その22 延長戦
俺は心の中で叫んでいた。
(違う! 違うんだフレドリカ! 今はそういうのは求めていないから!)
冒険者ギルドの受付嬢、フレドリカの優しさは――俺の事を庇ってくれたのは――率直に言って嬉しかった。
しかし、それも時と場合による。
新人冒険者二人――【闘技者】のココアと【小賢者】のエミリーが、怪訝な顔で俺を見ているのが分かる。
俺が密かに興奮しているのに気付いたかもしれない。
そう。俺の性癖は被虐性欲。
女性から受ける羞恥心や屈辱感に興奮するという、個性的な性癖の持ち主なのだ。
ココア達二人は十五歳とまだ若い。そんな少女達に性癖丸出しの姿を見せるのは、大人としてどうだろうか?
前世で言えば中学生の女子の前で性癖を披露するようなものである。
事案発生待ったなし。ネットで大炎上からの、SNSのアカウントを消して逃亡間違いなしの案件だろう。
(それはそれで興奮・・・ゴホン。二人が俺のパーティーの誘いを受けてくれなくなっても困る。そうなれば今後の生活にも差し障る訳だし、ここは惜しいが我慢するしかないか)
俺は仕事に趣味を持ち込まない男だ。――少なくともそうありたいと思っている。
この後、二人には俺のパーティーに入ってもらうよう、勧誘するつもりでいる。
そして俺のこの性癖はピュアな少女達には刺激が強すぎる。ドン引きされないためにも黙っておいた方がいいだろう。
この場は渋々・・いや、理性を持って大人しく引き下がる事にしよう。
俺がそんな事を考えている間も、フレドリカとSランクパーティー『竜の涙』の【聖騎士】。赤毛の大柄な美女カルロッテの言い争いは続いていた。
「あなたがアキラに二人を斡旋したとの話だが、それはこの男を庇っての事ではないのか?」
「そんな事はありません! そうだ! アキラさん達はちゃんとパーティーとして依頼も達成しています!」
フレドリカはそう言うと、カウンターに置かれていた依頼用紙を手に取った。
さっき俺が彼女に渡した依頼用紙だ。
その一番上の用紙を見た途端、俺はハッと気が付いた。
(! マズイ!)
彼女が俺を擁護するために、依頼用紙を取り出したのは間違いない。
しかし、彼女はその詳しい内容を知らなかった。いや、俺が受けた依頼は知っている。当然だ。彼女の受付で受けたんだからな。
だが、俺以外の人間が受けた依頼――ココアが勝手に受けていた討伐依頼――までは知らない。それを説明する前にカルロッテ達がやって来たからだ。
(マズイ。こいつはマズイぞ。このままだと・・・)
俺は身動きが取れなかった。ここで迂闊に動けば、何か後ろめたい事があると公言しているも同然だからである。
いや。それは言い訳だ。――俺は期待していたのだ。
そして、『竜の涙』の【魔女】。黒ずくめの美女、ダニエラが動いた。
「ふうん、そうなんだ。私に見せて貰ってもいいかな?」
俺はハッと息をのんだ。
ダニエラはそんな俺の姿をチラリと見て――確かにニヤリと笑った。
気付かれたか?
(このままだと・・・)
彼女はフレドリカから依頼用紙を受け取り、一番上の用紙に目を走らせると、勝ち誇った笑みを浮かべた。
(このままだと、延長戦が決定してしまう!)
俺は「ココア達に俺の性癖がバレてしまうかもしれない」と焦りながらも、心の奥底から湧き上がって来る期待を抑えきれずにいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ダニエラは依頼用紙をめくると、勝ち誇った顔を見せた。
「ふぅん、兵隊蜂の討伐依頼ね。しかもココには重装蜂も討伐したと書いてあるけど」
「重装蜂?!」
フレドリカはギョッと目を見開くとアキラへと振り返った。
彼女はこの討伐依頼に関して、彼から何も聞かされていなかった。
重装蜂。
ダンジョン上層に住む蜂蜜モドキの巣が、ある一定以上に大きくなった時に現れる危険な変異種である。
重装蜂という単語に、ギルド内にざわめきが広がる。
当然だ。
そのような古い巣に関しては、冒険者達の間で情報が共有される。
討伐するためではない。避けるためである。
それほど危険な依頼を、アキラは新人冒険者二人を含めてたった三人で受けたというのである。
「アキラさん、本当ですか?!」
「・・・本当だ」
「!」
フレドリカは「信じられない!」と非難の目でアキラを睨み付けた。
彼はココアとエミリーが新人である事を知っている。知っていてなお、危険な依頼を、しかも自分に黙って受けたというのだ。
彼女は完全に裏切られた気分になっていた。
「・・・なぜ、こんな危険な依頼を、私に黙って受けたんですか?! まさかSランクパーティーにいた時の気持ちが抜けていなかった、なんて事は言わないですよね?!」
「・・・連絡ミスだ」
フレドリカに厳しく問い詰められ、アキラは苦しそうに顔を歪めた。
その表情は激しく後悔しているように見えたが、なぜか興奮を我慢しているようにも見えなくはなかった。
「違う! アキラのせいじゃない!」
【闘技者】のココアが、ポニーテールにした黒髪を振り乱しながら訴えた。
「アキラは悪くない! それは私が――」
「黙ってろ! ココア!」
「でも、アキラ!」
「いいから黙れ!」
アキラは彼にしては珍しく怒りをあらわにすると、バンッ! 強くカウンターを叩いた。
「・・・なんで、なんでアキラ・・・」
ココアはなぜ、ここまで強くアキラが否定するのか分からなかった。
アキラは今、全く身に覚えのない非難を受けている。
兵隊蜂の討伐依頼を受けたのは自分だ。エミリーにすら黙ったまま勝手に受けたのだ。
(なんでアキラは、私が受けた依頼だって言わないのよ)
ココアは激しく混乱していた。
彼女は、アキラを陥れようとしているとしか思えない、Sランクパーティー『竜の涙』のメンバーに――特に聞き分けの無い【聖騎士】のカルロッテに――憤りを感じていた。
ついさっきまでアキラを信じていたはずなのに、急に掌を返したように彼に疑いの目を向ける受付嬢のフレドリカにも、苛立ちを覚えていた。(後で思い返せば、それだけ彼女が自分達二人を心配していたためだったのだが)
そしてアキラ。
何故、彼は誰にも釈明をしないのだろうか?
自分からは言わない、言えない? にしても、なぜ、ココアが説明しようとするのまで邪魔したのだろうか?
理不尽さと怒り、そして悔しさのあまりココアの視界が涙で霞んだ。
アキラの性癖を知らない彼女は、よもや彼がこのいたたまれない状況を心から楽しんでいるとは、想像すら出来なかった。
冒険者達はアキラに疑いの目を向けていた。
アキラがジョブを持たない能無しである事は知られている。
新人二人と能無しが危険な重装蜂を――”血まみれ蜂”を倒したという話が信じられないのだ。
「何か別のモンスターを勘違いしたんじゃねえか? ホラ、他所の町から来たばかりのヤツと新人二人だし」
「まさか! 血まみれ蜂を見間違うマヌケがいるかよ」
彼らの囁き声を貴種のドリアドが聞きとがめた。
ドリアドのジョブは【狩人】。使用する武器は弓である。
Sランク勇者パーティー『竜の涙』が重装蜂を討伐した時、彼女の弓はモンスターの固い甲殻に通じなかった。
「確かに疑問。本当にアキラが倒したのなら、討伐証明を持っているはず」
「・・・それならコイツだ」
アキラは荷物から大きな角を――重装蜂の角を取り出した。
更に乾電池程の大きさの、赤黒い石も取り出す。
迷宮モンスターの核。重装蜂の魔石である。
「あの赤い色、間違いなく重装蜂の角だ!」
「マジかよ。別のモンスターの部位をそれっぽく塗ってるだけじゃねえのか? 新人二人と三人で一体どうやって倒したんだよ」
冒険者達から大きなどよめきが上がった。
冒険者という人種は単純だ。脳筋と言い換えてもいい。
ついさっきまで、彼らがアキラに向ける視線は、身の程をわきまえない愚かな男に対する軽蔑の眼差しだった。
しかし、それと同時に、彼らは長年に渡ってこのカーネルのダンジョンを職場にしている冒険者でもある。
重装蜂の強さ、恐ろしさは町の誰よりも良く知っていた。
ココアは明らかに周囲の冒険者の熱量が――彼らがアキラを見る目が変わったのを感じていた。
(そうか! ひょっとしてアキラは、このタイミングを待っていたんじゃ?!)
今思えば、あの状況でいくら説明しても無駄だっただろう。
どうしても言い逃れにしか聞こえないし、Sランクパーティーの発言力には敵わない。
ならば百聞は一見に如かず。有無を言わせぬ証拠を見せるしかない。
アキラはそう考えたのではないだろうか?
(スゴイ。アキラにはそれが分かっていたんだ)
ココアは自分にはないアキラの頭のキレとブレない心――我慢強さに感心した。
それだけではない。
アキラのダンジョンでの経験豊富な振る舞い。そして格上のモンスターに対して、最後まで諦めずに向かっていく折れない心。
ココアは改めて彼を見直すと共に、なぜ、Sランクパーティー『竜の涙』が、これ程の人物を追放したのか不思議でならなかった。
(みんながアキラの実力を認めつつある。アキラの勝ちだ)
勝利の予感に密かに拳を握りしめるココア。
しかし、全身黒尽くめの美女、【魔女】のダニエラは涼しい顔をしていた。
その顔がこちらに向き、その視線がココアを捉える。
その瞬間、ココアはなぜか猛烈にイヤな予感がした。
「アキラが重装蜂を倒した? 無能のくせに? まさかそっちの新人二人に相当無理をさせたんじゃないの? ああ、そういえばダンジョンから帰って直ぐに教会に行ってたね。ひょっとしてそれでそっちの子がケガでもしたとか?」
「何? アキラ、今のダニエラの話は本当か?」
正義感の強い赤毛の美女、【聖騎士】のカルロッテの瞳が剣呑な光を放った。
次回「土下座」




