂気に満ちていて恐れの対象でしかない。
にも関わらず、ザコルさんは平然とした様子で話しかける。
「そんなに熱烈なキャラじゃねえだろ。
……何があった?」
『コロサレタ……ワタシモ……ザコルサマニモラッタコモ、ソノムスメモ……オオオオオオオッッッ!!』
ザコルさんを押し潰そうとしたのか、それとも体のバランスをくずしただけなのかはわからない。
だが、怨霊のその身体は雪崩のようにザコルさんを飲み込もうとした。
すんでのところで僕が抱えて避けなければ、取り込まれていただろう。
「なにやってるんですか!?
まともに戦えないんですから逃げてくださいよ!」
僕に怒鳴られてもザコルさんは動じない。
『リスタ、コイツの正体は生贄にされたコナー村の娘たちだ。
何百年もこの村では同じことが繰り返されてきた。
はじまりが誰かはわからねえ。
村の連中に怨みを持って、生贄が増えるたびに仲間を増やして、今はこんなになっちまったみたいだ』
「淡々と言わないでくださいよ……
さっきの口ぶりだと、あの中にザコルさんの奥さんや娘が」
『別に珍しくもねえ。
俺の死後、俺の嫁や子供の多くが迫害や暗殺で命を落としている』
「え————」
衝撃的すぎて息が一瞬止まった。
僕は怨霊に……ザコルさんの妻だったタチアナに目を向ける。
彼女は涙を滝のように流し恨めしそうに言葉を絞り出す。
『コロソウ……ザコルサマ……
ムラノミンナヲ……
タスケテクレナカッタヒトタチヲ……
ゼンブゼンブ、コロソウ……』
目で分かるほどに溢れ出ている憎しみ。
だがそれは相応の理由があったわけで、彼女たちは相応の報復を求めて怨霊に身をやつした。
僕だって、同じ立場だったらそうなっただろう。
……まして、家族を奪われたザコルさんが同調してもおかしくは――――
『やなこった』
くだらないことを聞かされたといわんばかりに鼻をほじりながら、あっさり切り捨てた。
思わず僕は面くらってしまう。
『世の中クソばっかだ。
俺も死んでから英雄サマに会ったけど出てくるのはクソで卑劣な弱者連中の愚痴ばっか。
あんなに必死こいて救った世界って入れ物の中はクソばっか詰まった便所みたいなもんだ』
僕の腕を振り解いて地面に立つザコルさん。
息を吸い込んで大きな声で呼びかける。
『でもな!
クソみたいな奴らに犯され汚され続ける世界でも!
そんな中で正しく生きる美しい人間たちがいる!
そいつらが一人でも生き残っている限り、死んでも俺は絶望したりなんかしねえ!
だから…………タチアナ。
お前が世界を憎み、害することしかできないんならお前は俺の敵だぁっ!』
タチアナ、と呼ばれた女の顔が体の奥に沈んでいき、怨霊は開花した花のように体を大きく拡げて僕たちに牙を剥こうとする。
『……と、イキってみたが今の俺に奴を仕留める手段はねえ。
任せた! リスタ!』
「でしょうね! ホントあなたは大した英雄だよ!」
さっき、ザコルさんの発した言葉は怨霊に同情し闘気を鈍らせた僕を叱咤するためのものだったのかもしれない。
だったら、それに答えるだけ。
「下がってください、ザコルさん。
奥義を使います」
『ああ、さっさとやれ』
そう言って、ザコルさんは後ろに飛びのいた。
息を吸い込み、全身に気を巡らせる。
剣は地面に突き刺し、手の指を揃え貫手の形を作り、腰を落として構える。
ベントラ師匠は僕にまず体術を授けてくれた。
『人間は非力で弱い生き物だというが、それは大間違いだ。
人間ほど闘いに適した生物は居ない。
立ち技、締め技、投げ技とあらゆる敵と戦うことができる汎用的な武器だ。人間の身体は。
体術を身につけるということは人間であることを証明するということとも言える。
武器の扱い方は二の次だ。
なあに、体術を極めれば武器の扱いなどすぐに身につく。
どんな聖剣魔剣も人間の腕の延長でしかない』
体術の修行は厳しかった。
体格的に細身の僕はベントラ師匠のようにはなれないと勘づいていた。
だけど、修行を疎かにするつもりもない。
僕が霊魂に触れる力を持つならば、それを最大に活用できるのは我が身を武器として直接触れる体術なのだから。
「アド・ベントラ流奥義――――」
ベントラ師匠が編み出し、名付けた体術の奥義。
「【風雅連舞】」
地面を蹴り、上空に飛び上がり、拳打、蹴撃を連発する。
その場にいようと踏ん張ることを一切せず、強力な威力の攻撃に身を任せれば体は空を泳ぐようにして舞い上がる。
怨霊の全身に現れた顔を全て叩くようにに攻撃を繰り返す。
放った打撃は二百を超えた。
形がない影のようだったり、巨大に膨れ上がった葡萄のようだったりした怨霊はその大部分が削り取られ地面に落ち、残ったのは小柄な少女の影だった。
『お————とうさん』
少女の影はザコルさんを見てそう言った。
だけど、ザコルさんは表情ひとつ変えず、
『やれ』
と、僕の振り下ろした最後の一撃を追認した。




