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第15話 怨霊との戦い(前編)

「でやああああああああああっ!!」


 急降下してくる鳥型のモンスターの首を空中で斬り飛ばした。

 二分された体が祭壇を避けるようにして両側に落ちた。


 危なかった……


 冷や汗を拭いながら祭壇に眠る少女を見る。

 よく見ると顔色も悪いし、首に発疹がある。

 眠り薬代わりに毒草を飲まされて無理やり眠らされたのか?

 生贄……ならば後のことは考えなくていいからな。


 ザコルさんの言葉を頭の中に反芻させながら彼女の容貌を観察する。

 歳の頃は十歳くらい。

 金色の癖毛に右の口元にホクロ。

 目の色は起きてくれないとわからないけど、エメラルドグリーンなら確定。


 僕は彼女の胸に手を当てて、息を吸い込み、呪文を唱える。


「その身は在りし日に回帰する。

回式解毒呪文キレース】」


 ナラ師匠から授かった解毒の魔法は少女の体内から毒気を除去した。

 すると長いまつ毛を生やしたまぶたがゆっくりと開かれ、エメラルドグリーンの潤んだ瞳が確認できた。


「君がターニャ、だね?」


 僕の問いに彼女は「うん」と短く答えた。

 目的を達成できそうな安堵感と同時に一刻も早くこの状況から解放されたいという焦燥感に駆られた。

 鎖を素手で砕き、ターニャを自由にすると背中に乗せた。

 全速力で走ろうと膝を曲げた、その時ザコルさんが言った。


『まだ、終わってないみたいだぜ』


 ザワザワ……と全身の毛が逆立つような感覚が走った。

 振り向くと祭壇の上にコバエ程度の小さな黒い粒が何千、何万と出現し、集合し、竜巻のように渦を巻いて巨大な黒い影となった。


 僕は、コイツを知っている。


 思い出されるのはランパード家の屋敷。

 僕は生まれた時から奴らが見えていた。

 見て見ないふりをしていた。

 周りの誰も見えていないし彼らのことを口にしない。

 もし自分だけが見えていると知られれば平穏が終わりを告げる、そんな確信があったから。


『な、な、ナニ!? あれれええええ!!

 見るからにヤバそうなんですけど!!』

『リスタと一緒にアンタも習っただろ。

 幽霊には色々特徴があって、中には生前以上の力を持ち、現世に干渉することができる者がある。

 アレはその類のもので、ネガティブなものさ』


 元来、幽霊としてこの世に残るのは稀なことだ。

 世界には数十年しか生きられない生者より死者の累積の方が遥かに多いのだから、みんなが幽霊になってしまえば街は幽霊で溢れかえる。

 生前の心残りや死に対する無自覚が魂をこの世に残留させ幽霊として形を得る。


 そしてその幽霊の中には生前の記憶や死後の後悔によって心を邪悪に染める者がいる。

 肉体の殻を放たれた霊魂において心はその在り方を左右する。


 怨霊――心の邪悪に呑まれた彼らをナラ師匠はそう定義した。


「……ちょうどいい。

 モンスター相手に僕の力は通用した。

 コイツら相手にはどうなるか、試してやる!」


 僕はターニャを木の影に隠して戦闘態勢をとった。

 セシリアは取り乱しながら僕を止めようとする。


『やめときなさいって!

 得体のしれない相手よ!

 あなたは霊体の攻撃ももろに受けるし、傷を負ったりしたら————』

『いや。やれるならここでやっておけ』


 ザコルさんはセシリアの言葉を遮った。


『感覚の鈍い俺でも分かるくらいにこの場のマナの量は異常だ。

 先のトロルの大量発生の原因はおそらくコイツだ』


 ザコルさんの推論にセシリアは驚愕する。


『う、嘘でしょ!?

 たった一体の怨霊があんな大災害を引き起こせるの!?』

『たぶん一体じゃない。

 複数の怨霊が合体して強力になったものだ。

 力が十分蓄えられたと判断して大暴れを始めたんだろう』


 まるで見てきたかのようなザコルさんの口ぶり。

 だけどハズレていないとわかる。

 感情の強さ次第では生前以上の力が備わるというが、だとしたらなんて邪悪の深さだろうか。

 闇を煮詰めたような黒色の影。


 これは……この世に残しておくべきものじゃない。


 大剣を構え、呪文を詠唱する。


「光を纏え。躊躇いは捨ておけ。汝は我が剣なりて空をも斬り裂く。

天式属性付与魔法クラウ・ソラス】」


 剣の刃が青い光を纏う。


 僕自身は霊体に接触し攻撃できる。

 だけど武器はそうもいかない。

 素手で霊体に挑むにはリスクが大きいし、僕の体術はベントラ師匠の足元にも及ばない。


 だが、僕はナラ師匠の教えも受けている。

 彼から授けられた魔法によって発される僕の魔力は僕自身と同じ特性を持ち、生者にも霊体にも効き目がある。

 天式属性付与魔法クラウ・ソラスは武器に魔力を帯びさせる類の魔法。

 つまり武器を霊体に効き目がある状態にする。


「セシリア心配はいらない。

 僕はベントラ師匠やナラ師匠に教えを受けている。

 負けはしない」


 普段ならこういう時ザコルさんが『俺は!?』などとつっこんでくるのだが、彼は苦々しく歯を食いしばって怨霊を睨みつけていた。


『ああああっ!! もうっ!!』


 納得いってなさそうな気持ちを振り払うようにセシリアは叫び、腰の剣を抜いた。


『わかった! 一緒に戦うわよ!

 霊体相手なら私も戦えるんだから!』

「セシリアはターニャを守ってくれ」

『えっ、戦力外!?』

「目的は彼女を連れて帰ること。

 二人で戦ったら撤退の機を逃がす」

『なーるー!

 分かった! 無茶しないで逃げる時は早めにね!』


 僕の言葉にセシリアはすんなり納得してくれた。

 ザコルさんは苦笑する。

 どうやらお見通しのようだ。

 セシリアに危険な真似をさせたくないという僕の考えを。


『悪い男になりつつあるな。

 お前のことを心配してくれる女を転がすなんて』

「ハッ、悪いことを教えてくれたのは……だいたいアンタだろうっ!」


 言い終えると同時に地面を蹴り剣を振りかぶった。

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