【90:麗華が『考える』と言った理由】
「勝呂先輩、困ります!! 私からちゃんとみんなには説明しますから! 今日はもうお帰りください!」
神宮寺所長はぴしゃりと言って、勝呂さんの背中を出入り口の方に向かってぐいぐい押した。
「わかったよ。また連絡するわ。いい返事を待ってるからな麗華」
「それは約束できません。とにかく今日はお帰り下さい!」
「わかったわかった。じゃあほのかちゃんもルカちゃんもよろしくなぁ~」
勝呂さんは片手を上げて、笑顔を振りまきながらドアから出て行く。
もう一人のワイルドイケメンは、なぜかほのかの方を向いて爽やかな笑顔を見せた。
「ほのかちゃん。キミみたいな魅力的な人と一緒に仕事したいから、ぜひウチに来てくれよな!」
え? なんでほのか?
横に立っているほのかの横顔を見ると、唖然とした顔でワイルドイケメンを眺めている。
「ほのかの知り合い?」
「ううん。全然知らない人……」
ほのかはぷるぷると顔を横に振った。
栗色のゆるふわヘアがふわんふわん揺れている。
肩まで一緒に動いたせいで、大きな胸までもが揺れてる……
思わずそんなところに目が行ってしまったが、そんなことよりも。
いったい何がなんなのか、俺にはさっぱりわからない。
***
イケメン二人がオフィスから出て行ったあと、所長が「説明するからみんな座って」と言った。それぞれ自分のデスクに着座する。
俺たちのデスクは二つの机が横並びで、向かい合ってもう二つの机が並んでいる。
合計四つの机。
俺の向かい側にルカ、そしてその隣に並んでほのかが座っている。
俺の隣は空席で、所長は普段は少し離れたところにある立派な椅子の所長席に座っている。
しかし今回は所長は俺の隣の席に座って、いつものキリっとした整った顔ではあるけど、少し疲れを滲ませた表情でみんなを見回した。
そりゃ、あんなことあったら一気に疲れるよな。
でも所長の『さっきの話は考えるって言いましたよね』って発言も気になる。
ここはしっかりと話を聞いておきたい。
「ごめんねみんな。びっくりさせちゃって。あの人、新入社員の頃から私に仕事を教えてくれた人で、前任所長の勝呂さん」
「あ、所長。前に飲み会の時に聞いたことある人よね。所長の憧れの人。うふふ」
ほのかはまつ毛の長い目を細めて、ニヤニヤと意地悪そうに笑ってる。
女子ってやっぱり恋愛とか憧れの人とか、そんな話が好きだよな。
神宮寺所長は少しぎょっとして、それから苦笑いを浮かべた。
「あれ? えっと……ほのちゃんにそんなこと言ったことあったっけ?」
「うん、言ってたよぉ」
「覚えてないわ」
「所長は飲み過ぎると、時々記憶がぶっ飛ぶからねぇ」
所長が「あはは」と苦笑いしてる。
でもホントに酒の飲み過ぎには気をつけた方がいいですよ所長。
まあ仲間内でのそんな話は、大した害もないのだろうけど。
「まあ憧れってのは、昔の話だけどね。色々あって今は……」
そこまで言って、ほのかもルカもじーっと自分を見てるのに気づいて、所長は「コホン」と咳ばらいをした。そしてなぜか俺を横目でチラリと見た。
今の言い方だと、もう憧れの人じゃないってことだよな。色々あったってなんだろう?
「あ、いえ、そんなことよりも事情を説明するわ。勝呂さんはウチを辞めて他の人材会社に転職したんだけど、半年ほど前にそこも辞めて独立したそうなの」
所長の説明によると、勝呂さんは転職後は他の都市で仕事をしていたけど、独立するにあたって土地勘のある志水市で会社を興したらしい。そして前の会社の部下だったさっきのイケメン男を雇って、今は二人で活動をしている。
これから会社を大きくしていくために、人材を強化したい。そこで手っ取り早く面識のある神宮寺所長に白羽の矢を立てたということらしい。
「もちろんはっきりと断ったわ。そうしたら他のメンバーも厚遇するから一緒に来いと言いだしたの」
なるほど。部下想いの所長のことだ。いくら条件の良い話でも、部下をほっぽらかして転職するなんてあり得ない。だから勝呂さんは、そんな提案をしたに違いない。
ルカは指先でメガネを触りながら、不思議そうな顔で所長に問いかけた。
「でも所長。あの人、私やほのか先輩の名前を知ってましたよね?」
そうだった。俺は知られてなかったけどな、あはは。
まだ赴任間もないとは言え、影うっすぅ。
「うん。どうやら顧客企業回りをしてる中で、企業さんからウチの情報を仕入れたらしいの。平林君はまだ赴任して間もないし、たまたま平林君の担当企業には行ってないのか、そこからは情報が得られなかったか……ってことね」
なるほど、そういうことか。俺の前任者のことは、どこかの企業から聞いたんだな。
取引先企業って言っても、しばらくやり取りしていない顧客先は山ほどあるから、その会社でウチの情報が更新されていないことも充分有り得る。
「でも所長ぉ。さっき『考える』とか言ってたよねぇ。もしかして本気で、みんなで転職するつもりなの?」
「まさか。そんなはずないでしょ、ほのちゃん」
「だって勝呂さんってイケメンだし、元とは言え所長の憧れの人だしねぇ……むふ」
何が言いたいんだほのか。
所長はお前とは違う。
──って思ってたら、所長自らが同じことを言った。
「私はほのちゃんと違うわよ。イケメンとかまったく関係ないし」
「むっぐぅっ……」
麗華砲が炸裂した。
ほのかは被弾して、大きなダメージを受けた。
なんて、まるでゲーム画面のテキストのような文章が頭に浮かんだ。
ちょっと笑える。
「もちろん、みんなで移籍なんてオファーもきっぱり断ったわよ。でもそうしたらあの人、直接ほのちゃんやルカちゃんにハンティングを仕掛けるなんて言うのよ。それはさせたくなかったから、仕方なく『取りあえず考えさせてください』って答えたの。いずれこの先でも断った時には直接みんなにコンタクトを取ってくるでしょうけど、時間を稼いで対策を練れた方がいいからね」
そうだったのか。所長が『考える』なんて言ったことに心配したけど、所長が転職する気はないことがわかってホッとした。
俺は自分を育ててくれて世話になってるリクアドが好きだし、今のところこの会社になんの不満もないんだから、いくら厚遇だと言っても俺自身は転職する気なんてさらさらない。
そしてここのメンバーもみんな大好きだ。
だからライバル企業に仲間が転職して、敵になるなんて絶対に嫌だ。
「それとね。『考える』って言って時間を稼いだのには、もう一つ理由があるの」
所長はあごに手を当てて、真剣な表情でそんなことを言った。




