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第十八話 真実 ③

『アルカディーナと呼ばれた星間国家は、高度な機械文明に支えられて長い繁栄を享受(きょうじゅ)していました……(ただ)し、他の星系まで長征して支配領域を拡げ様という野心はなく、精々(せいぜい)星系内の惑星開発を推し進める程度でした』


 思念体であるセレーネは、流麗(りゅうれい)な物言いで昔語りを披露する。

 彼女が語った内容を要約すると、十万年ほど昔に隆盛を極めた星間国家アルカディーナは、四大陸に分散した大小様々な都市が集った共和制国家であり、最盛期には全人口が四十億を超えるまでになったという。

 (しか)も、現在のテクノロジーすらも凌駕(りょうが)する先鋭的な科学力を誇り、そこから生み出される機械文明の恩恵を糧にした人々は繁栄を謳歌(おうか)していたとの事。

 しかし、滅びの時を告げる災厄は、幸福の絶頂に包まれていた人々の頭上に唐突に降り懸かり、アルカディーナは滅亡への坂道を転げ落ちていったのである。


『ある日大陸の一つに広範囲にわたって流星群が降り注いだのです。運悪く大気圏突入時に燃え尽きなかったものが地上に落下……都市部にも甚大(じんだい)な被害が出て大勢の人々が命を落としました』

「しかし、残りの三大陸は無事だったのでは?」


 達也はそう問うたが、セレーネは沈痛な面持ちで頭を左右に振る。


『本当の災厄は、官民一体となって行われた救援作業中の人々に忍び寄って来ました……それは、誰にも気付かれずにアルカディーナを侵食していったのです』


 彼女の説明によると、降り注いだ隕石群には未知の病原菌が多数付着しており、それら隕石内部に(ひそ)んでいたものが大気圏突入時の摩擦熱からも生き延び、落下と同時に地上に拡散したという事だった。

 災害救助を優先し、飛来した隕石の調査を後回しにしたが為に、被災した人々はもとより、救助作業や支援事業に従事していた者達のほぼ全員が、未知の病原菌に侵されるという事態を看過(かんか)してしまったのだ。


 (しか)も、この病原菌の潜伏期間は極めて長く、災害復旧が一段落して、協力者達が各都市に帰還したのを見計らったように一斉に発症。

 呼吸器系や循環器系に重篤(じゅうとく)な症状を引き起こす死病が、アルカディーナ全域を急速に呑み込んでいったのだ。

 星系内の他の惑星で各種作業に従事していた人々も、災害救助に臨時で派遣された者達の帰還と同時に罹患(りかん)し、あっという間に死病が蔓延(まんえん)して全滅の()き目をみる破目になったのである。


 ワクチンや治療薬の開発は遅々(ちち)として進まず、研究者の中から死亡者が続出するに(いた)って、政府は一部の健常者だけを星系外に脱出させる計画を秘かに立案した。

 しかし、極秘裏に進めていたはずの計画は(もろ)くも露見(ろけん)して国民の知る所となり、怒りを爆発させた者達による暴動が各地で勃発(ぼっぱつ)したのだ。

 目を(おお)いたくなる様な破壊活動が各地で繰り広げられた結果、繁栄を極めた機械文明は坂道を転げ落ちるかのように衰退し、文明を築き上げた人類諸共(もろとも)に、歴史の表舞台から姿を消したのである。


 そんな話を聞きながらも、古代文明の興亡などには関心の薄い達也は、滅亡したアルカディーナが残した科学技術の遺産が今尚生きている事への疑問と、その弊害(へいがい)について知りたいと思い質問した。

 すると、セレーネは隠し立てする事なく重要な秘密を開陳したのである。


『先史文明の遺産たる技術は、世界中を(おお)った暴動の波に呑まれて大半が失われてしまいました。この設備は皆様が訪れた尖塔の地下五百mに存在する超重力子制御システム……分かり易く言えば任意に次元変動を起こし、時空間を自在に制御できる装置です。これが破壊を(まぬが)れたお(かげ)で、我々の子孫らは生き延びられたのです』


 その話を聞いて驚きの表情を浮かべる来訪者たちを後目(しりめ)に、セレーネは謎解きの核心部分に触れるのだった。


            ◇◆◇◆◇


 猛威を振るって先史文明を滅亡に導いた病原菌も、(およ)そ数百年で無害なものへと変質していった。

 その後アルカディーナ星は、数千年から一万年の時間の流れの中で、新種の生物が数多く誕生して繁殖(はんしょく)し、新たな食物連鎖の中で秩序が構築されたのである。


『人と呼ばれる種の誕生はありませんでしたし、他の星系から探査に訪れた者達も、星の実相を隠蔽(いんぺい)するこのシステムの効力を見抜けず、この星は人間種が介在しない穏やかな時間の中にあったのです……しかし、約二万年ほど昔に、星系外から来訪した者達によって、新たな秩序が創造されました』


 その支配者こそが、彼女の祖先である竜種の一族であり、彼らは隣接する星系の惑星で繁栄の歴史を築いていたのだが、大規模な地殻変動を切っ掛けとした深刻な氷河期に見舞われた母星を捨てざるを得なかったらしい。

 やむ負えず新天地を求めて宇宙へと飛び出したのだが、それが可能だったのは、宇宙空間をも自在に飛翔しうる能力を持つ神竜と呼ばれる一族のみであり、そんな彼らも長い流浪の中で次々に落伍(らくご)し、アルカディーナ星に辿(たど)り着けた者達は、雌雄合わせて百体にも満たないという惨状だったと伝えられている。

 その様な苦難に遭いながらも新天地に辿り着けたのは、彼らの族長が偶々(たまたま)この星の実相に気付いたが(ゆえ)の、いわば幸運に恵まれた結果でもあった。


『我々精霊も生き残った神竜族を受け入れ、彼らも私達と平和に共存すると約束してくれました……セレーネが語っている内容は、すべて私共が語り継いで来たこの星の真実です』


 竜母の説明は事実であるとユスティーツが保障する。

 その(おだ)やかな表情から、精霊と竜種は存外(ぞんがい)に相性が良いのだと達也は理解した。


『他に強力な外敵のいないこの星は、傷ついた祖先達にとって正に楽園だったようです。その後は長い時の中で世代を重ね、心優しい精霊達との穏やかな暮らしの中で繁栄を謳歌(おうか)したと聞いております。しかし……』

「千五百年以上も前に勃発(ぼっぱつ)した、無益な銀河大戦の潮流(ちょうりゅう)に、この星も巻き込まれたのですね?」


 (かす)かに表情を曇らせたセレーネが言い(よど)むや、心情を察した達也が彼女に代わって銀河史の事実を指摘した。

 沈痛な面持ちの竜母は力なく頷き、その言葉を肯定する。


『その通りです。そして()まわしい戦災をこの星に(もたら)したのは……他ならぬランツェ・シュヴェールト……彼自身でした』


 セレーネの言葉からは後悔や怨嗟(えんさ)の感情は(うかが)えないが、その物言いには、ランツェに対する神竜族の本音が見え隠れしている様にも思えてしまう。

 後の英雄ランツェも最初は厄介者でしかなかった……。

 そう考えれば、自分も同じだと、達也は口元を(ゆが)めて自嘲するしかない。


『ある惑星を支配する王国で生み出された亜人が彼でした……当然の(ごと)く徴兵されて戦っていたのですが、乗艦していた船が戦闘で大破し、流される儘にこの星系に辿り着いたそうです』


 ポピーによって発見された戦闘艦の生き残りは彼一人であり、瀕死(ひんし)のランツェを見かねた精霊少女の懇願を受けたセレーネが救助した。

 彼女は神竜族の長の娘であり、次世代を(にな)う長と決められていたが(ゆえ)に、一族の面々も彼を受け入れざるを得なかったのだ。


『とは言え、ランツェは亜人とは思えぬほど温厚で人柄も良く。精霊達だけでなく、我が一族の者達の心も掴んでいったのです……私も彼に()かれて愛し合うようになりました』


 そこから語られた一大スぺクタルは達也らの耳目を独占し、子供達は勇壮な英雄譚に両の瞳を輝かせて歓喜し魅了されたのである。


 救助されて一命を取り留めたランツェは、ユスティーツとセレーネの協力を得てアルカディーナ星に基盤を得るや、彼の理想に賛同する獣人仲間達に秘かに連絡を取り協力を要請した。

 当時の亜人の中には軍の要衝(ようしょう)にいる者も多く、また質の高い教育を受けた官僚や技術者も多数存在しており、現在の亜人の境遇からは考えられないほどの地位を得ていたのだ。

 創造されし者といえども、才能を示した者であれば、更に教育を(ほどこ)して質を高めるのは当り前であり、彼らを亜人種と(さげす)みながらも、その存在に依存しなければならないほどに、当時の人間社会は長きに(わた)る戦争で疲弊(ひへい)しきっていたのである。


 ランツェの(げき)に呼応した亜人達は彼の下に参集し、亜人連合はその賛同者を急速に増やしていく。

 そして、充分な戦力が整った段階で、彼らは亜人種の自由を勝ち取る為に蜂起(ほうき)したのだ。

 自分達を消耗品扱いする傲慢(ごうまん)な人間達に対する彼らの鬱積(うっせき)は凄まじく、所属する国家を裏切った多数の獣人達がランツェに同調した。

 その数は五十万人にも上り、戦闘艦艇だけでも三千隻を超える戦力がアルカディーナ星に集い、一大勢力となって当時の権力者達に牙を()いたのである。


 その後、多くの犠牲を払いながらも五年にも及ぶ激しい戦いを()て、ランツェとセレーネは、後に七聖国と呼ばれる大国を説き伏せ、銀河連邦評議会の設立を実現させた。

 長きに(わた)る戦乱で疲れ果てていた国家の多くがこの報に歓喜し、続々と銀河連邦への加盟を表明したのは当然の帰結だったのかもしれない。

 数百年間も延々と続いた大戦によって疲弊(ひへい)していた国家と人類は、何よりも平和と安寧(あんねい)に餓えていたのだから……。

 こうして銀河を分断した大乱は終息へと向かったのである。


 七聖国の風下に立つのを嫌った国々の抵抗はあったものの、圧倒的勢力となった銀河連邦と、英雄ランツェ・シュヴェールト率いる亜人艦隊に(こう)す術はなく、反乱勢力は(わず)かな期間で沈黙した。

 そして、設立宣言から丁度一年後に、初代大統領が選任されて銀河連邦評議会が正式に活動を開始し、銀河系の新たな秩序の構築に動き出したのである。


 そんな中で英雄と称えられたランツェは、共に戦った亜人達を代表して連邦評議会より【神将】の称号を与えられ、恩賞としてエスペランサ星系を領地として下賜(かし)されたのだ。

 勿論(もちろん)それは、血を流して戦った獣人達に対する七聖国の感謝の意を具現化したものであり、彼らが待望する亜人国家設立に大きく前進する朗報(ろうほう)でもあった。


『ランツェも私も……いいえ、亜人と呼ばれる全ての者たちが歓喜し、希望に胸を膨らませて新国家建設に希望を抱き夢を(たく)したのです。でも、そんな幸せな時間は長くは続きませんでした……』


 セレーネの(うれ)いを帯びた眼差しは、此処(ここ)ではない何処(どこ)か遠い場所に向けられて、(うつ)ろに揺れているかの様だ。

 そんな彼女の表情から彼らに降り懸かった災難を察した達也は、暗澹(あんたん)たる気分にならざるを得なかった。


「銀河連邦設立に()ける最大の失敗は、身分制度を残したまま、貴族も平民も混在した評議会を起ち上げた事だと言われている。戦乱の痛みが喉元(のどもと)を過ぎた途端……それまで見下していた亜人達が、英雄として扱われる現実に我慢がならなかったのだろうね……貴族と呼ばれた連中は」

「まったく馬鹿な話だよん……人間のつまらない見栄や我欲で始めた戦争を終わらせてくれた恩人達を排除しようと言うんだからね。人類が蛇蝎(だかつ)(ごと)く嫌われるのも仕方がないさ」


 達也とヒルデガルドの言葉に顔を(しか)めたのは蓮や詩織だけではなかった。

 華々(はなばな)しい英雄譚の終幕が悲劇に向っているのだと察した子供達も、先程までの高揚(こうよう)した雰囲気が不安を帯びたものへと変化している。


 それでも、真実から目を()らして良い筈がないのだ。

 英雄ランツェ・シュヴェールトが歩まざるを得なかった破滅の道を、二度と辿らない為にも。

 そう決意する達也は、改めてセレーネの思念体へ視線を向けた。

 その真摯(しんし)な想いが本物だと理解した竜聖母は、現代まで禍根(かこん)を残すに(いた)った悲劇の全てを伝えようと決意したのである。

 この者ならば我々の願いを受け継いでくれる……そう信じて……。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんて壮大な。 もはや神話と言っても過言ではないですね(゜Д゜;)
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